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本編
33 淑女と魔法少女
しおりを挟む国のトップが突然魔導車に突っ込まれてあの世に行ったらどうなるのだろうか。
突然、首都が爆発したらどうなるのだろうか。
何も知らされていない一般人は家の中で怯えながら夜が明けるのを待つだろう。
大量の死人を出した軍は、最終的に指揮系統がぐちゃぐちゃになって足並みが揃わずに大混乱に陥った。
結果、官邸から逃げ出した職員や議員の安全を優先。首都と残された一般人を見捨てて、特権階級達と共に首都から脱出していく。
では、その原因を作った者はどうだろう。
「おーっほっほっほ! 宝石は私が頂きますわよ! 金は全て野郎共に差し上げますわ!」
「「「 ヒュ~ウ! さすが姉御ォ! 」」」
首都をばんばか爆破したリーズレットは大統領官邸の地下にあった保管室から大量の金品を奪っていた。
ラインハルト王国での教訓を活かし、宝石だけをバッグに詰める。紙クズになるかもしれない紙幣は全て傭兵達の報酬に。
これでベレイア連邦が潰れても問題無しである。
ありったけの宝石をバッグに詰めたリーズレットとサリィが官邸から出たのは朝日が昇った頃であった。
キャンピングカーにバッグを積み込んでいると傭兵達がリーズレットへと問う。
「姉御、これからどうするんで?」
「私達は西海岸に向かう途中ですのよ」
「西海岸っつーと……リリィガーデンですかい?」
西海岸にある国といえばリリィガーデン王国じゃないか、と口にする。この国はアイアン・レディの拠点があった場所に建国された西海岸沿いの国である。
アイアン・レディの拠点を目指すリーズレットは国名を聞いて頷いた。
ただ、その国は少々問題があるようだ。
「リリィガーデンは戦争中ですぜ?」
「戦争中?」
この件に関しては初耳だった。ベレイア連邦で暮らす者達にとっては有名な話のようで、リーズレットは詳しく話してくれと頼んだ。
「リリィガーデンはベレイア連邦西側の地方行政と南北にある2ヵ国の小国に戦争を仕掛けられているんでさぁ」
ベレイア連邦は西海岸まで領土を伸ばし、海を手に入れたい。リリィガーデンから南北にある2つの小国は純粋に領土拡張の為に。
西海岸沿いの中でも特別立地が良い場所に国を構えるリリィガーデンが邪魔だから潰そう、という事のようだが……。
「でも、噂じゃあマギアクラフトが西海岸を抑えたいからって話ですがね」
やはり登場するのはマギアクラフト。
傭兵達の間で囁かれる噂では西海岸を抑えて貿易の要として使いたい、西海岸を抑えれば大陸全土にマギアクラフトの支店が展開できるから……等の噂が飛び交う。
中でも有力なのは、マギアクラフトと敵対しているという噂。
「リリィガーデンがマギアクラフトを国内に入れないようにしているとか何とかって噂もありやすぜ」
リリィガーデンという国がマギアクラフトの侵入を良しとしていない、という噂だ。
確証は無いようだが、リリィガーデンは魔法を良しとしない。魔導具を拒んでいる。大企業による経済支配を恐れているなど、いくつもの推測が飛び交っているようだ。
よって、リリィガーデンに戦争を仕掛けているベレイア連邦西部地方行政と南北の2ヵ国はマギアクラフトの指示によって戦争を始めたんじゃないか、と。
「そこで、今回の件も含めて考えると……」
「マギアクラフトはリリィガーデンの遺跡を狙っている、という事でしょう?」
「へい」
リーズレットと傭兵は陰謀論染みた推測を口にするが、今回の件を知る当事者からしてみれば間違ってはいなさそうに思える。
特にアイアン・レディのセーフハウスから物資を盗み出されたリーズレットには、これが正解に思えてならなかった。
自分を姉と呼び、転生者である事も把握していたマギアクラフトの魔法少女の存在もそうだ。
マギアクラフトは確実に『アイアン・レディ』の存在を知って狙っている。
これは少々急いだ方が良いかもしれない、とリーズレットは頬に指を当てながら考えを固めた。
「貴方達、お願いがありますのよ」
リーズレットは官邸を背後にして立つ傭兵達の顔を見回して、真剣な顔で告げる。
「貴方達はベレイア連邦に残って下さいまし。いつか私がベレイア連邦に戻って来た時は国内の情報をお寄越しなさい」
「どんな情報を集めておけばよろしいんで?」
「何でもですわ。政治、軍、町の噂……全てを」
リーズレットがそう言うと傭兵達は静かに頷いた。
「では、また会う日まで。ごきげんよう」
「「「 姉御、お気を付けて! 」」」
リーズレットは助手席に乗り込み、サリィの運転で首都の入り口へ向かって行く。
傭兵達はキャンピングカーが見えなくなるまで頭を下げ続けた。
そして、完全に見えなくなると――
「解放された……!」
両手を空へ伸ばしながら生きている事に感謝したのであった。
-----
一方、マジカルビッチ共は森の中に佇む魔女の館と呼ばれる拠点に戻っていた。
外壁に大量の蔦が絡まる大きな屋敷の玄関を開けて、中に入ると屋敷の外観からは想像できない程に広い玄関ホール。
アリアがマキの手を握りながら先導しながらも振り返った。
「……マキ、大丈夫?」
「うん。平気だよ」
マキの腕や肩に出来た擦り傷を気にするアリアは医務室に行こうと彼女の手を引っ張った。
玄関ホール正面にある扉のボタンを押すと「チン」と音が鳴る。
自動で開いた扉の中はエレベーターになっていて、内部にあった電子板に表示される階層は上が3階、下は地下5階まで。
アリアは地下3階のボタンを押して2人が乗ったエレベーターは下に向かっていく。
指定した階に到着すると「チン」と音が鳴った。扉が開き、先には研究所のような様々な設備が揃えられたフロアがあった。
清潔な白いシーツが敷かれたベッドにマキが腰掛けると、傷付いた腕を取ったアリアはドロドロの液体を塗りこんだ。
傷口に塗り込んだ液体を1分弱放置していると、あっという間に擦り傷が治ってマキの腕と肩は元の綺麗な肌へと変わる。
「……はい、終わり」
「ありがとう、アリア」
マキが微笑むと無表情だったアリアの口角が僅かに上がる。2人は手を繋ぎ合いながら見つめ合っていると、扉の方向から「チン」と音が鳴った。
他の誰かがエレベーターでこのフロアに降りてきたようだ。
「あ? お前ら、何してるんだ?」
降りてきたのは髭の生えた中年の男性だった。ゆったりとした灰色のローブを着て、イチャつく2人の少女に声を掛ける。
「あ、ベインス長老」
マキとアリアはよく知る人物――この館で魔導具の開発・研究に携わるトップの人間に顔を向けた。
「何だ? 怪我したのか? マキはベレイア連邦へ回収任務へ向かったんじゃないのか?」
「それが――」
マキがベレイア連邦の首都で起きた出来事を説明すると、ベインスの表情はみるみる険しくなっていく。
説明を終えたマキが言葉を締めくくると、
「だからアレには接触するなと言っただろうがッ! ラインハルト王国でも、そう指示を出しただろう!!」
2人が今まで見た事がない程の怒りを露わにして怒鳴った。
「アレは生半可なモンじゃ殺せないんだッ!」
「でも……」
マキは母と組織が作り上げた魔法と魔導具があれば負けない、そう言いたかったがベインスが近くにあったサイドテーブルを殴りつけた事で中断された。
「でもじゃないッ! ヤツの行動を間近で見て来たのは俺だッ! ヤツの強さは俺が一番理解しているッ!」
あれは既に完成されたモノだ。
敵でありながら……いや、敵であるからこそよく知っている。
何たって彼は自分で言った通り、間近で見て来たのだ。
いくつもの国を潰した姿を。どんな兵器にも対抗してきた姿を。何人もの『淑女』を育て上げた姿を。
潰し、奪い、創造して、一度世界を恐怖で支配した姿を。
頭に血が上っている事を自覚したベインスは「ふぅ」と深呼吸して冷静さを取り戻す。
「……戦ってどうだった? 正直に言ってみろ。怖かったんじゃないか?」
いつもの声音に戻ったベインスに、マキはたっぷりと間を開けながら無言で頷いた。
「だろうな。今のお前じゃ勝てない」
「でも!」
勝てない、と言われたマキは悔しさもあって反論しようとした。
「……お母様もそう言ってた。だから迎えに行ったの」
愛すべき母にも「勝てない」と思われている。姉妹に言われてしまい、マキは目に涙を溜めながら顔を俯かせる。
「今は勝てない。今は、だ。まだお前は成長途中だ」
俯くマキにベインスはそう語りかけた。
マキは顔を見上げて彼の顔を見るが、真剣な表情から慰めで言った言葉ではないと察する。
「……わかったよ」
「よし。じゃあ、上に行って休んでいろ。次の任務まで待機だ」
ベインスは2人に上の階にある自室へ戻れと命じた。
2人が手を繋いでエレベーターで戻って行く後ろ姿を見送って、近くにあった椅子へと腰を降ろした。
「ふぅ……」
ベインスは内心穏やかとは言えない。
自分で彼女の脅威を口にした事で当時見た彼女の戦う姿が嫌でもフラッシュバックされる。
魔女の館に住む長老の1人、ベインス・クーラー。
彼は嘗てアイアン・レディから『武器屋の店主』と呼ばれていた男。
「何年経っても……。また立ちはだかるのか、お嬢さん」
彼は過去の自分達――魔女と共に犯した行動に未だ悩み続けるのであった。
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