54 / 57
2章
第53話 対異界生物 1
しおりを挟む遺跡の入口から続々と飛び出してくる異界生物『グール』であるが、その強さはララが言っていた通り大したものではない。
「フンッ!」
『ギーッ!?』
個々の能力は俊敏性と奇襲能力に特化しているようで、腕力や脚力といった攻撃力はそこまで高くない。
もちろん、人間種よりも力はあるのだが……。
まぁ、この部分は確かに「ゴブリンくらい」と表現するのが正しいだろう。
厄介なのは気配を消す力……いや、気配を消す動き方だろうか?
正面にいる二体のグールを目で捉えていたつもりでも、気付けば一体になっていることが多い。
慌てて視線を横にズラすと、足音と気配を消したグールが側面に回り込もうとしているのだ。
グール達は己の非力さを理解しており、数によって圧倒しなければ倒せないと理解しているのだと思う。
小さな体を活かした姿勢の低さ、細い足からなる消音機能、これから駆使して奇襲するのがグールの得意技と言える。
ここまでグールの習性や得意な動きについて語ったが、もっとも有効な戦術は「一対一」の状況を作ることだ。
とにかく複数のグールと同時に戦わないこと。
自分の視線が及ぶ範囲内に出来るだけ一体だけグールを収めるように戦いたい。
それを実現するにはどうすれば良いのか?
「シエル! 右側! 吹き飛ばせ!」
「えい! えい!」
シエルのウォーターボアによる突進攻撃が有効だ。
直線的で大雑把な攻撃であるが、図体の大きいウォーターボアを三匹ほど並べて突進させると死角に移動したグールにも対応できる。
広い面による薙ぎ払い、同時に水圧による吹き飛ばしを行うことでグールを散らすのだ。
殺傷能力は低いが、広範囲魔法に似た戦況を作ることができる。
これにより邪魔なグールを近寄らせない状況を作り、正面に捉えたグールの殲滅のみに集中することができる。
「次ッ!」
血袋を破壊して消滅させたあと、ぐるっと百八十度見回して次のグールに狙いを定める。
その際、邪魔になりそうなグールはシエルに吹き飛ばしてもらう……という戦術を繰り返すことで安定感が生まれてきた。
「魔力は!?」
「まだまだ余裕ですわ!」
そして、特訓の成果も顕著に表れた。
ララの指導はシエルの弱点を補うのに十分だったらしく、これまで以上に戦いやすい。
指示役である俺の要望に対し、特訓前は三秒程度のタイムラグがあった。
しかし、今は一秒も掛からず魔法を顕現させてくれる。
精度の高い魔法の早撃ちが可能になった彼女は、即座に俺の死角を埋めてくれるのだ。
「……まだ出てきますわね」
「ああ」
戦闘が始まってから三十分以上が経過しただろうか。
グールとの戦闘は概ね順調と言える。
対グールに慣れているダークエルフ達はテンポよく殲滅していき、互いに死角を埋める連携がずば抜けて上手い。
互いに背中を合わせながら円を描くように動きつつ、四方から飛び込んで来るグールに対して即座に対応していく。
少し後方には主力となるララを守る三人のダークエルフが彼女を囲み、中央に立つララが魔法でグールをどんどん殲滅していくのだ。
……正直、森の外に住む人間に「ダークエルフは異界生物を倒しまくっているよ」と言っても信じてもらえないだろう。
俺だって未だに信じられない部分もある。
グールは個々の力が弱いからといっても、それでも異界生物であることには変わりないのだ。
これだけの数が出現したとなれば、国は街に住む人達を丸ごと避難させるくらいの対応を選択するはず。
そして、グールと戦うであろう騎士達は事前に遺書やら家族への愛を伝えることを忘れないはず。
どんな結果に終わったとしても継続して異界生物の脅威があるなら、国はその土地を捨てるだろう。
今の状況はそれほどの脅威度なのだ。
普通の人間からすれば「はい、無理です」と即座に諦める状況なのだ。
それを覆せる。殺せない異界生物を殺すことができる。
キキが開発した『反転の魔法』は、世界の常識を変える魔法と言っても過言ではない。
反転の魔法が無ければ、成し遂げられない偉業である。
「これを秘匿しているってんだから……」
魔法の存在を隠し、バトルプリーストという専売特許を作った精霊教に対し、正直一言二言言いたくなってしまう。
反転の魔法が広く世に伝われば、世界中で異界生物の被害に苦しむ人達を救えるんじゃないだろうか?
「信者獲得のためではなくて?」
「だろうね」
まぁ、あまり大きな声で文句を言うつもりもないが……。
こう、モヤモヤするね。
「ルーク! そろそろだ!」
雑談する余裕が生まれてくると、ララから指示が飛んだ。
グールの群れはそろそろ終わる。
次は「本命」が来るぞ、と。
彼女の言葉通り、グールが入口から飛び出してくる頻度が減った。
その後も緩やかに数が減っていき、遂に一体も飛び出して来なくなる。
「最後!」
そして、最後の一体がダークエルフによって殺された。
広場には静寂が支配し、皆の息遣いだけが聞こえてくる。
息を整えながら入口を睨みつけていると――遺跡の中から『オオオオオオッ』と低い雄叫びのような鳴き声が聞こえてくる。
次の瞬間、入口から出てきたのは「黒い霧」だ。
黒い霧が入口に配置された反転の魔法に触れると、またしても低い雄叫びが森に木霊する。
雄叫びを上げた黒い霧は徐々に形を形成していき、ララの言っていた「ウッドマン」が姿を現す。
「ほ、本当に木だ……」
その姿は事前に聞いていたものの、目の当たりにすると異常性が際立つ。
全身に茶黒の木肌。苦しみに喘ぐように見える不気味な人面が浮かぶ頭部。口と思われる部分にはポッカリと黒い穴が開いていた。
太い腕の先には垂れ下がった枝が複数生え、太い足の先はうねる木の根が複数生えて蠢いている。
まさに「木の化け物」であるが、こちら側の世界に生息する木の魔物「トレント」とは系統の違う――いや、根本的に何かが違うと自然に感じ取ってしまうほど。
『オオオオ……ッ』
ウッドマンが発するのは雄叫びではない。
ポッカリと開いた黒い穴から漏れる風の音だ。洞窟の中に風が入り込み、不気味な音を奏でているような音だった。
「弱点は……。胸か」
人体でいうところの心臓。その部分に血袋があった。
あれを破壊すれば鎮静の儀式は終わる。
だが、そう簡単にいかせてくれないのが異界生物というやつである。
『オオオ……』
ウッドマンは巨大な腕をズシンと地面に落とし、腕から生えた枝を土に刺した。
すると、土からは毒々しい血色の花が咲いていく。花の中心が徐々に大きくなっていき、巨大な血袋へと成長していくのだ。
成長した血袋はブシャッと破裂し、中から生まれ落ちたのはグールだった。
「おいおい、嘘だろ!?」
グールはウッドマンが生んでいたってことなのか? 異界で産みまくったグールを引き連れてこちら側へやって来たと?
しかも、自由自在に何体でも産むことができるのか?
「無茶苦茶だな……!」
「人の理解が及ばぬ存在、それが異界生物というやつだろう?」
既にこの光景を見慣れているのか、ララは大きなため息と共に言葉を口にした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?
猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」
「え?なんて?」
私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。
彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。
私が聖女であることが、どれほど重要なことか。
聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。
―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。
前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。
不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。
14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
外れスキル【アイテム錬成】でSランクパーティを追放された俺、実は神の素材で最強装備を創り放題だったので、辺境で気ままな工房を開きます
夏見ナイ
ファンタジー
Sランクパーティで「外れスキル」と蔑まれ、雑用係としてこき使われていた錬金術師のアルト。ある日、リーダーの身勝手な失敗の責任を全て押し付けられ、無一文でパーティから追放されてしまう。
絶望の中、流れ着いた辺境の町で、彼は偶然にも伝説の素材【神の涙】を発見。これまで役立たずと言われたスキル【アイテム錬成】が、実は神の素材を扱える唯一無二のチート能力だと知る。
辺境で小さな工房を開いたアルトの元には、彼の作る規格外のアイテムを求めて、なぜか聖女や竜王(美少女の姿)まで訪れるようになり、賑やかで幸せな日々が始まる。
一方、アルトを失った元パーティは没落の一途を辿り、今更になって彼に復帰を懇願してくるが――。「もう、遅いんです」
これは、不遇だった青年が本当の居場所を見つける、ほのぼの工房ライフ&ときどき追放ざまぁファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる