昼、侯爵令嬢 夜、暗殺者

とうもろこし

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27 拝啓、高嶺の花へ 2

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 王立学園敷地内には様々な施設が存在しているが、現在は物置としてしか使われていない施設が「旧校舎」だ。

 こちらは十年前に新設された新校舎より北東に建っており、老朽化に伴って校舎としては使われなくなった。資金面や工事等における生徒への安全面を考慮してか、未だに解体はされていない。

 前述した通り、使われなくなった備品やイベントに使用した備品等を雑に押し込んでおく物置として機能している建物だ。

 概要はさておき、ガーベラは指定の時間に旧校舎へと赴いた。

「鍵は……開いてますわね」

 旧校舎の入り口は鎖が巻かれ、その上で南京錠が掛けられていたようだが……。入り口の取っ手には巻かれていたであろう鎖と南京錠が外された状態で放置されている。

 ガーベラを手紙で呼び出した人物は既に中にいるようだ。彼女はそっと入り口を押して、音を立てないよう旧校舎の中へと進入していく。

 中のデザインは新校舎に近い。ただ、入り口付近に残されている備品にはホコリが積もっていて、何年も使われていない証拠が見てとれた。

 静かに音を立てず廊下を進むガーベラ。指定された講義室に近付くも、入り口のドアには覗き窓の類は無く、中の様子が一切分からない。

 カタン。

 ただ、中から音が鳴った。

「…………」

 息を潜めて気配を探ると、何者かが動く音が微かに聞こえる。

 中に人がいるのは確実なようだ。意を決したガーベラは入り口ドアの取っ手を片手で掴み、もう片方の手はふとももに添えて。ゆっくりとドアを押していくと――

「あ、来たわね」

 中にいたのは女性だった。それもガーベラと同い年くらいのドレスを着た貴族令嬢だ。

「貴女は……?」

 講義室の中に放置されていた机の上に腰掛ける貴族令嬢――背まで伸びた茶色の髪を持つ女性に向かって問いかける。まさか呼び出した人物が同年代の女性だったとは思うまい。

「どーも。私はパトリシア・カーマイン。カーマイン子爵家の長女よ」

 腰掛けていた机から飛ぶように降りて、質素なドレスのスカートを摘まみながら頭を下げる女性の名はパトリシアという名のようだ。

 彼女から漂う雰囲気はな貴族令嬢のものとは違う。どこか、庶民的な感じと言えば良いだろうか。良く言えばフランクな感じ、悪く言えば礼儀がなっていない。

 加えて、他の令嬢達のようにゴテゴテとした装飾も身に着けていない。シンプルな装いはガーベラに似たものがあるが、明らかにドレスに使われる生地の質感などが周囲と比べるとワンランク下に見える。

 ただ、本人はそれらを全く気にしていないように見える。何より、ガーベラの目には「機能重視」と映った。貴族社会においての最低限を守りながらも、いつ汚しても構わないといった感じと言えば良いだろうか。

「貴女が私に手紙を?」

「ええ。アンタを呼んだのは私よ。黒ドレスさん?」

 ガーベラが問うと、パトリシアは挑発的な表情で秘密を口にした。瞬間、ガーベラの目がスッと鋭くなる。

 こういった場合、取るべき手段は大きく分けて二通りに分類されるだろう。相手の様子を窺いながら話を聞くか、それとも先手必勝で相手を脅しながら話を聞くか。

 ガーベラの場合は勿論、後者だ。彼女が大人しく話を聞くわけがない。

 目付きが変わった瞬間、彼女の手はふとともに伸びた。

 同時にパトリシアへと駆け出す。駆け出した瞬間にスカートの中、ふとももに巻かれていたナイフホルスターからナイフを抜く。

 パトリシアの目には瞬間移動するように接近してくるガーベラの姿が映るも、速すぎて反応が遅れてしまう。

「ちょ――」

「動かないで下さいまし。手元が狂って……喉を引き裂いてしまいそうですわ。こちらは殺す前に色々と聞きたい事がございましてよ?」

 一瞬で接近されたパトリシアは抵抗すらできず、背後に回られて首元にナイフを押し付けられてしまった。

「貴女、闇ギルドの関係者かしら? だとしたら、私にとっては嬉しいのですけど」

 二人に身長差は無い。体格も似たようなものであるが、どう考えてもガーベラの方が戦闘能力に長けている。このまま脅されながら全てを吐かされ、最後はいつものように首を切り裂かれて「めでたしめでたし」かと思いきや。

「ちょ、ちょっと待って! 違う! 違うから!」

 パトリシアは必死に「違う」と口にする。

「はぁ? 何が違いますの? それとも命乞いかしら? 往生際の悪いBitchビッチですわね」

「違う! 本当に違うから! 私は闇ギルドの一員じゃないし、それにアンタの正体をネタに脅そうなんて気は無いって! むしろ、提案! 取引! こっちは助けてほしいの!」

「取引? 助けてほしい?」

 喉に押し付けるナイフの刃はそのままに、ガーベラは彼女の返答を繰り返す。

「そう! そうなんだって! 私の言い方が悪かったのは謝るから! 最初からやり直すから! まずはこのナイフをどけて!」

 必死に説得を試みるパトリシア。彼女の態度が本気であると伝わったのか、ガーベラはナイフを下ろした。

 しかし、まだ警戒はしているようで……。

「背中に先っちょを当てるのも止めて欲しいんだけど」

「まだ完全に信用していませんもの。このまま話なさい」

 ふぅ、と大きく息を吐いた後、パトリシアは口を開いた。

「まず最初に言っておくわね。私は闇ギルドの一員じゃない。むしろ、闇ギルドを壊滅させようとしているの。アンタも同じでしょう?」

「……どうして私が闇ギルドを潰そうとしていると知っていますの?」

「アンタがスラムで闇ギルドの処刑人達を殺す姿を目撃したの。それに最近はスラムに住む人達の間でも有名になっていたしね。黒ドレスの女が闇ギルドの一員を処刑しているって」

 パトリシア曰く、スラムに住む人々の間で「黒ドレスを見たら身を隠せ」と囁かれているそうだ。目撃者による話が伝わっていき、夜な夜な現れる黒いドレスを着た処刑人が闇ギルドの一員を殺して回っている……などと恐れられているそうで。

「この前、アンタを見つけたわ。尾行して正体を探ったら、ビルワース家に入って行くのを見た。ビルワース家の使用人が黒ドレスの正体かと思っていたんだけど……。まさか、ビルワース家の令嬢が正体だったなんて驚きよ」

 ついさっきの「黒ドレス発言」は鎌をかけていただけのようだ。しかしながら、ガーベラは反応してしまったわけで……。

「そう。やっぱり殺そうかしら?」

 羞恥心からか、ガーベラは背中に当てたナイフの切っ先を少しだけ震わせながら口にする。
 
「待って! 待って! 悪かったから! どんだけ血の気が多いのよ!? アンタ、侯爵家の令嬢でしょ!?」

 鎌をかけただけで殺されてはたまらない、とパトリシアは焦りながら叫び声を上げた。

「貴女だって令嬢らしからぬ口調じゃない。本当は子爵家の令嬢ではないのではなくて?」

「私の言葉遣いは置いておいて。これには理由があるの。あと、カーマイン家は本当に私の実家だから」

 パトリシアにも何らかの事情があるようだ。そこは本筋と違うようで、まずは信用してもらうために彼女は話を続けた。

「と、とにかく! 私は闇ギルドを潰したい。でも、アンタみたいに強くない。だから、取引できないかと思ったわけ」

「取引とは?」

 ガーベラが問うと、パトリシアは背後に立つ彼女に顔を向けながら真剣な表情で告げる。

「私の持つ闇ギルドの情報。それと、私自身を捧げる」

 だから、と彼女は言葉を続けて――

「私の母親を殺した人物の殺害を手伝って欲しいの」
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