婚約破棄されたので全員殺しますわよ ~素敵な結婚を夢見る最強の淑女、2度目の人生~

とうもろこし

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本編

37 過去と現在

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「う……」

 湖の傍で寝かされていたコスモスは意識を取り戻した。

 そよ風が頬を撫で、暖かい日差しを五感が感じ取る。瞼を開き、ぼんやりとした視界には青い空と輝く太陽が見えた。

 パチパチと何度か瞬きを繰り返して、ようやく脳が覚醒してくると最初に浮かんだ疑問は「ここはどこ」だった。

 周囲に顔を向ければ湖の傍に敷かれたレジャーシートの上に寝かされているようだ。

「っつ!」

 上体を起こすと右半身の脇腹と肩が痛む。痛む箇所に目を向けると包帯が巻かれていて、誰かに手当された痕跡が残る。

「誰が……。あ……」

 そこで、するりとバスタオルがズレた。ようやく自分は全裸でバスタオルを巻かれた状態で寝かされていた事に気付く。

 戦闘用の青いドレスは傍に停車されている魔導車のボンネットに広げられていて、近くにハイヒールも置かれていた。

「ええっと……」

 どうして、という疑問は置いておいて。コスモスは記憶を辿る。

 自分はドラゴンに噛み付かれ、放り投げられたはずだ。そこからの記憶がない。この湖に墜ちたのだろうか。

 恐らくここはベレイア連邦領土内。一体誰が助けてくれたのだろうか?

 頭を抑えながら、自分の記憶に何かヒントはないかと探ると最後に見た幻影を思い出す。

 それは赤のドレスを着たドリル髪の女性。まるで伝説の淑女のような恰好をした人だ。

「あり得ないわ……」

 存在するはずのない人物が記憶に残っているとは。あれは明らかに自分が自分自身に見せた幻影だろう、とコスモスは決めつける。 

「とにかく、戻らなきゃ」

 助けてくれたであろう人物は見当たらない。一言礼を言いたかったが、自分にはやる事がある。

 仲間がドラゴンと戦っているであろう戦場に戻らなければ。

 コスモスは体の痛みに顔を歪めながら立ち上がり、バスタオルを体に巻きなおして魔導車のボンネットに広げられている青いドレスを掴み取ろうと歩き出した。

 すると、

「あれぇ、起きましたか~?」

 不意に背後から少女の声がした。コスモスの体がビクリと跳ねて、訓練で染み付いた反射能力が発揮される。

 勢いよく振り向くと、そこにはニコニコと笑みを浮かべる獣人の少女がいた。

「もうすぐお嬢様が帰ってきますぅ」

「お嬢様?」

「はい~」

 お嬢様とは誰の事だろうか。この獣人の少女はメイド服を着ているので、お嬢様とやらの侍女なのだろうか。

「ここはどこですか?」

 疑問は置いておき、まずは現在地を探った。

 すると、メイド服の少女は丁寧にも地図を持って来てくれる。

 加えて、彼女と一緒に現れたゴーレムがお茶を差し出してきた。

『こちらもどうぞ』

「あ、すいません……」

 咄嗟に礼を言ったコスモスだったが、この世では数が少なく珍しい部類になっているゴーレムを率いているなど余計に彼女達の立場がわからなくなる。

「ここはベレイア連邦の国境付近ですね~」

 差し出されたお茶を一口飲んで、冷静さを取り戻したコスモスは頭の中で考える。

 現在地はベレイア連邦とリリィガーデン王国の国境付近。場所を知ったコスモスはピンときた。

 ここは元リリィガーデン王国領土。もしかしたらベレイア連邦に吸収されたリリィガーデン王国の元住民が助けてくれたのかもしれない。

 それならば、敵領土内で命を取らずに助けてくれた理由に合点がいく。

「だとしたら……!」

 申し訳ないが、この魔導車を借りてリリィガーデン王国に戻れないか交渉できるかもしれない。

 祖国への愛が強いリリィガーデン王国民ならば理解してくれるかもしれない。彼女の言う、お嬢様とやらが戻ったら交渉してみよう。

 コスモスはそんな期待を抱いた。

「あ、戻ってきました~」

 この時、コスモスは『お嬢様』と呼ばれた人物に対して内心では儚げなか弱き女性といったイメージを抱いていた。

 自分のような屈強な男達と訓練や戦闘を行う女性とは真逆なイメージ。

 故にキリッとした表情のまま、少女が声で示した方向を見て……絶句した。

「あら、起きましたのね」

 目に映った『お嬢様』は身の丈3倍はあろう巨大熊の口を掴んでズルズルと地面を引き摺っていたのだ。

 あり得ない。

 そんな巨体で、重量のある熊を片手で引き摺るお嬢様なんてあり得ない。

 加えて、自分を見る眼光。

 全てを見透かすように鋭く、堂々とした立ち振る舞い。

 国では勇敢な軍人と称されるコスモスが、見た瞬間に畏怖してしまうほどに。

(あれは、なんだ!?)

 軍の上層部にいる偉大な先人達とも違う。同僚のブライアンとも違う。

 それ以上の存在だ。いや、人以上の何かだ。

 コスモスの体は勝手に背を伸ばし、直立不動の状態になってしまった。危うく敬礼までしそうになったところで、我に返る。

 お嬢様と呼ばれた存在は引き摺ってきた熊から手を離してコスモスに問う。

「貴女、アイアン・レディの関係者でして? その青いドレスはドレスアーマーでしょう?」

 その質問は、まるで銃弾で心臓を射抜かれるような問いだった。

 アイアン・レディという名に驚いたんじゃない。自分が着用していたドレスの正式名称を口にしたからだ。

 それは実際にあった伝説の名称。リリィガーデン王国建国の母達が伝える最強の組織の名。

 リリィガーデン王国の民であれば誰もが知る伝説だが、ドレスの正式名称を知る者は軍関係者のみ。

「なぜ、ドレスの名を――」

 そう口にした時、ようやく気付いた。

 目の前にいる女性が着ている服は、デザインは違えど自分と同じ赤いドレスアーマー。

 髪型はドリルのような巻き髪。

 まさか。コスモスは彼女の名を、否。伝説の淑女の名を口にしようとした時、

「ここらに墜ちたって報告が……あ? あれじゃねえか?」

 湖の反対側から聞こえた声。視線を向けるとベレイア連邦軍の軍服を着た兵士2名が草木を掻き分けて姿を現した。

 どうやらコスモスを探しに来たようだ。

 コスモスはいつも腰に付けているホルスターから銃を抜こうと咄嗟に手を伸ばす……が、彼女は全裸だ。当然ながら銃など持っていない。

 マズイ。

 そう思った瞬間、銃声が2発鳴った。

「あ、え?」

 いつの間にか赤いドレスの女性は銃を抜いて、ベレイア軍人2名の頭部をミンチに変えていた。

 優秀な軍人、最年少でブルーチームのリーダーに抜擢されたコスモスの動体視力でも追えぬ程の早撃ち。

 彼女が伸ばした腕の先にあるハンドガンから硝煙が上がっている事から、彼女が撃ったのは確実だった。

「邪魔が入りましたわね。もう一度聞きましょう。貴女はアイアン・レディの関係者でして?」

 もう一度問われるコスモス。

「あ、貴女は……」

 だが、答えられない。逆に質問をするという失礼な行動を取ってしまった。

 しかし、目の前の女性は「申し遅れましたわ」と言って自分の名を口にする。

「私の名はリーズレットと申します。ごきげんよう」

 まるで華が咲き誇ったかのような笑顔で伝説の名を口にした。

「嘘……」

 コスモスがそう言葉を漏らすのも無理はない。

 伝説は200年以上前に老衰で死んだ。

 建国の母達は「いつかあの方は現世に戻る」と毎日のように口にしていたようだが……。同一人物が生き返る事などあり得ない。

 しかし、どうだ。

 目の前にいる女性の身なりは確かにアイアン・レディが作り出した赤のドレスアーマーと本で語られる通りの立ち振る舞い。

 自分でも追えぬ程の早撃ちを行った事実。  

 頭では否定しつつも、目の前にいる女性を見てコスモスの本能は『伝説の淑女』であると認識してしまう。

「こちらで銃声が聞こえた!」

 カタカタと震えるコスモスと返答を待つリーズレットの間にまたしても邪魔者が飛び込んで来た。

 先ほどの銃声を聞いて、今度は5人の連邦兵士が姿を現す。

「チッ。邪魔すんじゃねえですわよ!!」

 2度目の乱入者にイラつきを露わにしたリーズレットはいつもの調子でアイアン・レディのトリガーを引いた。

 ワンショット、ワンキル。5発の弾は吸い込まれるかのように敵兵の頭部に命中して人生を終わらせる。

 まるで、まるで……。建国の母達が残した昔話を元に描かれた『伝説の淑女物語』に登場するワンシーンのように。

 それを見たコスモスは本能と思考がようやく一致した。

 彼女はリーズレットに対して背筋を伸ばし、リリィガーデン軍敬礼を行う。

「私はリリィガーデン王国軍所属、ブルーチームリーダー。コードネーム、ブルーコスモスです! 失礼ではございますが、先にいくつか質問をさせて頂きたく!」

 コスモスは所属を述べた後に、逸る気持ちを抑えきれず言った。  

「その敬礼を見るのは久しぶりですわね。よろしい、質問を許可します」

 リーズレットはアイアン・レディをホルスターに収めながらコスモスのリリィガーデン軍敬礼――懐かしいアイアン・レディ流の敬礼を見てニコリと笑う。

「貴女が本物のレディ・マムなのでしょうか!?」

「ええ。そうです。私は確かにそう呼ばれていましたわ」

 まず1つ。

「一夜にして大国を滅ぼしたというのは本当でしょうか!?」

「本当です。我々、アイアン・レディには優秀な見習い淑女と異世界技術による世界一の兵器がございましてよ」

 伝説を語る本に描かれた内容を2つ目として。最後にアイアン・レディをよく知る者しか知らぬ質問を投げかける。

「最後にお聞きします。貴女は……グロリアという名に覚えがございますか?」

 これはリリィガーデン王国内でも一部の者しか知らない内容だった。

 知っているのは王室とコスモスの家系だけ。もしも、グロリアの事を詳細に答えられれば彼女は本物だと信じられる。

 質問の内容を聞いたリーズレットは笑顔を浮かべて、すぐに口を開いた。

「ええ。よく覚えていますわよ。彼女は貴女と同じ、美しい青い髪を持つ見習い淑女でした。常に前線へ赴き、仲間を鼓舞しながら勇敢に戦う強い女性でしたもの」

 コスモスの目に涙が浮かんだ。

 グロリア。それは彼女の祖先であり、アイアン・レディに所属していた建国の母達と呼ばれる1人とされる女性の名前。

「彼女の頬には傷がありましてよ。私が女性の顔に傷があるのは結婚に響くので治しなさいと言っても、彼女は頑なに治しませんでしたわね」

 そうだ。グロリアは誇り高い女性だった。

 戦場で受けた傷跡を治さず、これはレディ・マムと共に戦った証であると言って傷を消す事はしなかった。

 コスモスは亡くなった母からその話を聞いて、ますますグロリアを好きになったのだ。

 なんてカッコイイ女性なのだろう、自分もそうありたいと願った幼少期の思い出を蘇らせた。

「コスモスと言いましたわね。貴女はグロリアの子でして?」

「……はい。私の祖先です」

 リーズレットは静かに涙を流すコスモスに近寄ると、彼女の目から涙を掬い取る。

「そう。貴女はグロリアのように戦っていますのね」

 彼女の体に巻かれた包帯を見て、リーズレットは笑みを零す。

「あの子の勇敢な意思は受け継がれているようですわね。コスモス、よく頑張りました」

「う、うう……。ありがとう、ございます……」

 コスモスの涙腺は遂に決壊してしまう。彼女は涙を流しながら、伝説の淑女に頬を撫でられるであった。 
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