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4話「メーアト国の写本装飾師」
しおりを挟む私はメーアト国で写本師として働いています。前回の人生で公爵夫人に文字の読み書きを教わったのが役に立っている。
写本師の仕事は貴族からの依頼で、本を手で写すこと。
字が書けない人の代わりに、字を読んであげたり手紙を書いてあげたりすることもある。
収入がいいので自宅兼仕事用に小さな部屋を借りられました。
「おはよう、リア」
朝早く仕事部屋に仕事仲間が訪ねてきた。
「おはよう、ビーネ」
リアというのは私の偽名、万が一の為に本名は隠している。
「新作の売上はどう?」
「俺の絵と君が書き写した文章が合わされば鬼に金棒だよ、ヒットしない方がおかしい」
ビーネは写本装飾師だ。私の写した文章にビーネが絵やページ飾りを描き、上等な紙でカラーの表紙を作る。
ビーネが装飾した本は人気が高く、貴族のご令嬢やお金持ちの商人のお嬢さんに高値で売れている。
時折医学書や法律関係の本も書き写しているけど。医学書や法律関係の書物も高く売れるのだが難しい用語が多く、一字一句間違いなく写さなくてはいけないので気が抜けないのが難点。
やはり写本するなら物語に限る。
「リアとビーネのコンビは最強だって、巷で評判なんだけどな」
「聞いたことないわよそんな話。絵はともかく写本なんて誰がやっても同じでしょう?」
「同じじゃないよ、字にはその人の性格が出るからね。リアの字は癖がなくて、誤字脱字が少ないから貴族ご令嬢方に大人気なんだよ」
「そうなの?」
「そうだよ。リアはもっと自分に自信を持ってもいいと思うな」
自分に自信ね……そんなもの持ってもいいのかしら?
「ねえ、リア」
ビーネが急に真剣な顔をした。
「なぁに、ビーネ?」
ビーネは真空色の髪に天色の瞳、長いまつ毛、整えられた眉、きめ細やかな肌、綺麗な顔の持ち主。
思わず見惚れてしまうほどの美青年に至近距離で見つめられ、心臓がドキドキ音を立てる。
「仕事だけでなくプライベートでも俺のパートナーになってくれないかな?」
「えっ……?」
ビーネは私より二つ年上、背がスラリと高く、物腰が柔らかな好青年だ。
ビーネが難しい法律の本をスラスラ読んでいるのを見たことがある、それに彼の身のこなしは優雅で洗練されている、恐らくそれなりの教育を受けている。
やり直し前の人生で、たくさんの貴族やお金持ちの商人を見てきたので分かる。
本人は隠しているようだが、おそらくビーネは貴族の庶子かお金持ちの商人の息子。
そのビーネが私にプライベートのパートナーになってほしいと言ってるの? どうして?
ビーネは真面目に仕事をこなすし、乱暴な言葉を使わないし、紳士的だし、良い人だとは思う。
でもなんで私なの? ビーネならもっと他に良い人が見つかりそうなのに。
「聞いてもいいかしら?」
「なんだい?」
「どうして私なの?」
「君が好きだから」
「好き……?」
「リアのひたむきなところも、仕事に手を抜かないところも、健気なところも、全部好き」
ビーネの「好き」という言葉を聞いて、やり直し前の人生でユーベル様に告白された時のことを思い出した。
ユーベル様と私の出会いはアポテーケ村だった。
アポテーケ村に聖女がいるという噂を聞きつけた王太子が衛兵を引き連れ村にやってきたのが全ての始まり。
ユーベル様は初対面の時から、ただの村娘であった私に優しく接してくれた。
金色の髪に緑の目の見目麗しい王太子が私の前に跪き、
『君の全てが好きだ、結婚してほしい』
と言って私の薬指に指輪を嵌めた。
恋愛経験のなかった私は王族にプロポーズされて舞い上がってしまった。
四年後全ての罪をなすりつけられ、王太子に殺されるなど夢にも思わず、私は結婚の話を承諾した。
ユーベル様を愛していた、信じていた、大切に思っていた。
裏切られ、全ての罪を押し付けられ、ギロチン台に繋がれ首を刎ねられるまでは。
時間を巻き戻して全てをなかったことにしても、愛する人に裏切られゴミのように捨てられた心の傷は消えない。
ビーネはユーベル様とは違う、それは分かっている。
でも怖い、利用され、裏切られ、切り捨てられ、紙くずのように捨てられるのではないかと疑ってしまう。
「……少し考えさせて」
「分かってる、気長に待つつもりだよ。何年でも何十年でもね」
ビーネはそう言って儚げに笑った。
ビーネは『気長に待つ』と言ってくれたが、彼はモテる。
きっとそのうちいい人が見つかって、私のことなど忘れ……他の誰かと結婚するだろう。
ビーネが教会の祭壇の前に立ち、知らない女性のヴェールを捲る姿を想像してしまった。
そのとき私はきっと、会場の隅の席に座り幸せな二人を眺めているのね、もしかしたら式にすら呼ばれていないかも。胸がチクリと痛む……そうなったら寂しい。
誰かと付き合うのは怖い、秘密が知られてしまいそうで精神が抉られる。
でも彼の隣にいると安心するのも事実で……どうしていいか分からなくなる。
「今のまま、仕事のパートナーのままでいられないのかな」
ビーネの背を窓から見送りながらポツリと呟く。
愛していた人に裏切られるのが怖い、誰かを心から信頼出来ない。
土足で心をぐしゃぐしゃに踏み潰されるような、あんな思いは二度としたくない。
いつかこんな気持ちを乗り越えて、彼のプロポーズに笑顔で「はい、喜んで」と応えられる日が来たらいいな。
私が人を心から信頼するには、もう少し時間がかかりそうだ。
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