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八十三話「レーゲンケーニクライヒ国、国王エーアガイツ・レーゲンケーニクライヒ」①
しおりを挟むーーレーゲンケーニクライヒ国、第二十四代国王エーアガイツ・レーゲンケーニクライヒ視点ーー
余が幼い頃、祖父が口を酸っぱくして言っていた。
「水の神子様は丁重に扱い、王家の者と結婚させ親族にしなくてはならない、だが決して王太子と結婚させてはならない。国王から近からず遠からずな者と結婚させよ。出来れば不能な者がいい。神子様に子を残させてはならない」
「はい、お祖父様」
祖父は幼い頃に神子を直に見たことがあると言っていた。美しく神秘的な容姿だがどこか寂しげであったと。神子様が憂いに満ちた目をするのは、異世界から召喚され二度と故郷に戻れないためであろうと話していた。
水竜メルクーア様は十年起きて、九十年眠るという不規則な生活を送っている。
なぜかメルクーアが寝ている間は天候が安定し、起きている間は天候が乱れ雨が降らない。その天候の乱れを正すのが異世界から召喚された水の神子様なのだとずっと聞かされてきた。
余はその教えを疑うことなく信じてきた、王位に継き真実を知らされるまでは……。
そして水の神子が現れ雨を降らせたとき、水竜メルクーアの正体と、水の神子の存在意義を本当の意味で知ることになる。
聖竜とて生き物、生きていれば腹も減る。冬眠から目覚めた熊が餌を欲し凶暴化するように、水竜メルクーア様もまた生贄を欲し、天候は乱れた。
水竜メルクーアは聖竜ではなかった。そして水の神子も聖なる力を持った聖人君子ではなかった。
水の神子は水竜メルクーアに生贄を与える、いわば給餌係。
祖父がなぜ神子を王家に取り込むように言ったのか、だが決して王太子と結婚させないように言ったのか、神子に子孫を残さないようにと念を押したのか、ようやく分かった。
神子は体のいい飾りなのだ。民の前で祈り雨を降らせるパフォーマンスをさせ、民衆からの支持を得る。民の神子に寄せる思いは尊敬の念を超え、信仰心と化していた。
神子への信仰心を神子ごと取り込むために王家の者と結婚させる。
だが生贄のことが民に知られたとき、簡単に切り捨てられるように、王太子とは結婚させず、国王に近すぎず遠すぎず程よい距離にいる親戚と結婚させる。
水竜メルクーアが眠りについたとき、神子の役目は終わる。神子は王家にとって厄介者となり、表舞台から消える。
神子は諸刃の剣、万能薬でもあり毒薬にもなる。
ゆえに全ての罪を神子に押し付け婚約者(結婚相手)ごと切り捨てられるように、使えぬ王族と結婚させる。神子の子孫など、誰も望んではおらぬ。役目が終われば神子の存在自体が不要になる。
余の腹違いの弟が幼き頃に病を患い不能になったのは、本当に病であったのだろうか?
それ以来精神を病み独身を通す弟を、幽閉もせず、王位継承権も剥奪せず、表向きは皇子として生かしておいたのは、神子と結婚させるためだった。
先代の神子が召喚されたとき、水竜メルクーアが目覚めている十年の間にレーゲンケーニクライヒ国の村がいくつも消えた。国民だけでなく、我が国を訪れる旅人や芸人や商人も復活祭の度に行方不明になったと記されている。
王位に就く前、村が消えたのは雨が降らぬことで作物が取れなくなり、村人が村を捨て王都に移住したからだと教えられてきた。
確かに間違ってはいない、村人は日照りが続き畑がだめになったので自ら村を捨て、街に移住した。移住先が王都ではなく水竜メルクーアの腹の中だっただけのこと。
今の神子が異世界から召喚されて一年、昨年だけで百五十人もの民が命を落とした。今度の復活祭では三百人もの民が水竜メルクーアへ生贄として捧げられる。
十年の間にどれだけの犠牲が出るのか……。
だがもう引き返せない。建国以来六百年、我々は水竜メルクーアの加護の元、ぬるま湯に浸かって生きてきた。
水竜メルクーアの加護を失えば、建国前のように大地は荒れ、作物が取れず、民は餓死することになる。
その前に隣国ボワアンピール帝国が黙っていないだろう。
レーゲンケーニクライヒ国のような小国が独立国家としてやっていけるのは、水竜メルクーアの加護があるからだ。
水竜メルクーアがいなければ、レーゲンケーニクライヒ国などボワアンピール帝国の軍事力によって滅ぼされている。よくて帝国に併合されている。
ボワアンピール帝国にはかつて悪竜オー・ドラッへを倒し大陸に平和をもたらした新月の女神ヌーヴェル・リュンヌがついている。だが新月の女神は水竜メルクーアについて何も言ってこない。天上の神々も見てみぬふりを決め込んでいるのか、行動を起こさない。
水竜メルクーアはいわく、彼が行っている行為は神々の間ではグレーゾーンに当たるそうだ。
良い行いではないが、断罪できるほどの重罪ではないと判断され、現状放置されているらしい。
水竜メルクーアは表向き聖竜、レーゲンケーニクライヒ国の大地を潤し、民の暮らしを豊かにしている。
問題の食事も、我々人間が自ら進んで生贄を差し出している状態だ。
水竜メルクーアの正体がなんであろうと、レーゲンケーニクライヒ国の民はメルクーアにしがみついて生きていくしかないのだ。
そのために多少の犠牲は仕方ない。
後戻りできないのなら、現実を受け入れるしかあるまい。
レーゲンケーニクライヒ国の国民は百万人、王都だけで十万人。
百万の民を守るためなら、数千人の犠牲はやむを得まい。
◇◇◇◇◇
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