9 / 28
9 情報収集
しおりを挟む「う、うう……」
気絶していた男は瞼越しに感じた光に反応し、うめき声を上げながらも徐々に意識が覚醒していく。
ぼやける視界に映ったのは人らしき黒い影だ。次の瞬間にはペチペチと頬を叩かれ、強制的に覚醒を促される。
「こ、ここは……」
「我が家の地下室ですわよ?」
女性の声が聞こえると、彼――ビルワース邸に侵入して来た男はハッと全てを思い出した。そうだ、自分はビルワース家の令嬢を殺害しようと侵入し、返り討ちにされたのだと。
侵入者からしてみれば悪夢のような出来事だ。まさか貴族令嬢がアホみたいに強い格闘術を体得していたとは思うまい。
「ハァイ。お目覚めでして? マヌケ野郎」
ランプの光が光源となっている地下室で拘束された男の前にはターゲットである貴族令嬢――ガーベラが腰に手を当てながら仁王立ちしていた。彼女の後ろには使用人であるセバスチャンとモナが控えていて、二人とも揃って侵入者である男を睨みつける。
「俺をどうする気だ……!」
「ハッ! どうする気? ハァー! 聞きまして? このマヌケ、どうする気だ! とか言っておりますわよ!」
ガーベラは大げさなリアクションを取ると後ろに控えていた二人に向かって「とびきりのアホだ」と笑う。
「侯爵家に侵入しておいてタダで済むと思っているのでしょうか?」
「しかもお嬢様の命を取ろうとしておいて、ですよ」
尚も睨みつけるセバスチャンとモナはそれぞれ感想を口にするが――
「ユージン、貴方はどう思いまして?」
ガーベラが地下室の入り口に向かって顔を向ける。先ほどから微かに聞こえていた「シャッシャッ」と何かを研ぐ音の方向だ。
彼女が体を少しズラして男に「ユージン」の姿を見せた。そう呼ばれた者は白い調理人用の服とエプロン、頭にはコック帽を乗せた中年男性。彼は「そうですなァ」と言いながら野太い包丁を丁寧に研いでいるではないか。
問われたタイミングで研ぎも終了したのか、ユージンは包丁を持って男に近寄って来た。近くにやって来ると、彼はわざとらしく研いだばかりの包丁にランプの光を反射させて見せる。
「お嬢様のお命を狙った不届き者です。騎士団に突き出しても死罪は確定。ここで捌いてしまってもよろしいのでは?」
ユージンは包丁を舌でベロォと舐めた。
予め言っておくが、これはガーベラが考えた演出である。ビルワース家の料理長であるユージンは笑顔の絶えない優しい男性であるし、常にガーベラの体調を料理面から支えよう尽くしてくれる忠臣だ。
ただ、この演出は随分と効果的だった。イカれた人肉屋みたいな目をして包丁を舐めるユージンを見た男はごくりと喉を鳴らす。
今日の助演男優賞は間違いなくユージンである。
「ですって。さぁ、どうしましょう」
男に顔を近づけて、クスクスとわざとらしく笑うガーベラ。彼女の目には明らかな殺意が浮かんでいて、ユージンの見せた演技を更に際立たせる。
「な、何を……。よ、要求は!?」
男の声は震えており、動揺しているのが丸わかりだった。
「そうねぇ。依頼人の名を吐けば少しは……考慮するかもしれませんわね?」
ニヤリと口角を吊り上げたガーベラは男から情報を引き出そうと提案をした。
彼女の質問は至極当然だろう。この男とは初対面であるし、恨まれる心当たりもない。となれば、ガーベラを殺したい誰かがいるのだ。
その目的は金か、それとも別の事か。何にせよ、依頼人の名と動機が知りたいところであったが……。
「……依頼人は分からない。俺は闇ギルドで依頼を受けただけだ」
男はすぐに情報に吐いた。彼の口から依頼人の名を聞けなかったのは残念だが、興味深い単語が出てきたじゃないか。
「王都で汚れ仕事を請け負う、裏界隈の仲介所ですね。存在すると噂だけは私も知っていましたが……」
本当に実在したのか、とセバスチャンが唸り声を上げる。
闇ギルドとは、金を払えば何でもやる犯罪者や殺し屋の斡旋所だ。依頼人は闇ギルドを通して内容と金を提示し、ギルドに属する犯罪者が依頼をピックアップする。
仕事を終えたらギルドに戻り、証拠を提示して報酬を頂く。利用客とギルドはお互いに守秘義務を交わし、依頼人の名は犯罪者に知らされない。余計な情報は与えられず、ただ依頼内容だけを淡々とこなすだけ。
――と、男は闇ギルドの概要を語る。
シンプルなシステムであるが、だからこそ己の手を汚したくない悪人から重宝されているのだろう。
「という事は、依頼人の名を知る為には闇ギルドに行けば良いと?」
ガーベラは尤もな事を言うが、男はフッと笑い声を漏らして彼女を見た。
「いくら貴族のお嬢様だからって、闇ギルドに行って依頼人の名が簡単に聞けるわけないだろう?」
この男が言う事は至極真っ当な事だろう。正面から入って行って「自分を殺そうとする人の名前を教えてくれ」と言ったところで教えてくれるはずもない。
だが、教えてくれる状況にすれば良いだけの話だ。
「このマヌケを連れて闇ギルドへ行きましょう。そこで情報を聞き出しますわ」
「おい、俺の言った事が理解できないのか? 行ったところで無駄だ。ギルドにいる奴等に殺されて終わりだろうよ」
聞き分けのないお嬢様だ、と言わんばかりの言い方をする男。
「なら、殺される前にぶっ殺せばよろしいじゃない」
しかし、ガーベラは鼻で笑いながら肩を竦めた。
至極尤もな話だ。
殺されそうになるなら先に殺せばいい。情報を知ってそうなヤツだけ残して、残りは全員あの世へ送れば良いだけの話である。
なんともシンプル。単純明快。これぞ、この世の理だ。
「イ、イカれてんのか……?」
「まさか。貴方達の土俵に合わせて物言ってあげてますのよ? むしろ、感謝して頂きたいですわね?」
ふふ、と笑ったガーベラはセバスチャンに向かって手を向ける。向けられた手に彼はサイドテーブルに置かれていたナイフを置いた。
「じゃあ、闇ギルドの場所を吐いて下さいます? ああ、早めに喋らないと体の一部が徐々に無くなっていきますわよ?」
ガーベラは力を入れず、ナイフの先を男の左耳付け根に当てた。そのままスゥーとゆっくりキリトリ線を示すようにナイフを動かしていく。
「先に言っておきますわね? 最初は耳。だって二つありますもの」
宣告したガーベラの顔は楽しそうに……口元には三日月が浮かび、目もスッと細まって邪悪な笑顔になった。
彼女の笑顔を見た瞬間、男は心臓を掴まれたような恐怖に陥る。
彼女は本気だと強制的に認識させられてしまう。心臓が握り潰されるんじゃないかと思うくらい息苦しくなって、顔中に脂汗が浮かび始める。ごくり、と喉を鳴らした男はゆっくりと口を開いた。
「お、王都の……。東区にあるビューラって、さ、酒場だ。酒場の、ち、地下に管理者がいる」
ビルワース家や貴族の屋敷が集中する区画は西区。つまり、ここから正反対の区画にあるようだ。
高級店舗の並ぶ中央区から、やや南東に向けて歩き出すと東区と呼ばれる場所に入る。庶民向けの住宅が密集する東区であるが、庶民向け住宅地区の中でも特別治安が悪い。その理由としては東区の最奥にスラムが存在するからだろう。
庶民向け住宅の他に個人経営している庶民向けの商店があるのだが、そこの商品を狙って強盗などの犯罪が頻繁に起きている区画だ。犯罪者が多い区画だからこそ、公になっていない闇ギルドを置くに相応しい場所なのかもしれないが。
とにかく、男から闇ギルドの場所は聞けた。あとは向かうだけであるが――
「アレは用意できていますの?」
「はい。既に準備は整っております。ですが……。もう既に三時を回っております。もうすぐ日の出ですので、明日の夜にした方がよろしいかと」
ガーベラの問いに答えたセバスチャンはジャケットの内ポケットから懐中時計を取り出して時間を告げる。
今の時期はあと一時間ほどで日が昇る。夜の闇に隠れて行動するには少し遅すぎる時間だ。翌日に行動する事を同意したガーベラは「明日の夜までに万全の準備を」と告げる。
「さて、貴方は明日まで大人しくしていて下さいましね?」
ガーベラはモナに手を向けると、彼女は麻袋を手渡した。大きさとしては人の顔がすっぽり収まるサイズだ。
「お、俺が戻らなかったら、べ、別のヤツが来るぞ!」
男は何とかこの場から逃れようと声を荒げるが、ガーベラは「まだ分からないのか」と言わんばかりにため息を吐いた。
「別のヤツが来たら、ソイツも捕まえるか殺せばいいだけでしょう? ああ、捕まえられれば貴方は用無しになりますわね?」
クスクス、と笑ったガーベラは男の口に布を突っ込んだ。喋れなくなった後、顔に麻袋を被せて視界を奪う。
最後に耳元へ口を寄せて――
「明日の夜まで……。精々、生を噛み締めなさい」
小さな声で囁くと、笑いながら使用人達と共に地下室から立ち去って行った。
0
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
悪女の針仕事〜そのほころび、見逃しません!〜
陰陽@4作品商業化(コミカライズ他)
ファンタジー
公爵令嬢として生まれながら、子ども時代からメイドや周囲の陰謀で、次々と濡れ衣を着せられ、「悪女」扱いされてきたミリアム。
第3王子との婚約を聖女に奪われ、聖女への嫌がらせの冤罪で国外追放された後、平民として生き延びる中で、何度も5年前へのロールバック(逆行)を繰り返すことに。
生計をたてる為に、追放後の平民生活で極めた針仕事が、ロールバックが繰り返されることで、針仕事の能力だけは引き継がれ、天才的な実力を手に入れる。
その時女神「アテナ」の加護を得て、2つの力を手にすることに。
「加護縫い」
(縫った布に強力な祝福を込められる)
「嘘のほころびを見抜く力」
(相手の嘘を布のほころびとして視覚的に捉え、引き抜く、または繕うことで、真実を暴いたり修正したりする)
を手にしたミリアムは、5歳の幼女時代まで遡り、2つの力で悪評をぬりかえ、仲違いしていた家族も、加護の力を与えることで協力な味方へと変貌。
さらに、女神から可愛いしもべ「アリアドネ」を授かり、元婚約者と聖女にザマァを狙う中、加護縫いの能力が最も高い人間を王太子妃に迎える決まりのある大国、ルーパート王国の王子が近付いて来て……?
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
「お前を愛する事はない」を信じたので
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」
お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。
私ですか?
庭にハニワ
ファンタジー
うわ。
本当にやらかしたよ、あのボンクラ公子。
長年積み上げた婚約者の絆、なんてモノはひとっかけらもなかったようだ。
良く知らんけど。
この婚約、破棄するってコトは……貴族階級は騒ぎになるな。
それによって迷惑被るのは私なんだが。
あ、申し遅れました。
私、今婚約破棄された令嬢の影武者です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる