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本編
94 教育
しおりを挟む本格的な冬に突入するとリーズレットはオブライエンやガーベラと国への技術提供について話し合う機会が増えていきた。
半日は会議に費やしたり、アイアン・レディ製の技術に対して国内技術者が再現可能かどうかなどの検討会が行われている中……。
彼女が忙しいと暇になる人物。それはラムダであった。
自称リーズレットの許嫁。アイアン・レディ最高の技術者であるアルテミスが作ったレディ・ファクターを持つ最強の男。
これらの要素もあってラムダも王城に迎え入れられた。
普段はリーズレットと共に過ごし、食事やお茶の時間なども一緒に過ごす。常にべったり傍にいた。
眠る部屋は別々であるが、リーズレットの部屋に突入しては彼女に抱き着いている時間が多い。
それを見たガーベラがハンカチの端っこを噛んで奇声を上げたり、コスモスがハンドガンの残弾を確かめていたりしたが……。
とにかく、王城にいるメイド達や軍の関係者からは『ラムダ = リーズレットの旦那候補』という印象は定着しつつあった。
「ふふ。これでボクが許婚になるのは確実!」
この周りに「そうなのかな?」と思わせる事こそがラムダの作戦であった。
常に傍にいて、他の男が寄って来る隙間さえ与えない。べったりくっついて「ボクのだぞ」とアピールしているのだ。
……内通者を処刑して以降、リーズレットの怖さが知れ渡って近寄る男など皆無なのだが。
とにかく、ラムダの思惑通りに事が進んでいた。
が、しかし! これを良しとしない者もいるのだ。
その者こそ、超有能天才ハイパー機甲美少女侍女サリィちゃんである。
「ラムダさん、このままで良いと思っているんですかぁ? このままお嬢様の旦那様になれると思っているんですかぁ?」
サリィは真顔でラムダを見つめながら、淡々と言う。まるでお人形さんがパクパクと口を動かしているような恐怖があった。
「え……?」
「だめですよねぇ?」
彼女はリーズレットが会議でいない間、ラムダの教育を開始した。
愛すべきお嬢様の旦那となるならば、それ相応の気品が無ければならない。
ただの強いクソガキではダメなのだ。リーズレットの隣に並び立ち、家族となるならば高貴な妻に釣り合う高貴な旦那にならなければならない。
「日常生活のマナーを身に着けるため、練習しましょう~」
「ええ……。面倒だよぉ」
ラムダは今までマナーなんてモノとは無縁の生活をしていた。故に城で食事をする時もお構いなし、自分の好きなように食す。
貴族の何たるかなど持ち合わせておらず、それを学ぶ事すらも面倒と言うが……。
「しましょう~」
真顔で言うサリィの目には確かな決意と有無を言わせぬ恐怖があった。
「しなければ、今日の夕飯からラムダさんの料理に毒を混ぜますぅ」
それと、シンプルな脅迫があった。
「はい。やります」
サリィちゃんのマナー教室スタート!
まずは挨拶とお辞儀の練習!
「ご、ごきげんよう」
顔を引き攣らせながらラムダがお辞儀をする。が、角度が足りない。
「もっと下げるですぅ」
サリィはラムダの頭と腰に手を添えて、理想的な角度を示した。
次はお茶の飲み方!
ラムダがサリィの淹れた紅茶を一口飲むとソーサーにカップを置く。その際、カチャリと音を鳴らしてしまった。
「カップを置く時は音を鳴らしてはいけませんよぉ」
ぺちん、とラムダの手の甲を叩くサリィ。まるで鬼教師である。
一番厳しかったのは食事のテーブルマナーだろうか。
並べられたナイフ・フォークの使い方や食器への置き方など、細かい項目が特に多い。
「なんでボクがこんな事をしなきゃいけないの!」
挨拶、お茶の飲み方で既に限界を迎えていたラムダは駄々をこねた。
バタバタと手足を暴れさせて「いやだいやだ」と言うが、
「あ?」
超有能侍女サリィちゃんはポケットの中からハンドガンを取り出すと、スライドを引いてからラムダの額に銃口を押し付けた。
ラムダの顔を覗き込むサリィの顔は真顔だった。
拒否するならばリーズレットとの結婚を許さないどころか、この世に存在する事すらも許してくれない。
彼女の目はそう語っていた。
「やりますぅ! やればいいんでしょぉ!」
ラムダはふくれっ面になりながらもマナーの勉強を続けた。
やはりリーズレットと結婚したいという意思は本気なのだろう。それを知ったからか、サリィは小さく頷いた。
マナーの勉強は昼から夕方までみっちり続く。
「もういやだあ……」
窓の外が茜色に染まった頃、さすがに精魂尽き果てたラムダがテーブルに顔を突っ伏した。
「……今日はここまでにしますぅ」
壁にあった時計を見たサリィは、そろそろリーズレットが戻る頃だと悟る。
ラムダの教育も今日はこれまで。今日のところは、だが。
「サリィ? ここにいますの?」
丁度、扉が開きリーズレットが現れた。
廊下からサリィとラムダの声が聞こえたのだろう。
勉強会場となっていた城の一室を開けたリーズレットが部屋の中に入って来ると、ラムダは涙目でリーズレットへ駆け寄った。
「リズゥ~!」
「きゃあ! な、なんですの!?」
泣き顔のままリーズレットの胸に抱き着き、えぐえぐと泣くラムダ。
その後ろにはニコニコ笑う侍女サリィ。
「どういう……?」
状況が特殊すぎてうまく理解できないリーズレットは首を捻る。
「安心して下さい。お嬢様の幸せは私が叶えてみせますぅ」
そう言いながら、サリィはずっとニコニコ笑っていた。
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