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8 運命の時、来る
しおりを挟む王立学園入学まであと一週間に迫った頃。ビルワース家の屋敷では入学に向けての準備が着々と進められ、あとは入学式を待つのみとなった。
「ふむ……」
ガーベラは夕食を終えると、リビングで食後の一杯を頂きながらセバスチャンが作成したリストに目を通していた。
リストの内容は彼女と同学年として入学する貴族の子供達に関する情報だ。
王立学園は基本的に貴族の子弟が学びにやって来るが、貴族に認められた庶民――従者の子や特別才能が豊かであると認められた者――も入学を許される。
今年の入学者は全部で二百名ほど。内、二割が貴族家の男子、四割が貴族家の令嬢、残り三割が爵位を持たぬ文官や武官、庶民の家に生まれた子(男女含む)であった。因みにこの総数は地方領地からやって来る入学者も含めての数だ。
「中でも特別優秀と評判なのは三名です」
王家の次男である第二王子クリストファー・アグレシア。
こちらは多く語るまでもあるまい。王家という国の頂点である家に生まれた次男坊。幼少期の頃から最高の師を揃えられ、学問も武術も英才教育を施された男子である。
六歳上に長男である第一王子のパトリック・アグレシアが存在しているため、次期国王は長男とされているが『スペア』という意味では重要な男子だ。長男も優れた才を持っているようだが、弟であるクリストファーも負けず劣らずといった評判。
次に王都騎士団長の長男、リグル・バーデン。
家の爵位は伯爵であるが騎士団長という特別職に就いているのもあって、実質的には侯爵位と同等、状況によってはそれ以上の権力と発言力を持っている。何より、王家に近しい家とあってビルワース家よりも重要度は上とされているだろう。
リグルはクリストファーと幼少期の頃から仲が良く、親友といった間柄。勿論、彼も騎士団長である父親に恥じぬ剣術の才能と実力を持っているし、頭も良い。
第二王子であるクリストファーの護衛も兼ねた入学と噂されている事から、学園入学後からクリストファーと距離が近い位置に収まるだろうと予想される。
最後の一人はアダム・ディール。
彼の家は近年誕生した伯爵家であるが、特徴としては一家全員が「魔法使い」という事だ。伯爵家当主は宮廷魔法使い筆頭であり、母親も元宮廷魔法使い。当主である父親が数十年前に功績を挙げ、その褒章として伯爵位を授与される。
魔法を使える人間はかなり稀なのだが、ディール家は二代にわたって魔法という能力を得た。しかも、息子は既に父親と同等の才能を発揮しているらしく、王家からも将来を期待されているらしい。
「家として最良なのは王家でしょうが、お嬢様の求める自由も考えると……爵位的には伯爵家であるディール家です。しかし、こちらも魔法使いの家系ですからね。恐らくは婚約者に魔法の才を求めると思います」
セバスチャンは爵位や王国の地位だけで判断した「お嬢様の旦那様にピッタリランキング」を発表するが、前にも説明した通りガーベラの世代には男子の数が少ない。
貴族男子が全入学者数の二割しかいないのは近年稀な事態――基本的に貴族令嬢は貴族位を持つ家の子と結婚するのが通常なため――であるし、群を抜いて優秀な男子が王家を含めても三人というのも珍しい。
対して貴族令嬢が多いという事はそれだけ競争率が高いという事だ。
「ふむ。参考に致しましょう」
ただ、ガーベラとしてはあまり興味が無さそうだ。まぁ、彼女は恋愛結婚を望んでいるので紙に書かれた肩書や家柄などに惹かれぬのは当たり前かもしれないが。
教えてくれたセバスチャンも「参考程度に」と前置きしている事もあって、ガーベラのリアクションに対して落胆する様子は見られない。
「経済面で見たらどうでしょう? 令嬢の家も含めてね」
そう告げたガーベラに対し、セバスチャンは別のリストを手渡した。
「ご令嬢の家となりますが、この家と、この家は特別優秀ですね。こちらの家は地方領主ですが、国の食糧生産を多く担っております。こちらの家は代々商家であり、王都の高級街に店を構えておりますし、他領地にも出店しております」
どちらもビルワース家より爵位は下で、地方領主の家は子爵家。王都高級街に店を構える豪商貴族は伯爵家であった。ただ、どちらも子は令嬢である。
「なるほど」
ガーベラは二つの家の名をペンでチェックマークを入れた。入学後、彼女等に近付いて何か得る物があるか探るつもりらしい。
「それと、我々がこうして各家をチェックしているのと同様に、他の家もビルワース家をチェックしているでしょう。入学後はそれなりの数が近づいて来ると予想されます」
金儲けを考える家はビルワース家が世に出すブルーダイヤモンドやその他宝石を目当てに。先ほど挙がった三名以外の男子はガーベラの持つ爵位や彼女の美しさそのものに惹かれて寄って来るかもしれない。
何にせよ、個人個人の見極めが重要であるとセバスチャンは助言する。
「しかし、将来を見据えた付き合いも大事でありますが、信頼できるご友人を作るのも大切です」
あまり損得勘定で動くのもよくない。心から信頼できる友を作るのも学園に通う一つのメリットと言えるだろう。
「ええ。そうですわね」
冷静な様子で返すガーベラだが、彼女の眉間には小さな皺が寄っていた。
彼女はこれまで屋敷の敷地からあまり外に出なかった。買い物程度で外に出た経験は勿論あるが、王城や他貴族が催す夜会などに出席した事がない。
それは両親を失った事も関係しているが、ガーベラに婚姻を迫る貴族と接触させない方針もあったからだ。加えて、魔法の本で運命に抗う訓練に夢中だった事もある。
要は人付き合いに関する経験が極端に少ない。これまで屋敷にいる使用人達としか触れ合ってこなかった。
彼女が考えている事を代弁するならば「学園でお友達作れるかな? ドキドキ!」って感じである。
「そう不安に思う事も無いかと思いますよ。お嬢様はいつも通り過ごせばよろしいかと思います」
彼女が内心抱える不安に対して「お見通し」とばかりに笑いかけてきたのはモナだった。彼女はガーベラの不安を解くように手を握り、大丈夫ですと一言告げる。
「そう……ね。学んだ事を活かして頑張るわ」
ガーベラはモナの手を握り返し、ニコリと笑う。不安が解消された彼女は「今日は寝る」と告げてモナと共に自室へ戻った。
自室に戻るとモナに手伝ってもらいながら寝間着に着替え、天蓋付きのベッドの中に潜り込む。部屋の灯りであるランプを消したモナに「おやすみ」と告げて、目を瞑った。
数十分後には彼女の意識は眠りに落ちた。確かに眠りに落ちていたのだ。スヤスヤと可愛い寝息を立てているし、時よりモゾモゾと動いては無意識に大きな枕を抱き枕にする仕草も見れた。
確かに彼女はいつも通り眠っていたのだが――
パキ。
自室の窓から鳴った小さな音。家鳴りにも勘違いしそうなほどの極小音。そのような小さな音に彼女はピクリと反応を示す。
一気に意識が覚醒していき、目を瞑ったまま耳の神経を研ぎ澄まし続けた。
カチン。キィ。
窓の鍵が開けられて、次は窓が開く音。
神経を研ぎ澄ましているからこそわかる。侵入者が鍵を開け、窓を開ける動作はかなりゆっくりだ。中にいるガーベラに万が一でも気付かれぬよう、随分と慎重に行動しているのが分かった。
トン。
窓を越え、部屋の中へ入ってきた。着地した音から察するに、侵入者が履いている靴底は厚いらしい。
スッ、スッ……。
今度は履いているズボンが擦れる音がした。足音を鳴らさぬようゆっくりと動いているようだが、布が擦れる音までは消せない。
スッ。
擦れる音が終わった。どうやら侵入者はガーベラの近くまで来たようだ。
カチ。フゥー……。
次に聞こえたのはナイフホルスターの金具にナイフが当たった音。それと侵入者の緊張する息使い。息使いから察するに相手は男のようだ。
聞こえた時点でガーベラは侵入者の格付けを終える。
評価は三流だ。
「―――ッ!」
「なにッ!?」
侵入者がガーベラの口を塞ごうと手を伸ばした瞬間、ガーベラは抱き枕にしていた枕を侵入者に向かって投げつけた。
突然の出来事に声を上げる侵入者。顔に当たった枕を払いのけ、逆手に持ったナイフでガーベラを刺そうとしたようだが――遅すぎる。
「ふんっ!」
「あぎゃ!?」
枕を投げた瞬間、ベッドから飛び出したガーベラは侵入者の顎に掌底を一発。ごりん、と顎が弾かれて脳が揺れたせいか相手は後ろに数歩よろめいた。
「乙女の寝室に侵入するとは、罪深いですわね」
脳を揺らして隙を強制的に作った後、ガーベラは侵入者の手首を捻り上げてナイフを床に落とさせた。落ちたナイフを足で蹴飛ばして、遠くに飛ばしておく事も忘れない。
「こ、このクソアマッ!」
ナイフを失った侵入者は素手でガーベラをどうにかしようとしたのだろう。だが、この行動こそが三流の証である。
「相手の力量すら計れないとは。ハッ。お笑いですわね」
相手からすれば、無垢でひ弱な令嬢を殺す簡単なお仕事、と思っていたに違いない。だが、相手が悪かった。
ガーベラは胸の前で拳を構えながら鼻で相手を笑う。
侵入者である男が放った大振りの右ストレートをスウェーで躱し、態勢を戻す勢いと腰を使った理想的な形のボディーブローを脇腹に叩き込んだ。
「ゲェ!?」
非力と囁かれる貴族令嬢とは思えぬ重いパンチだ。侵入者は逆流してきた胃液を床にぶちまけた。
ただ、これだけでは終わらない。
「ふぅぅんッ!!」
ガーベラは間髪入れず、体をくの字に曲げて腹をおさえる侵入者の顎に強烈なアッパーを叩き込む。
侵入者の体はくの字からエビ反りへ。足が宙に浮くほどの勢いで体を反らした侵入者は地面に沈む。ガーベラの華麗なKO勝ちである。
「ボディーブローは余計でしたわ。床が汚れてしまいましてよ」
ガーベラは汚れたラグを睨みつけながら「最悪ですわ」と零し、最後に相手の脇腹へ蹴りを叩き込んだ。
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