昼、侯爵令嬢 夜、暗殺者

とうもろこし

文字の大きさ
8 / 28

8 運命の時、来る

しおりを挟む

 王立学園入学まであと一週間に迫った頃。ビルワース家の屋敷では入学に向けての準備が着々と進められ、あとは入学式を待つのみとなった。

「ふむ……」

 ガーベラは夕食を終えると、リビングで食後の一杯を頂きながらセバスチャンが作成したリストに目を通していた。

 リストの内容は彼女と同学年として入学する貴族の子供達に関する情報だ。

 王立学園は基本的に貴族の子弟が学びにやって来るが、貴族に認められた庶民――従者の子や特別才能が豊かであると認められた者――も入学を許される。

 今年の入学者は全部で二百名ほど。内、二割が貴族家の男子、四割が貴族家の令嬢、残り三割が爵位を持たぬ文官や武官、庶民の家に生まれた子(男女含む)であった。因みにこの総数は地方領地からやって来る入学者も含めての数だ。

「中でも特別優秀と評判なのは三名です」

 王家の次男である第二王子クリストファー・アグレシア。

 こちらは多く語るまでもあるまい。王家という国の頂点である家に生まれた次男坊。幼少期の頃から最高の師を揃えられ、学問も武術も英才教育を施された男子である。

 六歳上に長男である第一王子のパトリック・アグレシアが存在しているため、次期国王は長男とされているが『スペア』という意味では重要な男子だ。長男も優れた才を持っているようだが、弟であるクリストファーも負けず劣らずといった評判。

 次に王都騎士団長の長男、リグル・バーデン。

 家の爵位は伯爵であるが騎士団長という特別職に就いているのもあって、実質的には侯爵位と同等、状況によってはそれ以上の権力と発言力を持っている。何より、王家に近しい家とあってビルワース家よりも重要度は上とされているだろう。

 リグルはクリストファーと幼少期の頃から仲が良く、親友といった間柄。勿論、彼も騎士団長である父親に恥じぬ剣術の才能と実力を持っているし、頭も良い。

 第二王子であるクリストファーの護衛も兼ねた入学と噂されている事から、学園入学後からクリストファーと距離が近い位置に収まるだろうと予想される。

 最後の一人はアダム・ディール。

 彼の家は近年誕生した伯爵家であるが、特徴としては一家全員が「魔法使い」という事だ。伯爵家当主は宮廷魔法使い筆頭であり、母親も元宮廷魔法使い。当主である父親が数十年前に功績を挙げ、その褒章として伯爵位を授与される。

 魔法を使える人間はかなり稀なのだが、ディール家は二代にわたって魔法という能力を得た。しかも、息子は既に父親と同等の才能を発揮しているらしく、王家からも将来を期待されているらしい。

「家として最良なのは王家でしょうが、お嬢様の求める自由も考えると……爵位的には伯爵家であるディール家です。しかし、こちらも魔法使いの家系ですからね。恐らくは婚約者に魔法の才を求めると思います」

 セバスチャンは爵位や王国の地位だけで判断した「お嬢様の旦那様にピッタリランキング」を発表するが、前にも説明した通りガーベラの世代には男子の数が少ない。

 貴族男子が全入学者数の二割しかいないのは近年稀な事態――基本的に貴族令嬢は貴族位を持つ家の子と結婚するのが通常なため――であるし、群を抜いて優秀な男子が王家を含めても三人というのも珍しい。

 対して貴族令嬢が多いという事はそれだけ競争率が高いという事だ。

「ふむ。参考に致しましょう」

 ただ、ガーベラとしてはあまり興味が無さそうだ。まぁ、彼女は恋愛結婚を望んでいるので紙に書かれた肩書や家柄などに惹かれぬのは当たり前かもしれないが。

 教えてくれたセバスチャンも「参考程度に」と前置きしている事もあって、ガーベラのリアクションに対して落胆する様子は見られない。

「経済面で見たらどうでしょう? 令嬢の家も含めてね」

 そう告げたガーベラに対し、セバスチャンは別のリストを手渡した。

「ご令嬢の家となりますが、この家と、この家は特別優秀ですね。こちらの家は地方領主ですが、国の食糧生産を多く担っております。こちらの家は代々商家であり、王都の高級街に店を構えておりますし、他領地にも出店しております」

 どちらもビルワース家より爵位は下で、地方領主の家は子爵家。王都高級街に店を構える豪商貴族は伯爵家であった。ただ、どちらも子は令嬢である。

「なるほど」

 ガーベラは二つの家の名をペンでチェックマークを入れた。入学後、彼女等に近付いて何か得る物があるか探るつもりらしい。

「それと、我々がこうして各家をチェックしているのと同様に、他の家もビルワース家をチェックしているでしょう。入学後はそれなりの数が近づいて来ると予想されます」

 金儲けを考える家はビルワース家が世に出すブルーダイヤモンドやその他宝石を目当てに。先ほど挙がった三名以外の男子はガーベラの持つ爵位や彼女の美しさそのものに惹かれて寄って来るかもしれない。

 何にせよ、個人個人の見極めが重要であるとセバスチャンは助言する。

「しかし、将来を見据えた付き合いも大事でありますが、信頼できるご友人を作るのも大切です」

 あまり損得勘定で動くのもよくない。心から信頼できる友を作るのも学園に通う一つのメリットと言えるだろう。

「ええ。そうですわね」

 冷静な様子で返すガーベラだが、彼女の眉間には小さな皺が寄っていた。

 彼女はこれまで屋敷の敷地からあまり外に出なかった。買い物程度で外に出た経験は勿論あるが、王城や他貴族が催す夜会などに出席した事がない。

 それは両親を失った事も関係しているが、ガーベラに婚姻を迫る貴族と接触させない方針もあったからだ。加えて、魔法の本で運命に抗う訓練に夢中だった事もある。

 要は人付き合いに関する経験が極端に少ない。これまで屋敷にいる使用人達としか触れ合ってこなかった。

 彼女が考えている事を代弁するならば「学園でお友達作れるかな? ドキドキ!」って感じである。

「そう不安に思う事も無いかと思いますよ。お嬢様はいつも通り過ごせばよろしいかと思います」

 彼女が内心抱える不安に対して「お見通し」とばかりに笑いかけてきたのはモナだった。彼女はガーベラの不安を解くように手を握り、大丈夫ですと一言告げる。

「そう……ね。学んだ事を活かして頑張るわ」

 ガーベラはモナの手を握り返し、ニコリと笑う。不安が解消された彼女は「今日は寝る」と告げてモナと共に自室へ戻った。

 自室に戻るとモナに手伝ってもらいながら寝間着に着替え、天蓋付きのベッドの中に潜り込む。部屋の灯りであるランプを消したモナに「おやすみ」と告げて、目を瞑った。

 数十分後には彼女の意識は眠りに落ちた。確かに眠りに落ちていたのだ。スヤスヤと可愛い寝息を立てているし、時よりモゾモゾと動いては無意識に大きな枕を抱き枕にする仕草も見れた。

 確かに彼女はいつも通り眠っていたのだが――

 パキ。

 自室の窓から鳴った小さな音。家鳴りにも勘違いしそうなほどの極小音。そのような小さな音に彼女はピクリと反応を示す。

 一気に意識が覚醒していき、目を瞑ったまま耳の神経を研ぎ澄まし続けた。

 カチン。キィ。

 窓の鍵が開けられて、次は窓が開く音。

 神経を研ぎ澄ましているからこそわかる。侵入者が鍵を開け、窓を開ける動作はかなりゆっくりだ。中にいるガーベラに万が一でも気付かれぬよう、随分と慎重に行動しているのが分かった。

 トン。

 窓を越え、部屋の中へ入ってきた。着地した音から察するに、侵入者が履いている靴底は厚いらしい。

 スッ、スッ……。

 今度は履いているズボンが擦れる音がした。足音を鳴らさぬようゆっくりと動いているようだが、布が擦れる音までは消せない。

 スッ。

 擦れる音が終わった。どうやら侵入者はガーベラの近くまで来たようだ。

 カチ。フゥー……。

 次に聞こえたのはナイフホルスターの金具にナイフが当たった音。それと侵入者の緊張する息使い。息使いから察するに相手は男のようだ。

 聞こえた時点でガーベラは侵入者の格付けを終える。

 評価は三流だ。

「―――ッ!」

「なにッ!?」

 侵入者がガーベラの口を塞ごうと手を伸ばした瞬間、ガーベラは抱き枕にしていた枕を侵入者に向かって投げつけた。

 突然の出来事に声を上げる侵入者。顔に当たった枕を払いのけ、逆手に持ったナイフでガーベラを刺そうとしたようだが――遅すぎる。

「ふんっ!」

「あぎゃ!?」

 枕を投げた瞬間、ベッドから飛び出したガーベラは侵入者の顎に掌底を一発。ごりん、と顎が弾かれて脳が揺れたせいか相手は後ろに数歩よろめいた。

「乙女の寝室に侵入するとは、罪深いですわね」

 脳を揺らして隙を強制的に作った後、ガーベラは侵入者の手首を捻り上げてナイフを床に落とさせた。落ちたナイフを足で蹴飛ばして、遠くに飛ばしておく事も忘れない。

「こ、このクソアマッ!」

 ナイフを失った侵入者は素手でガーベラをどうにかしようとしたのだろう。だが、この行動こそが三流の証である。

「相手の力量すら計れないとは。ハッ。お笑いですわね」

 相手からすれば、無垢でひ弱な令嬢を殺す簡単なお仕事、と思っていたに違いない。だが、相手が悪かった。

 ガーベラは胸の前で拳を構えながら鼻で相手を笑う。

 侵入者である男が放った大振りの右ストレートをスウェーで躱し、態勢を戻す勢いと腰を使った理想的な形のボディーブローを脇腹に叩き込んだ。

「ゲェ!?」

 非力と囁かれる貴族令嬢とは思えぬ重いパンチだ。侵入者は逆流してきた胃液を床にぶちまけた。

 ただ、これだけでは終わらない。

「ふぅぅんッ!!」

 ガーベラは間髪入れず、体をくの字に曲げて腹をおさえる侵入者の顎に強烈なアッパーを叩き込む。

 侵入者の体はくの字からエビ反りへ。足が宙に浮くほどの勢いで体を反らした侵入者は地面に沈む。ガーベラの華麗なKO勝ちである。

「ボディーブローは余計でしたわ。床が汚れてしまいましてよ」

 ガーベラは汚れたラグを睨みつけながら「最悪ですわ」と零し、最後に相手の脇腹へ蹴りを叩き込んだ。  
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

悪女の針仕事〜そのほころび、見逃しません!〜

陰陽@4作品商業化(コミカライズ他)
ファンタジー
公爵令嬢として生まれながら、子ども時代からメイドや周囲の陰謀で、次々と濡れ衣を着せられ、「悪女」扱いされてきたミリアム。 第3王子との婚約を聖女に奪われ、聖女への嫌がらせの冤罪で国外追放された後、平民として生き延びる中で、何度も5年前へのロールバック(逆行)を繰り返すことに。 生計をたてる為に、追放後の平民生活で極めた針仕事が、ロールバックが繰り返されることで、針仕事の能力だけは引き継がれ、天才的な実力を手に入れる。 その時女神「アテナ」の加護を得て、2つの力を手にすることに。 「加護縫い」 (縫った布に強力な祝福を込められる) 「嘘のほころびを見抜く力」 (相手の嘘を布のほころびとして視覚的に捉え、引き抜く、または繕うことで、真実を暴いたり修正したりする) を手にしたミリアムは、5歳の幼女時代まで遡り、2つの力で悪評をぬりかえ、仲違いしていた家族も、加護の力を与えることで協力な味方へと変貌。 さらに、女神から可愛いしもべ「アリアドネ」を授かり、元婚約者と聖女にザマァを狙う中、加護縫いの能力が最も高い人間を王太子妃に迎える決まりのある大国、ルーパート王国の王子が近付いて来て……?

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

私ですか?

庭にハニワ
ファンタジー
うわ。 本当にやらかしたよ、あのボンクラ公子。 長年積み上げた婚約者の絆、なんてモノはひとっかけらもなかったようだ。 良く知らんけど。 この婚約、破棄するってコトは……貴族階級は騒ぎになるな。 それによって迷惑被るのは私なんだが。 あ、申し遅れました。 私、今婚約破棄された令嬢の影武者です。

処理中です...