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3話「知りたくなかった」
しおりを挟む朝は日の出前に起床し、夜は家族が寝静まった深夜に帰宅する、そんな生活をもう何年も続いている。
両親と顔を合わせる度に放たれる心無い言葉も、冷えた朝食も、生徒会の仕事も、厳しい王太子妃教育も、王太子妃の仕事も、王太子殿下の仕事も、締め切りギリギリに渡される王太子殿下の宿題も、毎日うんざりするほど積まれる書類の山も、王太子殿下の愛さえあれば乗り越えられる……そう信じて生きてきた。
そう今日までは……。
王宮の図書室に忘れ物をした私は慌てて取りに戻った、忘れ物をしたのは図書室の奥古代文字のコーナー。
王太子妃教育の先生から明日までに古代語で書かれた歴史書を一冊翻訳するように命ぜられた。独学で翻訳するには難しい本だったので図書室に辞典を借りに行き、肝心の歴史書を図書室に忘れてきてしまったのだ。疲れていたとはいえなんたる失態。
図書室の扉を開けると夕日が差し込んでいた、他に人の気配はなく静まりかえてっていた。
本棚に忘れた歴史書を手に取り、踵を返そうとしたとき、図書室の奥から人の話し声が聞こえた。
「やっ、くすぐったい」
「ごめんよ、触り方が悪かったかな?」
聞こえてきたのは若い男女の声だった、私はとっさに本棚の影に身を隠した。
逢い引きかしら? こんな時間に人気のない図書室で逢い引きしているなんて、他人に言えない間柄なのかしら?
他人の逢瀬には興味がないので、二人に気づかれないようにその場を離れようとしたのだが……。
「これ以上はダメよデレック様、人が来てしまいますわ」
「大丈夫だよエマ、誰も来やしないよ」
聞こえてきた言葉に耳を疑った、今「デレック」に「エマ」と言わなかった? 王太子殿下とエマがなぜこんなところにいるの?
ドクドクと心臓が嫌な音を立てる。
本棚の影からそっとのぞくと、王太子殿下とエマが抱き合っていた。
心臓がズキリと痛む。
なぜ王太子殿下がエマと抱き合っているの?
婚約者である私ですら王太子殿下を名前で読んだことがないのに、なぜ婚約者の妹でしかないエマが王太子殿下を名前で呼んでいるの?
これではまるで王太子殿下とエマが婚約しているみたいじゃない。
王太子殿下はエマが私の妹だから仲良くしているだけですよね? エマを抱きしめているのにも何か理由があるんですよね? そうですよね?
二人の前に出て問いただしたかったが、体が動かない。目の前の光景を現実だと認めたくない。
震えながら二人の様子を伺っていると、二人は会話が聞こえてきた。
「エマ、君が僕の婚約者だったらどんなに良かったか」
「デレック様、私もそう思っています」
「ああ、どうして僕の婚約者は不美人な上に無愛想で可愛げのないアダリズなんだろう」
「先に生まれたというだけでお姉様がデレック様の婚約者になるんて、ずるいわ。私の方が器量がいいし、愛嬌があるし、スタイルだっていいのに! 私の方がアダリズお姉様の百倍デレック様の婚約者としてふさわしいわ!」
「僕が物心がつく前に勝手に婚約者を決めたお祖母様を恨むよ」
「亡き王太后様も成長したアダリズお姉様の顔を見たら、デレック様とお姉様の婚約を白紙に戻したかもしれませんわ」
「お祖母様も中途半端時期に死んでくれたよ、どうせなら僕が生まれる前に亡くなってくれたらよかったんだ。そうすればアダリズのようなぶさいくと婚約せずに済んだ。
もしくはお祖母様があと十年長生きしてくれたら……成長したアダリズの容姿の悪さに悲鳴を上げてアダリズとの婚約を白紙に戻し、容姿端麗なエマと婚約させてくれたかもしれない。お祖母様の孫と先代公爵の孫娘の結婚なら、僕とアダリズとじゃなくて、僕とエマでもよかったのだから」
「王太后様も間の悪いときに亡くなりましたわね」
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