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「ちょっと練習に早く来て、私の楽器を出しておいたくらいで良い気にならないでよね!!」

私はバケツに汲んだ水を、カトリーヌの頭にざばっとかけた。カトリーヌは何も言わない。

私だって本当はこんなことしたくないんだよ。でも原作通りの展開に持っていくには重要なシーンだ。

「あら、もうはじめてたのね。いい顔になってきてるじゃない、カトリーヌ。」

彼女はリラと一緒に、カトリーヌをいじめているマデリン。

あいつ、こんなとこまで来やがった。

彼女は相手が一番ダメージを負ういじめをする才能にかけては抜きん出ている。私は物語の流れを守るためにいじめはするが、それでもカトリーヌが受けるダメージを少しでも減らしたかった。

だからマデリンが加勢してこないように、教室から離れた建物のトイレにカトリーヌを連れて来たっていうのに。マデリン、今度は何をする気だ。

「これ、わかるわよね。あなたがお呼ばれしたパレハ宮殿の晩餐会の演奏で使う予定の、ショームのリード。」

彼女が使っているショーンという楽器は、オーボエと同じくケーンというイネ科の植物から出来たリードを、先端に差し込んで使う。

ショーン奏者はリードを何本も買い、一番良い音色が鳴るものを選んで使用する。オーボエだと一本3000~4000円ほどの値がするから、ショーンのリードも同じくらいの値がするに違いない。リードは一ヶ月に最低でも2本は消費する上に、良い音色が鳴るリードにはなかなかお目にかかれない。

「ここに本番用って買いてあるじゃない。これ、あなたのお気に入りのリードなのね。」

マデリンは、本番用と書かれたシールの貼られたリードをひらひらと振る。

「ねえ、カトリーヌ、聞いて。さっき私のクルムホルンのリードの先端が欠けてしまったの。可哀想だと思わない?」

それはあんたの楽器の扱いが雑なせいだ。マデリンはオーケストラでは一番人気のクルムホルンの奏者であるのだが、この学校のレベルが高いために、クルムホルンのトップ奏者にはなれていなかった。一方、カトリーヌはショーンのトップ奏者なのだ。いつもカトリーヌの才能に嫉妬して、陰湿ないじめをしている。

「私のリードが一本使えなくなったのに、あなたのリードは良い音色が出るものが揃っているなんて、おかしくないかしら。」
「それ、返して。」
「そうね、おかしいわよね。そもそもこのリードに頼りすぎるのも良くないと思うわ。そんなわけでこのリードは……。」

グシャ

カトリーヌの顔がみるみる青ざめていく。マデリンは手に持ったリードの先端を、トイレの床に押し付け、ぐしゃぐしゃに潰してしまった。

「私、今日の放課後リードを買いに行くの。あなたも良いリードが見つかると良いわね。」

そう言って、マデリンはトイレを出て行った。

午後の合奏練習開始まであと5分の出来事だった。
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