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第3話 お披露目パーティ
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あっという間に日は過ぎ去り、いよいよアンセリーナのお披露目パーティーが翌日に迫った。
「我ながらよくやったわ。これでボロが出ても責任は取れませんからね、旦那様」
コットナーの町にあるエルナンド伯爵の別邸に与えられた自室でパンナは姿見を見ながらそう呟いた。この二週間ダンスのレッスンは元より、執事長のハンスから貴族令嬢としての立ち居振る舞いなども厳しく躾けられた。パンナは寝る間もないくらい忙しい日々だったが、自分の仕事を他のメイドに肩代わりしてもらっている手前、弱音を吐くわけにもいかなかった。ちなみにそのメイドたちを始め家中の者には厳重に緘口令が敷かれ、買い物などで外出する際も一人では行けないようにするなど情報漏洩を防ぐための手は徹底されていた。
「さて、最後の仕上げね」
パンナは意を決したようにそう言い、サイドテーブルに置かれた大ぶりの鋏を手にする。そして鏡を見ながら腰まで伸びた黒髪を持ち上げた。普段は三つ編みにしているが、今は解かれているその髪の肩口辺りに鋏を当て、躊躇なく刃を閉じる。シャキッ、という乾いた音がして、彼女の艶のある黒髪が床へ落ちた。それを何回か繰り返し、パンナはあっという間にショートヘアに変貌する。
「短くするのも久しぶりね。未練はないと思ってたけど、いざ切ってみると少し勿体ないような気もするわね」
床に散らばった自分の髪を見下ろしながら独りごち、未練を断ち切るように頭を軽く振ると、パンナは別のテーブルに置かれたウィッグスタンドに載せられた金髪のウィッグを手に取る。アンセリーナの替え玉になるため伯爵が用意したものだ。いくら顔立ちや背格好が似ていても貴族の特徴である鮮やかな金髪はどうにもならない。長髪のままではこのウィッグを付けるのが難しいため、自分の髪を切ったのだ。
「うん、我ながらなかなかね」
最後に掛けていた眼鏡を取り、クリシュナの作ったドレスを身にまとったパンナが満足げに頷く。鏡に映るその姿は胸の大きさを除けばアンセリーナに瓜二つだ。明日は胸に詰め物をするので、近くで見なければ伯爵家の使用人でも見間違えるかもしれない。ちなみに彼女の眼鏡は伊達眼鏡で、パンナは視力が悪いわけではない。普段眼鏡をしているのはパンナの顔立ちがアンセリーナによく似ていることを隠すためだ。それ以外にも極力化粧をしないでおくなどの工夫もしている。だが今のパンナはしっかりと化粧をしており、それがよりアンセリーナそっくりにさせていた。
「いよいよ明日か。まあやるだけやるしかないわね」
最終確認を終え、パンナは鏡の中の貴族令嬢に頷いて見せる。緊張が解け、彼女はゆっくりドレスを脱ぎ、ウィッグを外して丁寧にハンガーラックとスタンドにそれを掛けた。これで明日の本番まで特にすることはない。パーティーの準備は他の使用人たちがつつがなくやっているはずだ。明日のために今日は早めに寝るとしよう。パンナはそう思い、化粧を落とすため洗面台へと向かった。
「ようこそお越しくださいました」
執事長のハンスが馬車を降りてきた客に深々と頭を下げる。お披露目パーティー当日。エルナンド伯爵の別邸には続々と招待客が到着していた。銀髪をオールバックにかっちり固め、手入れの行き届いた口ひげを蓄えたハンスの身のこなしには一部の隙も無い。流れるような動きで次々に貴族たちを屋敷へと案内する。
「お久しぶりです、叔父上」
貴族にしては日焼けをした肌のがっちりした体形の男がハンスに挨拶する。ハンスは恭しく頭を下げ、柔和な笑顔でそれに応えた。
「フェルマー男爵様、お久しぶりでございます」
「よしてくださいよ。そんな他人行儀な呼び方は」
フェルマーと呼ばれた男が苦笑する。彫りの深い顔にややくすんだ金髪を短く刈り揃えている。貴族の執事というのは基本的に同じ貴族の次男以降の子息が就く職であり、執事長ともなればほぼ全員が貴族出身者である。ハンスも先々代のフェルマー男爵の三男として生を受け、エルナンド家の執事となった。現男爵、ウォルト・リック・フェルマーは甥に当たる。ハンスの兄、先代男爵のスネイルが数年前病死したため、ウォルトは三十歳を待たずしてフェルマー家の当主となっていた。
「いえいえ、今やあなたは立派なフェルマー家の当主。昔のようにリック坊ちゃまなどとはお呼びできません」
「叔父上に男爵様なんて呼ばれたらこそばゆいですよ。せめてウォルトと呼んでいただけませんかね」
「かしこまりました、ウォルト様。どうぞこちらへ」
ウォルトがハンスに先導され、別邸の中に足を踏み入れる。ここは今回のような客を招いてのパーティーを行いうことを目的として造られており、正面ドアをくぐると広い廊下がまっすぐ伸びその先に巨大な円形の広間があった。五十人以上が優に入れるであろうその大広間には丸テーブルがいくつも設置してあり、その上に豪勢な食事が並べられている。中央付近に何も置かれていないのはダンスをするためだ。シャンデリアの吊り下がった高い天井の下ではすでに到着した客らがめいめいにおしゃべりに興じ、食事に手を伸ばしていた。
「盛会ですな」
広間に入り辺りを見渡していたウォルトに背後から声がかかる。振り返ると、着ているものは立派だがやせぎすで顔色の悪い男が立っていた。
「アーノルド男爵、地方会議以来ですね。今日はご子息が見えられるのでは?」
「その予定だったのですが、少し体調を崩しましてね。私に似て病弱でいけません」
クリム・フォン・アーノルド男爵は窪んだ眼を瞬かせて薄笑いを浮かべる。どうにも陰気な男だ、とウォルトは心の中で呟く。フェルマー家の領地はここコットナーの東隣のブルムという小さな町で、反対側の西隣がアクアット子爵家の領地グレーキンだ。アーノルド家の領地はそのグレーキンと伯爵領ルーディアに挟まれたイオットというさらに小さな町であった。
「それは残念ですね。ご子息のお披露目は去年でしたか。アンセリーナ様とは歳も近く話があったでしょうに」
「いえいえ、うちの家格ではエルナンド家には釣り合いません。伯爵は大層な親バ……子煩悩であられるようですし、うちの愚息など歯牙にもかけぬでしょう」
クリムが自嘲気味にそう言って笑う。どこまで本心か分からぬが、確かに伯爵の親バカぶりはウォルトも耳にしている。勿論ハンスから聞いたわけではない。甥とはいえ主人の素行について執事長の地位にあるものが軽々しく外に漏らすわけはないのだ。そんなことがなくとも地方会議などでの伯爵の言動を見ればそれくらいは容易に想像できた。
「しかしようやくアンセリーナ様のご尊顔を拝見できるわけですな。エルナンド伯爵が溺愛するご令嬢はどれほどの可憐さなのか、楽しみです」
クリムの下卑た顔を見て、ウォルトはまるで自分が見合いするようだな、と苦笑する。お披露目パーティーの表向きの眼目は無論、一人前の貴族として社交界にデビューを果たすことにあるわけだが、もう一つ周辺諸侯の子息と交流を図るということが大きな目的であった。早い話、次期に家を担う後継者たちのお見合い的な意味を持っているのだ。普段は領地に引きこもっている貴族たちの数少ない出会いの場、として活用されているわけだ。ちなみにウォルトの娘はまだ6歳であり、パーティーに参加するにはいくら何でも早すぎた。
『それにしても見事に北部の貴族たちが揃ったな。エルナンド伯爵への義理、というよりサンクリスト公に繋ぎをとるため、か。国境付近がきな臭いという話は本当らしいな』
他愛無い話に興じる貴族たちを眺めながらウォルトは心の中で呟く。子息たちの交流が主な目的、といっても当然現当主たちも多く参加している。だが通例のお披露目パーティーに比べて明らかにその参加割合が多い。そこに何らかの思惑を感じるのは彼でなくても当然だった。
「皆様、大変お待たせいたしました。これより当家のご息女、アンセリーナ・ネイヤー・エルモンド様の16歳の誕生日を祝う会を催したいと存じます」
ハンスの凛とした声が広間に響き、客たちは会話を止める。この大広間は二階までの吹き抜けになっており、二階部分は手すりの付いた回廊が巡っている。そして所々にせり出したバルコニーが設えてあり、楽隊の演奏場所や貴賓席となっていた。その一つ、玄関から見て最奥に当たる部分の一際大きいバルコニーから後ろのカーテンを開いて二人の人物が姿を現す。この屋敷の主エルナンド伯爵とその愛娘アンセリーナ……に成りすましたパンナである。
「皆様、本日はようこそおいで下さいました。我が娘アンセリーナの誕生祝にご参加下さり、心より感謝申し上げます。本来であればもっと早くこの場を設けねばならぬところ、娘が病を得て延期せねばならなくなり、お詫び申し上げます。大したおもてなしも出来ませぬが、ささやかな食事なども用意いたしましたので、ごゆっくりお寛ぎ下さい」
この食事をささやかといったら、市民は暴動を起こしそうね。パンナは緊張しながらも、ブラベールの言葉にそんなことを考えた。覚悟はしていたつもりだが、いざこれだけの貴族の前に立つと足の震えが止まらない。
「強張った顔をするな。笑顔をみせよ」
ブラベールが小声で囁く。簡単に言ってくれる。パンナは内心で憤慨しながら、何とか口角を吊り上げてぎこちない笑顔を作ると、ハンスに叩きこまれたことを思いだして優雅に見えるよう手を振った。すると今度はブラベールが手を後ろに回し、パンナの腰を軽く叩く。挨拶をしろという合図だ。
「み、皆様。ほ、本日はようこそおいで下さいました。エルナンド伯爵家長女、アンセリーナ・ネイヤー・エルナンドでございます。皆様方にお目に掛かれて光栄でございます。若輩ゆえ至らにゅ……至らぬ点も多々ございますが、王国の政の一端を担う当伯爵家のものといて精進いたしていく所存でございましゅ……ます。皆様方のご指導、ご鞭撻を賜りますようお願い申しあげ、あげます」
喉がカラカラに乾いて上手く呂律が回らない。それでも何とか覚えたセリフを口にし、パンナはほっと、息を吐いた。
「ふふ、アンセリーナ様は緊張されておられるようですな」
「でも初々しくて可愛いですわ。うちの娘など誰に似たのかふてぶてしいというか可愛げがなくて困りものですのよ」
貴族たちが勝手気ままに話しをするが、パンナはそんなことを気に掛ける余裕はなかった。早くカーテンの後ろに下がって休みたい、と願う。しかし
「まあまあといったところだな。じゃがこれからが本番じゃ。滞りなく頼むぞ、パンナ」
ブラベールが薄ら笑いを浮かべて言う。主従関係に無かったら一発尻を蹴り上げてやるところだ、とパンナは心の中で毒づく。だが確かにこれからが本番なのは確かだ。周辺諸侯、その子息への挨拶。考えただけで頭が痛くなるが、今更逃げ出すわけにもいかない。
「これよりアンセリーナが皆様方の元へご挨拶に伺います。しばしご歓談ください」
ブラベールの言葉に暗澹たる気持ちを覚えながら、パンナは重い足を引きずってカーテンの後ろへと姿を消した。
「我ながらよくやったわ。これでボロが出ても責任は取れませんからね、旦那様」
コットナーの町にあるエルナンド伯爵の別邸に与えられた自室でパンナは姿見を見ながらそう呟いた。この二週間ダンスのレッスンは元より、執事長のハンスから貴族令嬢としての立ち居振る舞いなども厳しく躾けられた。パンナは寝る間もないくらい忙しい日々だったが、自分の仕事を他のメイドに肩代わりしてもらっている手前、弱音を吐くわけにもいかなかった。ちなみにそのメイドたちを始め家中の者には厳重に緘口令が敷かれ、買い物などで外出する際も一人では行けないようにするなど情報漏洩を防ぐための手は徹底されていた。
「さて、最後の仕上げね」
パンナは意を決したようにそう言い、サイドテーブルに置かれた大ぶりの鋏を手にする。そして鏡を見ながら腰まで伸びた黒髪を持ち上げた。普段は三つ編みにしているが、今は解かれているその髪の肩口辺りに鋏を当て、躊躇なく刃を閉じる。シャキッ、という乾いた音がして、彼女の艶のある黒髪が床へ落ちた。それを何回か繰り返し、パンナはあっという間にショートヘアに変貌する。
「短くするのも久しぶりね。未練はないと思ってたけど、いざ切ってみると少し勿体ないような気もするわね」
床に散らばった自分の髪を見下ろしながら独りごち、未練を断ち切るように頭を軽く振ると、パンナは別のテーブルに置かれたウィッグスタンドに載せられた金髪のウィッグを手に取る。アンセリーナの替え玉になるため伯爵が用意したものだ。いくら顔立ちや背格好が似ていても貴族の特徴である鮮やかな金髪はどうにもならない。長髪のままではこのウィッグを付けるのが難しいため、自分の髪を切ったのだ。
「うん、我ながらなかなかね」
最後に掛けていた眼鏡を取り、クリシュナの作ったドレスを身にまとったパンナが満足げに頷く。鏡に映るその姿は胸の大きさを除けばアンセリーナに瓜二つだ。明日は胸に詰め物をするので、近くで見なければ伯爵家の使用人でも見間違えるかもしれない。ちなみに彼女の眼鏡は伊達眼鏡で、パンナは視力が悪いわけではない。普段眼鏡をしているのはパンナの顔立ちがアンセリーナによく似ていることを隠すためだ。それ以外にも極力化粧をしないでおくなどの工夫もしている。だが今のパンナはしっかりと化粧をしており、それがよりアンセリーナそっくりにさせていた。
「いよいよ明日か。まあやるだけやるしかないわね」
最終確認を終え、パンナは鏡の中の貴族令嬢に頷いて見せる。緊張が解け、彼女はゆっくりドレスを脱ぎ、ウィッグを外して丁寧にハンガーラックとスタンドにそれを掛けた。これで明日の本番まで特にすることはない。パーティーの準備は他の使用人たちがつつがなくやっているはずだ。明日のために今日は早めに寝るとしよう。パンナはそう思い、化粧を落とすため洗面台へと向かった。
「ようこそお越しくださいました」
執事長のハンスが馬車を降りてきた客に深々と頭を下げる。お披露目パーティー当日。エルナンド伯爵の別邸には続々と招待客が到着していた。銀髪をオールバックにかっちり固め、手入れの行き届いた口ひげを蓄えたハンスの身のこなしには一部の隙も無い。流れるような動きで次々に貴族たちを屋敷へと案内する。
「お久しぶりです、叔父上」
貴族にしては日焼けをした肌のがっちりした体形の男がハンスに挨拶する。ハンスは恭しく頭を下げ、柔和な笑顔でそれに応えた。
「フェルマー男爵様、お久しぶりでございます」
「よしてくださいよ。そんな他人行儀な呼び方は」
フェルマーと呼ばれた男が苦笑する。彫りの深い顔にややくすんだ金髪を短く刈り揃えている。貴族の執事というのは基本的に同じ貴族の次男以降の子息が就く職であり、執事長ともなればほぼ全員が貴族出身者である。ハンスも先々代のフェルマー男爵の三男として生を受け、エルナンド家の執事となった。現男爵、ウォルト・リック・フェルマーは甥に当たる。ハンスの兄、先代男爵のスネイルが数年前病死したため、ウォルトは三十歳を待たずしてフェルマー家の当主となっていた。
「いえいえ、今やあなたは立派なフェルマー家の当主。昔のようにリック坊ちゃまなどとはお呼びできません」
「叔父上に男爵様なんて呼ばれたらこそばゆいですよ。せめてウォルトと呼んでいただけませんかね」
「かしこまりました、ウォルト様。どうぞこちらへ」
ウォルトがハンスに先導され、別邸の中に足を踏み入れる。ここは今回のような客を招いてのパーティーを行いうことを目的として造られており、正面ドアをくぐると広い廊下がまっすぐ伸びその先に巨大な円形の広間があった。五十人以上が優に入れるであろうその大広間には丸テーブルがいくつも設置してあり、その上に豪勢な食事が並べられている。中央付近に何も置かれていないのはダンスをするためだ。シャンデリアの吊り下がった高い天井の下ではすでに到着した客らがめいめいにおしゃべりに興じ、食事に手を伸ばしていた。
「盛会ですな」
広間に入り辺りを見渡していたウォルトに背後から声がかかる。振り返ると、着ているものは立派だがやせぎすで顔色の悪い男が立っていた。
「アーノルド男爵、地方会議以来ですね。今日はご子息が見えられるのでは?」
「その予定だったのですが、少し体調を崩しましてね。私に似て病弱でいけません」
クリム・フォン・アーノルド男爵は窪んだ眼を瞬かせて薄笑いを浮かべる。どうにも陰気な男だ、とウォルトは心の中で呟く。フェルマー家の領地はここコットナーの東隣のブルムという小さな町で、反対側の西隣がアクアット子爵家の領地グレーキンだ。アーノルド家の領地はそのグレーキンと伯爵領ルーディアに挟まれたイオットというさらに小さな町であった。
「それは残念ですね。ご子息のお披露目は去年でしたか。アンセリーナ様とは歳も近く話があったでしょうに」
「いえいえ、うちの家格ではエルナンド家には釣り合いません。伯爵は大層な親バ……子煩悩であられるようですし、うちの愚息など歯牙にもかけぬでしょう」
クリムが自嘲気味にそう言って笑う。どこまで本心か分からぬが、確かに伯爵の親バカぶりはウォルトも耳にしている。勿論ハンスから聞いたわけではない。甥とはいえ主人の素行について執事長の地位にあるものが軽々しく外に漏らすわけはないのだ。そんなことがなくとも地方会議などでの伯爵の言動を見ればそれくらいは容易に想像できた。
「しかしようやくアンセリーナ様のご尊顔を拝見できるわけですな。エルナンド伯爵が溺愛するご令嬢はどれほどの可憐さなのか、楽しみです」
クリムの下卑た顔を見て、ウォルトはまるで自分が見合いするようだな、と苦笑する。お披露目パーティーの表向きの眼目は無論、一人前の貴族として社交界にデビューを果たすことにあるわけだが、もう一つ周辺諸侯の子息と交流を図るということが大きな目的であった。早い話、次期に家を担う後継者たちのお見合い的な意味を持っているのだ。普段は領地に引きこもっている貴族たちの数少ない出会いの場、として活用されているわけだ。ちなみにウォルトの娘はまだ6歳であり、パーティーに参加するにはいくら何でも早すぎた。
『それにしても見事に北部の貴族たちが揃ったな。エルナンド伯爵への義理、というよりサンクリスト公に繋ぎをとるため、か。国境付近がきな臭いという話は本当らしいな』
他愛無い話に興じる貴族たちを眺めながらウォルトは心の中で呟く。子息たちの交流が主な目的、といっても当然現当主たちも多く参加している。だが通例のお披露目パーティーに比べて明らかにその参加割合が多い。そこに何らかの思惑を感じるのは彼でなくても当然だった。
「皆様、大変お待たせいたしました。これより当家のご息女、アンセリーナ・ネイヤー・エルモンド様の16歳の誕生日を祝う会を催したいと存じます」
ハンスの凛とした声が広間に響き、客たちは会話を止める。この大広間は二階までの吹き抜けになっており、二階部分は手すりの付いた回廊が巡っている。そして所々にせり出したバルコニーが設えてあり、楽隊の演奏場所や貴賓席となっていた。その一つ、玄関から見て最奥に当たる部分の一際大きいバルコニーから後ろのカーテンを開いて二人の人物が姿を現す。この屋敷の主エルナンド伯爵とその愛娘アンセリーナ……に成りすましたパンナである。
「皆様、本日はようこそおいで下さいました。我が娘アンセリーナの誕生祝にご参加下さり、心より感謝申し上げます。本来であればもっと早くこの場を設けねばならぬところ、娘が病を得て延期せねばならなくなり、お詫び申し上げます。大したおもてなしも出来ませぬが、ささやかな食事なども用意いたしましたので、ごゆっくりお寛ぎ下さい」
この食事をささやかといったら、市民は暴動を起こしそうね。パンナは緊張しながらも、ブラベールの言葉にそんなことを考えた。覚悟はしていたつもりだが、いざこれだけの貴族の前に立つと足の震えが止まらない。
「強張った顔をするな。笑顔をみせよ」
ブラベールが小声で囁く。簡単に言ってくれる。パンナは内心で憤慨しながら、何とか口角を吊り上げてぎこちない笑顔を作ると、ハンスに叩きこまれたことを思いだして優雅に見えるよう手を振った。すると今度はブラベールが手を後ろに回し、パンナの腰を軽く叩く。挨拶をしろという合図だ。
「み、皆様。ほ、本日はようこそおいで下さいました。エルナンド伯爵家長女、アンセリーナ・ネイヤー・エルナンドでございます。皆様方にお目に掛かれて光栄でございます。若輩ゆえ至らにゅ……至らぬ点も多々ございますが、王国の政の一端を担う当伯爵家のものといて精進いたしていく所存でございましゅ……ます。皆様方のご指導、ご鞭撻を賜りますようお願い申しあげ、あげます」
喉がカラカラに乾いて上手く呂律が回らない。それでも何とか覚えたセリフを口にし、パンナはほっと、息を吐いた。
「ふふ、アンセリーナ様は緊張されておられるようですな」
「でも初々しくて可愛いですわ。うちの娘など誰に似たのかふてぶてしいというか可愛げがなくて困りものですのよ」
貴族たちが勝手気ままに話しをするが、パンナはそんなことを気に掛ける余裕はなかった。早くカーテンの後ろに下がって休みたい、と願う。しかし
「まあまあといったところだな。じゃがこれからが本番じゃ。滞りなく頼むぞ、パンナ」
ブラベールが薄ら笑いを浮かべて言う。主従関係に無かったら一発尻を蹴り上げてやるところだ、とパンナは心の中で毒づく。だが確かにこれからが本番なのは確かだ。周辺諸侯、その子息への挨拶。考えただけで頭が痛くなるが、今更逃げ出すわけにもいかない。
「これよりアンセリーナが皆様方の元へご挨拶に伺います。しばしご歓談ください」
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