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2章
第36話 恐怖! クラーケン出現!
しおりを挟む海面からそそり立つ巨大な触腕とクラーケンの頭部に圧倒されていると、巨大な頭部にあった目がギョロッと動く。
クラーケンの視線は確実に俺達へと向けられていた。
その証拠にクラーケンの触腕がしなり、海面へバヂンとぶつけられたのだ。
「きゃあああ!?」
「掴まれ! 手を離すな!」
大きな波が俺達を乗せた船を揺らす。
船が転覆しそうになるも、なんとか耐えることができた。
「すぐに陸地へ!」
「お、おう!」
俺は漁師の男性と一緒になって船を漕ぐ。
振り返る暇もなく、必死になって船を漕ぎ続けた。
陸地まであと数十メートル。頭上には大きな影が差す。
これでは間に合わない。
「海に飛び込め!」
「えっ!? ええっ!?」
漁師の男性は俺の意図を理解したようで、すぐに海へ向かってジャンプした。
シエルは困惑していたが、俺は彼女の腕を掴んですぐさま海へ飛び込む。
海の中に潜りながらも船に視線を向けると、クラーケンの触腕が船に巻き付くのが見えた。
木造の船は簡単に握りつぶされてしまい、あのまま船に乗っていたらどうなっていたかと考えるだけでゾッとする。
「ぷはっ! シエル、俺の体に掴まれ!」
「は、はひ! はひ!」
シエルを連れて全力で泳ぎ、何とか浜辺まで辿り着くことができた。
同じく漁師の男性も無事に逃げることに成功したようだ。
「ク、クラーケンじゃあ! 本物じゃあ!?」
「そ、村長! ど、どうするんだい!?」
と、ここで村長が浜辺に到着。
あれだけ英雄ポアンの英雄譚を「売り」にしていた村長だが、伝説の化け物を目の当たりにすると腰が抜けてしまったようだ。
「ど、どうするって……!」
英雄はもういない。
剣一本で海の化け物を殺す英雄は既にいないのだ。
「漁船が危ないんじゃないか!?」
クラーケンの背後には漁師達の乗った漁船が海に浮かんでいる。
まだクラーケンは漁船の存在に気付いていないようだが、向こうも迂闊に動けばクラーケンに気付かれてしまうと二の足を踏んでいるようだ。
このままではいずれ気付かれ、漁師達に被害が及ぶかもしれない。
「おじさん! まだ船はあるか!?」
「船!? ああ、あるが……」
漁師の男性は左手側に視線を向ける。
そこには使っていない小舟が四隻ほど浜辺に上げられていた。
「俺がクラーケンの気を引く! その間に漁師達へ浜辺に戻るよう合図を出してくれ!」
「わ、わかった!」
俺は小舟に向かって走り、四隻全てを海に向かって押す。
そのうち一隻に乗り込み、浜辺にいるシエルへ叫んだ。
「シエル! 魔法で援護してくれ!」
「え、援護って!?」
「例の魔法! 岩を貫通したやつだ!」
ヘンゼルの魔法を使え、と指示を出しつつ、俺は左指をパチンと鳴らす。
海に浮かんだ小舟の上でナイフを抜き、紫電の纏ったナイフを連続で投擲した。
ナイフはクラーケンの触腕にブスブスと刺さるが、これといって反応がない。ナイフの刺さった触腕も元気にウネウネと動き回っている。
予想はしていたが、ナイフ如きではどうにもならないか。
「だが、こっちはどうだ!?」
ナイフを投擲した際、クラーケンは避ける素振りすら見せなかった。
あれは人間如きが自分を倒せるはずがない、と過信しているのだろう。
だったら、剣も簡単に当たるはず。
紫色の光を放つ指輪を剣に擦り付け、紫電の纏った剣を槍投げの要領で投げた。
「―――ッ!!」
投げた剣は触腕を切断……とはいかなかったものの、触腕中央から突き破って貫通させることができた。
「まだまだッ!」
俺は伸ばした左腕をぐっと握りしめる。
貫通した剣が向きを変え、二本目の触腕を貫くことに成功した。
「―――!!」
こうなるとクラーケンの意識は俺に向く。
というより、ブチギレだ。
ギョロッとした目が険しくなり、無事な触腕が複数持ち上がる。
小舟ごと叩き潰してやろう、という考えだろうがそうはいかない。
「よっ!」
触腕が落ちてくる寸前、俺は別の小舟に飛び移る。
元々乗っていた小舟は木っ端微塵になってしまったがね。
「もう一度!」
再び剣を操作して、一度貫いた触腕を狙う。
三度目の攻撃でようやく触腕一本を完全に切断することに成功したが、当然ながらクラーケンも黙ってはいない。
先ほど以上に触腕を振り上げて、今度こそ俺を叩き潰そうとしてくるのだ。
次の小舟に飛び乗り難を逃れることには成功したが……。
「あと二隻か」
どんどん足場が無くなっていく。
追い詰められているのは俺の方だ。
「また来るか!」
小舟を足場にする方法はもうすぐ使えなくなるだろう。
何か別の案を考えないと。
そう考えていた時、振り上げられた触腕がバヂンバヂンと音を立てて破裂するように千切れた。
何かが触腕に当たった。
放たれた方向に顔を向けると、そこには中魔石を投げ捨てるシエルの姿があった。
「ど、どんなもんです! わ、私だってやる時はやりますのよ!?」
ガクガクと両足を震わせながらも気丈に振舞うシエルは、バッグの中から新しい中魔石を取り出して杖を構える。
そして、記憶結晶に魔力を流してもう一発魔法を放つのだ。
脅威の弾速はクラーケンも避けきれず、また一本触腕が破裂するように千切れた。
「よし!」
これならいけるかもしれない。
俺はシエルの攻撃に合わせて剣を操り、別の触腕を攻撃していく。
しばらくやられっぱなしのクラーケンだったが、ここで大きく動いた。
ヤツは海の中に潜り込み、そのまましばらく姿を現さない。
一瞬だけ「逃げたのか?」と思ったが違う。
「ルーク! 下ですわ!」
シエルだけじゃなく、浜辺にいる漁師達も「下! 下!」と指差していた。
海面に目を向けると、小舟の下に大きな影があった。
直後、複数の触腕が海の中から飛び出してくる。
「チッ!」
触腕が小舟に巻き付く前に別の船に飛び乗るが、乗っていた小舟は海の中に引き込まれてしまった。
足場はあと一隻。
しかも、向こうは海の中に潜ったままだ。
「イチかバチか……!」
俺は再び左指を鳴らし、紫電の纏った剣を空に投げる。
空に投げた剣に指輪を向け、剣が纏う紫電の出力を最大に。
小舟の下に見える影を狙って一気に剣を振り落とす。
シエルの魔法ほどではないが、最大出力の魔法を纏う剣はとんでもない勢いで海の中に消えていった。
直後、海の中で紫色の光が爆発。
鈍いガツンという音が聞こえてくると、同時にクラーケンが再び海面に体を露出させた。
露出と同時に剣の行方を探ると、どうやらクラーケンの胴体に突き刺さったらしい。
剣を手元に回収しようと紫電を操る。手元に戻ってはきたものの、どうにも反応が悪い。
「……チャージ切れか?」
紫電の指輪は使用した分の魔力を再チャージして使う遺物だ。
先ほどの攻撃で魔力をほとんど使ってしまったのか、纏う紫電の光が弱々しくなっている。
「ルーク! 魔石が無くなってしまいましたわ!」
シエルの方も魔石切れのようだ。
問題の漁船に視線を向けると、漁船は大きく迂回しながら浜辺に向かってきている。
このまま進めば無事に辿り着くだろうが、クラーケンに気付かれたら一気に沈められてしまうだろう。
となると、ここで俺が退くわけにはいかない。
……こりゃ本格的にマズい状況になってきた。
「ルーク! 攻撃が来ますわよ!?」
クラーケンが二本の触腕を大きく振り上げた。
俺を見る巨大な目は笑っているように見える。万策尽きた俺達を嘲笑うかのように。
海に飛び込んで逃げるしかないか、と覚悟した時――
「お兄さん、飛んで!」
浜辺から若い男性の声が聞こえてきた。
一か八か、彼の声に従う。
「え!?」
小舟から大きくジャンプすると、俺の足元に青と緑色が半々になる魔法陣が浮かんだのだ。
直後、生成されたのは巨大な氷の足場。
「クラーケンの弱点は眉間だ! 眉間を狙って!」
声を聞き逃さない。
氷の足場が海に向かって落下していく最中、突きの構えを取る。
足を開き、腰と腕を溜め――意識している間、随分と時間の進みが遅く感じた。
客観的に見れば俺がスローモーションで動いているかのような……。
とにかく、全力で集中しながら一瞬の時を待つ。
溜めて、溜めて、今ッ!
クラーケンの眉間と剣先が一直線に結ばれた瞬間、その時を逃さずに前へ。
「うおおおおッ!!」
飛び込むように動き、同時に剣を突き出した。
剣が眉間に突き刺さり、クラーケンの体を突き破る感触が腕に伝わって来た瞬間――クラーケンの体から「パァン!」と弾けるような音が聞こえた。
続けて、白かったクラーケンの体が透明に変わっていく。
この変化を目の当たりにして、俺は内心で「やったか!?」と歓喜するが……。
「ぐわ!?」
クラーケンの下半身は未だ動き、触腕が俺の体に巻き付いてくる。
とんでもない力だ。
このままでは体が潰されてしまうと焦りを抱くが、浜辺から鋭い氷の槍が飛んでくる。
氷の槍がクラーケンに突き刺さると、今度は俺に巻き付いていた触腕の色が透明に変わる。
「うわっ!?」
それと同時にクラーケンから力が抜け、触腕から解放された俺は海に落ちてしまった。
「むぐっ」
慌てて息を止め、急いで海面に浮上する。
近くに浮かんでいた氷の足場にしがみつき、状況を把握しようと顔を動かす。
「……倒せたのか?」
全身透明になったクラーケンはプカプカと海面に浮いているだけで動く気配はない。
どうやら倒せたようだ。
「わぁー! クラーケンを倒した!」
「現代に蘇った英雄じゃあ!」
浜辺では漁師村の人々が喜びの声を上げており、シエルも俺に向かってブンブンと腕を振っている。
彼女の横に立って笑顔を浮かべているのは、見慣れぬ青年と……。首輪をつけた獣人の女性?
何者かは不明だが、彼が俺を助けてくれたのだろう。
「ルーク! 大丈夫ですの!?」
「ああ! 大丈夫だ!」
シエルに無事を伝えると、浜辺に向かって泳ぎ始めた。
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