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15 入学式当日 急なお誘い
しおりを挟む人気者三人組と彼等に群がる有象無象を置いて、先に校舎前へと辿り着いたガーベラ。
「ああ、もう……」
彼女の背中を見送った者達が抱く印象の変化など本人は知る由もなく、当の本人は心臓がバクバクと破裂しそうなくらい緊張していた。
その理由としては、やはりこの入学がガーベラにとって初めて他人と触れ合う機会だからだろう。
馬車から降りる前まで「嫌だ嫌だ」と零しつつ、学園に到着すれば覚悟を決めて姿を晒した。
すると、どうだ。
周囲から向けられる視線という視線。あれは見世物小屋にいる動物を見るような視線だった、と彼女はため息を零した。
「皆、すっごいゴテゴテのドレスを着て、めちゃくちゃド派手でしたわ……」
あの場にいた令嬢全員がゴッテゴテの重厚なドレスを着ていた。ひらひらスカートの丈は長く、胸には宝石類が備わって。自分の装いとは全く違う、全くの別物。
令嬢達のような動きにくい服装を身に付けたいとは思わぬが、ガーベラからしてみれば違和感と気味悪さが混じり合ったような……。自分以外の全員がピエロのような恰好をしていた時の気持ち悪さと言えば伝わるだろうか。
自身を異端だと思わぬが、相手は間違いなくこちらを異端だと思っている。その空気感から自分がおかしいのかと錯覚してしまうような気持ち悪さもあって、早々にその場から離れたくて仕方なかった。
ただ、セバスチャンとモナから「第二王子を見つけたら、最低限は挨拶せねば不敬となります」という言葉を思い出し、何とか挨拶をしたのだが……。
「最近の男性って皆あのような感じなのかしら……」
第二王子の周りには女性が群がり、彼女達に対して満面の笑みで対応する姿。まるで空に浮かぶ太陽からスポットライトを当てられている演劇俳優のようだった。
それに近付いた途端、彼等を囲む令嬢から向けられる目線といったらもう堪らない。チクチクと針で刺されるような思いで非常に不快である。
人付き合いが不慣れな自分とは大違い、住んでいる世界が違うような感覚に気持ち悪さを覚え、挨拶を終えたら早々にその場を立ち去った次第である。
しかしながら、これで初日に課せられた課題はクリアだ。最低限であるが、ビルワース家の長女として「外向け」の立ち振る舞いは成したと言える。
そもそも、どうして他の者達は学園入り口でたむろしているのか。学園は学びの場ではないか? と彼等の気持ちを一切理解できないガーベラであった。
「おや?」
校舎前に辿り着いたガーベラを見て、声を上げたのは鎧を着た男性騎士であった。彼は校舎の中から現れて、彼の姿を見たガーベラも「どうして騎士が校舎の中から?」と疑問を抱くように見つめ返す。
「入学生の方ですか?」
「ええ、そうですわ。貴方は?」
「私、王都騎士団に所属する者です。この度、クリストファー殿下が入学致しますので、校舎内のチェックをしておりました」
校舎から出てきた男性騎士――茶の短髪に緑色の瞳を持った騎士は、騎士団の命令で校舎内のセキュリティチェックをしていたようだ。王子に万が一にも無いよう、入念なチェックを行うよう騎士団から命令されていたのだろう。
「それはご苦労様でした」
王国民の一員として、国民を守る騎士にガーベラは頭を下げる。国の剣であり盾である騎士に対して敬意を持っているならば当然の行いだ。
「労いのお言葉、ありがたく頂戴致します。入学生の方でしたら、講堂へ向かうとよろしいでしょう。あちらで式を執り行う予定でございます」
騎士が手で示したのは校舎左手にある大きな建物。あそこが入学式を行う講堂らしい。
どうやらガーベラは道を間違えたようだ。元々セバスチャンから式の会場は講堂と聞いていたが……。顔見知りすらいないぼっち故に道が間違っている事すら分からぬ悲しい事件が早々に起きてしまった。
「そうでしたの。ありがとうございますわ」
ガーベラはニコリと笑いながら会釈して、騎士が教えてくれた建物を目指して歩き出した。騎士は「いえ」と返礼した後に、彼女の背中をジッと見つめていた。
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講堂に到着したガーベラは案内人に従って建物の中へ。中は劇場のように椅子がいくつも並べられていて、奥にはステージがあった。
座る場所は自由と案内された彼女はどこに座ろうかと思案しながら講堂内を見渡す。既に数十人が席に着いていて、誰もが知り合いと塊になって陣取っているようだ。
悲しきぼっち令嬢であるガーベラは目立たぬ場所を探りつつ、やや後ろの方の席に腰を下ろした。勿論、通路に一番近い席だ。
席に座ると、尻を受け止める革張りの椅子は「ぽふり」と若干の空気を抜かしながらも座り心地が良い。さすがは王国一の学園だ。使用する椅子も一級品らしい。
彼女が座ったところで……式は始まるわけもなく。入り口でたむろしていた一団全員が揃わねば始まらないのだろう。
そういった部分もガーベラにとっては「時間の無駄」と感じてしまう。だが、ここで怒りを感じる事こそがダメ。むしろ、彼女の思考こそが今の王国貴族にとっては異端なのだ。
時間を持て余すガーベラは目を閉じた。ピンと背を伸ばしたまま、静かに目を閉じる。数十分ほど瞑想に近い静かな時間を過ごしたところで、講堂の入り口が騒がしくなった。
背後を確認すれば、集団の先頭にいたのはクリストファー達。彼等を先頭にした集団が続々と講堂に入って来ては席に着いていく。それと同時に講師らしき者達の姿も確認できた。
どうやら、ようやく式が始まるようだ。程なくして、ステージの上には学園長の姿が。学園長として君臨しているのは王国貴族、ビルワース家と同じく侯爵位を持つ老年の男性であった。
「新入学生諸君、王立学園にようこそ」
よくある挨拶から始まって、学園の理念やらその他諸々が語られてゆく。簡単にまとめれば「好きに学びなさい」だろうか。
この学園には様々な分野のスペシャリストが存在していて、ガーベラが学びたいと言っていた経済学に始まり、武術を学ぶ訓練場や農業に至るまで、様々な専門分野を選択制で学ぶ事が可能だ。
敷地内には室内外に用意された訓練場、歴史書から他国で発行された本まで揃う大図書館、農業研究に使われる畑だって用意されている。他様々な施設を用いて、将来の王国を支える若者を鍛えようというのが学園の目的である。
侯爵家の跡取りとして自立したい、家の存続を目指して経済を学びたいと本気で思っているガーベラにとっては有難い事だ。多少息苦しくても、学園に通う価値は十分にある。
ただ、繰り返しになるが、彼女と同じ志や考えを持った女性は少ないのが現実だ。
王国では表舞台に立つのは男子が良しとされている。当主も男子が望ましいとされているし、要職に就くのも男子ばかりだ。勿論、全部が全部というわけじゃないのだが、王国の歴史上と現代を併せても表舞台に立つ女性は数人程度。
現在は女性当主は一人も存在しないし、王城に設立されている各部省や騎士団に数人の女性がいるくらい。
基本的に貴族令嬢達も「自分達は優秀な男子と結婚して子を産み、家の事を取り仕切りながら優雅に暮らす」程度の考えしか持っていない。
そういった王国の常識と風習から見ても、やはりガーベラの考えは異端だ。
「では、これにて式を終了致します」
偉い人達の話が一通り終われば、入学式は終了。
本格的な授業が始まるのは三日後からだ。これは地方からやって来た貴族の子弟達が寮での暮らしに慣れるまで配慮した日程であった。
ともあれ、本日はこれで終わり。ガーベラとしては、一時間後に迎えに来る馬車に乗って屋敷に帰るだけだった。迎えが来るまでの時間、学園内の敷地を探索して地理を頭に叩き込もうと思っていたのだが――
「ガーベラ嬢、少しよろしいか?」
講堂を出たタイミングで、背後から声が掛けられる。振り返ると、そこには入り口で挨拶をしたクリストファー達三人の姿が。
「……如何なさいましたか?」
まさか、挨拶に不備があったのか。直接咎められるのか、とやや緊張してしまうガーベラ。窮地に陥った時と同じ緊張感を抱き、彼女の視線は自然と王子の首筋に向かってしまう。
まともで正常な人付き合い経験が浅い故に、どうしてもブートキャンプ式の窮地脱出を考えてしまうのは仕方のない事だろうか。
「いや、少し話をしたいと思ってね。時間を頂いても良いかな?」
ニコリと爽やかな笑みを浮かべるクリストファー。並の貴族令嬢であれば、この笑みを向けられただけで目にハートマークを浮かべてしまうだろう。
「は、はぁ……。承知致しました……」
対して、ガーベラが浮かべた表情は戸惑いと疑問が入り混じったような表情だった。クリストファーにとってはお馴染みの「メス顔」は無く、純粋に「どうして?」といった雰囲気。
その雰囲気にクリストファーの続くリアクションは若干ながらぎこちなくなってしまう。同時に、彼の背後に控えていたリグルが口を押さえて肩を震わせているのが見えた。
「が、学園にあるカフェで話そう。あそこならお茶もできるしね」
クリストファーは気持ちを持ち直しつつ、ガーベラをカフェに誘う。ガーベラが了承すると、彼は二人の友と共に彼女をカフェまでエスコートし始めた。
そんな四人を見守るのは新入学生諸君。彼等が抱く想いは様々だが、中心にあるのはビルワース家長女の事。
ガーベラは王子に認められたと見て、それを好意とするか否か。ガーベラの姿を一目見て「憧れた」令嬢達は内心で流石と想い、王子を狙う令嬢は勝手に一歩リードしたと解釈して、ガーベラを邪魔者として見るだろう。
「……やっぱ、ガーベラ様も殿下方に向かうよなぁ」
「でも、綺麗で……良いよな」
対し、男子達の気持ちはほぼ一つ。
入学初日、たった一時の姿を見せただけで、ガーベラは新入学生男子の間で高嶺の花扱いとなっていた。
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