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28 拝啓、高嶺の花へ 3
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「母親を殺害した人物?」
取引内容を聞き、相手の要望をも聞いたガーベラは彼女の背中にナイフの切っ先を当てたまま繰り返す。
「ええ。私の母親は殺されたの。毒でね」
そう言って、パトリシアは語り始めた。
彼女の実家であるカーマイン子爵家の初代当主は元々庶民出身の男であり、戦争で功績を挙げた事で爵位を得たのがカーマイン家の始まりであった。
初代当主が庶民出身だった事もあり、カーマイン家は王都に住む庶民が経営する商会を手助けしながら細々と暮らしていたという。仲の良い庶民達と平和に暮らしていたのだが、カーマイン家が庇護する商会に事件が起きる。
王都に蔓延る裏稼業が庶民街の商会を脅して金を巻き上げ始めたのだ。怒り狂った初代当主が裏稼業の連中を懲らしめると、数日後に何故かカーマイン家が貴族連中から厳重注意と数々の嫌がらせを受けてしまう。
事の裏側を調べると、裏稼業を操って庶民から金を巻き上げていたのは王国貴族であった。
「そこで、初代当主は義賊として活動し始めたわけ」
子爵位で上級貴族には意見する事は難しい。当時の騎士団内部では汚職が蔓延していた事――後に汚職事件が発覚して、汚職騎士は王によって粛清された――もあって、カーマイン家を味方してくれる正義の騎士は皆無の状態だった。
楯突けば家族にも危害が及ぶと判断した初代当主は義賊として立ち上がった。庶民の平和な暮らしを害する者達を影ながら罰し、同時に庶民達から信頼を得ていった。
こうしてカーマイン家による裏の活動によって庶民達の生活は保たれていった。カーマイン家の歴代当主は初代当主から受け継いだ使命を続けていたのだが――
「そこに現れたのが闇ギルドよ。奴等は王国内に入り込んで、裏側を支配しようと動き出した。
突如現れた闇ギルドの勢力は静かに王国王都の裏を牛耳る組織を選別し始め、徐々に使える組織を一つに統一していく。カーマイン家が気付いた時には「闇ギルド」という一大組織が出来上がってしまっていた。
発覚が遅れた理由としては、初期の闇ギルドは殺害依頼などを受けていなかったからだろう。あくまでもチンピラ上がりの裏組織と変わらぬ事しかしていなかったそうだ。
しかし、王都の裏側を完全に支配すると本来の姿を見せるようになった。貴族と繋がりがあるような行動を取りはじめ、王国の政争に闇ギルドの関りが見えてきたのだ。
「要するに、闇ギルドは王国を裏から支配しようとしていますの?」
「たぶんね。これはウチが得た情報から推測しているに過ぎないんだけど」
闇ギルドと貴族の関係性が深まっていったと感じた最初の事件は、庶民達が結成した自警団の壊滅事件だろう。庶民商会を荒らすチンピラ達から自衛する為に結成された組織であったが、反抗すると徹底的に仕返しされた。
それも殺人という見せしめをもって。騎士団が捜査をするも犯人は捕まらないどころか、強制的に捜査を終わらせる動きまで見え始めた。
庶民達の暮らしはひと昔前の状況に逆戻りといったところだろう。
――静かに暗躍していた闇ギルドの行動が見えてきた頃には、もう既に手遅れだった。
事態が大きくなってきた事に対し、カーマイン家の現当主――パトリシアの父――は国王にカーマイン家が行って来た事も含めて全てを話そうと決意する。
しかし、謁見の約束を取り付けようとした日の夜に屋敷内で事件が起きる。パトリシアの母が紅茶に混入された毒を飲んでしまい、殺害されてしまったのだ。
「それは……。雇っている使用人の犯行ではなくて?」
「そうよ。住み込みで働かせて欲しいって言って来た庶民の女性が犯人だったわ」
庶民と密接したカーマイン家ならではの弱点と言うべきか。弱い庶民を大事にしてきたカーマイン家に対し、庶民を騙って入り込んで来たのは闇ギルドの構成員であった。
「その女は母を殺した後に言ったわ。闇ギルドを邪魔しようとした報いだってね」
闇ギルドの構成員だった女はパトリシアの母を殺した後、駆け付けてきた当主やパトリシア、使用人達の前で「見せしめである」と宣言した。
「その後、父は陛下への報告を取りやめたの。話せば私や使用人が被害を受けると思ってね」
妻を殺されたパトリシアの父は迷った末に沈黙する選択肢を選んだ。彼が決断に至った最たる理由は――
「母が殺害された翌日、ビルワース侯爵家夫婦の殺害が起きたから」
このタイミングでビルワース家夫婦も殺害された。パトリシアの父は自分が「子爵」だから狙われたと思っていたようだが、闇ギルドの影響力と行動力は想像以上に膨れ上がっていたのだ。
爵位の大小など関係ない。闇ギルドは楯突く者の権威に関わらず殺せるほど大きくなってしまっていた。
「そう……」
カーマイン家がもっと早く全てを明かしていたらビルワース家の未来は少し変わっていたかもしれない。
だが、これまでガーベラが知り得た情報と照らし合わせるに、カーマイン家が把握していた頃にはガーベラの父も騎士団長ノルドと王も闇ギルドの存在について察知していたのだろう。
カーマイン家の当主も当時は闇ギルドと関わりの持つ人物を把握していなかったのだから、彼が告白したところで闇ギルドの力は変わらない。変化があったとしても些細な変化しかなかっただろう。
しかもビルワース家の事件が起きたのはカーマイン家の事件が起きた翌日だ。この二つの事件は同時に計画され、遂行されたのだろう。
つまるところ、ガーベラの両親が死ぬ運命は変わらなかったのではないか。
この答えは誰も分からない。夢の中に現れるおじさんでさえ、教えてくれないのだから。
あるのは犯人が闇ギルドであるという事実だけだ。
「……クソ野郎共め」
チッと舌打ちを鳴らしたガーベラにパトリシアの肩が跳ねた。無意識にナイフを握る手に力が入ってしまったせいで、背中に当たっていたナイフが動いたせいだろう。
「ごめんなさい。切れてないから安心して」
幸いにもパトリシアの背中に傷はない。ホッと胸を撫でおろしたパトリシアは話を続ける。
「母が殺されて以降、父は表立って行動できなくなったわ。陛下に情報を漏らす素振りを見せれば、また闇ギルドの構成員がやって来ると思ったから。父は母が死んだせいで心が病んでしまった事にしたの」
心労がたたって寝たきりになってしまった、と自身を偽装したパトリシアの父は一切屋敷の外に姿を晒さなくなる。
しかし、パトリシアの父は独自の情報網を使って闇ギルドの行動を監視し始めた。同時に繋がりがあるであろう貴族を探し始める。
「情報網を使った情報収集は父が。義賊稼業は代替わりとして活動し始めた私が情報の正誤を確認するようになったの」
表立って活動できなくなった父の代わりに、変装しながら外で活動を開始したパトリシア。これに関しては父とひと悶着あったようだが、カーマイン家が行動を起こした理由は一つしかない。
集めた情報を纏め、いつか巨悪を一網打尽にする為に。母を殺した犯人を特定して報いを受けさせる為に。これに尽きる。
そして、カーマイン家親子が活動を続ける最中に「黒いドレスを着た暗殺者」の噂が飛び交い始めた。
「最初は作り話の類だと思ったわ。闇ギルドの処刑人は強者揃いだって情報も入っていたしね。実際にスラムで戦っている姿を目撃した時も目を疑ったもの」
処刑人達を翻弄する黒いドレスの女性。顔を仮面で隠し、ナイフのみで次々と殺害していく戦闘能力。
闇ギルドの構成員を屠っている事から、カーマイン家と同じく「闇ギルドの殲滅」だと気付くのは容易であった。どうにか仲間に引き込めないかと情報収集を開始し、跡をつけたところ――
「ビルワース家に入って行くのを見た、と」
「そういう事よ」
これがガーベラを手紙で呼び出した理由と経緯。
「ねえ、闇ギルドの人間を殺しているのは両親の仇を取りたいからなんでしょ?」
パトリシアにはガーベラの動機が痛いほど理解できるのだろう。なんたって、二人の共通点は「親が殺された」事だ。似た者同士、と彼女は言いたいのかもしれない。
「アンタの力、私の情報があれば闇ギルドを追い詰められる。協力してお互いの仇を討とうよ」
お互いに同じ痛みを感じて、お互いに目指す場所は同じ。だからこそ、パトリシアは余計に彼女を仲間に引き入れたいのだろう。
「……良いでしょう。ですが、条件がございましてよ。最初に貴女の持つ情報を寄越しなさい。それを私が精査した後に行動に移しますわ」
条件付きであるが、ガーベラは了承した。ただ、彼女の言い方からするに完全に信用したわけじゃないのだろう。それに仲間になったわけでもなさそうだ。
「最初のお試し期間ってこと?」
「ええ」
ガーベラは背中に当てていたナイフを外し、彼女からそっと離れる。パトリシアは彼女に振り返ると「ふーん」と口にする。
「案外、信用してくれてるの?」
彼女が言う通り、こちらの話を簡単に信用してくれるとは思ってもいなかったのだろう。何度か交渉を試みる必要があるとさえ思っていたに違いない。
それともパトリシアに頼らなければならぬほど手元に手掛かりが無いのか? とパトリシアは懐疑的な視線を向けるが――
「いいえ。信用していませんわ。ただ、罠であっても……罠ごと切り裂けばよろしいじゃない?」
ガーベラはナイフの切っ先をパトリシアの顔面に向けながら言い放つ。
罠であれば、殺すと。
そう言われたパトリシアは、彼女の表情を見て思わず心臓がドクンと鳴る。
トキメキじゃない。恐怖で、だ。
まるであの夜に装着していた仮面のような表情。悪魔が笑いながら獲物を見るような表情に、パトリシアは恐怖で一瞬だけ動けなくなる。
「ア、アンタ、本当に侯爵家のご令嬢?」
目撃した戦闘能力、彼女と対面した際に身を以て知った動き。それにたった今見せられた剥き出しの殺意はどう考えても普通の令嬢じゃない。
自分だって彼女と近い経験をした。恨みと憎しみで復讐を誓った。だが、だとしても、自分とはまるで違う。異次元の存在としか、パトリシアには思えなかった。
「ふふ」
ガーベラは向けていたナイフを引っ込めると、手の中でくるくると回した後にふともものホルスターへ仕舞った。そのまま入り口まで歩いて行き、パトリシアへと振り返る。
「三日後、また同じ時間にここで会いましょう」
さようなら、と別れを告げて出て行ってしまうガーベラ。
「おっかない女……」
彼女の背中を見送ったパトリシアは、自分の左腕を摩りながら小さく呟いた。
取引内容を聞き、相手の要望をも聞いたガーベラは彼女の背中にナイフの切っ先を当てたまま繰り返す。
「ええ。私の母親は殺されたの。毒でね」
そう言って、パトリシアは語り始めた。
彼女の実家であるカーマイン子爵家の初代当主は元々庶民出身の男であり、戦争で功績を挙げた事で爵位を得たのがカーマイン家の始まりであった。
初代当主が庶民出身だった事もあり、カーマイン家は王都に住む庶民が経営する商会を手助けしながら細々と暮らしていたという。仲の良い庶民達と平和に暮らしていたのだが、カーマイン家が庇護する商会に事件が起きる。
王都に蔓延る裏稼業が庶民街の商会を脅して金を巻き上げ始めたのだ。怒り狂った初代当主が裏稼業の連中を懲らしめると、数日後に何故かカーマイン家が貴族連中から厳重注意と数々の嫌がらせを受けてしまう。
事の裏側を調べると、裏稼業を操って庶民から金を巻き上げていたのは王国貴族であった。
「そこで、初代当主は義賊として活動し始めたわけ」
子爵位で上級貴族には意見する事は難しい。当時の騎士団内部では汚職が蔓延していた事――後に汚職事件が発覚して、汚職騎士は王によって粛清された――もあって、カーマイン家を味方してくれる正義の騎士は皆無の状態だった。
楯突けば家族にも危害が及ぶと判断した初代当主は義賊として立ち上がった。庶民の平和な暮らしを害する者達を影ながら罰し、同時に庶民達から信頼を得ていった。
こうしてカーマイン家による裏の活動によって庶民達の生活は保たれていった。カーマイン家の歴代当主は初代当主から受け継いだ使命を続けていたのだが――
「そこに現れたのが闇ギルドよ。奴等は王国内に入り込んで、裏側を支配しようと動き出した。
突如現れた闇ギルドの勢力は静かに王国王都の裏を牛耳る組織を選別し始め、徐々に使える組織を一つに統一していく。カーマイン家が気付いた時には「闇ギルド」という一大組織が出来上がってしまっていた。
発覚が遅れた理由としては、初期の闇ギルドは殺害依頼などを受けていなかったからだろう。あくまでもチンピラ上がりの裏組織と変わらぬ事しかしていなかったそうだ。
しかし、王都の裏側を完全に支配すると本来の姿を見せるようになった。貴族と繋がりがあるような行動を取りはじめ、王国の政争に闇ギルドの関りが見えてきたのだ。
「要するに、闇ギルドは王国を裏から支配しようとしていますの?」
「たぶんね。これはウチが得た情報から推測しているに過ぎないんだけど」
闇ギルドと貴族の関係性が深まっていったと感じた最初の事件は、庶民達が結成した自警団の壊滅事件だろう。庶民商会を荒らすチンピラ達から自衛する為に結成された組織であったが、反抗すると徹底的に仕返しされた。
それも殺人という見せしめをもって。騎士団が捜査をするも犯人は捕まらないどころか、強制的に捜査を終わらせる動きまで見え始めた。
庶民達の暮らしはひと昔前の状況に逆戻りといったところだろう。
――静かに暗躍していた闇ギルドの行動が見えてきた頃には、もう既に手遅れだった。
事態が大きくなってきた事に対し、カーマイン家の現当主――パトリシアの父――は国王にカーマイン家が行って来た事も含めて全てを話そうと決意する。
しかし、謁見の約束を取り付けようとした日の夜に屋敷内で事件が起きる。パトリシアの母が紅茶に混入された毒を飲んでしまい、殺害されてしまったのだ。
「それは……。雇っている使用人の犯行ではなくて?」
「そうよ。住み込みで働かせて欲しいって言って来た庶民の女性が犯人だったわ」
庶民と密接したカーマイン家ならではの弱点と言うべきか。弱い庶民を大事にしてきたカーマイン家に対し、庶民を騙って入り込んで来たのは闇ギルドの構成員であった。
「その女は母を殺した後に言ったわ。闇ギルドを邪魔しようとした報いだってね」
闇ギルドの構成員だった女はパトリシアの母を殺した後、駆け付けてきた当主やパトリシア、使用人達の前で「見せしめである」と宣言した。
「その後、父は陛下への報告を取りやめたの。話せば私や使用人が被害を受けると思ってね」
妻を殺されたパトリシアの父は迷った末に沈黙する選択肢を選んだ。彼が決断に至った最たる理由は――
「母が殺害された翌日、ビルワース侯爵家夫婦の殺害が起きたから」
このタイミングでビルワース家夫婦も殺害された。パトリシアの父は自分が「子爵」だから狙われたと思っていたようだが、闇ギルドの影響力と行動力は想像以上に膨れ上がっていたのだ。
爵位の大小など関係ない。闇ギルドは楯突く者の権威に関わらず殺せるほど大きくなってしまっていた。
「そう……」
カーマイン家がもっと早く全てを明かしていたらビルワース家の未来は少し変わっていたかもしれない。
だが、これまでガーベラが知り得た情報と照らし合わせるに、カーマイン家が把握していた頃にはガーベラの父も騎士団長ノルドと王も闇ギルドの存在について察知していたのだろう。
カーマイン家の当主も当時は闇ギルドと関わりの持つ人物を把握していなかったのだから、彼が告白したところで闇ギルドの力は変わらない。変化があったとしても些細な変化しかなかっただろう。
しかもビルワース家の事件が起きたのはカーマイン家の事件が起きた翌日だ。この二つの事件は同時に計画され、遂行されたのだろう。
つまるところ、ガーベラの両親が死ぬ運命は変わらなかったのではないか。
この答えは誰も分からない。夢の中に現れるおじさんでさえ、教えてくれないのだから。
あるのは犯人が闇ギルドであるという事実だけだ。
「……クソ野郎共め」
チッと舌打ちを鳴らしたガーベラにパトリシアの肩が跳ねた。無意識にナイフを握る手に力が入ってしまったせいで、背中に当たっていたナイフが動いたせいだろう。
「ごめんなさい。切れてないから安心して」
幸いにもパトリシアの背中に傷はない。ホッと胸を撫でおろしたパトリシアは話を続ける。
「母が殺されて以降、父は表立って行動できなくなったわ。陛下に情報を漏らす素振りを見せれば、また闇ギルドの構成員がやって来ると思ったから。父は母が死んだせいで心が病んでしまった事にしたの」
心労がたたって寝たきりになってしまった、と自身を偽装したパトリシアの父は一切屋敷の外に姿を晒さなくなる。
しかし、パトリシアの父は独自の情報網を使って闇ギルドの行動を監視し始めた。同時に繋がりがあるであろう貴族を探し始める。
「情報網を使った情報収集は父が。義賊稼業は代替わりとして活動し始めた私が情報の正誤を確認するようになったの」
表立って活動できなくなった父の代わりに、変装しながら外で活動を開始したパトリシア。これに関しては父とひと悶着あったようだが、カーマイン家が行動を起こした理由は一つしかない。
集めた情報を纏め、いつか巨悪を一網打尽にする為に。母を殺した犯人を特定して報いを受けさせる為に。これに尽きる。
そして、カーマイン家親子が活動を続ける最中に「黒いドレスを着た暗殺者」の噂が飛び交い始めた。
「最初は作り話の類だと思ったわ。闇ギルドの処刑人は強者揃いだって情報も入っていたしね。実際にスラムで戦っている姿を目撃した時も目を疑ったもの」
処刑人達を翻弄する黒いドレスの女性。顔を仮面で隠し、ナイフのみで次々と殺害していく戦闘能力。
闇ギルドの構成員を屠っている事から、カーマイン家と同じく「闇ギルドの殲滅」だと気付くのは容易であった。どうにか仲間に引き込めないかと情報収集を開始し、跡をつけたところ――
「ビルワース家に入って行くのを見た、と」
「そういう事よ」
これがガーベラを手紙で呼び出した理由と経緯。
「ねえ、闇ギルドの人間を殺しているのは両親の仇を取りたいからなんでしょ?」
パトリシアにはガーベラの動機が痛いほど理解できるのだろう。なんたって、二人の共通点は「親が殺された」事だ。似た者同士、と彼女は言いたいのかもしれない。
「アンタの力、私の情報があれば闇ギルドを追い詰められる。協力してお互いの仇を討とうよ」
お互いに同じ痛みを感じて、お互いに目指す場所は同じ。だからこそ、パトリシアは余計に彼女を仲間に引き入れたいのだろう。
「……良いでしょう。ですが、条件がございましてよ。最初に貴女の持つ情報を寄越しなさい。それを私が精査した後に行動に移しますわ」
条件付きであるが、ガーベラは了承した。ただ、彼女の言い方からするに完全に信用したわけじゃないのだろう。それに仲間になったわけでもなさそうだ。
「最初のお試し期間ってこと?」
「ええ」
ガーベラは背中に当てていたナイフを外し、彼女からそっと離れる。パトリシアは彼女に振り返ると「ふーん」と口にする。
「案外、信用してくれてるの?」
彼女が言う通り、こちらの話を簡単に信用してくれるとは思ってもいなかったのだろう。何度か交渉を試みる必要があるとさえ思っていたに違いない。
それともパトリシアに頼らなければならぬほど手元に手掛かりが無いのか? とパトリシアは懐疑的な視線を向けるが――
「いいえ。信用していませんわ。ただ、罠であっても……罠ごと切り裂けばよろしいじゃない?」
ガーベラはナイフの切っ先をパトリシアの顔面に向けながら言い放つ。
罠であれば、殺すと。
そう言われたパトリシアは、彼女の表情を見て思わず心臓がドクンと鳴る。
トキメキじゃない。恐怖で、だ。
まるであの夜に装着していた仮面のような表情。悪魔が笑いながら獲物を見るような表情に、パトリシアは恐怖で一瞬だけ動けなくなる。
「ア、アンタ、本当に侯爵家のご令嬢?」
目撃した戦闘能力、彼女と対面した際に身を以て知った動き。それにたった今見せられた剥き出しの殺意はどう考えても普通の令嬢じゃない。
自分だって彼女と近い経験をした。恨みと憎しみで復讐を誓った。だが、だとしても、自分とはまるで違う。異次元の存在としか、パトリシアには思えなかった。
「ふふ」
ガーベラは向けていたナイフを引っ込めると、手の中でくるくると回した後にふともものホルスターへ仕舞った。そのまま入り口まで歩いて行き、パトリシアへと振り返る。
「三日後、また同じ時間にここで会いましょう」
さようなら、と別れを告げて出て行ってしまうガーベラ。
「おっかない女……」
彼女の背中を見送ったパトリシアは、自分の左腕を摩りながら小さく呟いた。
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