蒼の聖杯と英雄の足跡 ~自称実力そこそこな冒険者、聖杯を探す旅の途中で追放された元悪役令嬢を拾う~

とうもろこし

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2章

第55話 戦いの余韻と亀スープ

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「ふぅ……」

 ウッドマンが黒い霧になって消滅したことを確認すると、俺はようやく安堵の息を漏らした。

 何とかなった。何とか倒せた。

 今頃になって異界生物と対峙した緊張感がぶり返してくる。

 それと同時に足と腕から急な痛みを感じてしまう。

 ズキンとする患部を確認してみると、ウッドマンの蔓が巻き付いていた部分が紫色に変化していた。

 かなり強く締め付けられていたせいか、腕と足が少々内出血を起こしているみたいだ。

 骨は折れていないようで安心したが、これだけの痛みを忘れるほど戦闘に集中していたのかと自分でも驚く。

 これまでになく極限状態での戦闘だったということだが……。内心「もう戦いたくない」と心底思ってしまった。

「大丈夫か?」

 地面に座りながら患部を確認していると、ララが覗き込みながら声を掛けてきた。

「ああ。シエルは?」

「あそこで休んでいる」

 後ろを振り返ると、シエルも地面に座り込んでいる。

 しかも、顔には相当な疲労感が浮かんでいた。

「最後は魔石を使わずに魔法を行使していたからな。魔力切れ寸前なのだろう」

 肩で息を繰り返すシエルは、ダークエルフの男性から受け取った水を一気飲み。

「もう一杯!」

 ぶはー! と威勢の良い飲みっぷりを披露しておかわりを要望。

 怪我もしてなさそうだし、一安心だ。

「このあとは?」

「一応、中を確認する」

 異界生物は殲滅されたが、念のため遺跡の状態を確認するという。

「俺も着いて行くよ」

 ララに同行して遺跡の中へと向かい、梯子を下りて地下一階へ。

 すると、俺の目に飛び込んで来たのはララが言っていた「空間の歪み」だ。

「あれが……?」

「ああ」

 空間の歪みと表現されるそれは、金色とオレンジ色が交じり合う『渦』だった。

 緩やかに回転する渦がそこにあり、渦からはヒュウヒュウと風が鳴るような音が響いているのである。

 そして、どこか重々しい。

 見つめているだけで吸い込まれてしまいそうな恐怖感と肩にズシンと何かが圧し掛かるような感覚に襲われるのだ。

「……突然グールが飛び出して来るなんてことはないよな?」

「今のところ一度も無いな」

 ララ曰く、異界生物を殲滅した後もしばらくは空間の歪みが残るという。

 しかし、ここから「援軍」が登場したことは一度もない。

「ほら、消えるぞ」

 しばらく観察していると、渦が徐々に薄くなっていく。

 鳴り響いていた音も小さくなっていき、空間の歪みは完全に消滅してしまった。

「正直、こんな現象が起きるなんてね。恐怖を覚えるよ」

「私も最初見た時は同じ感想を抱いた。しかし、これが我々の現実だ」

 彼女は「もう慣れた」と言わんばかりに鼻で笑う。

「戻ろう」

 ララに促され、俺達は地上へと戻った。

 ダークエルフ達と合流した後、疲れて動けないと言うシエルをおぶりながら集落へ移動。

 俺達を待っていた集落の皆に迎えられ、無事に「鎮静の儀式」が終了したことをララが宣言する。

「今回の儀式も無事に終了した。乗り切れたのは心強い味方がいてくれたおかげだろう」

 最後に俺とシエルはララから称えられ、共に戦ったダークエルフ達から感謝の言葉を貰った。

「さて、家で飯でも食べようか」

 集落が安堵の雰囲気に包まれたところで、ララの表情も柔らかくなった。

 彼女の家で食事――もはや定番となった亀スープも飲みつつ腹を満たす。

 安心して、腹がいっぱいになって、そうなると次に来るのは眠気だ。

「……もう無理ですわ。おやすみなさい」

 魔力切れ寸前まで戦ったシエルはもう限界。

 今にも瞼がくっつきそうな顔を見せつつ、フラフラと寝室に向かって行った。

「俺も休もうかな」

 俺もさすがに疲れた。

 旅の最中に夜通し歩くことも多々あったが、それとはまた違った疲労感だ。

 肉体的というよりは精神的な疲れが大きい。

 俺も眠る旨をララに伝え、寝室に移動する。

 装備を外し、服を脱いで。上半身裸になった状態でベッドへ倒れ込む。

「あぁ……」

 横になった途端、すごく気持ちがよかった。このまま目を瞑れば眠れてしまうという確信があった。

 もぞもぞと移動しながら仰向けになり、さぁ寝るぞ! と態勢を作る。

「…………」

 あと少し。あと少しで眠りに落ちる、と眠る寸前の気持ち良さを満喫していると――部屋のドアが「ギィィィ……」と開いたのだ。

 反射的に反応して体を起こそうとしたのだが、何者かが俺の体へ馬乗りになって押さえつけた。

「へ!?」

 馬乗りになり、俺を押さえつけていたのはララだ。

 一体、何事だ!? と驚きながら彼女を見るが、何だか彼女の様子がおかしい。

 彼女は「ふぅ、ふぅ」と荒い息を漏らし、じっと俺を見つめくるのだ。

「お主、私と子作りしろ」

「はぁ!?」

 そして、とんでもないことを口にした。

「ど、どういうこと!?」

「私が優秀な子を産まねばならんのは知っているだろう? お主との子なら強い子が生まれそうだ」

 尚も荒い息を吐く彼女は、さわさわと俺の上半身を触りまくる。

「戦闘の興奮が残っているだろう? それに連日亀スープを飲んだ効果もあるはずだ」

「か、亀スープ?」

「あれは元気になるスープだと言ったろう?」

 単に疲労回復に効くスープ、というだけの意味じゃなかったらしい。

「別にお主に父親になれとは言わない。ただ私を孕ませてくれればいいんだ」

 完全に目がキマっているララは言葉を続ける。

「旅の足止めをして申し訳ないと思うがな。一週間くらい子作りを続ければ孕むだろう」

「いやいや、待て待て!」

 さわさわと上半身を触る彼女の腕を掴み、勢いよく上半身を起こす。

「あんっ」

 やめてぇ……。そんな声出さないでぇ……。

「れ、冷静になれ! ララ!」

 もっとよく考えるんだ、と必死に説得しようとするが……。

「私は冷静だ」

 逆に俺は睨みつけられてしまった。

「私には里を守る使命がある。優秀な子を作り、役目を継承していく使命がな」

 息を荒くしながらも、この言葉を口にするララは真剣な表情を見せた。

 そして、彼女は俺に抱き着きながら耳元で呟くのだ。

「しかし、誰でもよいというわけじゃない」

 耳元で囁かれた言葉を聞いてドキッとしてしまった。

「傭兵共を蹴散らしたお主、異界生物と戦うお主を見て……。私はお主の強さに魅了されてしまったよ」

 理由を語る彼女は更に密着してきて、背中に回す腕の力が強くなった。

「だから、お主の子を孕みたい」

「~~!!」

 耳元で吐き出された彼女の吐息を感じ、背中がゾクゾクと震えてしまう。

 しかし、自分自身に「いいのか?」と問いかけた際に戻ってくる答えは「いいわけない」という冷静かつ冷たい言葉だった。

 俺の頭はスッと冷え、同時に罪悪感が膨れ上がる。

「……ララ、だめなんだ」

 俺はまだ罪を償っていない。

「俺は……。俺は君が言うほど立派な人間じゃない。俺が持っている力だって……」

 罪人の子供を産むなど、ララには相応しくない。

「……お主は願いに囚われていると前に言ったな。あの時と同じ顔をしているよ」

 ララは俺の顔に手を添えて、彼女は悲しそうな表情を見せながら問う。

「…………」

 自身の過去を明かすべきか悩んでいると、先に彼女が「わかった」と呟いた。

「今は止めておこう。だが、お主が願いを叶えた時は……。私の願いもついでに叶えてくれないか?」

「……わかった」

 辛うじて返事を返すと、ララは再び俺を抱きしめた。

 そして、彼女は俺の首筋に口づけする。

「約束だぞ」

 彼女は寂しそうに俺から離れ、振り返らずに部屋から出て行った。

 残された俺は新しい罪悪感を感じつつもベッドへ倒れ込む。
 
「ふぅ……」

 大きく息を吐いて心の中を整理したあと、目を瞑って闇の中へ落ちていった。
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