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1章 訳あり冒険者と追放令嬢
第14話 羨望の眼差しは蜜の味
「シエル、大丈夫か!?」
ラプトルを仕留めた後、シエルの様子がどうにもおかしかった。
まさか、彼女も紫電を浴びてしまったのか!? と焦ったが、様子から察するに違うようだ。
「魔力酔いだね」
「はひ……。ひぃ……」
この症状は大魔石を使用した高出力魔法の行使に起きがちな「魔力酔い」である。
才能ある魔法使いとはいえ、慣れない魔法の行使に体がついていけなかったようだ。
「大丈夫? さぁ、息を繰り返して」
俺は彼女を抱き抱えながら規則正しい息をするよう促す。
しばらく続けていると、彼女の目と体が正常に戻ってきた。
「……つ、疲れましたわ」
魔力酔いに苛まれた魔法使いに起きる次の症状、精神的な疲労だ。
ここからは休めばよくなる。体の中で起きた異変が落ち着いてきた証拠だからね。
「でも、君のおかげで倒せたよ」
疲れた顔を浮かべるシエルは四つん這いになりながら穴を窺う。
「……本当に死んでいるみたいですわね」
「うん」
彼女は「ふぅ」と大きな息を吐くと、今度は俺に疑いの目を向けてきた。
「本当は一人でも倒せたのではなくて?」
「まぁ、そうだね」
単独でも倒せる、とハッキリ伝えなかった理由はちゃんとある。
一つは道中と同じように魔物退治の経験を積ませるため。
「これから先、もっと強い魔物に遭遇する機会は増えるよ。そうなった時、恐怖して足が動かないとなれば命取りだ」
ブラウンボアを討伐できたからといって満足してはいけない。
この先、俺と共に行けばロックラプトルと同じくらい強い魔物と戦うことはいくらでもあるだろう。
しかも、強敵である魔物が必ず一体しか現れない、なんてことは絶対にない。
複数の魔物に襲われることなんて日常茶飯事だ。
だったら、一体だと判明している時点で『魔物の恐怖』を体感しておいた方がいい。
レッドベアの時と同じく。
「冒険者としてやっていくなら、大魔石を使った高出力魔法の行使に慣れておくべきだ」
次に魔法使いとしてのステップアップ。
彼女は魔法使いとしての才能は十分に秘めているが、才能があるだけでは生き残れない世界だ。
小魔石、中魔石による魔法の行使だけじゃなく、体へ負担の掛かる大魔石による魔法の行使に慣らしておくこと。
何度も繰り返し行使することにより、今回のように魔力酔いすることはなくなる。
「高出力魔法を行使できるようになれば、君は切り札とも言えるオリジナル魔法を編み出せると思うよ」
冒険者において「切り札」は重要だ。
「あとは? 他にもありまして?」
この際だから全て言ってくれ、と彼女は俺を睨みつけるように言った。
「あとは君に自信をつけて欲しかったからかな」
「自信?」
「そう。ロックラプトルと対峙して生き残ったって自信。人の内面的な成長において、自信は重要な要素だと俺は思うんだよね」
過剰なほどの自信は不要だが、ある程度の成功体験は成長スピードを増す要素になるだろう。
魔物への恐怖ばかりでは足がすくんでしまうが、怖い魔物を倒せたという成功体験は勇気を生むはずだ。
「どう? 納得した?」
「……ええ、まぁ。確かにロックラプトルの突進を見た後なら、ブラウンボアの突進が怖くなくなりそうですわね」
彼女はとびっきり大きなため息を吐いた。
「はは。まぁ、何事も油断は禁物だけどね」
さて、彼女も回復してきたところで。
俺はリュックの中から光信号の筒を取り出し、先端を空に向けた。
軽く魔力を流すと緑色の光魔法が空高く打ち上がる。
あとは職員が回収に来るのを待つだけだ。
◇ ◇
打ち上げから一時間後、依頼を寄越したスキンヘッドの職員が他の冒険者を連れてやって来た。
「おお!」
「すっげえ!」
彼らは穴の中を覗き込み、死亡しているラプトルを見ると驚きの声を上げた。
「いやぁ、本当に助かった! さすがはワイバーン殺し!」
男性職員はご満悦だ。
厳つい顔に似合わないほどニッコニコの笑顔を見せた。
「んじゃ、引き上げて街へ持ち帰るからよ。あんたらも着いて来てくれよな」
「ああ、分かった」
冒険者達と男性職員はラプトルの死体とラプトルの鎧を引き上げ、台車に乗せて移動を開始。
彼らと共に街へ戻ったのだが、メインストリートを歩く俺達は注目の的になってしまった。
街のメインストリートを行く人達は台車に乗ったラプトルの死体へ釘付けになり、事情を知る者は「討伐したのか!?」と驚きの声を上げる。
俺は誇らしげに歩くこともなく、むしろ一足早く組合に向かいたかったのだが……。
「ふふーん! ですわ!」
すっかり魔力酔いから回復したシエルは、そのたわわな胸を張りながら誇らしげに歩いていた。
自己主張の甲斐あってか、街の人達はシエルを見て目を奪われる。
次に「あの女冒険者、すっげえ美人!」だとか「彼女が倒したのかしら!?」などという声が聞こえてきた。
「おーっほっほっほっ! 私、貴方の言っていた言葉がよく理解できましたわ!」
「どのこと?」
「自信の話ですわ!」
彼女は「これが成功体験!」とニヤリ。
「きっっっもち良いですわぁ! かの英雄もこのような気分だったのかしら!?」
いや、まぁ、うん……。
彼女の邪魔はしないであげよう。
シエルを温かく見守りながら道を行き、遂に組合へ到着。
ラプトルは建物の裏にある解体所へ持ち込まれ、早速査定が始まった。
待つこと数分、カウンターにやって来た男性職員に呼ばれる。
「えーっと、まずは討伐の報奨金。こっちは金貨五十枚な」
カウンターの上に置かれた革袋の中からはジャラリと音が鳴った。
「次に素材についてだが、残念ながら皮は少し損傷してた。全身の皮を全て買い取りに出すなら金貨九枚なんだが、色を乗せてキリよく十枚にしておくよ」
たぶん、紫電で焼いた部分だな。
まぁ、これは仕方ない。
全身無事だったら金貨十二枚にはなっていたかな? ただ、それでも二桁台にはなったので十分だろう。
「素材は全部売ろうと思うんだけど、シエルは欲しい部位とかある?」
「別にありませんわ」
彼女に確認しつつ、素材は全て買い取りに出す旨を改めて伝えた。
「となると、素材分の金額は全部で金貨二十五枚。報奨金分と合わせて、全部で金貨七十五枚だ」
結構な金額になったなぁ。
「とりあえず、金貨三枚以外は組合に預けておくよ」
冒険者組合には独自の銀行システムが備わっている。
これを利用すればトーワ王国内の組合ならどこでも指定額を引き出すことが可能だ。
ただ、これは預けた国内だけ。
別の国に向かう場合は、移動する前に向かう先の国が発行する通貨に換金しておく必要がある。
換金後は改めて別国の組合に預けるのだが、大金を持って国境を渡る際は注意が必要だ。
盗難、大金持ち込みを狙った野盗の襲撃、悪人に片足を突っ込んだ国境警備担当の騎士による不当な没収など、とにかく問題が発生しやすい。
「あいよ。ドッグタグを貸してくれ」
銀行システムの仕組みだが、預けた金額と場所がドッグタグの裏に刻印される仕組みだ。
これらの情報は冒険者組合が独自に開発した暗号が使用され、各組合に所属する一部の人間にしか解読できないようになっている。
じゃあ、刻印を覚えてしまえば不正し放題じゃないかって思うかもしれないが、ドッグタグに使う刻印には遺物、あるいは冒険者組合が独自に開発した魔導具を使用しているという噂だ。
刻印をマネして不正ドッグタグを作り、架空の金貨を引き出そうした悪人が即バレしたという話も有名である。
仮にその場から逃げられても、冒険者組合本部が保有する戦力に地の果てまで追われる……という話だが。
「よし、完了だ」
俺は新しい刻印の入ったドッグタグを受け取った。
「本当に助かった。あんたがいなきゃどうなるかと思ったぜ」
「お役に立ててよかったよ」
俺は男性職員に「また明日の朝に情報を聞きに来る」と告げてから外へ出た。
「今日はどうしますの?」
「疲れたでしょう? 今日はゆっくり休もうよ」
お金も入ったしね。
俺は金貨三枚を見せながら言った。
「何か欲しい物や食べたい物はある? 今回の報酬には君の分の報奨金も含まれているからね」
「そうですわねぇ」
シエルは少し悩む様子を見せたあと――
「……ワインですわ」
彼女はニヤッと笑いながら言葉を続ける。
「今日はワインと美味しい食事を楽しんでから、気持ちよく眠りたいですわね」
「よし、決まりだ! 食堂に向かおう!」
「おー! ですわ!」
俺達は二人して笑顔を浮かべ、街で美味しいと評判の店へと向かった。
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