104 / 131
104話「対決! ヴェルテュ・ボワアンピール対カルム・ボワアンピール」
しおりを挟む「兄上、シエルは私の妻です! 例えシエルの本当の名がザフィーア・アインスだったとしても気にしません! 私はシエルを心から愛しています! シエルの過去や複雑な事情も含めて受け入れます! シエルは誰にも渡しません!!」
「ノヴァさん……!」
胸に熱いものがこみ上げてくる、涙がボロボロと溢れる……! ノヴァさんは俺の正体を知っても変わらずに俺を愛してくれた!
「ノヴァさん、ごめんね、俺本当のことを伝えてられなくて……」
「ラック・ヴィルの湖畔で共に星空を見たとき、国で罪を犯し命を狙われ逃げてきたことを話してくれた、それで十分だ!」
「ノヴァさん……!」
「ブリューム山でシエルが【ザフィーア】という名を漏らしたとき、シエルの素性をなんとなく察した」
「そうだったんですか?」
確かにあのとき【ザフィーア、お前バカだろ……】とポロッと漏らした気がする。
「レーゲンケーニクライヒ国では王族と高位貴族と同じ名前をつけることが禁じられているからな。この時代【ザフィーア】と名のつく人物はアインス公爵家の嫡男ザフィーア・アインスただ一人」
そうだったのか、家名を名乗らなくても、名前だけで素性がバレバレだったんだ。
「兄上がレーゲンケーニクライヒ国のパーティーに参加したとき、王太子の婚約者のザフィーア・アインスに会っている。兄上から聞いたザフィーア・アインスの特徴とシエルの特徴が一致していたからな」
俺が何気なく漏らした【ザフィーア】という名前からそこまで推察するなんて、ノヴァさんは名探偵だな!
「じゃあノヴァさんは俺がザフィーア・アインスだということも、王太子の婚約者だったことも知っていたんですか?」
「すまない、シエルが言いたくなさそうだったから、シエルから話してくれるまでその話には触れないでいた」
ノヴァさんの優しさに心臓がドキドキして、瞳がうるうるしてきた。
「俺が王太子の婚約者だと分かって嫌じゃありませんでしたか?」
「嫌だったさ、しかしその前にシエルから冤罪を着せられて命を狙われ国を追われた話を聞いていたから、怒りの方が強かった。シエルを傷つけるような国も王太子も神子も滅んでしまえばいい!」
ノヴァさんは俺の過去を知っても、俺に幻滅しないでくれた。俺を受け入れてくれた!
「崖から落ちたときザフィーア・アインスの心が死んで、前世の人格が目覚めたという話は想定外だったが」
「ごめんなさい、黙ってて、こんな荒唐無稽な話誰も信じないと思って……」
「私は信じる。シエルの前世の名はリンドウランだったか? 素敵な名だ」
「竜胆が姓で蘭が名です。俺前世は普通の男の子でザフィーアみたいな美少年じゃなかったから、前世の俺の姿だったらノヴァさんに一目惚れしてもらえなかったかもしれないけど」
「シエルならどんな姿でも愛する自身がある!」
「ノヴァさん……!!」
ずっと不安だった……。金髪碧眼の超絶美少年のザフィーアの体だから、ノヴァさんに愛してもらえたんじゃないかって。
俺の容姿が前世の竜胆蘭のままでも、ノヴァさんは愛してくれたのかなって。
ノヴァさんなら前世の俺の容姿もきっと受け入れてくれる、愛してくれる。俺はノヴァさんのことを信じてるから。
「私もカルム・ボワアンピールという名前と、皇子の身分を隠していた、だからおあいこだ」
ノヴァさんがそう言ってほほ笑んだ。
「ノヴァさん……! 俺もノヴァさんの身分が冒険者でも皇子様でも気にしません! 変わらずに愛します!」
「シエル……!」
見つめ合う俺たちの体を凍えるほどの冷気が襲う。振り向くと氷のように冷たい目をした皇太子が怒りのオーラを纏っていた。
「二人だけで完結されたら困るな、カルムも知ってるよね? 婚約者がいる相手との結婚は教会では認められないと」
皇太子の冷淡な声が響く。
「シエルに婚約者がいるなら、そいつを殺してシエルと結婚するまでた!!」
ノヴァさんが俺をぎゅっと抱きしめ、皇太子に向かって力強く言い切る。
「ボワアンピール帝国の皇子がレーゲンケーニクライヒ国の王太子を殺してその婚約者を奪った……なんてことになったら、ボワアンピール帝国とレーゲンケーニクライヒ国の戦争は避けられないね」
戦争というワードに、心臓がズキリと音を立てる。
「君を巡って二つの国が争い大勢の人が死ぬ、ザフィーア・アインスくんそれが君の望みかい?」
「それは……」
レーゲンケーニクライヒ国とボワアンピール帝国が戦争……?
戦争になったらいったいどれだけの人が亡くなるんだろう?
「やさしい君は二つの国の戦争なんて望まないだろう? それが分かっているのなら、君はレーゲンケーニクライヒ国に帰るべきだ。君の帰りを待ってる人がたくさんいる祖国にね」
冤罪を着せて罵倒して追い出すような国にも王太子にも公爵家にも全く未練はない。前世の記憶が戻ってから一歩も踏み入れたことのない国に愛着もない。
俺の望みはただ一つ、ノヴァさんの側にいたい!
でも俺がノヴァさんの隣にいることを選んだら戦争が……。
…………だめ……なのか。
俺がノヴァさんの側にいたいと思うのはわがままでしかないのか? レーゲンケーニクライヒ国に帰るしか道はないのか?
ノヴァさんが俺の背に回した手に力を込め「大丈夫だ」と耳元でささやく。
「冒険者のノヴァ・シャランジェールが民間人のシエルと結婚するのなら問題ないはずだ! 私はシエルを連れて国を出る!!」
ノヴァさんが凛々しい顔できっぱりと言い放つ。心臓がドキドキと音を立てる。今のノヴァさんは最高にかっこよかった!
「シエル付いてきてくれるか?」
ノヴァさんが俺に優しい眼差しを向け問いかけてくる。俺の答えはとっくに決まっている!
「もちろんですノヴァさん! ずっとずっとノヴァさんの側にいたいです!!」
「シエル!」
ノヴァさんが俺をギューッと抱きしめる。
「そういうことですので兄上、レーゲンケーニクライヒ国にはザフィーア・アインスは死んだとお伝えください!」
凛とした表情でノヴァさんが皇太子に告げる。
「それはだめだよ、せっかく帰ってきたカルムを城の外に出すなんて、僕が許可すると思う?」
皇太子が冷たく言い放つ。顔は笑っているのに目が笑ってない。氷の微笑というやつだ。背筋がブルブルと震える。
皇太子が玉座から立ち上がり、ジュストコールポケットから黒い玉を取り出した。
なんだろうあれ? すごく嫌な感じがする……体から魔力が抜けていくみたいな……。
「その原因になるものを僕が存在させておくと思っているのかな?」
皇太子のアメジストの瞳が俺を射抜く。
怖い……威圧感が半端ない、ブリューム山で戦ったキメラの比じゃない!
「シエルに手を出すというのなら、兄上でも容赦しません!」
ノヴァさんが俺を背に庇い、剣を抜く。ノヴァさんの覇気で空気がビリビリと震える。
「私がS級冒険者なのをお忘れですか? 兄上でも無傷ではすみませんよ!」
「カルムの方こそ、今宵が朔だと言うことを忘れてるんじゃない?」
皇太子が余裕のある顔で笑う。皇太子の手にある黒い玉が禍々しい光を放つ。魔力が全部吸い取られるみたいで気持ちが悪い。
「新月の日の僕は、君より強いよ!」
皇太子がクールに言い放つ。
二人の覇気がぶつかり合い風が起こる! カーテンがバザバサと音を立て、窓ガラスをガタガタと振動する!
風が渦を巻き小さなものは巻き上げられ、大きな物は倒れるかゴトゴトと音を立てて揺れていた、家の中に小型のハリケーンが出来たみたいに風が荒れ狂う!
このままじゃノヴァさんとノヴァさんのお兄さんが殺し合いのケンカを初めてしまう! 止めなきゃ!
【そこまでだ!】
ピリピリとした空気の中、頭の中に鈴を転がしたような美しい声が響く。
【二人ともいい加減にせよ!】
今の声はいったい……?
「やれやれ、水をさされたかな」
皇太子が拍子抜けしたように肩をすくめ、ポケットに黒い玉をしまう。玉から禍々しい光は消えていた。
魔力を無理やり奪われるような気持ち悪さがなくなり、ほっと息をつく。皇太子が持っているあの漆黒の玉は何だったのだろう?
「今宵は朔、あのお方をお迎えする準備もあるし兄弟喧嘩はここまでにしようか? 兄弟喧嘩で月の神殿ごと城を吹き飛ばすわけにもいかないだろ?」
S級冒険者のノヴァさんとそれに匹敵する力を持つお兄さんが本気で戦ったら、宮殿が吹っ飛ぶのか……。
ノヴァさんはまだ警戒しているのか剣を鞘に収めようとしない。
皇太子が玉座に座る。皇太子から先ほどまでの威圧感は消えていた。
「そんな怖い顔しないでカルム、日が暮れる前に身体を清めないとね。月の神殿にはもちろん来るよね? 二年振りに帰ってきたんだお兄ちゃんと一緒にお風呂に入ろうか?」
皇太子が穏やかな笑みを浮かべる。
今度は何を企んでいるのだろう? 皇太子の考えていることが読めない。
それにさっき頭の中に響いた声はいったい?
311
あなたにおすすめの小説
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
優秀な婚約者が去った後の世界
月樹《つき》
BL
公爵令嬢パトリシアは婚約者である王太子ラファエル様に会った瞬間、前世の記憶を思い出した。そして、ここが前世の自分が読んでいた小説『光溢れる国であなたと…』の世界で、自分は光の聖女と王太子ラファエルの恋を邪魔する悪役令嬢パトリシアだと…。
パトリシアは前世の知識もフル活用し、幼い頃からいつでも逃げ出せるよう腕を磨き、そして準備が整ったところでこちらから婚約破棄を告げ、母国を捨てた…。
このお話は捨てられた後の王太子ラファエルのお話です。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
流行りの悪役転生したけど、推しを甘やかして育てすぎた。
時々雨
BL
前世好きだったBL小説に流行りの悪役令息に転生した腐男子。今世、ルアネが周りの人間から好意を向けられて、僕は生で殿下とヒロインちゃん(男)のイチャイチャを見たいだけなのにどうしてこうなった!?
※表紙のイラストはたかだ。様
※エブリスタ、pixivにも掲載してます
◆4月19日18時から、この話のスピンオフ、兄達の話「偏屈な幼馴染み第二王子の愛が重すぎる!」を1話ずつ公開予定です。そちらも気になったら覗いてみてください。
◆2部は色々落ち着いたら…書くと思います
婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。
フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」
可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。
だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。
◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。
◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる