46 / 131
四十六話「あなたの預言が外れるなんて珍しいですね」
しおりを挟む――謎の人物視点――
ボワアンピール帝国・帝都フォレ・カピタール・月の神殿
水晶に映し出された映像に、短く息を吐く。
「カルムは運命の相手と婚姻の約束をしたようだ」
嬉しいような、ひどく残念なような。
カルムが泣きべそをかいて帰って来たら、僕が優しく慰めてあげようと思っていたんだけど……その必要はなくなってしまった。
二人が林に消え……そこで水晶の映像は途切れた。
意地悪な神は、弟の閨を見せてはくれない。
僕も弟の情事を透き見するほど悪趣味ではない。というよりそんなものを見せられたら、弟の相手を殺してしまう。
だから二人が性行為に入る前に、水晶を透き見するのをやめるつもりだった。それを僕を好き物だとでも責めるように映像そのものを消すなんて……信用されてないな。
それはそれとして……。
「あなたの預言が外れるなんて珍しいですね」
振り返れば、部屋の中心にあった影がゆらゆらと揺れる。床まで届くウェーブした髪とローブをまとう少女の影。もっとも少女と断言はできないが。
【流れが変わった、器が同じでも中身が違うのからな当然の結果か……】
預言が外れることも彼女には想定内のことだったようだ。
「あなたの預言では、弟と運命の相手が性行為をするのは解毒治療の時、一度きりのはずでしたね」
だが実際には一度どころか、宿屋に泊まる度に共寝している。直接見たわけではないが宿に入る度に途切れる映像と、前後の会話から推測するに、毎回床を共にしていると見て間違いないだろう。
はじらい死草の治療は一度でいいはず、弟がそれを知らないはずがない。いやでもカルムだからなぁ……もしかしたらその可能性も……。あの子はちょっとぼんやりしているし……。
「母の形見精霊の祈りの指輪も、左手の薬指にはまったきり抜けなくなった」
精霊の祈りの指輪は、愛する人の指にしかはめられず、指輪をはめられた相手も、指輪をはめた相手を愛していないと抜けてしまう。
言わば愛を図るための道具。
預言では弟の運命の相手はエルガー王子を今も思い続けていて、指輪はあっさりと抜けてしまう。許可なく指輪をはめたカルムは指輪を突き返された挙げ句、平手打ちされるはずだった。
「これもあなたの言う中身が変わったことと関係が?」
二年前レーゲンケーニクライヒ国のパーティーで見たときは、表情の乏しい人形のような少年だった。
王太子のエルガーしか眼中にないと顔に書いてあるような少年。それがエルガー王子に婚約破棄されたとはいえ、短期間にこんなにも変わるものだろうか?
【……直に分かる】
まあいい、このお方に慌てた様子は見えない。
カルムが運命の相手と想いが通じようと、通じまいと計画に支障はないということか。
「シエル……いやザフィーア・アインスと呼ぶべきかな。君は知らないだろうけど、君はまだエルガー・レーゲンケーニクライヒ王子の婚約者なんだよ。それを知っても君は喜ばないだろうけど、婚約者のいる身で他の男と愛を誓うのはいかがなものかな?」
パーティー会場で「婚約破棄します」と言って婚約が解消されるほど、世の中は甘くない。あんなところで一方的に婚約破棄を宣言したら恥をかくだけだ。それが分からないなんてエルガー王子はアホなのかな?
カルムに愛されて、心変わりしてしまったザフィーアの気持ちも分かる。全ては世界一可愛い僕の弟のせいだね、罪作りだな僕の弟は。
「カルムと結婚したいなら、まずはエルガー王子との婚約を解消してもらわないとね」
僕の手にはそれぞれ別の送り主から届いた手紙が三通。高品質な紙に蝋封、高貴な相手からの手紙だとひと目で分かる。
「エルガー王子も若いね、自分の愛した相手と結婚できると思っているなんて」
もっとも神子のほうに愛があるとは思えないが。
手紙の送り主は三人、レーゲンケーニクライヒ国の国王エーアガイツと、王太子エルガーと、公爵ヴュルデ・アインス。
それぞれが使者を立て手紙を送ってきた。
「国王は王太子と神子を婚約させたくない、王太子は神子と婚約したい、親の心子知らず、子の心親知らずとはよく言ったものだね」
他国のごたごたは蜜の味とはよく言ったものだ、手紙を眺めていたら思わず口角が上がってしまった。
「だけど僕に頼むのは筋違いじゃないかな?」
レーゲンケーニクライヒ国が建国されて六百年、二十四代目の国王になるとボワアンピール帝国とレーゲンケーニクライヒ国の関係を忘れてしまうのかな?
他国の指導者が無能なのは、僕にとっては好都合だけど。
「アインス公爵からは、息子の捜索に協力してほしいという嘆願書が届いている、愛されてるねザフィーアくんは」
もっとも探している理由が、可愛い息子としてなのか、利用価値のある傀儡(かいらい)人形としてなのかは分からないが。
「ザフィーアくんはカルムが保護してるから、アインス公爵の件は解決」
アインス公爵の手紙をテーブルに置き、残り二通の手紙に目を向ける。
「エルガー王子の願いは簡単に叶うよ、神子と結婚したいなら王太子をやめればいい。王太子と神子の婚約を阻止してほしいというエーアガイツ王の願いも叶って、丸く収まるね」
神子なんて面倒なものがボワアンピール帝国にいなくて良かったよ。
水の神子、タチバナアオイ。今世紀の水の神子は随分好き勝手にやっているようだね。だけど君は王太子とは結婚できない。
「タチバナアオイくんには、自分を中心に世界が回っているように見えているのかな? でも君もレーゲンケーニクライヒ国にとっては使い捨ての駒にすぎないんだよ」
大人しく王弟と婚約していれば、もう少し我が世の春を味わえたかもしれないのに、僕と同じ時代に存在したのが不運だったね。
それがなかったとしても、水の神子に利用価値があるのは十年という短い時間なんだけど。
◇◇◇◇◇
369
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。
フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」
可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。
だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。
◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。
◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。
【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
* ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。
BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
本編完結、恋愛ルート、トマといっしょに里帰り編、完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
きーちゃんと皆の動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画
プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら!
本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
王家の影一族に転生した僕にはどうやら才能があるらしい。(完結)
薄明 喰
BL
アーバスノイヤー公爵家の次男として生誕した僕、ルナイス・アーバスノイヤーは日本という異世界で生きていた記憶を持って生まれてきた。
アーバスノイヤー公爵家は表向きは代々王家に仕える近衛騎士として名を挙げている一族であるが、実は陰で王家に牙を向ける者達の処分や面倒ごとを片付ける暗躍一族なのだ。
そんな公爵家に生まれた僕も将来は家業を熟さないといけないのだけど…前世でなんの才もなくぼんやりと生きてきた僕には無理ですよ!!
え?
僕には暗躍一族としての才能に恵まれている!?
※すべてフィクションであり実在する物、人、言語とは異なることをご了承ください。
色んな国の言葉をMIXさせています。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【完結】悪役令息の従者に転職しました
* ゆるゆ
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
透夜×ロロァのお話です。
本編完結、『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました!
時々おまけを更新するかもです。
『悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?』のカイの師匠も
『悪役令息の伴侶(予定)に転生しました』のトマの師匠も、このお話の主人公、透夜です!(笑)
大陸中に、かっこいー激つよ従僕たちを輸出して、悪役令息たちをたすける透夜(笑)
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
優秀な婚約者が去った後の世界
月樹《つき》
BL
公爵令嬢パトリシアは婚約者である王太子ラファエル様に会った瞬間、前世の記憶を思い出した。そして、ここが前世の自分が読んでいた小説『光溢れる国であなたと…』の世界で、自分は光の聖女と王太子ラファエルの恋を邪魔する悪役令嬢パトリシアだと…。
パトリシアは前世の知識もフル活用し、幼い頃からいつでも逃げ出せるよう腕を磨き、そして準備が整ったところでこちらから婚約破棄を告げ、母国を捨てた…。
このお話は捨てられた後の王太子ラファエルのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる