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2章
第39話 殺しの経験
しおりを挟む漁師村にもう一泊した俺達は、リョクレンの森を目指して旅を再開することにした。
余談であるが、昨晩の宿泊費と食事代はクラーケンを討伐したお礼として全てタダにしてくれた。
タダで良いと言っていた際に浮かべていた村長の笑顔はしばらく忘れられないだろうな……。
「ケンスケ、君はどこに向かうんだ?」
彼も同じく旅を再開するとのことで、俺達四人は揃って村を出た。
村の入口で行先を問うと、彼は北側を指差す。
「僕達は一度王都に向かいます。向こうで闇商人達の動向を調べてみようかと」
「そうか。道中、気をつけて」
「はい。ルークさん達も」
俺達は握手を交わし、それぞれの道へと向かって歩き出した。
「……濃い二日間でしたわね」
「まったくだ」
鳥居と呼ばれる門を観察して、クラーケンと戦って。更にはクラーケンの刺身まで食うことになるとは。
まるで英雄ポアンの英雄譚に描かれる一幕のような二日間だった。
「それにしても、あのケンスケという方は不思議な男性でしたわね」
シエルは「首輪の件は置いといて」と小さく呟く。
「魔法の実力も凄まじかったですが、黒髪というのも珍しいですわ」
「確かに。北部に住むドワーフ達みたいに真っ黒だったね」
大陸東に住む人々の中に黒髪はほとんどいない。
いたとしても、茶色が混じったような黒髪だし、ケンスケのように真っ黒な黒髪というのは相当珍しい部類に入るだろう。
「彼はそのうち有名になりそうだ」
今のうちに親しくなっておいた方が良かったんじゃないか? と彼女に問う。
漁師村にいる間、シエルは警戒していたのかケンスケとあまり喋っていなかったし。
「……あまり私の好きなタイプではありませんわね」
「ふうん?」
「私、こう見えて独占欲が強い女ですのよ? 旦那様となる方からは一途に愛されたいの」
しかし、彼はそういったタイプには見えなかったと。
「彼、次に会う時には女性が増えてそうですわ。むしろ、会う度に増えていくのではなくて?」
最終的には十人以上の女性を傍に置きそうだ、と。
「そんなまさか」
今の世、重婚というは珍しくはない。
特に貴族や王族ともなれば側室を設けて世継ぎをたくさん産むのが常識とも言える。
だが、限度があるだろう。
さすがに十人もの女性を傍に置くなんて……。世の男性達が憧れるハーレム人生じゃないか。
そんな状況、御伽噺の中でしか描かれない。
「ただ、彼の師匠には興味がありますわ」
ケンスケの師匠――これから向かうリョクレンの森を管理するダークエルフの女性『ララ』のことだ。
「先ほども言いましたが、彼の魔法は凄まじかった。複合魔法を一瞬で発動させておりましたのよ?」
しかも、杖も無し。
見間違えでなければ魔石さえも使っていなかった、とシエルは語る。
「魔石も? そりゃあさすがに見間違えじゃ?」
「私もそう願いますわ。見間違えじゃなかったら、格の違いに落ち込んでしまいそうですもの」
シエルは「はぁぁ」と特大のため息を漏らした。
「私は魔法使いとしてそこまでじゃありませんけど、彼の師匠から何か学べたら……」
自分はもっとマシな魔法使いになれるかもしれない。
誰かに貰った魔法に頼らずともクラーケンを圧倒できたかもしれない、と。
「ヘンゼルの魔法、気に入らない?」
「気に入らないというか……。何だか使っていて疑問を抱いてしまいましたわ」
ヘンゼルの魔法は「便利すぎる」と彼女は漏らす。
これに頼っていると自分の価値が失われてしまうような気がする、とも。
……これは彼女にとって良い兆候なんじゃないだろうか?
少なくとも、現状に満足せず成長しないと思うことは良いことだ。
「もっと自分に合った魔法といいますか、もっと自分らしい魔法を使えたら応用も利くと――何をニヤニヤしているんですの?」
言われて気付く。
今の俺は笑みを浮かべていたらしい。
「いや、なんでもないよ」
俺は顔を笑いながら首を振り、ニヤけている表情を必死に消した。
「じゃあ、早くリョクレンの森に行かないとね」
「ええ」
◇ ◇
リョクレンの森に向かうには、まず漁師村から西へいったところにある街へ向かわねばならない。
そこから二つほど別の街を経由して、ヴェルリ王国西部にある「レベン辺境伯領領主街」まで移動するのだ。
その間、かなりの距離があるので馬車は必須。
さすがに徒歩では時間を浪費しすぎてしまうので、次の街から乗り合い馬車を乗り継ぎながら進む計画だ。
次の街まであと……二時間も歩けば到着するだろうか?
脳内に広げた地図を見ながら考えていると、街まで近付いた証でもある小さな橋が道の先に見えてきた。
「あら? 人がおりますわよ?」
シエルが先に見える橋を見つめながら言った。
確かに橋の傍に数人の人がいる。
冒険者っぽい恰好で、武器を携帯した男性が四人ほど橋の入口付近に固まっていた。
「休憩中じゃないか?」
ここで一休みしてから一気に街まで……と考える冒険者達じゃないだろうか?
そう考えていたのだが――向こうが俺達の姿に気付くと、ぞろぞろ橋の入口を封鎖するように移動し始める。
「……私の見間違いでなければ、彼らは橋の入口を塞いでいませんこと?」
「……そうだね」
どうにも様子がおかしい。
俺は橋へ近付く前に、シエルへ「止まろう」と提案した。
俺達が足を止めると今度は向こうが近付いてくる。
これは間違いない。
「よう、兄ちゃん。持ち物と女を置いていけば命だけは見逃してやるよ」
こりゃまた随分とらしい連中だ。
細身で蛇のような雰囲気を持つ男がニヤニヤと笑いながら忠告し、その後ろには体格の良い大男が一人。残り二人は無精髭を生やした筋肉自慢共。
冒険者の中には厳つく、見た目が威圧的でゴロツキか悪党に見えてしまう連中も多いが……。
彼らはそれらとは違った種類の人間だ。
特に目が違う。
シエルを値踏みするように見る彼らの目は、殺しに慣れた人間の目だった。
「傭兵か?」
俺が指摘すると、蛇のような男がピクリと反応する。
「だったらどうした? さっさと荷物と女を置いて失せろ。死にたいのか」
露骨にイライラし始める男の態度に少し引っ掛かるが、まずはこの状況を対処しないと。
「断る。荷物も渡さないし、彼女も渡さない。死ぬ気もない」
彼らの要求を全て断ると、両脇にいた男達が剣を抜く。遅れて一番後方にいた大男が下ろしていた斧を肩に担いで威圧してくる。
「そうか。だったら……殺して奪うだけだッ!」
ヘビみたいな男は「やれ!」と仲間に指示を出すが、同時に俺も剣を抜いて駆け出す。
「シエル、魔法を使ってもいいが殺すなよ!」
俺はシエルに忠告しつつも、真っ先に突っ込んできた男の剣を受け止める。
一瞬だけ鍔迫り合いとなるも、ガード部分を使って相手の剣を絡め取った。
「え!?」
両手から剣がすっぽ抜けたことに驚く男。間抜けな顔に拳を叩き込み、鼻の骨をへし折ってやった。
「このやろッ!」
続けて右手側から別の男が接近しつつ、剣を大きく振り上げた。
隙だらけだ。
そんな接近してから大きく剣を振り上げるな、と注意したくなってしまう。
ガラ空きの腹に蹴りを叩き込み、くの字に曲がった男を一旦放置して――
「おおおおおッ!!」
まずは斧を振り上げた大男を止めなければ。
斧を躱して足の骨でも折ってやろうかと考えたが、回避する前に大男の顔に水の塊が張り付いた。
横目でチラリと見ると、シエルが杖を向けながら魔法を使っていた。
ものすごい形相で。
人間と戦うのは初めてなせいか、彼女の目は緊張と恐怖で逆にギラギラしてしまっている。
「フゥー、フゥー」
荒い息を吐きだすシエルは大男を水責め継続しつつ、今度は先ほど俺が腹を蹴った男にも水責めを開始。
二人はどう足掻いても剥がれない水の塊にもがき苦しみ、焦るように両手足をバタバタと暴れさせる。
やがて二人の動きが鈍くなると、彼らは地面に膝から崩れ落ちた。
「シエル、魔法を解除するんだ。これ以上やれば殺してしまう」
「え、ええ」
魔法を解除した途端、杖を持つ手がガタガタと震え始めた。
真っ直ぐ杖を向けることすらできなくなってしまったのか、シエルは腕を抑えながら苦しそうな表情を浮かべた。
「チッ!」
さて、最後に残った男。
蛇みたいな男はその雰囲気と同じように、姑息にも仲間を置いて逃げようとするが……。
「よっ」
ナイフホルスターからナイフを抜き、男の足に向かって投擲。
「ぎゃあああ!」
見事命中すると、男は橋の上で盛大に転んだ。
「ど、どうしますの?」
男達を無力化することに成功すると、顔を青くしたシエルが問うてくる。
殺すの? と。
「殺しはしないよ。縛っておきたいところでもあるが……」
生憎と縄を持っていない。
どうしたもんかと頭を悩ませていると――橋の向こう側、街がある方向から馬に乗った騎士が二人ほど向かって来るのが見えた。
騎乗した騎士達は俺達の方へどんどん向かってきて、橋に近付くと減速を始める。
この状況を見て勘違いされないだろうか?
逆に悪人として疑われたら面倒だな、とも思っていたのだが……。
「君達、大丈夫か!?」
予想に反し、騎士達は俺達の心配を口にした。
「こちらは大丈夫です。彼らは――」
「襲われたからやり返したのだろう?」
おっと。
随分とスムーズに状況を把握してくれるじゃないか。
これは何かあったかな?
「彼らをご存じで?」
「ああ、最近このあたりにやって来た傭兵団の一味だ。何かと問題を起こしていてね」
「問題を?」
「君達のような旅人から金品を奪うとかね」
なるほど、彼らは以前から目を付けられていたのかな?
「ここは我々に任せてくれ。君達は早く街へ行った方がいい。暗くなるとまた襲われかねないぞ」
もう少し詳しい話を聞きたかったのだが、傭兵団についての情報は街で聞いてくれと騎士達に言われてしまった。
それに騎士達の言った通り、暗い中の移動は危険が伴いそうだ。野宿なんて言語道断だろう。
急ぎ足で街へ向かった方が良さそうだ。
「では、お任せします」
「ああ」
騎士達に礼を言いつつ、俺はシエルの手を掴んで橋を渡った。
「大丈夫?」
「え、ええ」
「人間を攻撃するのは怖かっただろう? でも、よくやったよ。殺さなかったのも正解だ」
橋を渡りきってもシエルは俺の手を掴んで離さなかった。俺も震える彼女の手を離そうとは思えなかった。
「冒険者を続けていると、こういうこともある」
「……いつかは、私も人を殺すことになるのでしょうか?」
「たぶんね」
否定はしない。むしろ、絶対に殺さないなんて言えなかった。
「極力君に手を下させないようにするよ。返り血を浴びるのなんて、俺だけで十分だ」
だけど、その可能性を低くしてやることはできる。
出来る限りゼロにできるよう彼女に約束した。
「殺しの経験なんてする必要はない」
俺は彼女の手をぎゅっと握るも、彼女の顔を見ずに言った。
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