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2章
第43話 英雄の仲間 キキの記録
ララと共に向かった建物――家の隣に併設されていた建物は倉庫ではなく、彼女の曾祖母であるキキが残した『研究室』だったらしい。
「ここには曾祖母が残した研究資料が保管されている」
彼女が言った通り、建物の中は大量の本棚と紙の束で埋め尽くされていた。
室内に配置された机と椅子にも紙の束が積まれ、魔法陣が描かれた床にさえ置かれてしまっている。
足の踏み場もないとはこのことだ。
俺は床に落ちていた紙を一枚拾い上げて見てみるが……メモのような走り書きがほとんどだ。
数式と文字、図形などが記されていて、端にはキキが書き込んだであろうコメントが残されているが、魔法知識に乏しい俺には全く理解できない。
「床に散乱している紙は魔法研究に関する物だ。お主の探し物とは関係ないぞ」
ララは床に散らばる紙を端に避けつつ奥の本棚に向かう。
本棚の脇には三箱ほど木箱が積まれているのだが、それぞれ蓋を開けて中身を探し始めた。
「えーっと、どの箱だったか。曾祖母の遺品は箱に入れておいたのだがな」
ガサゴソと中身を雑にかき混ぜるララだったが、遂に目的の物を見つけたらしい。
彼女は「あった、あった」と言って木箱を持ち上げる。
「すまない、そこのテーブルを片付けてくれ」
テーブルに積まれていた紙の束を床に移動させるよう指示され、俺とシエルはそれに従う。
「この中にある物は曾祖母の遺品――魔法研究以外に関する物だ」
テーブルに置かれた木箱の中身を覗いてみると、中にはキキの残した私物が詰め込まれていた。
小さい紙を束にして作った手帳が複数冊、綺麗なピンクと白の貝殻がいくつか。
他にも宝石のはまったネックレスやボコッとへこんだ金属製のコップなんてものも。
「コップ?」
シエルがそれを持ち上げて首を傾げると、ララは口角を上げる。
「それは曾祖母が旅の間に使っていたコップらしい。生前、記念にと保管していたそうだ」
英雄ポアンと旅を共にしたキキは、故郷に戻って来ると旅で使用した道具のほとんどを処分したそうだ。
しかし、この大きくへこんだコップだけは捨てなかった。
歪になったコップを修理することもなく、大事に飾っていたそうだ。
ララの祖母が語るには、キキは愛おしそうにコップを見つめながら微笑んでいたこともあるらしい。
……きっと、特別な想い出が残る品なのだろうな。
「さて、お主が見たい物はこれだ」
ララは紙を束にして作った手製の手帳を一冊手に取ると、パラパラとページを捲りながら語る。
「曾祖母は旅の途中、魔法研究に使えそうな情報をメモしていたようだ。手帳の中身はほとんど魔法研究に関することが書かれているが、中には旅の間につけたであろう日記もある」
ララは手製の手帳を俺に差し出す。
「私も小さな頃に読んだが、旅の間に起きた事件や出来事が記されていたよ」
ララは口角を上げながら「本屋で売られている英雄譚よりも面白かった」と言った。
「ヒントが見つかるかは分からんが、読んでみる価値はあると思うぞ」
「ありがとう。早速読んでみるよ」
手帳を受け取った俺は空いている椅子に腰掛けた。
「では、その間に彼女の魔法を見ようか」
「お、お願いしますわ!」
俺が調べている間、シエルは魔法の授業を受けることに。
外へ出て行く二人の背中を見守ったあと、俺は早速取り掛かることにした。
「さて、何が書かれているかな?」
◇ ◇
英雄ポアンと旅を共にしたキキは魔法の研究をしていたと英雄譚に描かれているが、それは正しいようで正しくない。
彼女の手帳を読む限り、キキが探していたのは『魔法の起源』だったようだ。
魔法はどのようにして生まれたのか。どのようにして技術として確立されたのか。
また、どこの誰が最初に使ったのか。どこの誰が人類に広めたのか。
キキは魔法の起源を探ることで、魔法の深淵を解き明かす材料になると考えたみたいだ。
彼女の考えを踏まえつつ、改めて『魔法』に関して考えてみると……。確かに魔法という技術には謎が多い。
現代では当たり前のように使われる魔法は、生活から戦いなど幅広く使用されている。
魔法使いの才能がある人間は親、もしくは師匠となる魔法使いから魔法の使い方を学ぶわけだが、この流れは相当昔から当たり前のように続いているのである。
この現状を俯瞰して見ると、キキが「最初に魔法を使った人は誰?」と疑問に思うのも無理はない。
ただ、これに関しては宗教的な観点も含まれて現代に伝えられているのも事実だ。
大陸に広く布教されている『精霊教』では、この世界を創造したのは四体の大精霊だと伝えている。
大精霊達が大陸を作り、生き物を作り、最初の人間に魔法を伝えた。
大精霊による教えを賜った人類は、賜った知識を大事な資産として後世に受け継ぎ、現代のような文明が築かれた――という話だ。
しかし、手帳を読む限りキキは精霊教の教えを信じてはいなかったらしい。
彼女が大精霊の存在を否定する明確な文面は無かったものの、彼女の考えはもっと現実的かつ理論的だと読み取れた。
「なるほど、彼女も旅をしていたのか」
英雄ポアンとキキの出会いは、キキの故郷であるリョクレンの森ではない。
現代で言うところのヴェルリ王国王都付近で二人は出会い、一緒に魔物を退治したことから意気投合したようだ。
そこから二人旅が始まったようだが……。
「……英雄ポアンは実に華奢で女と見間違えるほどの男だった?」
英雄譚に描かれる英雄ポアンは、こう……。ムキムキで「いかにも騎士!」って感じの男として描かれている。
しかし、キキが記したポアン像は「まともに剣も振れない弱っちい男」である。
英雄譚とは真逆だ。
彼は聖杯から力を得て、旅に出る前から英雄に相応しい実力を持っていたのではないのか?
俺の疑問に関するヒントは次の手帳で語られていた。
「英雄ポアンは聖杯を使っていない……?」
手帳に走り書きされた文字はこう書かれている。
『ポアンは聖杯の魅了を跳ねのけている』
『一時的に旅を共にする人間は聖杯の魅力に負け、ポアンから聖杯を奪おうとした』
この記述を読む限り、聖杯は人をおかしくする力を秘めているようだ。
『聖杯は願いを叶えてくれると彼も言っている。それは確かなのだろう。しかし、人の心に巣食う願いを膨らませて狂気に落とす側面もある』
強烈な願いが膨らみ続け、いつかはそれに耐えられなくなる。
願いを叶えたいという渇望が人を狂わせてしまう。
『今の世には力が必要だ。誰しもが英雄になりたいと望む世だ。しかし、その対価は大きい』
――ページに描かれた記述はここで止まっていた。
「……聖杯が人を狂わせるのなら、ポアンはどうだったのだろう? 手帳を読む限り、ポアンは正常だったみたいだが」
それにキキ本人はどうだったのだろうか?
彼女もポアンと同じく、聖杯の魅力に憑りつかれていないように読み取れるが。
「次の手帳は……」
次の手帳を手に取り、再びキキの記述を探していく。
今回開いた手帳にはポアンについて書かれていなかったが、彼女が探求する「魔法の起源」についてのコメントが書かれていた。
『魔法の起源が大精霊によるもの、というのは正しいようで正しくないように思える』
『人々が大精霊だと信じる者は何者だ? 本当に大精霊なのか?』
『ポアンと巡った遺跡の壁画には異形なる者がよく描かれているが、あれが大精霊の正体なのだろうか?』
『遠く昔の人々が崇拝していた者が、大精霊として伝わったのだろうか?』
……遺跡の壁画に描かれる『異形なる者』か。
この記述を読んだ俺の頭には、トーワ王国西部で発見された三号洞窟の奥にあった壁画を思い出す。
あそこにも確かに『異形』と表現すべき人型の何かが描かれていたな。
脳裏に壁画を浮かべつつも、ページを捲っていくと――
『私達は黄金図書館を探すことになった。そこに辿り着けば二人の願いが叶う』
「黄金図書館?」
これは初見の情報だ。
記述を読む限り、英雄ポアン一行は『黄金図書館』なる場所を探して旅を続けたみたいだ。
「いや、待てよ? 黄金?」
漁師村の鳥居を潜った時に見えた景色。
あの時も黄金が見えた。
「もしかして、ポアンも同じ景色を見たのか? 一瞬だけ見えた景色は『黄金図書館』とやらだったとか……?」
とにかく、手帳を読み進めよう。
三冊目の手帳を手にして中身を読んでいくと、この頃には「ロジー」という名の人物――英雄譚にも登場する三人目の仲間「元盗賊のロジー」が加わっている。
続けて、三人旅となった一行が遭遇した事件なども記されているが……。
『我々は鳥居を巡る。あれは別世界の存在を示しているに違いない』
漁師村で見た『鳥居』の単語が登場した。
「旅の途中で出会った『タケシ』から鳥居について聞いた。あれは神域との境界線を示したものであり……。これってケンスケが言っていたことと同じじゃないか!」
英雄ポアンもケンスケの故郷である島出身の人物と出会っていたみたいだ。
彼から鳥居の情報を得た三人は、大陸の南にあるという鳥居を探して旅を続ける。
そして、キキは『鳥居が見つかった!』と記述を残していた。
「この手帳はこれで終わりか」
次の手帳を取ろうと木箱の中身を覗くと、残っていたのはあと一冊だけだった。
俺は内心ドキドキしながら手帳を手に取り、中身を読み始める。
彼らは「黄金図書館」に辿り着いたのだろうか? 聖域の場所は?
それらの情報が得られることを期待してページを捲り続ける。
手帳の前半にはない。中盤にもない。
そして、手帳の後半に描かれていたのは――
『知らなければよかった』
クシャクシャになった紙にはそう記されており、そのページを捲ると……。
『あれは聖域ではない。地獄だ』
「聖域ではない……?」
キキは一体何を見た? 何を知った?
更にページを捲っていくと、遂に手帳は最終ページへ。
『私は彼を愛している』
『だから、彼の言葉に従うことにした』
『私は彼と故郷を天秤にかけ、故郷に住む家族を守る選択した』
『ごめんなさい』
……最終ページには涙で濡れたであろう跡が今も残っていた。
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