担任教師と温泉旅行

麻婆

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少しだけ真面目な話

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 食事は大満足だった。

 海のない長野県ということで船盛のようなものこそなかったが、代わりに出てきた地元産のサーモンはとても美味だったし、肉や野菜など食材のレベルは非常に高く、料理人の腕と相まって、二人の胃袋を喜ばせた。

「う~、満腹……」

「食べ過ぎちゃったわ……」

 お腹をさすりながらぐてっと脱力する。

「後片付けしなくてもいいって、どんな天国なの」

 仲居さんが片付けをしてくれている横で渚はリラックスモードである。

 片付けが終わるタイミングで、茜が部屋にやって来た。

「野暮で悪いんだけど、後でちょっとお邪魔していいかしら?」

 耕平にお伺いを立てる。

「どうぞ。大歓迎ですよ」

「ごめんなさいね。じゃあまた後で」

 と言った一時間後、茜はカートを押してやって来た。

「お土産」

 コーヒーとレアチーズケーキが座卓の上に並ぶ。

「あ、もしかして手作り?」

「久しぶりに作ったの」

「茜はね、元パティシエなのよ。中でも一番得意だったのがこのレアチーズケーキなの」

 渚はにこにこしながら、自慢するように言った。

「へえ、そりゃ楽しみだ」

「どうぞ召し上がれ」

 ケーキは確かに逸品だった。耕平がこれまでに食べたことのあるケーキとは次元が違った。

「美味い」

「でしょ」

「ありがとう。たまには作らないと腕が鈍っちゃうんだけど、なかなか忙しくてね……」

「こんなに大きな旅館の若女将だもんね」

「周りはみんな良くしてくれるから、辛いってことはないんだけどね」

 悪戯っぽい笑みを浮かべて茜は言った。

 それからしばらくは渚と茜の学生時代の話に耕平が相槌を打つ形で会話が進んでいった。渚の過去話は非常に興味深く、耕平的にも楽しい時間を過ごせた。

 ふと会話が途切れた頃合いで、茜は耕平に好奇心を向けた。

「奥原さんは渚の教え子ってことだから、今高校生ってことですよね」

「はい」

「将来何になりたいとかもう決めてるんですか?」

 いささか唐突な質問だったが、耕平は迷うことなく頷いた。

「料理人目指してます」

「へえ」

 茜は意外そうに耕平を見た。

「進学しないの?」

「手に職つけたいんですよね」

 耕平は笑顔で言った。

「今だとみんな大学行くじゃないですか。それが悪いとは言わないですけど、その他大勢のひとりになっちゃいそうなのが嫌なんですよ。それだったら大学行く時間を修行に使った方が有意義かな、って」

 茜は渚に視線を向けた。

「それでいいの?」

「耕平くんが決めることだからね」

 渚の答えは苦笑混じりだった。

「志望理由があたしのためだったりしたら考え直せって言うところなんだけどね、彼の場合、つきあい始める前からぶれてないのよ。だから、進路に関して口出しはしないわ」

「なるほど、話はできてるんだ」

 茜は嬉しそうだった。

「よかった。なかなか彼氏ができないでいた中で、ようやくできた彼氏は教え子だって言うじゃない。正直、ものすごく心配だったのよ。で、悪いとは思ったんだけど、見せてもらいたいと思って招待させてもらったの」

「言ったでしょ。心配ないって」

「そうみたいね。話の加減で渚のために進学しないなんて言い出すようなら反対しようかとも思ってたのよ」

 茜は真剣な表情で言った。

「どうして?」

「進学を諦めるってことは、無理をするってことでしょ。どちらかに負担がかかる関係って、長続きしないわよ。あんたにはちゃんと幸せになって欲しいからね……こういうところが世話焼きおばちゃん体質って言われちゃうんだけど……」

 肩をすくめる茜が、耕平にはすごく大人に見えた。

「ひとつ訊いてもいいですか?」

「何かしら?」

「茜さんってパティシエだったって話でしたけど、それって小さい頃からの夢だったりします?」

「ええ、そうよ」

「よかったんですか?」

「諦めたのとは違うからね」

 茜はにっこり笑って言った。

「パティシエって夢を叶えて、その上での選択だからね~。何かを諦めたり犠牲にしたりって話じゃないわけよ。例えば耕平くんが大学へ行った上で料理人になるって言うのと同じ感覚かな」

「……」

 わかったような、わからなかったような微妙な気分。

 ともあれ、茜による耕平の面接(?)は無事に終わった。

「ところで露天風呂にはもう入った?」

「ううん、これから入るつもり」

「きっと満足してもらえると思うわ。二人で楽しんでね」

 含みをもたせた笑顔で言って、茜は立ち上がった。

「あんまり邪魔してもいけないから、これでおいとまするねーーごゆっくり」

「ケーキ、ごちそうさまでした」

「また明日ね」


 ここから、二人の長い夜が始まる。
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