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9話「ビーネの過去」
しおりを挟む紅茶のお代わりを入れ、少し落ち着いた頃、ビーネが自身の生い立ちについて話し始めた。
「リアの秘密を知ってるのに、俺の秘密を話さないのはフェアじゃないよね」
知りたいビーネのことを、もっと沢山。
「俺の本当の名前は………アルフォンス・グロスマン」
名字があるということは、ビーネはやはり貴族だったのね。
「俺の母は写本装飾師だった、注文された本を貴族の屋敷に届けに行ったとき、侯爵家の嫡男だった父に出会った、二人はひと目で恋に落ちた」
ビーネには高い教養があるので貴族か商人の庶子ではないかと思っていたが、私の推測はあたっていたようだ。
「一年後、母は妊娠していることを隠し父の前から姿を消した。侯爵家に公爵家の令嬢との縁談が持ち込まれたからだ。
母は生まれ育った町に帰り女手一つで俺を育ててくれた。
母は亡くなる前に俺の父親について話してくれた。『お前の父親は偉い侯爵様だ』と『侯爵様に手紙を書いたから、私が死んだら引き取ってくれるはず、だから心配しないで』と。そう言い残して母は亡くなった。俺が七歳のときだった」
お母さんの話をするビーネは寂しそうだった。
「母の葬儀に場違いなぐらい立派な喪服を着た人がいて、その人が侯爵だった。
侯爵家は何も言わず俺の事を引き取ってくれた。母親を亡くした俺は孤児院に入るか、侯爵家に付いていくか二択しかなかった。疫病や凶作で孤児院がいっぱいだったから俺は侯爵について行くことにした。俺が意地を張り孤児院に入ることで定員がいっぱいになって、本当に身寄りのない子が孤児院に入れなくなると困るから」
ビーネは子供の頃から思いやりが深かったのね。
「侯爵家には正妻と正妻の生んだ娘がいた。二人は突然現れた愛人の子の俺を
寛大に受け入れ愛情を持って接してくれた。
読み書きや剣術は侯爵家で習った、父親はほとんど家に帰って来なかったけど継母も妹も使用人も性根の良い人たちで、とても幸せだった……あの日が来るまでは」
ビーネは辛そうに顔を歪めた。
「侯爵家は妹に婿養子を取って継がせることが決まっていた、だけど父が『侯爵家は長男のアルフォンスに継がせたい』と言い出して……それからあの家はおかしくなった」
ビーネが両手をぎゅっと握りしめた。
「妹が侯爵家を継がないと分かった途端、妹の婚約者は妹に婚約破棄を突きつけた、『侯爵家の跡取りでなくなったお前なんて用無しだ、ブス』と言って大勢の前で妹との婚約破棄をした。
妹はその日から部屋に籠もるようになって、穏やかな性格だった継母はイライラして俺に当たるようになった。そんなある日、食事に毒を盛られた」
「そんな……」
ビーネが毒を盛られたと知り、私の心臓がどくどくと音を立てる。
「一命は取り留めたけど、俺は侯爵家にいてはいけないんだと思い知った。俺が妹を不幸にしたんだと……だから名前と身分を捨てて家を出た」
「……辛かったのね」
「リアの人生ほどではないよ」
「それでビーネが家を出たあと、ご家族はどうなったの?」
「父親は妹に起きたことと継母の犯した罪を知り、自分の一存で跡継ぎを決めたことを反省したようだ。
継母は俺を本気で殺す気はなかったらしい。俺に毒を盛ったことを凄く後悔していて、長かった髪をバッサリと切ったと人づてに聞いた」
貴族の女性は美しい髪を誇りにしている、髪を伸ばしトリートメントし、より美しく見せることにこだわる。その髪をバッサリ切るのは社交界から身を引く事を意味する。
「それでも継母は自分が許せなかったらしく、国で一番厳しい修道院に入り二年間過ごしたらしいよ」
「そうだったの」
お義母様はとても反省しているのね。
「妹はしばらく家に引きこもっていたけど、妹を慰めに来た幼馴染の伯爵家の三男といい仲になり、婚約したみたいだ。
しばらくして妹の元婚約者は博打や女遊びが好きなとんでもないクズ野郎だと分かってね、縁が切れて良かったと継母も妹も喜んでるって話だよ」
「そうだったのね」
「妹と継母が不幸にならなくてホッとしてる、俺はあの人達の不幸を望んでいる訳じゃないから」
「情け深いのねビーネは」
「ありがとう」
お互いの秘密を全て話して、私たちはお互いに楽になった。
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