婚約破棄されたので全員殺しますわよ ~素敵な結婚を夢見る最強の淑女、2度目の人生~

とうもろこし

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本編

79 共和国事情

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 リリィガーデン王国軍に怒涛の反撃を受けている共和国内は混乱状態の一言に尽きる。

 首都と北部は攻撃された地から逃げ出した住人達で溢れ、家も財産も失った者達が路上で生活する風景は早くも日常になりつつあった。 

 こうも次々に重要拠点を奪われ続ければ共和国政府も落ち着いてはいられない。特に共和国政府を形成している貴族達は血相を変えて軍関係者へ怒鳴り声を上げる日々。

 首都に住まう貴族達が怒鳴り声を上げる理由は愛国心からではなく、自分達の身の安全と利権が失われてしまった事への文句だった。

 軍は何をしているんだ。少し前まではリリィガーデン王国を封じ込めていたじゃないか。

 首都は安全なのか。防御をもっと手厚くしろ。投資した工場が無くなって金が入らなくなった。連邦から支援を引っ張って来い。マギアクラフトに最新式の魔導兵器を導入するよう要請しろ……などなど。

 共和国貴族が議会の場で言い放った言葉はこれでも一部だ。全ての言葉を羅列したとしても、その中に故郷を追われた一般人に対する意見など皆無である。

 彼等の心から良心が消えるのも無理はない。

 彼等は勝利し続けた歴史を持つのだ。先住民だった異種族を排除して、連邦やラディア王国と同盟を組んでリリィガーデン王国の土地を切り取った。

 従わせた異種族から魔獣を操る術を奪い取れば戦場での勝利数は劇的に増えた。

 マギアクラフトからは良いアイディアだと称賛され、同格でライバル視していた連邦からはドラゴンライダーを是非投入したいと言われて。

 まさに順風満帆。外国からはジャブジャブと金が入り、強国の1つとして必ず名が挙がるほどの地位を手に入れた。

 力と金をチラつかせ、東にある国へ圧力を掛ければ共和国有利の輸入輸出条約が成り立つ。

 自分達の思い通りに全てが進む。これを順風満帆と言わずとして何と言うか。

 まさに共和国は超サイキョー! 連邦を追い抜いて大陸の覇者となるのも夢じゃない!

 なんて、共和国貴族は思っていたのだ。

 ところが今はどうだ。盤石だと思っていた足場はガラガラと崩れてクソの山、弱小国だと思っていたリリィガーデン王国に手痛いしっぺ返しを食らう。

 対連邦へのカードだったドラゴンの主な供給源となる南部も失った。残りは連邦内の田舎にある小さな飼育場だけ。

 これでは連邦に対して大きな顔は出来まい。

「連邦はいざとなった時、我々を迎え入れてくれるのだろうな!?」

 それどころか、あれだけ『勝った』と思っていた連邦へ逃げ込もうとしている始末。

 自己中心的な考えを晒しているだけでも見るに耐えないが、それに加えて滑稽で恥知らずといった称号もプレゼントせねばならぬだろう。

 そんなクソ豚野郎共に責め立てられる戦闘豚の親玉は、ようやく自己中心的な利権豚を黙らせる材料を手に入れた。

「マギアクラフトから正式な回答が届きました。防衛用として開発された新兵器を我が国へ投入する事を決定したそうです」

 共和国軍最高司令官、防衛省のトップである貴族がそう述べると議会の参加者が一斉に沸いた。

 マギアクラフトもさすがにテコ入れせねばと思ったのだろう。自分達の手足となってくれる者、戦場で敵を撃つ使い捨ての駒が無くなるのは痛い。

 リリィガーデン王国……いや、既に存在を確認しているリーズレットへの対策として開発していた新型魔導兵器が遂に完成。

 首都防衛に対してそれらの新兵器を使用せよと決定したのだ。

 お前達を守ってやろう。新開発した兵器を一番乗りで使わせやるぞ、と手紙を添えて。

 マギアクラフトからすれば2ヵ国へのアピールとデータ取りが出来る。リーズレット達へ有効的な効果を得られたら状況を一変する機会を作れるし、更に改良できれば今度こそ完全に彼女を殺せるかもしれない。

 共和国が堕ちる事になったとしても、大陸一の国土と兵士数を持つ連邦で決着を……と計画はシフトしていくだろう。

 欲に溺れて次々に重要拠点を奪われる能無しの豚共はマギアクラフトの思惑など気付きもしないが、どうにか首が繋がった。

 一方、共和国議会を離れて連邦首都の大統領邸にて。

 ベレイア連邦大統領のマグランと共和国から足を運んで来た共和国大統領が食事を共にしていた。

 お互い落ち着いた雰囲気を醸し出してはいるものの、内心焦っているのは共和国側。先ほどから食べている肉の味が全くもって分からない。

 情報交換と共同戦線に関する話を進める為の会議だったものの、既に連邦にとってはあまり旨味の無い場になってしまった。

 共和国は滅亡寸前。連邦が会議で得られるのは相手の情報だけだ。共に戦おうなどと言えばまだ傷を負っていない連邦が損をする。

「マギアクラフトの支援が間に合ったようで、何よりですな」

 連邦大統領マグランは笑顔でそう言った。腹の中では精々、敵の数を減らしてくれと願っているだろう。

「…………」

 共和国側は果たして食い止められるか、状況を一変する事が出来るか。この不安が拭えない。

 返答できぬまま黙り込んだ共和国大統領は遂に頭を下げた。

「申し訳ないが、すぐに私と家族が生活できる場所を確保してくれないだろうか?」

 どこに? まだ攻撃されていない連邦内に、である。

「それは……まだ早いのでは?」

 まだ負けと決定したわけじゃない。もうちょっと我慢できなかったのか、とマグランは内心で呆れかえった。

「頼む、どうか」

 国を奪われる恐怖に負けたのか、不安に押し潰されたのか。共和国大統領は恥じどころか、を捨ててマグランに懇願した。

「今日は家族も連れてきた。このまま私は連邦で余生を過ごしたい」

 まさか国のトップが責任放棄。敵前逃亡。国土と国民を生贄に捧げて自己中心的な大逆転ホームラン。

 自己中心的な貴族が議席を埋める国のトップもまた自己中心的であった。

 連邦側からしてみれば「こいつ何言ってんだ」だろう。

 次から誰とやり取りすればいいのか、次のトップは誰なんだ、と連邦政府も混乱が生まれてしまう。

「もう共和国はもたないだろう。マギアクラフトの実験場になる。連邦も独自の準備を進めた方が良い」

 この共和国大統領が同類である自己中心的な貴族達と唯一違った点は嗅覚の良さか。

 新兵器を配備すると言ってはいるものの、あれは次に繋ぐための実践データ収拾に過ぎないと彼は確信を持って言う。

 その証拠はこうなるまで共和国を保護・支援しなかったマギアクラフトへの疑い。

 マギアクラフトからしてみれば「逆恨みだ」と言いたくなるような理由である。

 しかし、マギアクラフトの一方的な指示にはマグランも疑惑を感じていた事から「我々を使い捨てとしか思っていない」との考えは抱いていた。

 いや、この2人の場合は元より信じてはいなかった。強大な力に捻じ伏せられていたから従っていただけだ。

 故にマグランも彼の言う「実験場」という表現に納得してしまう。

「例えそうだったとしても、支援を得た共和国が勝利したら? 国へお戻りになるのか?」

 マグランにしても共和国は時間稼ぎにしかならないだろうと思っていた。だから、精々敵の数を減らしてくれと願っていたのだ。

 それでも戦争はどう転ぶか分からない。特にマギアクラフトが導入する新兵器の存在は未知数だ。

「いいや、まさか」

 そんな事をすれば貴族達に戦犯者として吊し上げられる。彼は今回の旅で事故死を偽装すると言って、考えた計画をマグランに聞かせた。

 旅の共として着いてきた秘書官達にも金を与えて抱き込んでいる。彼等も共和国には戻らず、連邦内で静かに暮らすだろう。

「この戦争が終わったら共和国を飲み込むと良い。飲み込む際の注意点は全てお話しよう」

 国の最重要機密から何まで大統領として知っている事は全て話す。共和国貴族を排して利権も全て連邦が手に入れれば良い。

 マグランは頭の中で計算して頷いた。どうせ、この腰抜けが国に戻ってリリィガーデン王国に勝利しようが共和国が元通りにはなるまい。

 連邦政府内に混乱は起きそうだが、まず狙われているのは共和国。首都防衛となれば容易く連絡を取り合うなど不可能だろう。

 だったら連邦は独自に動いて共和国内の情報を調べた方が良い。この食事が終わったら共和国内に連邦軍の偵察部隊を追加で向かわせようと決めた。

 加えて共和国を飲み込む際、内部の情報があった方が手間が省ける。後の輝かしい未来を考えると今回の買い物は安い取引になりそうだ。

 あとは、この戦争に勝利するだけ。マギアクラフトからどうにか支援を絞り出し、リリィガーデン王国を滅ぼせれば。

 連邦はリリィガーデン王国、ラディア王国、共和国の土地3つを手にできる。そうなれば、この大陸のほとんどは連邦の土地となる。

 連邦へ多大な貢献をしたマグランは偉大な人物として歴史に名を刻むだろう。……結局、欲深いのは彼も同じというわけだ。

「わかりました。良いでしょう」

 こうして、共和国史上最低最悪の大統領は故郷を売ってひと時の安心を手に入れた。

 
-----
 

 東部の住人がリリースされてから1週間経った頃、共和国北部ではリリィガーデン王国の攻撃から逃れて来た者達で溢れかえっていた。

 住んでいた土地を追われた者達は、着の身着のまま安全な場所を求めて彷徨い続けた。

 最初は誰もが首都を目指した。国の中で一番大きな場所であるし、行政の中心地でもある。

 首都に行けばどうにかなるだろう、そんな期待を込めて。だが、逃げて来た者達に待っていたのは「自分でどうにかしろ」「それどころじゃない」といった国からのありがたいお言葉だった。
 
 先に首都へ逃げ込んだ者から路上生活が始まり、少し前までは美しい景観を保っていた共和国首都グリアは一文無しの路上生活者で溢れかえる。

 それを良しとしなかったのは元々首都で暮していた者達や貴族達だろう。彼等は国の中心部で暮している事にプライドを持っていた。

 故に首都の華々しさが失われる事に対して憤慨したのだ。

 金が無く、食うに困った者達は仕事を求めるが見た目の悪さから拒否される者が続出。一部の者は肉体労働で食い繋げたが、それ以外の者は物乞いになるしか道はなかった。

 家も無く、食事も満足に食べられない。物乞いとなった者達に清潔感など求める方がおかしいレベルだが、首都の住人は許しはしない。

 警備隊に通報されて逮捕となればまだ良い。首都を追い出されて魔獣がうろつく街の外に放り出される者が続出した。

 こういった者達が次に目指したのが共和国北部。連邦との国境を管理する北部の街に辿りついた者達は街の中へ受け入れられたものの、ほとんど首都での物乞い生活と変わらぬ現実が待っていた。
 
 違った点は薄汚いスラムに押し込まれた事だろうか。表通りに姿を現すなと命じられ、浮浪者や犯罪者の根城となっている場所に追いやられた。

 家を壊され、故郷を奪われ、逃げて来た者達に待っていたのは……逃げ込んだ先に住む者達の攻撃だった。

 家族と共に逃げてきた者は妻や娘を犯罪者に奪われた。中には家族の目の前で殺された者や凌辱される者もいた。

 金品を少しでも持っていれば奪われ、抵抗すれば袋叩きに合う。いつ襲われるか、と怯えながら暮らさねばならぬ日々が続く。

 戦場となった故郷も地獄であったが、逃げ込んだ先もまた地獄。

 絶望に暮れた者達が手を伸ばすのは――

「毎度」

 格安で手に入る夢のクスリ。格安といっても初回サービスだ。2度目からは金額が跳ね上がる。

 その夢のクスリを売り捌く組織の拠点となっているバーの中では札束を数えて束にする傭兵達がいた。

「リーダー。随分と増えてきやしたね」

 札束を数える傭兵は自分の上司である血濡れの刃リーダーに笑顔を向けた。

 塩で味付けされた肉を下品な咀嚼音を鳴らしながら食べるリーダーも口角を吊り上げる。

「東部も堕ちたんだろう? これからもっと増えるぜ」

 今日も売り上げは絶好調。人を狂わせるクスリを売る傭兵達の顔も毎日ホクホクである。

 なんたって悪徳傭兵団として活動していた頃の10倍は稼げるのだ。

 安酒と少量のツマミしか食えなかった頃とは大違い。今では毎日高級な酒と上等の肉が食える。

 しかも、共和国東部が堕ちたといった噂も舞い込んで来た。東部から逃げ出した者達が北部にやってくれば更に売上は伸びるだろう。

 そりゃあもう、笑いが止まらない。

 例えジャンキーになった者がスラムに逃げ込んで来た者達を襲っていたとしても、弱者が更なる弱者を痛めつけたとしても販売人である彼等には関係ない。

 誰が死のうが、誰の人生が破滅しようが関係ないのだ。そうなるよう仕組まれているのだから。

 だったら自分達はこの機に乗じて金を稼げれば良し。自分達が良いメシを食えれば良し。他人の不幸で飲む酒は美味すぎる。
 
「おい、今日はワインにしようぜ」

「いいですね。あとで買ってきやすよ」

 今日飲む高級酒の種類を決めているとバーのドアが開いた。

 店内に緊張感が走り、中にいた傭兵達は腰に差していた魔法銃へ一斉に手を伸ばす。

 だが、それも一瞬の事。入って来た人物が顔見知りと知ると緊張感漂う雰囲気は霧散した。

「やぁ。順調ですか?」

 店内に入って開口一番にそう言ったのはいつかの旅人。リリィガーデン王国情報部に所属する軍人だった。

「へい。順調も順調でさあ。おい、帳簿持って来い!」

 血濡れの刃リーダーは毎日しっかりと記入するよう義務付けられた帳簿を情報部の男へ見せた。

 帳簿といっても書き込まれた情報は様々だ。素人が記載しているからか内容も荒々しいし文字も汚い。

 それでも言いつけ通りに1日の販売数と売上、客層の特徴が書き込まれている。最近追加された項目は購入した客が事件を起こしたら、その詳細書く事だ。

 大体はスラムで起きた弱者相手の貪り合い。しかし、その中に1点だけ目立つ事件があった。
 
「なるほど。遂に表側でも強盗事件が起きましたか」

「ええ。ジャンキーが商店に襲撃を仕掛けて金を奪いやした。まぁ、軍人に射殺されましたが」

 逃げ込んで来た者を対象とするのはライバルが多いと思ったのか、ジャンキーの1人が金欲しさに表通りに並ぶ商店を襲った。

 店の従業員をナイフで刺して金を奪い、そのまま逃走。スラムへと逃げる途中で追いかけてきた軍人に射殺されたそうだ。

「良いですね」

 詳細を聞いた情報部の男はニコリと笑顔を浮かべた。この調子で事件が増えれば良い、とまで口にする。

「そうそう、東部から逃げて来る者達は既にクスリを投与しています。すぐに買いに来ると思いますので入荷日ではないですが、商品を持って来ました」

 男は背負っていたリュックを床に下ろすと中にあった液体入りの瓶や粉入りの袋を傭兵の下っ端に見せる。

 下っ端が商品を破損させないよう丁寧に別の箱へ移し始める中、情報部の男は血濡れの刃リーダーの対面に座った。

「売上はいつも通り、きんに代えておいて下さい。それと、そろそろ連邦側に作った拠点へ移動する準備をしてお願いします」

 血濡れの刃リーダーはそう言われ、連邦側で商売をする火グマ団リーダーの顔が思い浮かんだ。

 連邦西部の売上は共和国北部よりも高いらしい。彼もまた贅沢な暮らしをしていることだろう。
 
 と、そんな事を思っている場合ではないと内心で首を振った。共和国に攻撃を仕掛ける国に所属するこの男がそう言ったという事は。
 
「遂に共和国を?」

「ええ」

 どうする、とは言わない。言わなくてもお互い分かっているから。

「連絡が入り次第、動けるようにしておいて下さい。近いうちに連邦へ北上する流れが出来ると思います」 

「分かりやした」
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