担任教師と温泉旅行

麻婆

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二人の始まり 2

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「見て、先生」

 得意気な耕平が成績表を差し出す。

 改めて見るまでもなくわかっている。担任である以上、本人より先に見ているのだから。

 学年順位、3位。うち、英語に関しては1位。

「おみそれしました」

 表立ってはそう言うしかない。本心は「できるなら最初からやりなさいよ」だったとしても。

「いやー、こんなに勉強したの、生まれて初めてだよ~」

 普段の耕平の成績は、悪いわけではないが、いいわけでもない。

「この成績キープできれば、普通にいい大学に行けるけど、いいの?」

「俺の夢は料理人だって言ってるじゃん」

「そうだったわね」

 教師としての習性が出てしまったことに気づいて、渚は苦笑した。

「努力には報いなくちゃねーー一応訊くけど、何がお望みなのかしら?」

「先生が欲しい」

 直球ど真ん中。誤解のしようもない。

「…やっぱりそれか……」

 ふう、とため息。

「ダメ……?」

 耕平の顔が絶望に染まる。約束があっても、渚が拒むのであれば、無理強いをする気はなかったのだ。死ぬほど哀しいけど。

「もう、そんな顔しないでよ。こっちからした約束を反故にするわけないでしょ」

「じゃあーー」

 渚は小さく、だがしっかりと頷いた。

「ぃやったぁーっ!」

 渾身のガッツポーズ。

「…喜びすぎ……」

 何だかいたたまれない気持ちになる。

「これを喜ばずに何を喜ぶのさ。マジで今まで生きてきた中で一番幸せだよ」

 どこかの金メダリストのようなことを言って、耕平は全身で喜びを表した。

「ここまで期待されちゃうと、何だかプレッシャーだわ。ちゃんと満足してもらえるのかな……」

 思わず不安がこぼれてしまう。

「あ、それは絶対大丈夫」

 耕平はあっさり言った。

「え?」

 耕平はすっと渚の前に進むと、その身体を抱きしめた。

「…え…え……?」

 突然の抱擁に渚は戸惑いの声をあげたが、突き放すようなことはしなかった。

 拒否反応はなかったので、耕平はほっとした。衝動的に動いてしまったため、自分でも急すぎたかと思ったのだ。

 でも、こうして渚が受け容れてくれたので、ちゃんと気持ちを伝える。

「ーーこうしてるだけで、俺、幸せだよ」

 そう言われたら嬉しくなって、渚も耕平の背中に手をまわした。

「先生、柔らかいね」

「奥原くんはがっちりしてる。やっぱり男の子って逞しいんだね」

 二人は、同時に同じことに気づいた。

(ち、近い……) 

 抱き合った二人は、ほとんど身長差がないためほっぺたが密着した状態になっている。お互いが5センチずつ顔をずらせば唇が重なる距離だ。

(…う…うう……し、したい……) 

 微妙に顔を右に動かす。なるべく自然な感じで動かそうとしたのだが、あたりまえのように不自然だ。

(気持ちはわかるけど……)

 これもあたりまえだが、密着しているわけなので全ては筒抜けである。何を意図した動きなのかも渚には丸わかりだった。

「ーーストップ」

 あと3センチというところで、渚は頬を離した。

 オイタがバレたと思った耕平は、バツが悪そうに目を逸らした。

「初めてなんでしょ?」

「…え、あ……うん……」

「だったらなおさらーーするなら、ちゃんとしよ」

「え!?」

「何変な顔してるのよ」

「…いや、だって……」

「したくないなら別にいいわよ」

「したい、絶対したい!」

 それ以外の答えなどあり得ない。

 ただ、改まってしまうと、どうしていいやら途方に暮れてしまう。

「…えっと……」

 戸惑っている耕平を見ると、本当に初めてなんだな、というのがわかる。

(…本当にいいのかな……?)

 今更ではあるのだか罪悪感に似た思いがあるのは否めない。やはり相手が生徒というのは、心理的なハードルが相当に高い。

 しかし、その一方で嬉しく思うのも確かだった。

 耕平が自分に向けてくれる想いは純粋なものだと思うし、自分もそれは同様である。耕平のことを本当に愛しく思うし、豊富とは言えないが、これまでの恋愛経験の中でもここまで強い想いを抱くのは初めてだった。

(ちゃんと、本気、だから、いいよね)

 うん、と小さく頷いて、改めて耕平と向かい合う。

 改まってしまったせいか、耕平はガチガチに緊張してしまっている。

「せ、先生……」

「大丈夫。逃げたりしないから、落ち着いて」

 微笑んで見せると、耕平もぎこちないながら笑みを浮かべた。

 渚の方から距離を縮めた。耕平の胸に手を当て、ほんの少し視線を合わせた後、そっと目を閉じる。

 ここまでお膳立てされれば、この後どうすればいいかは耕平にもわかる。

 渚の両肩に手を置き、ゆっくり顔を近づける。

 目を閉じて待つ渚に見惚れて動きが止まりそうになったりもしたが、何とか無事に二人の唇は重なった。

 ただ唇が触れ合っただけの稚拙なキスだったが、耕平を有頂天にするには十分だった。

 時間にしてみればほんの数秒のことだったのだが、耕平にとってはその何倍、何十倍にも感じられた。

 唇が離れた後、耕平は魂を抜かれたような腑抜けた表情で渚を見つめた。

(…本当に先生とキスしたんだ……すっげえ柔らかかった…キスって、こんなに気持ちいいんだ……)

 地に足がつかないとはこのことか、というようなふわふわ感。

「感想は?   がっかりしなかった?」

「そんなわけない!」

耕平は反射的に叫んでいた。

「夢みたいだよ。最高だった」

陳腐な言葉しか出て来ない自分に絶望しそうになりながら、耕平は何とかして感動を伝えようとしたのだが、どうしても言葉が浮かばない。

そんな耕平を見ながら、渚はにこにこしている。

笑顔がとても眩しい。

無理に言葉で伝えようとしなくてもいいような気がしてきて、耕平は肩の力を抜いた。

「…もう一回、していい?」

 渚は微苦笑した。

「いいわよ」

 そして、二人はもう一度唇を重ねた。
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