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2章
第29話 ワイバーンを落とせ!
「ど、どうしますの!? 相手は空を飛んでいますのよ!?」
シエルは顔を青くしながらも、空を旋回しながらギャーギャーと鳴くワイバーンを指差す。
「翼を攻撃すれば問題ない!」
相手は空を飛ぶ魔物だが、それ故に明確な弱点が存在する。
それが翼だ。
ワイバーンはラプトルと同じ「ドラゴンもどき」と呼ばれているが、体の構造はドラゴンよりも華奢である。
加えて、大きな翼で体全体のバランスを取っていることもあり、翼に異常が出れば飛べなくなってしまうのだ。
地上に落ちたワイバーンは細い足を使ってのヨチヨチ歩きしかできなくなり、ドラゴンもどきと呼ばれるほどの脅威は消え失せる。
ただ、急降下からの噛みつきには要注意。
細かく鋭利な歯は獲物の肉に喰いつき、強靭な顎の力で絶対に離してくれない。
咥えた獲物を高所から地面に叩き落として殺害し、ゆっくりと肉を食う――というのが、ワイバーンの得意パターンだ。
この状況から脱するには、とにかく翼に一撃入れること。
翼さえどうにかしてしまえば問題無い!
「シエル! ワイバーンに向かって水魔法を撃ってくれ!」
「ま、魔法!? 首を絞めますの!?」
「いいや、ただ水の弾を飛ばしてくれればいい!」
俺は彼女に「魔法を命中させる必要はない」と告げた。
「あ、当てなくていいって――」
「早く! まだ奴が旋回しているうちに!」
「ああ、もう!」
シエルはバッグから魔石を取り出すと、握っていない方の腕を空に向かって伸ばす。
「えい! えい!」
小さな青い魔法陣が複数浮かび、魔法陣の中心から水の塊が空に向かって放たれる。
だが、少々スピードが足りない。
「もっと速く!」
「もう! これでどうですの!?」
先ほどよりも魔法陣が大きくなると、今度は水の塊が発射されるスピードが劇的に上がった。
ワイバーンも初撃は避けることもない、といった雰囲気だったが、スピードが上がった魔法に対しては明確に「避けている」という動きに変わった。
「グエー!」
水の塊を避け続けるワイバーンだったが、地上から発射される魔法を鬱陶しいと感じ始めたのだろう。
ギラギラした目を俺達に向けた後、ギュンと大きく上昇飛行を行う。
その後、ぐるんと宙を回転しながら頭を下に向けて急降下を始めた。
「撃ち続けろ!」
シエルに水の塊を撃ち続けさせるも、ワイバーンは降下しながら魔法を躱す。
――ここで俺の出番。
指を鳴らした左手でナイフを抜き、一本、二本とワイバーンに向かって投げる。
水の塊を避けた直後のワイバーンに一本目のナイフが迫るも、奴は首を傾けて躱した。
二本目はギリギリ口元を掠った程度だったが……。
「まだ撃ち続けて!」
急降下中のワイバーンは水魔法を避けることに集中している。
ここだ。
「食らえ!」
俺は伸ばしていた手をぐっと握りしめる。
空中に静止させていたナイフを引き戻し、一本が翼にザックリと突き刺さる。
「グエー!?」
突き刺さったナイフに帯びる紫電を浴びたせいか、ワイバーンの体が空中でバヂンと跳ねた。
その後、綺麗に急降下していたワイバーンは、空中でぐるんぐるんと体を回転させて態勢を整えようとするが……。
まだ幼い体に紫電はキツかったのかもしれない。
ぐるぐるときりもみ回転しながら降下するワイバーンは、降下速度が一気に低下する。
そのまま地面に頭から激突……とはいかなかったものの、地面に着地したワイバーンは藻掻くように翼をバサバサと動かし続ける。
必死に翼を動かし続けるワイバーンは再び空へ舞い上がり始めるが、その速度と動作はスムーズとは言えなかった。
もたついている今が最大のチャンス。
「おおおッ!」
俺は剣を抜き、一気にワイバーンへと接近した。
ワイバーンと目が合う。
相手の目からは焦りが感じられ、翼を動かす動作が激しくなった。
ワイバーンの足が地面から離れた瞬間――振り上げた剣が首を捉える!
相手が完全に飛び立つ瞬間と剣の刃が肉にめり込む瞬間が重なる。
飛び立とうとする相手の力が加わったことで、ワイバーンの太い首の骨をバッサリと両断できてしまった。
首の断面から激しく血を噴出させる胴体は、宙で若干暴れながら地面に落ちる。
「うわっ」
その際、俺は大量の返り血を浴びてしまった。
顔も服もワイバーンの血でべっとべとだ……。
「大丈夫ですの!?」
「ああ……」
ぬるっとした感じは最悪だけどね。
「というか、どうしてワイバーンが? 魔物被害も起きない平和な地域だと言っていましたわよね?」
「このワイバーンは幼体だからね。幼体のワイバーンは好奇心旺盛だから行動範囲も広いんだ」
恐らく、トーワ王国側からフラリと飛んで来たのではないだろうか?
平和な領内で滅多に目撃されないだろうワイバーンと遭遇すること自体が不運――いや、ゲオルグに声を掛けた時点で、俺達の不運な運命は決まっていたのかも。
「まったく、散々だな」
囮に使われた上、返り血で……。ああ、こりゃ中に着てるシャツはダメだな。
上のジャケットは洗えば落ちそうだが。
「顔を拭くタオルは――ああッ!?」
ここで気付いた。
俺のリュックは馬車の荷台に置きっぱなしじゃないか!
タオルどころか、食料や野宿用の寝具まで失ってしまったことになる。
「どうしますの!?」
「うーん……」
現在地は街と街の中間地点くらいだろうか。
戻るも進むも時間は変わらない……かな?
「たぶん、夜には街へ辿り着けると思う。先に進もう」
俺はナイフを回収した後、殺したワイバーンの翼にある爪を剥ぎ取る。
これは討伐した証拠として使えるからね。
「顔、洗います?」
シエルが水魔法を使おうか? と提案してくれるが、今は魔石を温存したい。
リュックの中にあった水筒も失くなってしまった以上、今はシエルの水魔法は貴重だからね。
途中で川があったら問題無いのだけど。
「これって犯罪じゃなくて?」
街に向かって歩き始めると、眉間に皺を寄せたシエルが問うてきた。
「……微妙なところだね」
魔物から逃げる、という行為は犯罪じゃない。
身を守るために取る行為の一つであり、逃げることを禁止したら街の外は人間の死体だらけになるだろう。
今回のケースは法律違反というよりモラルの問題かな?
「護衛が商人に対して『先に行け!』と逃げることを促すとするでしょ? その結果、護衛達は魔物に殺されて全滅しちゃったとしよう。この場合、商人に落ち度はないよね?」
「そうですわね。雇った護衛が指示を出したわけですからね」
「じゃあ、俺達のように囮にされたとしよう。そして、護衛が全滅してしまった場合。これは死人に口なしってやつだね」
真実を語る者はいない。真相は闇の中。
「じゃあ、次に誰かが生き残っていた場合。当然ながら見捨てられた者は復讐してやろう! と考えそうじゃない?」
最低の仕打ちを受けた冒険者は怒り心頭。見捨てた商人に対し、報復をしてやろうと考えるだろう。
「だけど、ここで商人を殺すなり、金銭を脅し取るなりすれば見捨てられた側が悪になってしまう」
まぁ、これは国の法律にも因るんだけど。
大体の国は『殺したモンが悪』と判断が下されるだろうね。
「それじゃあ、やられっぱなしということですの?」
「ううん。商人組合に告発すればいいんだ」
被害者が加害者にならないよう、悪意ある商人が増えないよう、商人達が属する相互協力組織『商人組合』にはペナルティ制度が用意されている。
「商人組合に告発した場合、対象の商人はペナルティを受けるんだ」
もちろん、商人組合が調査を行った上でね。
真実が明らかになるまで時間は掛かるが、真実が明らかになれば悪事を働いた商人に対してしっかり罰が下る。
「罰って?」
「聞いた話だと罰金とか。それもすっごい額の」
金に魂を売った商人からすれば最悪の罰となるだろう。
それと罰金の中から被害者に見舞い金が払われるらしい。
「他には商人組合が提供してる情報が受け取れないとか。最悪、組合からの追放かな?」
商人向けの情報を得られないってのは、商人にとって結構な痛手だろう。
特に街から街へ移動する商人だったら、周辺状況や治安に関する情報が得られないだけで不安だろうし。
次に組合からの追放だが、追放されたからといって商売ができなくなるわけじゃない。
「商売はできるけど、税金がすごく高くなるらしい」
これも人から聞いた話だけどね。
組合で発行される商業ライセンスを所持していない商人は、街へ入る際に通行料を取られてしまう。
「身分証みたいなものですわね?」
「それに近いけど、商人が免税を受けたい場合は身分証の他に商業ライセンスが必要になるんだ」
他にも訪れた国の役所に直接、一年分の税金を納めないといけなくなる。
これを怠ると法律違反となり、騎士団から財産没収となるとのことだが。
「街を歩いていると、警邏中の騎士が商人に対して『ライセンスを見せろ』と言っている姿を見たことない?」
「ライセンスの確認かは分かりませんが、確かに騎士が露店商に声を掛けているシーンはよく見ますわね」
「そうそう。あれって大体はライセンスの確認なんだよ」
そして、法律違反や脱税していないかを確認しているのである。
「商人ってのは金を持っている人間、と思われがちだからね。国も騎士も厳しく確認しがちだよ」
ライセンスを所持していない、からの納税調査が行われ、バレたら即逮捕。
あるいは、悪徳騎士に弱みを握られて納税するよりも高価な金額を取られてしまったり……と、ライセンスが無いことへのデメリットはかなり大きい。
「なるほど。では、街に着いたら即商人組合へ行きましょう」
シエルはぷんすか怒りながら「絶対に報いを受けさせてやる」と口にした。
ただ、今回の件が通るかどうかは微妙なところだ。
ワイバーンの囮にされたことに対する目撃者はいない。
証拠としてワイバーンの爪を持って来たが、それが証明になるかどうかも商人組合次第だし。
あとは……。ゲオルグが俺のリュックを所持していたら決め手になるかも。
俺の物と証明できる物を持っていてくれたら、調査も簡単になるのだけど。
街に着いてからのことを考えていると、道の先に何か転がっていることに気付く。
「あれは……。貴方のリュックではなくて!?」
「あれ!? 本当だ!」
街道沿いに投げ捨てられたであろうリュックに駆け寄ると、確かに俺の物だった。
慌てて中身をチェックしてみるが……。
「……何も盗られてない」
旅の道具も金も。何一つ盗られていなかった。
「証拠隠滅に捨てたのかな?」
金まで盗らないとは、何とも用心深い男だ。
金なんて自分の物と混ぜてしまえばバレやしないだろうに。
「なんだか、商人っぽいけど商人らしくない男だね」
ゲオルグという男に違和感を抱く。
頭に浮かぶ彼のシルエットが黒く塗りつぶされていく感覚だ。
「とにかく、リュックが無事でよかった」
「それでも許しはしませんけど」
シエルは「フン!」と鼻を鳴らし、早く街へ行こうと俺を促した。
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