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本編
34 東部戦線 1
しおりを挟むリリィガーデン王国――女王が国のトップとして君臨するこの国は、元々はアマール王国と呼ばれた国が再建されて今に至る。
波が穏やかな海岸に建設された港は物流輸送や貿易の要として。盛んな漁業と塩の製造・加工業。綺麗な海岸を売りにした観光スポット。
海沿いに作られた国の利点をこれでもかと持ち合わせ、世界が一度滅んだ後も前時代の遺産を用いて国土を維持してきた。
だが、他国が安定期に突入するとリリィガーデン王国の持つ土地が狙われ始める。
豊富な産業に適した土地は他国からしてみれば喉から手が出るほど。特に穏やかな海を使っての輸送・貿易業というのは内陸に首都を構える国からしてみれば羨ましい限りだろう。
ここからは他国で囁かれる噂、或いは陰謀論のような話であるが――
特にそれを利用したいと考えたのはマギアクラフトだった。西海岸最大の港を手に入れれば西海岸沿いの国への輸送が簡単になる。
最初は交渉で。
しかし、リリィガーデンはマギアクラフトが国内に入り込む事を頑なに拒否。
絶対に入り込ませない。親の仇、そう感じさせるほどに敵意を滲ませたという。
マギアクラフトは諦めず、支援する西側周辺国に圧力をかけた……と、蚊帳の外からこの状況を見ている人々からはそう語られている。
ただ実際にリリィガーデンは複数国に宣戦布告されて包囲網が完成。
西海岸南北にある2つの小国と隣国であるベレイア連邦西部地方を統括する西部地方軍と対峙。
南・北・東の3方向から徐々に攻められ始めた。
西海岸に存在する国の中では大国と呼ばれていたリリィガーデンは、独自技術を持った軍隊で三ヵ国との戦闘を開始。
対し、三ヵ国はマギアクラフト製の兵器を用いて応戦。
開戦から今年で3年経つが、リリィガーデンの国土は半分以下に。
敗因は敵との戦力差、加えてマギアクラフトの生産する優秀な魔導兵器による制圧力だろう。
特に1年前から投入されたドラゴンに騎乗して戦うドラゴンライダーによる空の支配はリリィガーデン軍に多大な損害を与えている。
国土が半分以下になったリリィガーデンであるが、まだ心は折れていなかった。
徹底抗戦を宣言して前線を押し上げようと今も努力を続ける。その要となるのがリリィガーデン王国の精鋭達で構成された『黒』と『青』の部隊であった。
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黒い戦闘服に身を包んだ部隊が前線へと向かう輸送魔導車の後部座席にある長椅子に乗りながら、魔導端末を使ってブリーフィングを行っていた。
「今回の任務は東部地域を支えるブルーチームのバックアップだ」
敵からは黒の部隊と呼ばれる、男性だけで構成されたリリィガーデンの精鋭部隊ブラックチームの隊長であるブライアンは、片手でもみあげと繋がったフサフサのヒゲを触りながら部下達に告げる。
国内を侵略されてはいるものの、男達の目に焦りや絶望といった負の感情は存在しない。
銃を点検する者、タバコを吸う者、ナイフを磨く者。各自いつも通りに。
各々が魔導車の中で過ごしながら、ブライアンの言葉に耳を傾ける。
「ブルーコスモスの?」
中でも一番若い隊員がそう言うと、ブライアンは彼を見て頷いた。
「ああ。東側で戦況が変化した。前線からの報告と中央情報部によると、ベレイア連邦首都で何かあったらしい」
「何かって……何ですか?」
「未確認の情報だが、ベレイア連邦首都が襲われて大統領が殺害されたという話だ」
「はぁ?」
「首都が? 大統領も?」
好きな事をしながら耳を傾けていた他の隊員達が思わず声を上げた。
それはそうだろう。ベレイア連邦首都と言えば自分達を苦しめている首謀者、マギアクラフトの構成員が守っている街だ。
首都に配備された中央軍はマギアクラフト製の最新鋭装備を身に着けているはず。そんな奴等が守る大統領を殺害するなど、やってのけた奴は何者なんだと騒めき立つ。
「傭兵との内戦か?」
「いや、そもそも話自体が嘘だろう?」
どちらかと言えば、誰も信じていない。いや、信じられないと言うべきか。
軍の中でもトップクラスのタフガイ達で構成されるブラックチームでさえも『不可能』だと口にする。
同様に肩を並べるブルーチームでさえも無理と言うだろう。
「まぁ、とにかくだ。ベレイア連邦の内部で混乱が生じようだ。指揮系統に混乱が起きて東部戦線の動きが甘くなっているらしい。この隙にブルーチームと共同で前線を押し上げろと上は言っている」
この情報が正しいか否か。どちらにせよ、ベレイア連邦軍に混乱が生じているのは事実。
リリィガーデンにしてみれば好機だ。
「東部戦線には多くのドラゴンライダーが配備されている。俺達は後ろからブルーチームの頭上を守護する」
主な任務内容は突撃するブルーチームの頭上にいるドラゴンライダーを撃ち落す事。
その為、首都から運ばれて来た遠距離用の銃が輸送魔導車のラックに立て掛けてあった。
「既にブルーチームは戦闘中だ。到着次第、支援する」
部下達が了解、と反応するとブライアンは再び魔導端末へ視線を落とす。
記載された首都での攻撃と大統領の死。そんなことをやってのけた者が味方になってくれれば……。
長く戦争が続くせいか、軍の中でもトップクラスの兵士である彼でさえもそう思ってしまう。
だが、この情報を読めば読むほど疑わしい。
自分達でさえ、ベレイア連邦軍を相手にするだけでも厳しいのだ。それに敵の後方には魔法少女すらも控えている。
首都を襲えばマギアクラフトが黙ってはいまい。仮にベレイア軍を退けたとしても魔法少女と対峙すれば、常人などひとたまりもないのだ。
もしも、こんな事をやってのける人物が存在していたとしたら。それは伝説の――
「あり得んな」
彼が脳裏に思い描いた伝説は、とっくの昔に終わっている。
伝説そのものが復活するはずがない。
あるのは、伝説の残滓を引き継いだ自分達だけだ。
『目標地点到着まであと10分です!』
運転手の声がスピーカーから響いた。
それを聞いたブラックチームは武器を手に取ってスタンバイを開始する。
徐々に爆発音や銃の発砲音が大きくなっていく中、その時を待った。
10分後、目標地点に到着。
「ブラックチーム、行動開始! GOGOGO!!」
輸送魔導車の後部ドアが開くと、ブラックチームは一斉に外へ飛び出した。
外には壊れかけの砦があり、リリィガーデン軍が押し寄せるベレイア連邦軍と撃ち合いをしていた。
ブラックチームは砦の中に入り、上を目指す。
屋上まで行くと戦場がより広く見渡せる。ブライアンの目には平原で戦う自軍と敵兵、展開された魔導兵器が稼働する状況が映った。
中でも一際目立つのは『青いドレスアーマー』を着た4人の女性兵士達。
自分達と肩を並べる精鋭であるブルーチームは銃を片手に縦横無尽に戦場である平原を走り回る。
敵兵を撃ち抜き、敵兵が操る魔導車を破壊して、味方が前線を押し上げ易いように身を削る淑女達。
味方の位置を確認したブライアンは次に空へと視線を向ける。そこには健気に奮闘する淑女の頭を狙う、空飛ぶ不埒者達の姿があった。
「こちらブラック・ワン。ブルーチーム、今から支援を開始する」
『ブルーコスモス、コピー』
ブライアンが通信機で短く伝えると、ブルーチームリーダーのブルーコスモスから返信があった。
「各員、射撃開始!」
ブラックチームは一斉にスナイパーライフルを空へと向けた。
狙うは翼竜――調教された魔獣であるワイバーンの背に乗って銃撃や爆撃を繰り返す敵兵ドラゴンライダー。
1年前、奴らの登場で戦場はガラリと変わった。
空を飛ぶ翼竜に跨った敵兵が空から銃撃と爆撃で歩兵を支援するのがドラゴンライダーの主な役割であるが、制空権を取られるという事は厄介極まりない。
防衛線を構築した部隊に対して頭上から落とした魔石爆弾でまとめて葬り、空を縦横無尽に飛び回りながら銃撃を繰り返される。
高速で飛ぶ翼竜を狙うのは難しい。精鋭部隊であるブラックチームやブルーチームでさえ、最近になってようやくまともに戦えるようになってきた。
「……フゥ」
ブライアンは息を止めてスコープを覗き込んだ。
マガジンの中にはリリィガーデン国内で生産された対ドラゴンライダー用の高速弾。相手の軌道を読みながら狙いを定めてトリガーを引く。
通常弾よりも速い弾速はワイバーンの翼膜に穴を開け、次弾が胴体を貫いた。絶命したワイバーンは騎手であった連邦兵と共に地上へと落下していく。
「2時方向、2匹! 11時方向、3匹!」
観測役が状況を伝えると、ボルトを引いて次弾装填。ブラックチームは次々にドラゴンライダーを撃ち落していく。
現在、空を飛んでいるドラゴンライダーは20匹程度。まだ半分も落とせてはいないが、この数分での戦果は順調と言える撃墜数だった。
ブライアンは一度スコープから顔を離し、戦場全体を見渡す。
魔法銃の弾が飛んで来る戦場を縦横無尽に駆け回るブルーチーム。彼女らの奮闘と共に前進していく自軍の姿。
対し、相手は確かに動きが鈍い。ブルーチームと自軍の歩兵部隊が敵を順調に掃討しつつあった。
先にある国境線の向こう側から向かって来るであろう増援の影も無く、報告にあったベレイア連邦国内の騒動に真実でそちらに兵が割かれているのだろうかと思ってしまう。
ブラックチームによるワイバーンの排除も順調だった。このまま自軍がベレイア連邦との国境より先にある丘を確保すれば、地理的有利を確保できる。
そこまで土地を取り返し、確保できれば東部戦線は多少安定するだろう。
長く侵略を許していた東部戦線にも反撃の兆しが見え始めた。
情報部もたまには良い仕事をするじゃないか。ブライアンがそう思った矢先に事件は起きる。
「隊長! 東から何か来ます!」
望遠鏡を覗く部下の言葉を聞いて、ブライアンはスコープを東に向けて覗き込んだ。
黒い影が空を飛んでいる。今、ブライアンがいる位置から見えている黒い影の大きさから推測に、向かって来る物の正体はワイバーンよりも巨大だろう。
「何だ……?」
徐々に影は大きくなっていき、確認できたソレを見てブライアンは言葉を一瞬失った。
すぐに我に返り、砦の屋上から下にいる自軍へと叫ぶ。
「すぐに自軍を後退させろッ!! 今すぐだッ!! 急げえええッ!!」
怒声のように叫んだ後、通信機のスイッチを入れて前線を支える仲間へも叫ぶ。
「コスモス! 今すぐ下がれッ!!」
『どういう事だ?』
ブライアンの焦りを含んだ声に返答するブルーコスモスの声音には困惑が混じる。
前線を押し返しつつある彼女からしてみれば、もう少しで今回の作戦が完了する寸前、憎き敵兵を駆逐できる寸前なのにといったところ。
しかし、ブライアンはそんなブルーコスモスの心情など気にしている暇はない。
「今すぐ退けッ! 退避だッ!」
ブライアンはブラックチームに応戦準備のハンドサインを送りつつ、東の空を見ながら前へ進んでいる自軍へ『退避命令』を繰り返す。
「東から巨大なドラゴンがこちらに向かって来る!」
砦の屋上から東を見るブライアンの目には――ワイバーンの2倍は大きい体を持った赤いドラゴンが向かって来る光景が映っていた。
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