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2章
第51話 鎮静の儀式 1
「遂に今夜か……」
家の外で剣とナイフのメンテナンスを行っていると、思わず口から漏らしてしまった。
今夜は満月。そして、鎮静の儀式が始まる。
集落を見渡すと、ダークエルフ達も儀式に備えて準備を行っていた。
女性陣達は夜に備えて食事の準備を始め、男達は武器や防具、必要な道具などを準備している。
集落全体から張り詰めた雰囲気が漂い、誰しもが顔に不安と緊張感を浮かべている。
毎回こんな雰囲気になるのかは不明だが、今回が特別ということなら……。それはたぶん、儀式で戦う戦力がいつもより少ないからだろう。
「ルーク、少し良いか?」
「どうしたんだい?」
家から出てきたララに声を掛けられ、俺は剣を鞘に納めてから顔を向けた。
「儀式の前に遺物遺跡の状態を確認したい。里の男達は忙しいだろうから、お主について来て欲しいのだが」
「ああ、構わないよ」
ついでに遺跡も見ておきたいしね。
出来れば中の様子も確認できるとありがたいのだが。
それについて問うと、ララは「いいぞ」と了承してくれた。
俺とララは集落から南に進み、木々が生い茂る森の中を真っ直ぐ進んで行く。
「あと十分ほど歩けば『儀式の広場』に到着する」
「儀式の広場?」
「仰々しい名前で呼んでいるが、単純に開けた場所だ。我々が異界生物と戦う場所だな」
ララが語った通り、森を進んで行くと開けた場所に辿り着いた。
戦闘する場所と言っているだけあってかなり広く、邪魔な木々や背の高い草は完全に取り除かれている。
そして、広場正面にあるのはドーム型の遺跡だ。
「想像していたより大きいな」
遺跡の入口は三メートルほどの高さがあるし、遺跡の全長は縦に十メートル、横に二十メートルくらいだろうか?
「だが、中はスカスカだよ」
ララは入口の傍に置かれていたランタンを拾い上げると、灯りをつけて遺跡内部へ足を踏み出した。
俺も彼女の後ろに続いて中に入ったのだが……。
「確かに何もないな」
内部には何もない。
土の床が円形に広がり、天井は灰色の……。たぶん、岩で作られている。
少し進むと遺跡の中心に台座? のような四角いオブジェがあるのだが、内部にあるのはそれだけだ。
そして、最奥に向かうと四角い穴が開いており、鉄のハシゴが掛けられていた。
ハシゴを降りて地下一階へ到達したのだが、以前ララが話していた通り本当に狭い空間があるだけだ。
広さは人が辛うじてすれ違うことができる程度であり、左右の壁と天井は石ブロックで作られている。
床も石で造られているのだが、地下一階の中央付近には白い円が横幅いっぱいに描かれていた。
「森の巫女はここで宝玉を使い、里を守っていた」
床に描かれた白い円は『巫女の領域』と呼ばれていたらしい。
円の中心で宝玉を使い、円に沿って不可侵の領域を発生させる魔法を夜が明けるまで行う。
そうすることで、巫女の命と引き換えに異界生物を押し留めてきた。
「何人もの巫女がここで灰となった」
ララは円の中心に立ち、大きく息を吐く。
「ここに立つ度に犠牲となった巫女達の声が聞こえるような気がするよ」
……彼女の耳にはどんな言葉が届いているのだろうか?
「しかし、死体が灰になるっていうのは……」
この集落に来て以降、これまで見て来た現象や情報と重なる要素が多い。
鳥居や門といった情報もそうだが、人の死体が灰になることも一致している。
ガードナーの件は口にせず、それとなく「死体の灰化」について口にしてみるが……。
「どういう原理かは不明だが、強力な力を使ったことの代償なのだろう」
巫女が扱う『不可侵の領域』は何者も寄せ付けない絶対的な領域を作り出す。
人が天災と恐れる異界生物でさえ、その領域に踏み込むことが出来ないのだ。
「そんな魔法、普通じゃあり得ない。この世に絶対などあり得ない」
大魔法使いであったとしても、同じ魔法を発動させることは不可能だろうと彼女は言った。
「不可侵の領域を作ること自体は可能だろう。だが、絶対は無い。何者も絶対的に踏み込めぬ領域など簡単には作れない」
それこそ、大きな代償を伴わないと無理だ、と彼女は語る。
「力の代償か……」
そう言われると納得してしまう。
ガードナーが見せた『影を操る力』はそう簡単に得られるものではないだろう。
更に言うなら、あいつの力は魔法ではなかったように思える。
魔法陣の構築や発動は一切なく、予備動作はあれど自然に使用していたわけだし。
ガードナーの見せたあれも、強力な力の一種と考えて間違いなさそうだ。
問題は「どうやって力を手に入れたか」だが。
「ところで、異界生物が現れる場所だが」
次に地下一階の最奥――石ブロックで作られた壁に視線を向ける。
「奥にある壁の手前だ。そこに空間の歪みが現れ、中から異界生物が続々と姿を現す」
そう説明されるも、びっくりするほど何もない。
奇妙な祭壇があるとか、何だか変な物が設置されているだとか、それらしい物は一切無いのだ。
短い通路の先に見える壁だけしかなく、唐突に「空間の歪み」が発生するのだという。
「……改めて聞いても意味が分からないね」
「同感だ」
俺の言葉にララは大きく頷いた。
「意味の分からん現象で殺される我々の身にもなってほしいがな」
確かに。
急に異界生物が現れ、集落の人間を皆殺しとか勘弁願いたい。
「でもさ、どうして君達のご先祖様達はリョクレンの森から出て行かなかったのだろう?」
これも疑問の一つだ。
異界生物が現れて森や集落を荒らす恐れがあるのに、どうしてダークエルフ達はここで暮らすと決めたのだろう?
放浪の旅を再開して、もっと安全な場所を探すこともできたんじゃないだろうか?
「母からは『この森が魅力的だった』と聞いたが……。これに関しては母も真意を伝えられていないのだろう」
ララ曰く、この森はダークエルフ達にとって魅力的な場所だったという。
土地は肥沃であり、それによって森全体が活力に満ちている。そういった場所にいると、ダークエルフとしては心が快適になるそうだ。
「この土地の暮らしは確かに快適だ。森が与えてくれる恵みを一度享受してしまうと、他に行きたいとは思わなくなる」
ララは「まぁ、昔ながらのダークエルフにとってはだが」と付け加えた。
これに関しては、最近の若者が抱く気持ちの変化を指摘しているのだろう。
快適な森にずっと住んでいたいという考えは古く、外の世界に飛び出したいというのが新しい考えになりつつあると前にも語っていた。
「ただ、若者が変化を覚えたのも先祖がこの森を守り続けてきたからだ。歴代の巫女が命を引き換えに守ったからこそ、新しい考えが生まれたのだ」
ララは真剣な表情で言葉を続ける。
「ならば、現代の巫女として守らねばならない。若くして犠牲になった巫女達のためにも、私は意志を継がねばならない」
だから、今夜も彼女は戦う。
「……戻ろう。夜に備えないと」
「ああ」
俺達は集落に戻り、準備を整えながら夜を待つ。
夕方になると遺跡前の広場に移動して、軽く食事をしながら夜を待った。
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