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2章
第26話 越境
街を出発してから二週間経過すると、俺達はトーワ王国南端にある街に到着した。
「あ~! ようやく到着しましたわねぇ」
ぐっと背中を伸ばし、自身の腰と尻を労わるシエル。
ここまで乗り合い馬車を使っての移動だったが、足の代わりに腰と尻への負担が大きい。
俺も彼女と同じく腰をトントンと叩きつつ、街の中をざっと見回した。
「今日は街の宿に泊まって、明日は朝一から国境に向かおうか」
「ええ、そうしましょう。お腹も空きましたわ」
彼女がそう言った途端、ぐうと腹の音が鳴った。
顔を真っ赤にしている彼女の腹は限界を迎えている様子。
「今日はトーワ王国滞在最終日だからね。それを踏まえて、何か食べたい物はある?」
先ほど予定を述べた通り、明日は南の隣国であるヴェルリ王国へ入国するつもりだ。
本日の夕食はトーワ王国で行う最後の食事となるだろう。
「う~ん……。やっぱり、羊肉でしょうか? ラムチョップが食べたいですわね」
あとワインも、と。
シエルが最後に選んだのはトーワ王国を代表する料理だった。
「よし、そうしよう」
メインストリートを歩き、繁盛している食堂を探して突入した。
食堂でラムチョップとパンのセットメニューを頼み、ワインは少々お高めの良い銘柄を選ぶ。
「随分と豪華じゃなくて?」
「最後だからね」
彼女にとって、トーワ王国とは故郷だ。
故郷の料理や酒はしばらく口にできないし、今日は存分に堪能してもらいたい。
「はむっ!」
ただ、シエルは感傷なんぞ感じさせない食べっぷりを披露する。
両手にラムチョップを掴み、交互に食べる豪快なスタイルだ。
正直、この姿を見ていると『元貴族令嬢』だったことを思い出すのが難しくなる。
「んぐ、んぐ、んぐ……。国境を越える際、何か注意点はございまして?」
「ん~、そうだなぁ……」
越境の注意点と言えば、前に語ったお金の持ち出しに関する注意点だろうか?
「トーワ王国で稼いだ金は向こうで換金しないといけないからね。組合に預けている金も全て引き出しておかないと」
組合に預けている預金額を向こうで引き出す、というのはできない。
越境する前に全て引き出し、現金を持った状態で越境せねばならないのだ。
「ああ、あとはたまにいる不良騎士の存在ですわね?」
「そうそう」
次に問題となるのが、シエルの言った不良騎士問題。
国境警備を担当している騎士達は、旅人が現金を持っていることを知っている。
事前の持ち物検査もあるし、その際に難癖をつけて現金を没収。あるいは「いくらか払えば見逃してやる」なんてことを言ってくる場合も。
「越境前に全額使ってしまうってのは現実的じゃないからね」
もちろん、越境前にこの街で準備を行うつもりだ。
食料や魔石、雑貨等の補充を行って金を使いつつも、越境した先にある街――ヴェルリ王国内最初の街で宿を取る金も残しておかないといけない。
「絡まれるかどうか運だね」
「なるほど。分かりましたわ」
そんな話をしつつ、今夜は宿でゆっくりと馬車旅の疲れを癒す。
明けて翌日、俺達は朝から準備を行って――遂に国境まで移動を果たした。
トーワ王国南側の国境には大きな砦が建築されており、砦の反対側には大きな川が流れている。
ヴェルリ王国との協定では川が国境線の役割を果たしており、川を大きな船で越えることによってヴェルリ王国入国となるのだ。
「次!」
さて、俺達は砦を通過するための列に並んでいるわけだが……。
「結構人がいますのね」
越境希望者の列は非常に長く、俺達の前には数十人の待機者が見られる。
徒歩の者もいれば、馬車に乗った商人も。
これだけの数がいると、順番が回ってくるまで三十分以上は掛かりそうだ。
「馬車に乗っている人もいますが、川を渡りますのよね? 馬車ごと渡れますの?」
「うん。砦を抜けた先にある船着き場には、かなり大きな船が用意されているからね」
確か馬車は二台までなら乗れる、とどこかで聞いたような。
船に乗る時間もたった数分ではあるが、早く越境したいからって泳いで渡るのは禁止だ。
仮に泳いで渡ろうとすると、両国の騎士に攻撃される恐れがある。越境の際は絶対にルールを守らないとダメ、とシエルに強く説明した。
「次!」
遂に俺達の番がやって来た。
雑に手招きされながら進むと、担当する騎士の眉間には深い皺が寄っていることが分かる。
これだけで察した。
こいつは不良騎士だ。
「持ち物を全てテーブルの上に置け」
強い口調で指示されると、横にいたシエルがぴくりと反応するのが分かった。
チラリと横顔を見れば、彼女の眉間にも皺が寄っている。
しかし、彼女は事前の説明通り黙ってルールに従ってくれた。
「これは何だ?」
持ち物検査を受けていると、騎士が手にしたのは金の入った革袋だった。
これは何だ? と言いつつも、実際は金が入っていると分かっているのである。それほどスムーズな手の運びようだった。
「ほう、随分とあるじゃないか」
ニヤリと笑う騎士。
いや、中には金貨五枚と銀貨十枚程度しか入っていないはずだが。
この金額で「随分とある」と表現するとなると……。トーワ王国国境騎士団の給料は安めなのかな? と勘繰ってしまう。
勘繰りながらも、俺の目は騎士が摘まんだ貨幣の数と種類を確認。
金貨一枚と銀貨三枚。
まぁ、これくらいならいいかな――なんて思っていたのだが。
「おやめなさい」
代わりに口を開いたのはシエルだった。
彼女は腕を組みながらも、金を盗もうとする騎士を睨みつける。
「なんだ、貴様? 文句でもあるのか?」
「文句? ええ、ありますとも」
彼女は大きなため息を吐きつつ、まるで汚物を見るような目を騎士へ向ける。
「トーワ王国騎士団の質も落ちましたわね。まさか、越境する者からお金を盗む者がいるとは」
続けて、彼女は失望するような表情を見せる。
「貴様、何様のつもりだ?」
度重なる態度の変化に対し、騎士はカチンときたのだろう。
騎士の手は腰の剣に伸びるが、シエルは全く態度を変えない。
それどころか、より大きくふんぞり返ってみせる。
「貴方こそ何様ですの? 私を誰だと思って?」
冒険者のシエル――いや、違う。
今の彼女は『貴族』を演じているのだ。
堂々とした態度を見せ、不良騎士に対して臆することもなく。
「この件はマークス卿に報告すべきかしら? それともジュノー陛下に直接ご報告する方がよろしくて?」
不良騎士を睨みつけるシエルが二名の名前を口にすると、対する不良騎士の顔色が途端に悪くなっていく。
というか、最初の名前を聞いた時点で驚いていた。
もしかしたら、マークス卿とは騎士団を司る偉い人の名前なのかも。
「貴方、私がただの冒険者だと思っておりますの?」
偉い人? の名前に続き、然も自分が「貴族ですけど? 冒険者に扮しているだけですけど?」と言わんばかりの態度と言葉。
「もう一度問いましょう。貴方、何様ですの? 私を誰だと思って? 誰のお金を盗もうとしておりますの?」
間髪入れずにシエルが畳み掛ける!
すると、すっかり顔色が青くなった騎士は、摘まんでいた金を袋の中へと戻し始めた。
「も、申し訳ありませんでした」
今度は俺が驚く番だった。
おいおい、通用しちゃったよ!?
ふんぞり返るシエルの隣で冷静な様子を装いつつも、内心では心臓がバックバクである。
バレたら一発で捕まるのに。
こうなったらシエルに乗るっきゃないか。
「お嬢様、このあたりで」
「そうですわね。時間も惜しいですし。荷物を戻しなさい」
シエルの指示に従い、俺はササッと荷物を元通り纏めていく。
リュックを背負い、彼女専用のバッグを丁寧に手渡した。
「もうよろしくて?」
「は、はい」
すっかり騙された騎士はたじたじだ。
「では、行きましょう」
満足気に頷くシエルは優雅に歩き出す。
その身から溢れる気品を存分に見せつけつつ、堂々と砦の門を潜って行くのだ。
後に続く俺は完全に使用人のような雰囲気を出していたが、門を通過した時点で彼女の隣に並ぶ。
「……ヒヤヒヤしたよ」
「ふふん!」
俺の心配をよそに、シエルの顔にはクイーンオブドヤ顔があった。
「今度から越境する際は任せて下さいまし。私、こういったことは得意ですのよ?」
伊達に十八年も貴族令嬢をやってなかった。
偉そうな態度を演じるのは朝飯前だ、と。
「いや、バレた時に怖いから……」
「おーっほっほっほっ! バレなければ正義ですわ!」
それって不良騎士と変わらないんじゃあ……なんて考えつつも、俺達は停泊していた船に乗り込む。
定員に達した船は川を渡り始め、反対側にあるヴェルリ王国側の国境へと辿り着いた。
「ほっ!」
すっかり気分がよくなったシエルは、船からぴょんとジャンプして降り立つ。
彼女にとっては記念すべき一歩だ。
「越境おめでとう。初めて越境した気分はどう?」
ご機嫌な彼女の背中に問いかけると、彼女は振り返ってニコリと笑った。
「ヴェルリ王国の名産を食べるのが楽しみですわ!」
反対側にある故郷への憂いは無く。
ハラペコな元令嬢の顔には、今まで見た中でも特に輝く笑顔があった。
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