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1章 訳あり冒険者と追放令嬢
第4話 近付く終わり
しおりを挟むレッドベアを討伐した俺達は首を持って村へと帰還した。
依頼を寄越した老人に首を見せつけると、満足気に頷きながら「助かりました。さすがは冒険者様」などと言う。
「約束の件だが、泊る場所の提供を追加してもいいか?」
「お安い御用ですとも。井戸の近くに空き屋がございますのでご案内しましょう」
老人の案内を経て空き家へ向かう。
家の中には最低限の家具しか置かれていなかったが、所詮は一泊するだけだ。十分すぎる。
「食料と洋服をお持ちます」
「ああ、すまない」
老人が出て行ったあと、俺はリビングに置かれたテーブルの脇にリュックを下ろす。
背もたれの無い椅子にドカリと座って一息つくと、シエルがキョロキョロと室内を見渡していることに気付いた。
「どうしたんだい?」
「……いえ、これが平民の家ですのね」
「狭いって思う?」
「ええ。実家の庭にある馬房みたいですわ」
何とも元貴族令嬢らしい感想だ。
「これが普通だよ。下手すりゃ、もっと酷い宿もあるから」
高い金を払えばまともな宿で休めるのは当然のことだが、金が無い時は雨風を凌げれば御の字ってことがザラにある。
この空き家よりも狭い部屋に五人ほど詰め込まれ、うっすい布を敷いて知らん奴と雑魚寝……なんてこともね。
「まぁ、野宿する回数の方が多いと思うが」
「外で寝るってことですの? 危険ではなくて?」
「危険だよ。だけど、旅の途中で村や街まで辿り着けなければ仕方ないだろう?」
ただ、慣れればそれもそれで面白い。
――コンコン。
ドアがノックされた。老人が戻って来たかな?
ドアを開けると正解だった。
老人は食材の入った籠と女性物の洋服を手に抱えており、それらをテーブルの上に置く。
食材は日持ちする物ばかり。
カチカチになったパンと干し肉が多めなところを見ると、冒険者慣れしていることが窺える。
「こちらでよろしいかな?」
「ああ、十分だ」
老人は「では、ごゆっくり」と言って出て行った。
「さて、服を着替えてきなよ」
俺はテーブルの上に置かれた洋服一式をシエルに手渡す。
「……一人で着替えられるよね?」
「当たり前でしょう。馬鹿にしないで下さいまし」
彼女はムッとした表情を見せながら隣の部屋へ向かう。
ドアを閉める前に漏れた「せま……」という呟きを俺は聞き逃さない。
隣室に消えた彼女を待つこと十分程度。
「着替えましたわ」
隣室から出てきた彼女の印象は、元貴族令嬢から平民のお嬢さんに――ちょっとだけ変わっていた。
上は紺色のフード付きケープ、白いシャツを着た上からコルセットを装着。下はケープと同じく紺色のスカートだった。
「ふ、ふとももがスースーしますわ。平民のスカートはこんなに短いのが普通なんですの?」
彼女も疑問に思った通り、何故かスカートの丈は短い。
更にスカートの下にはガーターベルトとオーバーニーソックス。
こんなもん、大きな街の洋服屋にしか売ってない代物だ。
こんな洋服がどうしてこの村に、と一番に疑問を抱く。
続けて、このチョイスは老人の趣味か? とも。
ただ、洋服だけ見れば若い平民女性……が好むデザインだと思う。
妙にセクシーなので、あまり自信はないが。
「ただ、顔がなぁ……」
服装はマシになった。セクシーさも激増したがね。
ただ、つい漏らしてしまった通り、シエルの生まれ持った美貌が問題だ。
ドレス姿よりは貴族令嬢感が薄れたものの、今度は「貴族令嬢が平民に扮している」というイメージに。
「美人は何を着ても様になると言うが、まさに言葉の通りだな」
「よく言われますわ」
彼女は真顔で頷いた。
前も同じようなやり取りがあったが、彼女は謙遜する気は無い。
というか、自分が美人であることに疑いを持っていないのだろう。
「とにかく、これでよろしくて?」
「ああ、うん」
彼女が対面に座ると、どこからともなく「ぐぅ」と音が鳴った。
いや、彼女の腹の音だ。
「……お腹が空きました」
「食べていいよ」
俺はカチカチのパンと布袋に入った干し肉を彼女に方へ押す。
彼女が真っ先に手を伸ばしたのは干し肉だ。
硬い干し肉をガジガジと食べる姿は、飢えた野良猫のように見えてしまった。
「干し肉好き?」
「……美味しいとは思いませんが、この硬さと塩気は癖になります」
これまで高級な飯を食って生きてきた反動だろうか?
「今日はこのままゆっくりしよう。朝になったら出発だ」
明日こそ街に辿り着く、そう告げると彼女の顔に少しだけ不安の色が混じった……ように見えたが。
「分かりました」
しかし、返答を告げる声音に変わりはなかった。
――窓の外が暗くなってくると、シエルは何度もあくびを繰り返すようになる。
「寝たらどうだ?」
「どこで寝ますの?」
俺は隣の部屋へ彼女を連れて行く。
隣室には毛布が二枚あった。ベッドは無し。
俺は毛布を一枚床に敷く。そして、彼女にもう一枚の毛布を手渡した。
「包まって寝な」
「……分かりましたわ」
彼女は床が固いと文句を零しながらも、毛布に包まれながら丸くなる。
「んじゃ、おやすみ」
「……はい」
彼女の返答を聞いてからドアを閉めた。
……さて、彼女には悪いが俺は一杯やらせてもらおう。
リュックの中から銀色のスキットルを取り出す。
中身はトーワ王国東部で造られたウイスキーだ。他の国でも美味いと評判のやつである。
室内を照らすのはテーブルの上にあるランタンの灯りと窓の外から差し込む月明り。
そんな状態の中、一人ウイスキーを飲む。ツマミは干し肉。
寂しく侘しい一人酒と言うやつもいるかもしれないが、俺はこれが好きだ。
何とも言えないロマンがある。幼少期に憧れた大人の姿って感じでたまらない。
「ふふっ」
思わず笑みを零してしまった。
ツマミがあと一品あったらもっと笑っていたかも。
一人晩酌を行いながら旅の疲れを癒していると――
『グスッ……。くっ……』
小さく泣く声が漏れ聞こえてきた。
声が聞こえてくるのは隣室だ。
『どう、して……。どうして……』
村が静かなせいもあって、どうしても聞こえてしまう。
「…………」
そりゃ、どうしてって思うよな。
その感想は尤もだよ、と内心頷いてしまった。
これが人生。これが運命、と言われても割り切れない。理不尽な出来事を受け入れろって言われても難しい。
しかし、だからと言って立ち止まっていてもいられない。
立ち止まれば瞬く間に地獄行きだ。老若男女問わず酷い生活が待っている。
放り出された環境に適応し、学び、生きる術を自ら見つけなければ生き残れない世界だ。
なんと酷い世界だと嘆きたくもなるが、それが今の世の中なのだ。
「…………」
彼女は生き残れるだろうか?
せめて、街に辿り着くまでに最低限のことは教えてやりたい。
◇ ◇
翌朝、俺達は街に向かって歩みを再開した。
このまま街道を行けば、遅くとも夕方には着くだろう。
「街に着いたら身分証を作ると良いよ」
「身分証を?」
「そう。身分証を作れば、街の出入りに掛かる入場料がタダになる」
街の中に入るには入場料、あるいは通行料と呼ばれる料金が掛かる。
一種の税金みたいなものだが、これはどの国も実施している政策の一つだ。
「身分証を作る手段はいくつかある。商会の従業員になったり、街に住んでいる人と結婚したりね」
商会の従業員になれば商会経営者が身分を保証してくれる。適切な書類と共に役所へ届け出れば身分証を発行してくれるはずだ。
結婚した場合も同様。結婚相手が身元保証人になってくれるってわけだね。
「もっと簡単なのは冒険者組合で冒険者登録することだ」
「冒険者登録を?」
「そう。冒険者組合は大陸各地にある共通組織だからね。冒険者登録証を持っていると、どの街でもタダで入れるよ」
冒険者組合の成り立ちを語ると長くなるが、要はどの国も国防組織が便利に使える『下請け』が必要だったということだ。
騎士団を動かすには少なからず金が掛かる。経費やら何やらね。
しかし、冒険者という外部組織を使えばいい。国が保有する組織ではないので、国費から毎年予算を捻出する必要がない。
独立した組織であり、商会のように経営も行う冒険者組合は勝手に金を稼ぐ。そして、国の法に則った税金まで納めてくれるのである。
騎士と違って死んでも遺族に見舞い金を出さなくて済むのも嬉しいポイント。
為政者にとっては便利な存在。
冒険者組合を立ち上げた創設者は、そういったメリットを国に説明したって話だが。
「とにかく、オススメは冒険者組合だね」
「冒険者登録をしてしまったら、冒険者として生活しなければならないのではなくて?」
「特にそういった決まりはないよ。一年以上依頼をこなさないと失効になるが、逆に言えば年に一度だけ依頼を受ければいい」
魔物退治だけじゃなく、街の清掃やらドブ攫いなどの雑務も依頼として舞い込むからね。
危険を冒さずに達成できる依頼をチョイスすればいいだけだ。
「分かりましたわ」
他にも家の借り方や平民としての生活方法を語っていく。
特に街にいる「金貸し」にはどんなに貧乏でも関わるな、と強く言っておいた。
「関わるとどうなりますの?」
「金が返せなかった場合、仕事を強要されることが多い。君みたいな美人なら、借金が返済できるまで娼館で働け、とかね」
仮に借金を返済しても一文無しだ。
そういった状態に陥った者は、再び金貸しの甘い誘惑に負ける。
終わりのない最低な生活が幕を開けるってことだ。
「……それは嫌ですわね」
「だろう?」
ここで会話が途切れてしまった。
しばらく無言で歩き続け、丁度中間地点に到達したところで休憩を取る。
シエルに水と食料を差し出し、二人で休憩し始めた時。
「……色々語ってきたけど、最後に一つだけいいかな?」
「ええ」
俺は一口だけ水を飲んだあと、彼女の目を見て告げる。
「最後まで諦めないことだ」
「諦めない?」
「そう。実家を追い出されようと、新しい生活が始まってから困難が起きようともね。諦めずに足掻けばどうにかなるもんさ」
「…………」
「だから、死のうなんて考えちゃいけないよ。このまま死んでしまえば楽だ、と諦めてはいけない」
そう言うと、彼女の肩がびくんと跳ねた。
彼女の顔には「何故知っている」と言わんばかりの表情があった。
「人は絶望すると死に逃げたくなる。苦痛から逃れるには簡単な方法だからね」
実家を追い出され、姉に見放され、全てを失った彼女の脳裏には「死のう」と逃げの選択肢が過ったはずだ。
「でも、君は踏み止まった。諦めずに一人で生きて行こうと街道を歩き始めた」
しかし、彼女は諦めなかった。
知識不足が故に空腹で倒れてしまっていたが、それでも彼女は足掻こうとしたのだ。
「一人で生きていこうと決断した時のことを忘れちゃいけない。諦めないという経験を得た君は、逃げたやつよりもずっと強い心の持ち主だ」
「…………」
黙って俺の話を聞いていた彼女は小さく頷いた。
「さて、出発しようか」
休憩を終えた俺達は再び歩きだす。
街道をひたすら歩くと農地が見えてきた。
街道の左右で揺れる小麦達の姿を眺めながら、ゆっくりと確実に進んで行く。
そうして、見えてきた。
「街が見えた」
幅の広い川に掛かった堅牢な橋、その後ろには街の入口となる大きな門。
門の上ではトーワ王国の旗が風に泳ぎ、橋の上には馬車を駆る商人と冒険者達の姿があった。
「もう、すぐね……」
そう、もうすぐ。
もうすぐ俺達の旅は終わる。
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