胡蝶の夢

秋澤えで

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中等部編

質問

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しれっと列に戻り再び羊の群れの一部になる。先程よりも視線が集まっていて鬱陶しい。まあこれを利用しない手はないのでとりあえず目のあった女の子たちに微笑んでおく。悪目立ちしても、それを良い印象に変えるだけなら簡単だ。むしろ顔を売る手間が省けた、とでも考えよう。


「……お前本当に作り笑い上手くなったよな。」

「誉め言葉として受け取っておきますね。笑顔で人と接していると何かと良い思いができるんですよ。」

「……笑顔に反して、腹の中真っ黒……いや、どす黒いな、諸葛……。」

「何故言い直すんですか。」


回りから心なしか距離をとられ、僕ら三人の周辺は不自然な空間がある。まあ特に急いで周りと仲良くする理由も今のところはないので放置しておいたのだが、ふいに背中にドン、と衝撃がきた。


「……進藤さん?」

「日和。」

「いや、あのしんど、」

「日和。」

「……どうしたんですか、日和さん。」


何かを聞く間もなくひたすら呼び方を強制されるので折れて名前で呼ぶ。中学にもなると名前より苗字で呼ぶことの方が多いと思って苗字呼びにしていたのだが、どうやらお気に召さなかったらしい。コミュニケーション能力高し。


「涼ちゃんさっき体育館で何話してたの?」

「涼ちゃん……」

「ぷっ…………、」


突然の涼ちゃん呼びに僕は苦笑い、蓮様は唖然としたように僕を凝視、黒海は例に違わずかくの如し。


「……いえ、無能な生徒会長に因縁付けられてただけです。」

「この短時間で無能って言い切る涼ちゃんね。」


背中に日和を引っ付けたまま歩き続ける。小さい上に軽いので引き摺るように進んでも問題ないのだ。回りからの視線さえ気にしなければ。


「ねえねえ、そっちの二人は涼ちゃんの友達?」

「ん、ああ……涼ちゃんの、友達だ……、」

「四ッ谷、絞め落とされたいんですか?」


明らかに茶化したようなちゃん付けにイラッときた。相変わらず笑いを堪えきれてない。というより最早堪える気がないのかもしれない。


「私は涼ちゃんと同室の進藤日和。よろしくね!」

「ん、俺は黒海八雲……涼ちゃんの、友達。で、こっちの白いのが、白樺蓮……涼ちゃんの飼い主。」

「ええっ飼い主!?」


ふざけた回答をしてくれてしまったお陰で日和からは不審な目で見られた上に会話が聞こえていたらしい回りの生徒がざわめきだした。ので、宣言通りスリーパーホールドを手加減しつつ掛ける。良い子は真似しないでください。


「ちょっ、諸葛っ……ギブギブギブギブ……!」

「涼、四ッ谷がいつもより早口なるほど必死だから離してやれ。」


バシバシと首に回した腕を叩くので仕方なく解放してやる。もっとも、技を掛けられても改善しないのが黒海である、というのは理解済みだ。苦しそうにしていた割にはすぐに何事もなかったように飄々としている。分かっていたとはいえなんとなく釈然としない。


「黒海くんと涼ちゃんは仲良いねぇ。で、涼ちゃんと白樺くんはどんな関係なの?」


若干言葉に詰まる。黒海の時もそうだったが普通の感覚の人にいまどき時代錯誤的な主従関係と言うのは少々腰が引ける。誇りには思っているのだが、やはり説明が面倒だ。


「……主従、だな。涼は俺のお側付だ。」


またいつかのように蓮様がしれっと答えた。彼を見ているとそんな些事に気を取られていることが何とも阿呆らしくなる。要は堂々としていればいいのだろう。


「へえ、女の子なのにすごいね!」

「……涼ちゃんを、女子扱いする必要、ないぞ……。その辺の、男子よりも男前だし、強い……。」


特にそれについて質問することはなく、一瞬日和の視線が僕の肩に目を向けられるがすぐに逸らされた。しかも黒海は黒海で日和に余計なことを吹き込んでいる。


「涼ちゃんは、戦車が来ても……志賀、じゃない、蓮のためなら、片手でスクラップにするし……怪獣が現れても、逆に噛み殺すぞ……。」

「おい、涼が人間じゃなくなってるぞ。」

「四ツ谷、歯ぁ食いしばってください。」


ないことないこと吹き込む黒海に膝かっくんを仕掛ける。流石にこんなところで暴れるわけにもいかないので地味な嫌がらせを試みる。ふと黒海に呼びなおした理由を問うと、あだ名で僕らのことを呼んでしまうと周りに困惑されるうえに説明が面倒だから進学を期に呼び方を変えることにしたとのことだ。納得できる理由だが、今まで六年間呼ばれ続けた独特のあだ名がなくなってしまうのは少しさびしかった。そして明らかにおちょくっているちゃん付けは全力で遠慮しておいた。


「まあ三人ともよろしくね!もっといっぱい三人のこと知りたいよ!」


花が咲くような笑顔に低い位置にある頭をわしゃわしゃと撫でた。





教室についた後、名簿順ではないらしく自由に席に座るようだ。既にちらほらとグループが作られていて固まって席をとっている。僕らも窓際後ろの席を四人で陣取った。もしもう少しでも黄師原に捕まっていたらたぶんバラバラの席に座ることになっていただろうな、と蓮様の闖入に一人感謝する。


「おーい、話聞けくそ餓鬼共。今年残念なことにお前らの担任になっちまった藤本だ。今年のこのクラスの目標は『面倒事を起こさないこと』。頼むから問題起こすんじゃねぇぞー。先生に楽させてくれ。」


なんかいきなりとんでもない担任来た。たぶんどの教師も同じこと思っているだろうけど、中学一年生の入学式の当日に生徒の前で言うか。思っても言っちゃいけない心の声だろ。やる気という言葉の対極にいる担任を前に生徒たちが戸惑いざわめく。おらーうるせぇぞー、とこれまた心底面倒そうな声を掛けられる。


「で、まあもろもろの説明は机の上のプリントに書いてあっからそれを読んどけ。わかんねぇことがあんならあとで職員室に来て質問しろ。読み終わったらその辺で勝手に交流を深めてくれ。以上、担任からのありがたいお言葉なー。」


言うだけ言って放置。教壇の前に椅子を引っ張ってきて文庫本を読み始めた。自由すぎる。

生徒たちも困惑するがすぐに各々、配布物に目を通し始めたり席の近い人たちでしゃべりだす。


「すげぇ自由だな、あれ……。」

「ですねー。まあ変に絡んでくる熱血教師よりましですけど。」


適当に配布物に目をやるがすぐに日和に打ち切られる。

あとの時間はひたすら日和の質問攻めで終わった。僕らの中ではそうなるのも当然だ。日和以外の三人はお互い付き合いも長く嫌という程見知っている。だが、なんとも言えないモノが胸の内に募った。





「んじゃ、また明日な。」

「ええ、蓮様も黒海と一緒だからって夜更かししないようにしてくださいね。」

「子供扱いやめろ!」


うっすらと隈のできた目の下を親指の腹で撫でたのだが、パシリと振り払われてしまった。……反抗期か。


「じゃ、二人ともばいばーい。」


元気よく二人に手を振る日和に手を引かれながら寮へ向かう。

そして笑顔で腕を引かれながら部屋へと入ると同時に後ろ手で鍵を閉め、壁際に追いつめた。逃げられることのないように両手を顔の両側へダンッと突く。


「涼、ちゃん……?」


貼りつけていた笑顔をしまい見据えると、ひどく怯えた目をされた。
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