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本編
92 冬の過ごし方 1
しおりを挟むリーズレット達が帰国してから数日後、王城では女王であるガーベラが招集した軍の上層部と主要メンバーが勢揃いしていた。
ガーベラと軍の上層部はコスモス、マチルダ、ブライアンを加えた理由を長々と前置きしたが、
「戦争は順調と思われますが、現場では実際どうですか?」
要約するとこの一言に尽きる。
国の上層部と現場の考えを一致させておこう、という考えを示したのだ。
「確かに我々は2ヵ国を堕とした。しかし、それは全てマムがいたからこそであります」
そう、素直に想いを口にしたのはマチルダであった。
圧倒的な力。圧倒的なカリスマ性。失われた技術によって作られた兵器の投入。
彼女がいなければこうもハイペースに2ヵ国を堕とすなど不可能だったろう。
「マチルダ伯爵、我が軍の功績は皆無だと?」
「答えるまでもないでしょう?」
2ヵ国を堕とした事実の中にリリィガーデン王国軍の尽力や功績は少しも含まれていないのか?
鋭い目つきでそう訴える軍の幹部へマチルダは鼻で笑いながら答えた。
どうやらマチルダは幹部が2ヵ国を堕とした事に対し、自分にも功績があると勘違いしている事へ怒りを抱いた様子。
全体を見ながら軍を回す幹部、現場至上主義のマチルダ。考えの違いからの対立と言えよう。
「止めたまえ。……マチルダ伯爵、我々も当然ながらリーズレット様にご負担をお掛けしていると自覚している」
バチバチと火花を散らす2人を制したのは軍の総司令官オブライエンだった。
「しかし、頼らざるを得ないのも事実だ。だからこそ、現場で共に戦う君達から意見を聞きたい」
オブライアンが部下に指示を出し、長い机の上に広げたのは『冬からの計画表』であった。
「今年の冬も吹雪に見舞われるだろう。両軍の軍行は止まる。その間、どうするか。冬が去り、春になった時どうするか、だ」
軍が作り上げた計画表には冬の間は兵士の育成、連邦内に蔓延させる薬の増産と更なる普及。
加えて兵器の追加増産などを計画しているようだ。
計画表に目を通したマチルダ達にも不満はない。しかし、問題は個々の中身だろう。
「やはり圧倒的に兵士数が足りません。あちらは難民も兵士に加えております」
「兵器も現状の物では太刀打ちできない可能性があると分かりました。相手の新兵器はこちらの弱点を突いています」
「連邦内の麻薬普及率はどれほどまで伸びましたか?」
招集された3人はそれぞれ質問を口にした。
一番の問題点は圧倒的な戦力差である。連邦軍が10万の兵をポンと出すに対し、リリィガーデン王国軍は3万の兵士を捻出するだけでも頭が痛い。
リーズレットの活躍で各方面を制圧できても、制圧した場所を守護・引継ぎする後続部隊の編制と派兵が遅すぎるという指摘も加えた。
兵器に関しても足りない兵士数の差を覆すべく、広範囲攻撃が出来る兵器を多く採用しているが防御魔法を展開する兵器の登場によって方針転換も視野に入れるべきか。
「項目の中で一番状況が順調なのはクスリの蔓延だな」
現場から指摘を聞きつつ、オブライエンが最も順調としたのは麻薬による敵国汚染。
彼は情報部のサイモンに顔を向けると、サイモンが現在の状況について語り始めた。
「現在、連邦の西部と東部にて販売組織の拠点を構築。そこから中央に向けての汚染を進めています」
普及率は30%程度。難民と軍人の一部が汚染されているとサイモンは販売組織から得た情報を告げる。
「国を失った難民は勿論の事、戦争でストレスを感じている軍人が徐々に手を出し始めました。我々にとって良い傾向なのは確かなのですが……」
「冬か」
「ええ」
サイモンの懸念に気付いたのはブライアンだった。
「冬になると戦争が止まります。すると、兵士は束の間の休息を得るでしょう。その期間は今まで比べてストレスは緩和されてしまう」
よって、クスリに手を伸ばす軍人は増加しなくなる可能性が高い。
既にクスリを体験してジャンキーになっている者はそこまで重要じゃない。彼等はどうせ買いに来る。
今はリピーターよりも新規顧客を増やしたい。
その為には継続して相手にストレスを感じてもらわねばならないのだ。
「我々は冬の間、巣籠もりしている暇などありません。前線部隊には敵の拠点への攻撃をして頂きたい。ああ、本格的にではなくて結構です。チョッカイを出す程度で」
要は継続的なストレスを与えれば良い。停戦する事が常識となっている冬の間でも攻撃を加え、いつどこから攻撃が来るのかと緊張感を持たせればいいのだ。
冬の間は戦争から逃れられる。そんな淡い期待を粉砕するように。
敵への攻撃を加えたらすぐに撤退。相手が緊張を解いたらまた攻撃して撤退。この繰り返しを行う。
相手は気を張り詰めていなければならない。常に緊張して、イライラして。
そんな状態の兵士が溢れる軍の拠点に、ジャンキーとなった誰かがクスリを持ち込んでたら。手を出してしまうんじゃないか? 甘い誘いに乗ってしまうんじゃないか?
そうして後方の街へ戻った兵士がクスリに手を出してジャンキーに……、といった具合が理想である。
「冬の間、敵兵士の50%以上が汚染されれば理想的ですが……」
その辺りは何とも断言できない部分だ。サイモンはあくまでも理想を語った。
「この作戦については既に承認している。せっかくリーズレット様が撒いた種が芽吹きそうなのだ。無駄にはできん」
冬の間に行われるストレス作戦は既に承認されているようだ。
担当するのはブラックチームとグリーンチームと既に選抜も終えている事を明かされた。
「次に兵器の件だが、新兵器に関しては保留とする。理由は……」
「兵器に関してはお姉様とご相談せねばなりません。今回の議論から外して下さい」
現状、イーグルの生産はリトル・レディ任せ。彼女の仕事量なども加味せねばならないので、リーズレットとの相談は必須であった。
兵器に関しては彼女抜きで話し合っても時間の無駄であるとガーベラは告げる。
「新兵の教育は任せてくれませんか?」
冬の新兵教育に関してはマチルダが手を挙げた。
「マムのやり方も学びました。短期間で一人前とはいかないでしょうが、少しは使えるよう鍛えてみせます」
ブラックチームに並ぶグリーンチームのメンバーを育てたマチルダならば適任か。
冬の間、マチルダは前線を離れて新兵教育に携わる事となった。
「では、今日のところはこれで解散とする。各自の任務に関しては追って連絡しよう」
オブライエンがそう言うと全員が立ち上がり、ガーベラへ敬礼して会議は終了となった。
会議室に残ったのはガーベラとオブライエンの2人だけ。
「陛下、リーズレット様のご様子は如何でしたか?」
オブライエンは眉間に皺を寄せながらガーベラに問う。
「ううん……。今朝の朝食では特に問題無さそうな様子でしたが、どうなんでしょう」
返答を返したガーベラも「ううん」と悩んで、明確な答えとしての返答を避ける。
2人が気にしているのはリーズレットのメンタルだった。
嘗て侍女だった者が死んだ。前世の頃から100年以上も経過しているのだから、リーズレットと同じように転生していなければ死んでいるのは当然の事だ。
しかし、今までは嘗ての仲間の痕跡を見つけても既に埋葬されていた建国の母達であったり、死体が見つからなからないという状態が多かった。
だが、今回は違った。
ユリィの遺体を見て、埋葬した。これは彼女にとって愛した侍女が死んだ、という事実を直に感じてしまっただろう。
物語では常に隣に立っていたと描かれる侍女ユリィ。今のサリィのように親しい間柄だったに違いない、と2人は簡単に察する事が出来る。
「本日、午後からお伺いしてみます。その時に兵器の件もお話してみますから、少し待って下さい」
少々心配であるが、兵器に関する事は彼女に必ず相談せねばならない事。今の国にとって時間は貴重だ。足踏みはしていられない、とガーベラはオブライエンに言った。
「……お強くなられましたな」
そんなガーベラを見て、オブライエンは小さく笑う。
「え?」
「失礼ながら、前よりも肝が据わったように感じます。決断を下すまでに迷いが感じられなくなりました」
以前までのガーベラは気丈に振舞ってはいるものの、どこか顔に迷いがあった。
しかし、今はその迷いは感じられない。決断1つ1つに自信と決意が満ちている。
「……そうですか。お姉様のおかげでしょう。お姉様や軍の皆が奮闘しているのに、私だけ置いて行かれるのは恰好悪いですからね」
「アイアン・レディの皆様による導きに感謝せねばなりませんな」
今、この時があるのも全てはアイアン・レディのメンバーがリーズレットを転生させたおかげである。
建国の母達もユリィも。全員がリーズレットを再びこの世に復活させる為、尽くした結果。
その結果が国の窮地を救い、ガーベラの成長にも繋がった。
「偉大な皆様に恥じぬよう、国に平和を取り戻さねばなりません。オブライエン卿、責任は全て私が取ります。ですから、軍も最善を尽くして下さい」
ガーベラは決意に満ちた瞳を向ける。
すると、オブライエンは立ち上がり敬礼した。
「勿論です、陛下」
オブライエンの目にはガーベラが建国の母である彼女の祖、マーガレットの姿と重なって見えた。
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