塞ぐ

虎島沙風

文字の大きさ
15 / 50
第二章

第六節

しおりを挟む
 雪弥が教室に入ると、後ろの席の方で華那と風花の二人が何やら楽しそうに喋っていた。既に、机が四台寄せられており机の島ができている。
 華那と風花は、真後ろに窓がある奥側の席で隣同士に座っている。陽翔は今ちょうど風花の前の席に座った。陽翔が座ったので、空いている席は華那の前にある席だけとなった。
 じゃあ、俺はあそこに座ればいいんだな。っていや待て! あそこは元々俺の席じゃねぇか? …………ああそうか。なるほど。
 雪弥の席は、誰かの手によって動かされて三台の机をくっつけられていた。誰が犯人かはすぐに予想がつく。
 絶対、陽翔だな。
「あっ、清水!」
 風花が雪弥と目が合った途端に声を上げた。
「俺、篠田陽翔が『清水雪弥』を無事に捕獲完了したよ!」
 すると、陽翔がニコニコ顔でわざとらしく敬礼しながら風花に返す。
 おい人を危険生物みたいに扱うんじゃねぇ、と陽翔に文句を言いたくなったがやめて、そのまま自分の席へ向かった。陽翔の冗談を逐一気にする方が負けなのだ。風花が雪弥を見ながらクスクスと面白そうに笑う声も気にしない振りをする。
 雪弥が自分の席の前まで到着すると、席に座っている華那とばっちり目が合った。だが、華那はさっと雪弥から目を逸らした。マジか、と針を刺されたかのように鋭く胸が痛む。
 華那は英単語帳を見ながらノートに英単語を繰り返し書いていた。張り詰めた空気を体全体に纏っているのが分かる。
 雪弥は華那に声をかけずに抱えていた自分の荷物を机に置いてからそっと席に着いた。そして、一昨日に華那につい言ってしまった言葉を意識的に思い出す。

『俺は……、相手の気持ちをろくに考えずに相手が最も聞きたくない話をして傷つけた。……心に取り返しのつかない深い傷をつけてしまったんだ』

 一昨日、雪弥は華那にある悩みを打ち明けた。
去年の十一月中旬にサッカー部のキャプテンである天崎あまさき颯斗はやとと喧嘩をしてしまった。喧嘩の原因は自分が余計な話をした事だった。自分のせいで颯斗を深く傷つけてしてしまった。だから今でも、傷つけてしまった事をひどく後悔しており気に病んでいる。
 華那にそのように打ち明けてしまったのだ。
 だが、詳しい喧嘩内容や教室に遅れてきた理由の詳細は伏せたままだ。
 華那には負担を掛けたくないしな……。スパイクの事も絶対に言わねぇ。てか言っちゃいけねぇ。
 帰り際、華那に心配をかけないように嘘を吐いて必死に誤魔化した。しかし、別れてから雪弥が不安になって振り返ってみた時、華那は暗い表情で俯きながら玄関のドアを閉めていた。
 俺が悩みを打ち明けたせいだ……。
 華那に対する申し訳なさで、気が狂いそうになるくらい胸が痛んだ。
 打ち明けなければよかったと雪弥が後悔していると、
「陽翔くんは清水がどこにいるのか分かったうえで探しに行ったの?」
 風花の声で一気に現実へと引き戻された。
「もちのろん!」
 元気よく答えたのは風花に質問された陽翔である。
「俺は最初から職員室前にいると思って、A棟の方に向かったよ。……まぁ、途中で雪弥と会ったから見た訳じゃないけど。雪弥は職員室前で富川先生に数学の問題を教わってた」

 そうだよね?

陽翔がこちらを見ながらそう訊いてきたので、雪弥は「ああ」と素直に頷いた。それから数学の教科書とノートを学生鞄に仕舞いつつ考える。
 そういや、訊かれなかったもんな……。
 陽翔と遭遇した時、雪弥は既にB棟を歩いていた。恐らく、陽翔は雪弥が手に抱えている数学IIの教科書を見て、自分の予想通り職員室前にいたのだと確信したのだ。だから陽翔は雪弥に何をしていたのかを訊かなかったのだろう。いや、雪弥がすぐに逃亡したせいで質問する暇がなかっただけかもしれないが。
「あっ、そうなんだ!?」
 風花は目を丸くした。
「昨日陽翔くんが、清水は『図書館で勉強してるよ』って教えてくれたから、てっきり今日もさっさと図書館に行っちゃったのかと思ってた」
「雪弥の机の横に鞄がかけてあるのを見てまだ校内にいるって分かったから、俺は雪弥を探しに行ったんだ」
「そっか! 私、清水の席がどこか知らないから分かんなかった」
「雪弥の席はここだよ」
 言いつつ陽翔は雪弥の机を指差す。
「俺の席は他の人に使われてるから雪弥の席と周りの席を借りたんだ」
 雪弥は引き出しの中から英語のファイルを取り出しながら内心呆れた。
 やっぱり、お前が俺の席を使った犯人だったのかよ。俺を勉強会に参加させる為──いや。巻き込む為に俺の席を使ったな……?
「ああ、本当だ!」
 風花は不機嫌そうな声を出した。
「ねぇ。私があの子に『陽翔くんの席を返して!』って言ってこようか?」
 そう言うや否や席から立ち上がる風花に「ううん」と陽翔は穏やかに微笑んだ。
「言ってこなくても大丈夫だよ。雪弥とは違って俺の場合は勝手に使われたんじゃないから。『使ってもいい?』って訊かれてから貸したんだ」
「そうなんだ! ごめん。私ってば、早とちりしちゃった」
 陽翔の説明を受けて風花は恥ずかしそうに席に着いた。
「ううん。俺が『使われてる』なんて紛らわしい言い方をしたのが悪かった。……それに風花は俺の為に言いに行こうとしてくれたんだよね? ありがとう」
「ううん、どういたしましてっ!」
 風花がやや上ずった声で陽翔に返した時に、雪弥の前方からペラッという音が聞こえた。
 何の音だと疑問に思って目を向けると、華那が英単語帳のページを繰っていた。こちらが声をかけづらいほど真剣な表情をしている。
 陽翔と円井がペチャクチャ喋ってんのに集中力半端ねぇな……。雪弥が感心していると、いつの間にか陽翔と風花も勉強を始めていた。
 さてと。じゃあ、俺もそろそろ始めるか……。
 雪弥はそう思いつつ筆箱から水色のシャープペンシルを取り出した。




「はぁ、疲れた~! ね、ちょっと休憩しない?」
「いや、風花は結構前から休憩してたよね?」
 背筋を伸ばしながら提案した風花に華那が突っ込みを入れた。雪弥が今日初めて聞いた華那の声は思いの外明るかったので、良かったと胸を撫で下ろす。
「あれ、そうだったっけ?」
「うん、そうだったよ。風花だけ超休憩してた!」
 ふと左隣を見ると、陽翔が目を瞑って休憩していた。
 あれ、お前も疲れたのか? ──って事は今何時だ?
 教室の時計を確認してみると5時50分を示している。お、結構経ったなぁ、と思いながら視線を戻したその時だ。
「ねぇ、雪弥! 英語の勉強ってどんな感じでしてる?」
 華那が机に両手をついて、雪弥側に身を乗り出してきた。急に華那の顔が近くなって雪弥は思わずたじろぐ。透き通った白い肌から猫のように綺麗な瞳、左にある黒子まではっきりと見えた。
 雪弥はやや遅れて自分の勉強方法を華那に短く纏めて教えた。
「そうなんだ、ありがとう! 凄く参考になるよ」
 華那は嬉しそうに微笑んだ。華那の笑顔を目にして雪弥の心臓は一気に鼓動を速めていく。
 うるせぇな。静かにしろよ。バカ野郎。
 雪弥は内心自分の心臓に対して暴言を三つ吐いた。それから目を伏せつつ徐に口を開く。
「……いや、どういたしまして」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

僕《わたし》は誰でしょう

紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

沢田くんはおしゃべり

ゆづ
青春
第13回ドリーム大賞奨励賞受賞✨ありがとうございました!! 【あらすじ】 空気を読む力が高まりすぎて、他人の心の声が聞こえるようになってしまった普通の女の子、佐藤景子。 友達から地味だのモブだの心の中で言いたい放題言われているのに言い返せない悔しさの日々の中、景子の唯一の癒しは隣の席の男子、沢田空の心の声だった。 【佐藤さん、マジ天使】(心の声) 無口でほとんどしゃべらない沢田くんの心の声が、まさかの愛と笑いを巻き起こす! めちゃコミ女性向け漫画原作賞の優秀作品にノミネートされました✨ エブリスタでコメディートレンドランキング年間1位(ただし完結作品に限るッ!) エブリスタ→https://estar.jp/novels/25774848

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。  源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。  長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。  そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。  明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。 〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。

12年目の恋物語

真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。 だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。 すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。 2人が結ばれるまでの物語。 第一部「12年目の恋物語」完結 第二部「13年目のやさしい願い」完結 第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中 ※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

処理中です...