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2章
27 教会との関係性
しおりを挟む後輩のマルクを見送り、その足でロイドとアリッサは魔導車の後部座席に乗り込んだ。
まずは位置的に近い教会へ話を聞きに行く事となる。
運転手であるローラに外周区東エリアにある教会へ向かうよう指示を出すと、2人は自然と会話を始めた。
「城から受けた依頼は新たに出回り始めた麻薬の調査と販売組織の摘発です。なんでも、皇族派に所属する貴族の息子が中毒死したとかで」
アリッサは城に呼び出された理由を含めてロイドに説明を行った。
今回、彼女が呼び出されたのは兄であるアイザックではなく、皇族派の貴族から相談という形で呼び出されたようであった。
シャターンが流入された麻薬は、シャターンとオーソーの死亡後に自然と流通が停止した。
それにより帝都住民への被害は無くなったように思えたが、次なる麻薬が帝都に流れ込む。こう立て続けに帝都内へ麻薬が入り込む事自体が異常ではあるのだが。
被害者である貴族の息子は服用から2日後、自室にて口から泡を噴いて死亡。帝都の医者による検査の結果、服用していた麻薬の効能はかなり強い物であると判明。
それはシャターンとオーソーが流入させた物の比じゃない。こうなると麻薬というよりは毒なんじゃないか、と医者が言うほどであった。
といっても、帝国医学会の決めた分類上では効果に強い幻覚作用などがある事から麻薬に分類された。
毒に限りなく近い麻薬。そんな物を帝都内で蔓延させるわけにはいかない。加えて、被害者の父親である貴族当主から受けた強い要望もあって捜査が開始されたようだ。
憲兵隊、軍にも通達が言って両機関とも捜査を行っているようだが、軍の指揮系統に入っている2つの機関は皇族派にとって絶大な信頼を置くことはできない。
そこで、皇族であるアリッサが立ち上げた特務隊にも声をかけた、という経緯のようだ。
「軍の指揮下にある機関よりも多少は信頼できるって感じなんでしょうけどね」
アリッサを自分達側だと思っている分、物を言いやすくケチをつけやすい。相変わらず彼女を便利な道具と思っているようだ。
「麻薬が外周区のブラックマーケットから流れ始めたのは軍も憲兵隊も掴んだようで、そこから先を誰よりも早く探れと言われたわけです」
反皇族派に属していたシャターンとオーソーが起こした事件のイメージからか、皇族派は今回の件も反皇族派が絡んでいると考えているようだ。
もし、仮にそうであったのなら軍部よりも先に証拠を掴め。それをネタにまた攻撃するぞ、というわけである。
「なるほどね」
ロイドの返答は城の勢力争いになど興味無し、といった感じか。
窓から外を眺めつつ、アリッサの説明は聞き流しているように見えた。
「ところで、なんで教会なんですか?」
「あ?」
「ほら、貧困層のジャンキーが最終的に逃げ込む先は教会だって。後輩の人が言ってたじゃないですか」
アリッサの質問にロイドは少し間を開けてから口を開いた。
「教会ってのは聖域だ。特に貧困層にとってはな」
「手を差し伸べてくれるからですか?」
神聖徒教会は外周区で絶大な支持を受ける宗教組織である。
その理由としては安価な医薬品の販売や食うに困った貧困層に炊き出しなどを行って、帝国貴族とは違った支援を行ってくれるからだ。
金の無い者ならば誰でもお世話になる。下手に手を出して教会が帝都から無くなれば信者達から総攻撃を受けて殺されるだろう。
普段、お優しい教会様は外周区の誰にでも手を差し伸べてくれる。それは麻薬中毒者になった者であっても変わらない。
――と、アリッサは考えたようであるが半分正解で半分不正解といったところか。
「そう。ジャンキーであっても教会は保護してくれる。外周区住民の熱烈な支持を受ける教会内に逃げれば追手は下手に手を出せない。だが、それは教会が糸付けて垂らす釣りエサさ」
ロイドは鼻を鳴らして笑った。
「あそこは、ただの教会じゃねえ。アンタも実は知ってるんだろ?」
布教の為に各地へ建設された教会。派遣された聖職者達。人道的な支援活動。
これらは表の姿にすぎない。
いや、最初はそうだったのかもしれない。だが、教会はいつしか存在意義を変えた。
「……クロイツア産の麻薬販売と諜報活動、ですか」
「正解」
アリッサの言った通り、教会には裏の顔がある。クロイツア王国発祥であり、王国に本部を置く教会はただの宗教組織ではなくなった。
クロイツア王国の薬学知識を元に生成された麻薬を各地で売り捌き、王国の裏金を稼ぐ。
同時に外国へ潜り込んで情勢を王国へ伝える諜報機関としての役割。
帝国皇族、上位の貴族は教会の目的を遥か昔から把握している。
それこそ、帝国が建国される当時から。教会の裏側を把握しているからこそ、距離を置いている。
麻薬に関しても世界中から麻薬被害が消えないのは教会のせい、と言われるほどだ。
しかし、そこまで分かっていてどうして帝国を含む外国は教会を自国から追放しないのか。
それはクロイツア王国がトップクラスの力を持っているから、という一言に尽きる。
宗教の布教と薬学を武器にクロイツア王国は大国に成長した。
宗教面ではあらゆる場所で信者を獲得し、神聖徒教を世界最大の宗教にまで押し上げた。
薬学面では他国に追従を許さぬ優れた知識と技術で医薬品業界を圧倒し続けて世界最大のシェアを誇る。
宗教面でバッシングすれば信者達が暴動を起こすだろう。王国を非難すれば頼って来た薬品の輸入を止められる。
宗教と医薬品。この2つの力を持ってクロイツア王国は外国に有無を言わせない。
帝国はまだマシな部類だろう。貴族達はマギフィリア流の医療に頼っているので、クロイツア王国産の医薬品輸入を止めても被害は少ない。
精々、信者となった外周区の住民が暴れるくらい。まぁ、それも労働力を失うし内戦に勃発するので帝国は教会に手を出せないのだが。
国際的に見ると帝国より悲惨な国が多数がある。信者も多く、医薬品も頼っているような国だ。そういった国はクロイツア王国の機嫌を損ねれば滅亡しかねない。
国際的に一定の支持を受けるクロイツア王国は、そういった内側より侵食した国に対し今も昔も医薬品と宗教を武器に外国へ同調圧力を掛けてもいるのだろう。
今となっては帝国のようなマギフィリア派とされる外国勢力が増え、クロイツア王国派と呼ばれる外国勢力と拮抗しているが、過去にクロイツア王国一強だった時代が長かったことも影響を及ぼしているに違いない。
一体、クロイツア王国と神聖徒教会はいつから計画していたのだろうか。
恐らくはずっと昔。宗教を作り出す前から構想自体はあったに違いない。
「しかも証拠を残さずやってんだからな。おっかねえよ」
そもそも、分かっていても告発できないのは教会の仕事に証拠が残らないからである。
麻薬の保管場所は教会、販売しているのも教会としか思えない。
だが、証拠は一切出さない。
過去に教会内部に麻薬があると帝国軍部が調査を行ったが、教会内部を徹底的に探してもブツは見つからない。
取引する者を捕らえようとしても姿すら捕捉させない。
外周区にはクロイツア産の麻薬で狂ったジャンキーがいるのに、教会が関わっているという決定的な証拠が出ないのだ。
故に教会は関与を否定。と、ここまでが過去に起きた実際の話。
「それが釣りエサになると?」
「ああ。確かに奴等はジャンキーでも助ける。クロイツア産の麻薬中毒者だけはな」
「それって……」
「そうだ。クロイツア産の麻薬をキメているやつはお客様。他は商売敵に金を払ったクソ野郎って事だ。そのクソ野郎が教会に逃げ込んだら、商売敵が現れたって事になる」
潜入した外国人を懐柔し、外国人自体を監視の目として使いながら、自国の商売を邪魔する者を発見・殲滅する。
恐らく、クロイツア王国は自国産の麻薬を服用して中毒になると発症する症状や行動に目印となるものを生成段階で仕込んでいるのだろう。
そうでなければ選別が難しい。十中八九、そうに違いないとロイドは言った。
「まぁ、これはほんの一例さ。教会の諜報活動も日々精進してんだろ。今じゃもっと他に方法があるかもしれねえな」
皇族ならば知ってんだろ? と問うようにアリッサの顔を見るロイド。
彼の問いはアリッサにとって驚愕に値するものだった。何故なら、教会が裏で行っている活動は国の上位者であっても一部しか知らない極秘の情報だったからである。
「どうしてそれを?」
「ハッ。外周区で起きる麻薬関係の事件を追ってりゃ嫌でも辿り着くぜ。マルクは教会の表側だけを見て、純粋に避難場所として考えたんだろうけどな」
マルクが教会という場所を示したのは、あくまでも釣りエサをエサとは思わず。人道支援を行う外周区住民と聖域だからと考えたに過ぎない。
しかし、ロイドが教会という場所に同意したのは今回の焦点となっている麻薬を服用したジャンキーがエサに喰い付くからだと思ったからだろう。
「ロイドさん。貴方はやっぱり優秀なんですね」
彼の言葉を聞き、冷や汗すら掻くアリッサ。
実際に外周区を歩き、捜査を続けて、国が隠す極秘情報にまで辿り着く。彼の持つ観察力や洞察力は凄まじいと素直に賞賛する。
「だがな。俺はクロイツア産の麻薬が関連する事件を捜査して、そこまで辿り着いたにも拘らず……。深く首を突っ込まなかった。捜査を諦めた」
人生において、自ら退いたのはそれが初めてであると心の内を明かした。
明かしながらロイドは真剣な表情でアリッサを見やる。
「教会にいる聖職者達には手を出すな。絶対にだ。あれはシャターンやオーソーなんて比じゃねえ」
表情だけではなく、声音までもが真剣に。絶対に、どんな使命があろうとも、教会にだけは手を出すなと彼は告げる。
「そこまで、ですか?」
ロイドの本気度を察したアリッサは少々驚きながら問うた。
帝国の極秘事項にまで一人で辿り着くロイドは優秀な男だろう。地獄から生きて帰ってきた事もあって戦闘能力にも太鼓判が押されるような人物である。
だが、そんなロイドですら教会と敵対したくないと言う。それは信者の数がどうこうといった理由では決してない。
「外周区なんて暴力に満ちた場所で、五体満足のまま活動する聖職者全員がおっかねえってのもあるが、特にヤバイのは帝国支部を仕切ってる婆さんだ」
帝都支部を取り仕切る責任者『シスター・マリア』と呼ばれる老婆は特に気を付けなければならない、とロイドは忠告する。
「できれば関わりたくねえなぁ……」
はぁ、とため息をつくロイド。
「腹の探り合いといった意味で、ですか?」
「いや、戦闘に関してもだ。教会には本部から派遣された聖職者と教会自体を守る為に、教会戦士って呼ばれる戦闘要員が常駐している。その教会戦士もヤバイが、もっとヤバイのがさっき言ったババアだ」
外周区という血の気溢れる場所で支援活動を行ってれば、信者が多くいようとも教会相手に馬鹿をしようとする輩は必ず現れる。
そういった輩から非戦闘員である聖職者を守るのが教会戦士と呼ばれる教会の戦闘員だ。彼等、教会戦士も相当な訓練を受けているのか強者揃い。
しかし、それを遥かに凌駕するのがシスター・マリアという老婆であるとロイドは言った。
言葉での戦いだけじゃなく、純粋な戦闘力の面でも戦いたくない。ロイドは何か嫌な事を思い出したのか、苦々しい表情を浮かべながら言った。
「捜査を諦めた理由だが……。実は一度だけ教会が動くところを見た事がある。いや、見せられたと言った方が正しいな」
クロイツア産の麻薬が関わる事件を捜査している時、ロイドは教会の仕事をわざと見せられた。
私達はこれほどまでの力がある、と言わんばかりに。
ロイドは決して臆したわけじゃない。だが、現実的に考えて退かざるを得なかった。
「そりゃ、何人かはぶっ殺せるだろうよ。だが、相手は巨大な組織だ。個人で組織相手に戦うなんて芸当、それこそ英雄譚が残るような英雄様じゃなきゃ無理な話さ」
相手の戦闘能力と組織としての格を見せつけられて、自分1人ではどうにもならない。いや、帝都憲兵隊を巻き込んだとしても勝ち目は無かった、と。
首を突っ込めば帝国人の死体が増えるだけ、と判断してクロイツア王国産の麻薬に関する事件からは手を引いたと語る。
「教会は神の家、なんて言われるが実際は地獄の入り口だ」
「むしろ、どうして今まで無事に生きて来れたんです? 話を聞いていると手の内を見せた相手を生かしておく相手だとは思えませんが……」
「ババアに気に入られたのさ。見込みがあるってな。その場でリクルートまでされたぜ。当然、断ったがな」
アリッサの質問に答えたロイドは当時の様子を思い出したのか、舌打ちを鳴らして不機嫌そうに組んでいた足を組みなおす。
大国の諜報機関幹部に気に入られるなど滅多なことではないだろう。
彼が言うには断ったようだが……。別の手段で釘を刺すのではなく、これまで証拠を残さず活動してきた諜報機関が自ら手の内を晒して、断った相手を生かしておくのも驚愕である。
シスター・マリアという人物にとってロイドはそれほどまでに価値ある人材、という事か。
「断って生きている方が驚きですね。これが神の奇跡ってやつですか」
「いいや。気まぐれだろうよ」
そう言ったロイドはもう一度舌打ちをして、窓の外に顔を向けた。
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