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少しは休もうか
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それなりに名の知れた温泉地だけあって、メインストリートは大勢の湯治客で賑わっていた。雑踏の中を二人は手を繋いで歩いている。
構成割合としては年配の人が多いのだが、若いカップルとおぼしき組合せも一定数見受けられる。
「へへ~」
耕平がにんまり笑った。
「どうしたの?」
「やっぱり渚が一番綺麗だ」
「なーー」
ぼんっ、と音がしそうな勢いで渚が赤面する。
「いきなり何言い出すのよ!?」
「ほら、こう見渡してみてもさ、渚よりいい女なんてどこにもいないじゃん」
「そ、そんなこと……」
ごにょごにょと口ごもる。でも、満更でもなさそうだ。
「こ、耕平くんだってかっこいいよ?」
「クエスチョンマークがついてるみたいだけど?」
苦笑しながら言う。耕平自身、自分がイケメンでないことは重々承知しているので、特に気を悪くするようなことはなかった。
「俺は、渚の一番なら、それでいいんだ」
「安心して。そこは間違いないから」
「うん」
日頃抑圧されている反動か、こんなバカップル全開の会話にもまったく抵抗がない。
「あ、あそこかな、茜が紹介してくれたお店」
年季の入った紺色の暖簾をくぐり店内に入ると、お昼にはまだ早い時間にもかかわらず既にほとんどの席が埋まっていた。
「早めに来てよかったね」
かろうじて最後のテーブル席を確保した二人は、ホッと一息ついた。この寒空の下、並ばずに済んだのは素直にありがたかった。
「え~っと、ざるそばの大盛りと山菜そば、それから天婦羅の盛り合わせでお願いします」
と普通の注文をしたつもりだったのだが、実はこの店、味だけではなく、盛りの豪快さでも勇名を馳せており、耕平の前に運ばれてきた蕎麦の山は高さ30センチを優に超えるワールドクラスのものだった。
予備知識なしだった耕平は、絶対に一人前には見えない蕎麦山に軽く仰け反った。
「うお……」
「大丈夫? 食べきれそう?」
渚も心配そうだ。
「…あれは無理だ。普通盛りにしよう」
隣のテーブルで大盛りの注文を検討していた男性が、現物を見て怖じ気づいた。
周りの注目を浴びて、耕平は静かに闘志を燃やした。
料理人志望の耕平に出されたものを残すという選択肢は元からない。好きなものはたくさんあるが、嫌いなものはない、毎食ニコニコきれいに完食をモットーにしている耕平は、蕎麦山に敢然と戦いを挑んだ。
山を崩さぬよう、てっぺんから蕎麦を摘まんでいく。
つゆはつけすぎぬよう、半分くらいを浸してすすりこむ。
「美味い」
目の色が変わった。
口の中いっぱいに広がった蕎麦の香りは、耕平にとっては初めての体験だった。
「蕎麦ってこんなに美味かったのか」
今まで食べたことがある蕎麦とはものが違った。まったく違う食べ物と言っても過言ではないレベルだ。
一心不乱という言葉を体現するように、耕平は見事な食べっぷりを見せた。絶対に征服不可能と思われた蕎麦の山は見る見るうちにその高さを減らしていった。
目の前の渚の存在すら忘れたかのような食べっぷりは、周囲の注目を集めた。それはどんな言葉よりも蕎麦の美味さを伝えるものだった。
だから、5分程で耕平が完食した時、期せずして周囲から拍手が湧き、その音で耕平は我に返った。
「あ、ごめん」
ほったらかしにしたことを渚に詫びる。
「耕平くんが食べるの見てるだけで幸せな気分になれたよ」
渚は笑ってそう言った。
その後、耕平の食べっぷりに触発された周囲の客が相次いで大盛りを注文し、店の売り上げを普段の二倍近くまで伸ばしたのは、まあ余談である。
構成割合としては年配の人が多いのだが、若いカップルとおぼしき組合せも一定数見受けられる。
「へへ~」
耕平がにんまり笑った。
「どうしたの?」
「やっぱり渚が一番綺麗だ」
「なーー」
ぼんっ、と音がしそうな勢いで渚が赤面する。
「いきなり何言い出すのよ!?」
「ほら、こう見渡してみてもさ、渚よりいい女なんてどこにもいないじゃん」
「そ、そんなこと……」
ごにょごにょと口ごもる。でも、満更でもなさそうだ。
「こ、耕平くんだってかっこいいよ?」
「クエスチョンマークがついてるみたいだけど?」
苦笑しながら言う。耕平自身、自分がイケメンでないことは重々承知しているので、特に気を悪くするようなことはなかった。
「俺は、渚の一番なら、それでいいんだ」
「安心して。そこは間違いないから」
「うん」
日頃抑圧されている反動か、こんなバカップル全開の会話にもまったく抵抗がない。
「あ、あそこかな、茜が紹介してくれたお店」
年季の入った紺色の暖簾をくぐり店内に入ると、お昼にはまだ早い時間にもかかわらず既にほとんどの席が埋まっていた。
「早めに来てよかったね」
かろうじて最後のテーブル席を確保した二人は、ホッと一息ついた。この寒空の下、並ばずに済んだのは素直にありがたかった。
「え~っと、ざるそばの大盛りと山菜そば、それから天婦羅の盛り合わせでお願いします」
と普通の注文をしたつもりだったのだが、実はこの店、味だけではなく、盛りの豪快さでも勇名を馳せており、耕平の前に運ばれてきた蕎麦の山は高さ30センチを優に超えるワールドクラスのものだった。
予備知識なしだった耕平は、絶対に一人前には見えない蕎麦山に軽く仰け反った。
「うお……」
「大丈夫? 食べきれそう?」
渚も心配そうだ。
「…あれは無理だ。普通盛りにしよう」
隣のテーブルで大盛りの注文を検討していた男性が、現物を見て怖じ気づいた。
周りの注目を浴びて、耕平は静かに闘志を燃やした。
料理人志望の耕平に出されたものを残すという選択肢は元からない。好きなものはたくさんあるが、嫌いなものはない、毎食ニコニコきれいに完食をモットーにしている耕平は、蕎麦山に敢然と戦いを挑んだ。
山を崩さぬよう、てっぺんから蕎麦を摘まんでいく。
つゆはつけすぎぬよう、半分くらいを浸してすすりこむ。
「美味い」
目の色が変わった。
口の中いっぱいに広がった蕎麦の香りは、耕平にとっては初めての体験だった。
「蕎麦ってこんなに美味かったのか」
今まで食べたことがある蕎麦とはものが違った。まったく違う食べ物と言っても過言ではないレベルだ。
一心不乱という言葉を体現するように、耕平は見事な食べっぷりを見せた。絶対に征服不可能と思われた蕎麦の山は見る見るうちにその高さを減らしていった。
目の前の渚の存在すら忘れたかのような食べっぷりは、周囲の注目を集めた。それはどんな言葉よりも蕎麦の美味さを伝えるものだった。
だから、5分程で耕平が完食した時、期せずして周囲から拍手が湧き、その音で耕平は我に返った。
「あ、ごめん」
ほったらかしにしたことを渚に詫びる。
「耕平くんが食べるの見てるだけで幸せな気分になれたよ」
渚は笑ってそう言った。
その後、耕平の食べっぷりに触発された周囲の客が相次いで大盛りを注文し、店の売り上げを普段の二倍近くまで伸ばしたのは、まあ余談である。
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