蒼の聖杯と英雄の足跡 ~自称実力そこそこな冒険者、聖杯を探す旅の途中で追放された元悪役令嬢を拾う~

とうもろこし

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2章

第52話 鎮静の儀式 2

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「ああ、最悪ですわ。最悪ですわ……」

 広場で食事を摂っていると、隣に座るシエルは顔色を悪くしながら小さく呟き続ける。

 彼女は異界生物との戦いがよっぽど嫌らしい。

 いや、むしろ彼女の反応は正常とも言えるのだが。

 経験を積んだベテラン冒険者であっても異界生物との戦いはお断りするだろうし、嬉々として戦うのは精霊教のバトルプリーストくらいだと思う。

「そこまで心配しなくても大丈夫だよ」

 声を掛ける俺に対し、シエルは「どこが!?」と言わんばかりの表情を無言で見せた。

「異界生物は確かに強敵だよ。でもさ、この森は異界生物に滅ぼされていないよね?」

 ということは、これまでダークエルフ達は勝利を重ねてきたのだ。

 現在の戦力は通常よりも劣るものの、彼らは異界生物に勝ち続けてきたという実績がある。

「だから、大丈夫!」

 我ながら薄い説得力だとは思う。

 しかし、彼らが退け続けてきたという事実は確かだ。

 殺せない異界生物を殺すことができる反転の魔法を使えば、天災と呼ばれる異界生物も魔物くらい――これまで遭遇した種類にたとえるなら、ロックラプトルくらいの脅威度に落ちるのかもしれない。

「……貴方、やっぱり頭がどこかおかしいのですわね」

 ふぅ、と大きくため息を吐くシエルだったが、そんな彼女の元にやって来たのはララだった。

「そう心配するな。リョクレンの森に現れる異界生物は、数は多いが強さはそこまでではない」

 反転の魔法で弱点を露出させて殺せる状態ならば、脅威度は大陸中央付近に多く生息する「ゴブリン」か「オーク」くらいであると彼女は語る。

「数で押すタイプなのかい?」

 ゴブリンもオークも一個体として見ると、脅威度は人間種よりも少し強いかな? くらいである。

 奴らが脅威と見なされているのは繁殖率の高さとそれ故に起きる群れでの行動だ。数で人間を圧倒するタイプの代名詞と言える魔物がゴブリンとオークだ。

「我々はグールと呼んでいる」

 大きさはゴブリンと同じくらい。人間にたとえるとヒューマンの十歳児とほぼ同等くらいだろうか。

 青白い肌を持っていて、四つん這いで行動する。爪と牙は鋭く、人間の肉を好む習性にあるようだ。

「体が小さい故にそこまで力強くはない。束になって襲って来るから厄介ではあるがな」

 気配を消しながら近付いてくる個体も多く、死角からの奇襲に注意。

 あとはとにかく「一対多数」の状況を作らないこと。

 たかられて組み伏せられた瞬間、死は確実だとララは忠告した。

「どれくらいの数が現れるんだ?」

「いつも通りであれば……。三百くらいだろうか?」

 異界生物は死んでも死体が残らない。死んだ瞬間、黒い霧に代わって霧散してしまうらしい。

 なので実際に数を数えたわけじゃないそうだが。

「まぁ、グール共は前座だよ」

 反転の魔法さえあれば問題ない。

 しかし、終盤に登場する異界生物には問題アリ。

「グール共を殲滅したあと、決まって登場するのが『ウッドマン』だ」

「ウッドマン?」

「名の通り、木の体を持った人型の化け物だ」

 全長二メートル程度の人型であり、木と同じ特徴を持った異界生物。

 全身木肌に覆われ、細い腕と脚の先は複数の枝に分かれている。

「たまに木を見つめていると、木の一部が顔のように見える……なんて現象が起きるだろう? あれが本物の頭部になっているんだ」

 人の顔に見える木の形、それが頭部となっているようで、まさしく「人型の木」と言える姿らしい。

「足先が木の根に似ているせいか動きは遅い。しかし、奴は魔法に似たモノを使ってくる」

 魔法に似たモノ、と表現した理由は『魔法陣』が構成されないから。

 俺達人間が使う魔法と違い、一瞬で効果を現す。

「どんな攻撃を?」

「土や森に生える木々を操るんだ」

 トゲ状になった土を波のように出現させたり、敵対者の足元から突然出現させて串刺しにしたり。

 他には木々を操ることで、枝を槍状にして飛ばす。蔓をムチのように扱う、など。

「我らの暮らす自然が脅威となる」

 ……なるほど。環境そのものを武器にするのか。

「だけど、反転の魔法を使えば倒せるんだね?」

「そうだな。弱点を突けばグールと同じく霧散して消える」

 なら、どうにかなりそう……かな?

「普段はどうやって倒しているんだい?」

「数人で惹き付けて、私の魔法で弱点を貫いている」

 最大の相手であるウッドマンに対し、今回も戦術は変わらない。

「ルーク、お主には相手を惹き付ける役を頼みたい」

 ただ、惹きつける役は俺一人であること。

 他のダークエルフ達はグールの処理で忙しいだろう、とのことだ。

「分かった」

 即答した俺にララは少し驚いていたが、集落のためになるなら引き受けるさ。

「では、夜を待とう」

「ああ」


 ◇ ◇


 夕日は完全に沈み、空には満月が浮かんだ。

 俺達が待機する広場には大量の松明やランタンによる灯りが設置され、一ミリも闇を残さないと言わんばかりに明るく照らされる。

 ララを先頭にしたダークエルフ達は武器を持ち、遺物遺跡の入口をじっと睨み続ける。

「……そろそろだな」

 懐中時計で時間を確認したララが呟く。

 現在の時刻は深夜一時を回ったところ。異界生物の目撃報告が多い時間帯だ。

「…………」

 シエルの顔には緊張が浮かぶ。

 いや、この場にいる全員か。

 広場に充満する緊張感は、これまで経験した中でも異質に感じられるものだった。

 ――カタカタ

 入口の壁に吊り下げられていたランタンが揺れる。

「来るぞ」

 これが出現した合図らしい。

 ララは両手を入口に伸ばし、ダークエルフ達は武器を構える。

 一拍遅れて、俺も剣に手を伸ばした。

「…………」

 最後にシエルが杖の先端を入口に向け、ゴクリと喉を鳴らした時――

『ギィィィィッ!!』

 遺跡の奥から鳴き声が聞こえた。

 恐ろしく、甲高い鳴き声が。

 次の瞬間、遺跡の中から『ガタガタガタ!』と激しい音が聞こえてくると、入口を照らす光の中に『化け物』が突っ込んできた。

 ララから教わった通りの姿だ。

 青白く、濁った大きな瞳。鋭い牙が生えた口を大きく開け、両手両足を猿のように動かしながら走る異形共。

 大量のグール共が、今まさに入口から飛び出そうとした時。

「反転ッ!」

 ララの魔法が発動する。

 入口に巨大な魔法陣が構築され、入口にはオーロラのような光のカーテンが掛かる。

 それを突き破ったグール共の頭――額に赤い血袋? 赤色の弱点が浮かび上がる。

 いや、額だけじゃない。心臓の部分にも弱点が浮かび上がっている。

「ウオオオオオッ!!」

 魔法のカーテンを突き破って来たグールに対し、ダークエルフ達は一斉に槍を突き出す。

 ほとんどのグールは攻撃を回避したが、中には弱点を突かれてしまう個体も。

 心臓の血袋を突かれたグールは絶叫した後、黒い霧となって霧散してしまう。

 本当に殺せる。

 ララの言葉を信じていなかったわけじゃないが、実際にこの目で見ると驚愕するものがある。

 あの異界生物を殺すことができるんだ、と。

「よし!」

 俺は剣を抜き、飛び掛かってきたグールの額を横一文字に一閃。

 黒い霧が舞う中、間髪入れずに真横から飛び込んで来たグールを斬り払うと、剣はグールの喉元を斬り裂いた。

「グゲェー!」

 グールの喉元はバッグリと斬れ、紫色の血? を流しながらも白い肉の断面が見えている。

 しかし、傷口がみるみると回復していくのだ。

 これが普通の魔物との違い。異界生物が持つ驚異の耐久力。

 これに人類は成す術がない、と言われているが……。

「よっ!」

 今度は確実に額の血袋を突く。

 血袋が破裂したグールは黒い霧になって消滅した。

 周囲を見渡して状況を確認していると、シエルの戦いっぷりが目に入った。

「ひぃぃぃぃ!」

 彼女は悲鳴を上げながらも魔力を操り、三体のウォーターボアを構築する。

 それを横一列に突撃させると、四体ほどのグールが突進に跳ね飛ばされた。

 血袋を破壊していないのでグールは死んでいない。

 しかし、近付かせないためには十分な手段と言えるだろう。

「ルーク! ルーク! どうにかして下さいましぃぃぃ!」

 パニックになりながらも、彼女はどんどんグールを弾き飛ばしていく。

 息を吐くようにウォータボアを生み出し、突進攻撃を繰り返し実現させていくのだ。

「ひぃぃぃ! いやぁぁぁ!!」

 ……訓練の効果は存分に発揮されているように見えた。
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