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本編

76 東へ向かう

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 異種族に魔断灰石の採掘を命じたリーズレットは島に駐留する後続部隊を待つ間、軍人達に島に生える木を使って簡単な小屋を建てさせた。

 駐留する軍人達が休む場所、異種族を監視する場所、リトル・レディとの通信範囲を拡張する為のノードを設置する場所として利用する為だ。

 特にノードを設置して範囲を拡張する件は駐留部隊がタイムラグ無しで連絡を採る為に欠かせない。

 作業をしながら島に3日間ほど滞在すると、後続部隊も到着して全ての準備が整った。

 あとはイーグルに乗って本土へ戻り、共和国の東側へ向かうのだが。

 砂浜に着陸したイーグルへ向かう直前、集落で暮らす異種族の老婦人に話しかけられるサリィの姿があった。サリィは相手の問いかけに何度か相槌を打つと、首を振って相手の要求を拒否しているように見えた。

 少し残念そうな顔をした老婦人が去って行くと、サリィは去って行く彼女の背中をじっと見つめる。

 それを遠くで見守っていたリーズレットは老婦人が立ち去ったタイミングでサリィへと近づく。

「サリィ? どうしましたの?」

 去って行く老婦人の頭にはサリィと同じく狼のような耳があった。尻尾は見えぬが、服の中に仕舞っているのだろうか。

「この島で暮さないか、と言われました。私と同じ種族の人もいるそうで~」

「そう……」

 いつもの調子で言うサリィ。老婦人が立ち去ったという事は、彼女はここで暮らす事を断ったのだろう。

 リーズレットは頭の中にあるサリィとの記憶を思い出す。

 まだローズレットとして生活しているリーズレットが幼かった頃、オーガスタ家にボロ切れ一枚を纏って連れて来られたサリィ。当主だったローズレットの父親に買われて侍女となった。

 幼少の頃、サリィに彼女の家族の事を聞いた事があった。自分の親は死んだ、と言っていたが……親が死んで自分は奴隷当然として売られた当時の彼女は『悲惨』の一言では言い表せないだろう。

 自分の横に立ったリーズレットの顔を見上げ、彼女の顔色から察したのかサリィはニコリと笑う。

「私は幸せだな、と思いました」

 親が死んで、奴隷のように売られたというのに彼女は幸せだと言った。

「私はお嬢様と出会えて一緒にいられます。これからも一緒にいたいですぅ」

 幼少の頃から姉妹のように育って来た2人。お嬢様と侍女という関係性ではあるが、2人の絆はもう家族も同然だ。   

「お嬢様が結婚なさっても、私はお傍にいますよ~」

 そう言ったサリィの顔は少し寂しそうだった。もしもリーズレットが結婚すれば、旦那と過ごす時間が増えるだろう。

 そうなった時、お茶の時間にお喋りしたり、一緒に買い物に行ったりと共に過ごす時間が減ってしまう事への寂しさをサリィは感じてしまう。

「え? 突然、どうしましたの? 確かに結婚はしたいですけど、まだ結婚はしませんわよ?」

「でも~。ラムダ様とご結婚なさるのでは~?」

 そう言って、サリィは背後に顔を向けた。そこには今にもリーズレットへ抱き着こうとするラムダと気絶から復活したコスモスが抱き着くのを阻止しようとするやり取りがあった。

「邪魔だよッ!」

「行かせませんッ!」

 ラムダは本気を出してはいないのだろう。邪魔だ、と言いながらコスモスをからかっているように見える。

 逆にコスモスは顔に玉のような汗を浮かべて必死に阻止していた。

 恐らく、ラムダは必死に阻止させて最後の最後にすり抜けて見せつけてやろうと思っているのだろう。

 コスモスの力不足を実感させてやろう、目の前で事を成して絶望させてやろう、とラムダのサディスティックな一面が嫌でも読み取れるような顔になっていた。

「いや、ラムダとは……」

 確かに彼の顔を見れば吸い寄せられるように惹かれてしまう。

 ドキドキと胸が高鳴って、視線を外せなくなってしまう。

 だが、彼との結婚生活を想像すると「本当にいいのか」と、ちょっと心にブレーキがかかるのだ。

「紳士さが足りませんわ……」

 ラムダはリーズレットと同じくらい強い。いざとなったら自分を守ってもくれそうだ。

 中性的は容姿は好みだし、自分を愛していると言ってくれるのも嬉しい。

 だが、如何せん幼すぎる。容姿や体がではなく、精神的にだ。

 もうちょっと落ち着いた紳士的な態度であれば、間違いなくリーズレットはラムダと結婚しようと思っただろう。

 彼に足りないのは紳士な部分と権力・財力である。後半は妥協しても構わない、と思っている部分ではあるがせめてもう少し大人になって欲しい。

「それにまだ彼の言葉が本当かは分かりませんわ。アドラとアルテミスの件を確かめてからでも遅くはありません」

 嘘は言ってなさそうだが、彼の説明には言葉が足りない。

 アドラに会って全てを聞いてから決めても遅くはないだろう。

「なるほど~」

 リーズレットの言葉を聞いたサリィは「う~ん」と悩む。

「ラムダ様の素性が明らかになったら、私が紳士として教育します~」

 お嬢様の旦那様として相応しくなるように、とサリィは笑いながら言った。

 彼女からしても、何だかんだ言いながらリーズレットがラムダを一番の旦那候補として思っているのはバレバレであった。

 だからこそ、この機会を逃してはならない。

 アイアン・レディのメンバーであったアルテミスの子であれば、リーズレットの旦那候補としてサリィは納得できる。どこぞの貴族子弟であったり、連邦の酒場で出会ったナンパ野郎よりも遥かに良い。

 理想的な身分で教養が足りないのであれば教育すれば良いのだ。サリィはその考えに行きついた。

 瞳に炎を宿し、今まで見た事のない気合の入れよう。リーズレットは思わず、お願いしますわと言ってしまった。

「任せて下さいですぅ!」

 胸の前でぐっと拳を握りしめる姿は可愛らしくも頼もしい。彼女に任せておけば、本当に紳士なラムダが誕生しそうに思えてしまう。

 サリィと話し合いがひと段落した頃を見計らっていたのか、マチルダがリーズレットに近寄って敬礼した。
 
「マム、準備ができました」

「わかりましたわ。参りましょう」

 リーズレットは軍人達を率いてイーグルが着陸した砂浜へ向かう。

 そこで気になったのはラムダだ。彼はアドラが隠れ住んでいる場所まで案内する為に、まずはリリィガーデン軍に着いて行くと言っているが……。

「どうやって海を渡ってきましたの?」

 砂浜には船らしき物もイーグルのような空飛ぶ乗り物も見当たらない。

「これだよ」

 ラムダはポケットに手を入れて、小さなリモコンを取り出した。中央にあったボタンを押すと……彼が隠していた黒い魔導車が砂浜の左奥側からやって来た。

 リモコンを押せば自動でリモコンの位置を探知してやって来る重装甲のスポーツカーにリーズレットとロビィには見覚えがあった。

「これは……」

『ランページですね』

 自動でやって来た黒い魔導車はアイアン・レディ後期に開発された強襲用魔導車だ。

 多少はフォルムが変更されているものの、車体前方に取り付けられたエンブレムはアイアン・レディのエンブレムであった。

「ママが残してくれたんだって」

 そうアドラに言われたらしい。

「武装も当時のままでして?」

 リーズレットは驚いた後、やや興奮気味に問う。顔にはワクワクしているような、楽しそうな表情が浮かぶ。

「どうなんだろう? 昔を知らないからなぁ」

 困ったように答えたラムダを置いて、リーズレットはロビィに武装を調べるよう命じる。

『スタンダードタイプのようですね』

「十分ですわね!」

 興奮するリーズレットに首を傾げるラムダと軍人達。

 しかし、彼女が喜ぶのも無理はない。この魔導車は前世のリーズレットが好んで乗っていたタイプと同型者だ。重厚な見た目に反して出せるスピードは汎用車と違って桁違い。爆速で相手に接近して強襲して離脱するといった使い方が主であるが、とにかく頑丈で速いランページをリーズレットは好んで使っていた。

 彼女専用のランページは赤色で武装も追加していたので同じとは言い難いが、久々に見た同型車のハンドルを握りたくなってしまった様子。

「東の街を堕とす際はこれを使わせて下さいまし! いいえ、今から運転しますわァ!」

「ええ? い、いいけどぉ……」

 大興奮のリーズレットに戸惑うラムダ。こんな興奮する彼女の姿は魔導映像の中には無かったのだろうか。

 とにかく、彼女は他の者達にはイーグルで移動するよう伝えて自分はランページに乗り込んだ。

 ツーシーターであるランページ最後の席、助手席にはラムダが乗り込んで。

「では、向こう岸で合流しましょう!」

「ええ!」

 ガルウィングドアを閉めるリーズレットにイーグルの後部ハッチから搭乗する途中だったブライアンが告げる。

 お互いに手で挨拶しながらドアを閉めた。

 先にエンジンを起動したのはイーグルだった。すぐに上昇し始めて、島の向こう側にある最南端の街へ飛んで行く。

 一方のリーズレットも鼻歌混じりにキーを捻ってリアクターエンジンがスタート。

 ガォン、と重い唸り声のような独特のエンジン音が鳴り響く。

 ご機嫌でハンドルを握った運転席のリーズレットを見るラムダは2人きりのドライブも悪くない、と思っていた。

 発車前までは。

 アクセルを軽く踏みながら搭載されたリアクターエンジンを吹かして少し海の方向へと移動させる。

 ハンドルの脇にあるスイッチを押すと車体の下からジャッキのような物が伸びて車体を少し上昇させた。地面から浮いたタイヤが可動して縦から横向きに。

 通常走行モードから水面を走るホバークラフトモードへと切り替わった。

 水面を走れる時間は限られているが、本土までの距離ならば十分到達できる。ラムダもこのモードを使用して島まで来たのだろう。

 ホバークラフトモードになった事でジャッキが収納されても車体はふわりと浮いたまま。

「準備はよろしくて?」

 ラムダが「うん」と軽く返事を返した瞬間――リーズレットはアクセルをベタ踏みした。

 ガァァと吼えるような独特の音を立ててリアクターエンジンが一気にエネルギーを生み出す。

 ホバークラフトモードになった際に車体後部に出現したエアブースターがエネルギーを受け取って爆発的な勢いで風を吹き出す。ランページは海へと飛び出して水面を走り出した。

 しかし、走り出してからもリーズレットはアクセルをベタ踏みしたまま。

 運転手である彼女の命令を忠実に従うランページは更にスピードアップ。100キロ超えのスピードで水面を爆走した。

「ちょっと! 早すぎない!?」

 異世界技術を用いた特殊な合金と特殊な造りをしているとはいえ、スピードを出し過ぎだと慌てるラムダだったが運転手のリーズレットはお構いなし。 

 空を行くイーグルを追い越してあっという間に本土へ到着。船着き場の脇にあった浜辺に到達した瞬間にモードを切り替えると大きなタイヤは再び縦になった。陸上走行を開始してもリーズレットはアクセルベタ踏みを止めずに軍の施設内へと向かう。

 高速で動くランページを巧みに操りながら施設内にいた軍人達へパッシング。道を開けさせて、トップスピードのまま施設にあった大きな倉庫内へと突っ込む。

「ぶつかる! ぶつかるよ!?」

 倉庫が見えているのにも拘らず、全くブレーキを踏まないリーズレットに叫ぶラムダ。倉庫に突っ込むつもりか、とさえ思ってしまう。

 だが、倉庫の入り口手前でリーズレットは勢いよくハンドルを切るとブレーキやサイドブレーキなどを巧みに操作してドリフト。

 ぐるんと回転した車体は進んで来た道の方向へ頭を向けてピタリと倉庫内で停車した。

「やっぱりスピードが出て楽しいですわね! 東の街に突入する時はこれを使いましてよ!」

「ああ、うん……」

 車内で2人きりになれるのは嬉しいが、荒々しい運転に気分を悪くしないだろうか。外に出たラムダはフラフラになりながら、次は乗るか乗らないか大いに悩む。

 魔導車を降りたリーズレットに駆け寄ってきた軍人達は敬礼をした後に、

「マム。いつでも出発できる準備は出来ております」

 既に準備完了していると告げた。

 空を見上げれば追い越したイーグルが着陸態勢に入ったのが見える。

「では、補給してから向かいましょう。豚共を中央と北に追い込みますわよ」

 異種族の島で時間を取られてしまった事もあって、東の街には既に情報が行き渡っている頃だろう。

 相手の準備が万全になる前に東は堕としておきたい。豚共を中央と北部へ追い込めばへ相当なプレッシャーを掛けられるだろう。

 対連邦の為にも共和国人には存分に慌ててもらわねば。共和国人が慌てふためくほど、クスリの売上も増えるに違いない。

 リーズレットはイーグルの補給を終えたらすぐに出発すると指示を出した。

「私は豚狩りに参りますが、貴方はどうしますの?」

 彼女は振り返りながら自分と同等の者へ問う。

「一緒にやるよ。リズと一緒に狩りをする事はボクの夢でもあったからね」

 そう言いながらニコリと笑う。

「そう。無いと思いますけど、私を失望させないで下さいましね?」

 彼の笑った顔につられてリーズレットも笑みを零した。

 次に向かうは共和国東の街。東の街にいる者達は何とも運が悪い。

 なんたって2人の最強が揃って向かうのだから。
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