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第二章 夏の段
第23話 地味ぽちゃ系アラサー女子の私がイケおじ部長と大事な話をした件
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終業後、私は一人、椅子に座りぐるぐると回りながらIDバングルとにらめっこしていた。
「う~~~~~~ん……この場合、何て言えば正解なの……『今日宜しければ、夕飯ご一緒にどうですか』
……ちょっと唐突過ぎるか……?
もっと明るい感じでいってみよう……
『最近あまり話せてないですよね! 良かったらご飯行きませんか!?』
……いやいや、鬱陶しいなこれ……はぁ~~~~難しすぎる!」
文字を打っては消し、打っては消しを繰り返す。
何度も推敲するが、納得の行く言葉が見つからない。
私の中のネガティブ思考が、ずっと耳元で囁くのだ。
――――思い上がるな、と。
″イケメンをご飯に誘う″という行動が、どれだけハードルが高いかを今になって思い知った。
(また、種狛部長補佐に疑われるのも癪だし、今回は大人しく家に帰ろう)
私は書きかけのチャットを閉じ、仕事場を後にした。
* * *
カフェで適当なパンを買い、自室に戻る途中、廊下の窓際の隅に丸い物体が落ちているのを発見した。
(……何だろう)
落とし物かもしれないと、近付く。
ボール程のふさふさとした赤みがかった茶褐色の毛に覆われた謎の球体。
よくよく目を凝らすと、小さく息をするように動いている。
動物? ――眠っているのだろうか。
このまま置き去りにしていいものか悩んでいると、もぞもぞと激しく動き出し、はっきりと生き物だという事が分かった。
《ピュ――イ!!》
球体から突如謎の鳴き声が聞こえ、ぴょこっと何かが飛び出す。
「かっ! かわわっ、カワイイ~~!!」
先端が少し黒色のくちばし。
艶やかな羽毛は先程より丸みを帯び、もふもふと膨張して風船のようだ。
頭に一筋の翡翠色が走り、凛と光る。
くりりとした黒目がとても愛らしく、私をじっと見つめている。
――――どこからどう見ても、″鳥″だった。
鳥さんは私の方に興味があるらしく、くちばしで足元をツンツンとつつく。
『何か』を催促していた。
「あっ。もしかして、お腹すいてるの?」
手元にあるパンの袋の匂いに釣られたのだろう。
コクコクと頷く鳥さん。
意思疎通が図れるなんて、更に可愛い。
「じゃあ、これだったら大丈夫かな。……はい、どうぞ」
食パンの端を千切り、一口渡す。
もぐもぐと美味しそうに頬張っている。
余程空腹だったのか、ほっぺにたくさんパンを入れてしまい、ぷっくり膨れている。
「何突っ立ってんだこんなとこで。まーた迷子かよ」
ちょうどそこへ、御影さんが通りかかった。
手にはまた大袋を持っており、夕飯の買い出しの帰りだと思われた。
「違いますってば!! あっ、御影さん。この鳥さん見てください!
とっても良い子で可愛いんですよ。お腹空かせてるみたいで。ほら」
「はぁ? 鳥?
――――ちょい、見せてみ」
食事中の鳥さんの方に視線を向けると、御影さんは深いため息をついた。
「……なんだ。いつもの事だ、ほっとけ。つーか、勝手に餌付けすんじゃねぇ」
「えっ! でも……」
「お前も物好きだな。そいつの為にもその場から離れた方が良いぜ。……まぁ、見たいなら止めやしねぇけど」
「? 一体どういう――――」
《カッ!!!!!!》
「!!?? 眩し――――」
白い閃光が目の前で炸裂する。
私は耐えかねて咄嗟に両腕で顔を覆った。
目が凄まじい光に慣れた頃、恐る恐る目蓋を開くとそこには――――――
「あ。ゴメン、……お疲れ様、です。ハハハ」
「!?!?!?」
「ハハハじゃねーよ! 早く服着ろおっさん!!」
初老のイケメンおじさん――通称・イケおじが、素っ裸で私達の前に現れた。
* * *
「やぁ、面目ない。先程は失礼したね」
私達はカフェのテラス席に場所を移動した。
イケおじはきちんとスーツを着込み、非礼を詫びていた。
よくよく観察すると、鳥さんと同じ赤茶褐色の髪色に、もみあげから後頭部にかけて緑メッシュがクッキリと入っている。髪色の派手さの割には穏やかそうな印象を受ける。
″おじさん″というと少々トゲがあるが、スタイルと顔は何というか、とても良い。スマートな大人の魅力を存分に感じる。
そしてどうやら、私はそんな″イケおじ″に気軽にパンを与えてしまったらしい。
しかも、良い歳をした男性に向かって、″可愛い″だの″良い子″だの、思い返すととんでもない事を色々言ってしまい、穴があったら入りたい。
御影さんの言葉を思い出し、とても居た堪れなくなった。
「えーっと、あの、私こそ、申し訳ありませんでした……」
「いやいや。私が悪いんだ、気にしないで。
お腹が空くとあの形態になってしまうんだ。で、満たされると戻る。
君には迷惑をかけてしまって、こちらこそ申し訳ない。御影くんも、すまなかったね」
「ったくよー、予備のスーツ毎度用意するコッチの身にもなれよな。種狛にも怒られてんだろ」
「いやはや、全くその通りだ。つい仕事に夢中になると、寝食を忘れてしまってね。以後、注意するよ」
種狛……? えっ、もしかして――――
「あ、まだ自己紹介が済んでないか。神霊広報部の、嶽平です。
……こんなおじさんですが、一応部長やってます。よろしくね」
「あんまり威厳ないから、俺はいつもこんな扱いだけどよ。まぁまぁ偉いんじゃねぇの」
「部長!? えええええ!!」
このほんわか儚げでおっとりしたイケおじが、あの猛獣・種狛部長補佐の上司。
大丈夫か、神霊広報部。
というよりも、あの男の行動について、この部長は全て把握しているのだろうか。
いや――――――
この様子を見る限り、多分ノータッチなのだと判断し落胆する。
部長自体、文字通り鳥の如く飛び回るほど多忙が故に種狛部長補佐が幅を利かせているのだ。
知る由もないのは明白だった。
これは、今聞かないといけない。
私は意を決した。
「伊縄城さん、だよね。噂は色々聞いているよ。仕事熱心で評判だって」
「いえっ、そんな、私風情の人間が……あ、あの嶽平部長。すみません、一つ質問しても良いでしょうか」
「うん? 何だい?」
「部下の……種狛部長補佐って、何か、トラウマとかありますか?ちょっと、……気になる事を言われたので」
ついさっきまで和やかだった雰囲気が静かに凍る。
嶽平部長の表情が、明らかに暗く沈んだのが分かった。
「種狛に、何かされた?」
「えっ!? あ、えと、いえ……全然大した事ではないです!」
あれ?
なんで、私、はっきり真相を言えないんだろう。
部長に伝えれば、きっとすぐに解決出来るはず。
なのに、私の口は頭とは裏腹に全然違う事を言っている。
種狛部長補佐が、もしかしてあの時、私に――――
「そうなの? ……なら、安心した。
種狛は、さ。ゴメンね、伊縄城さんを差別する訳じゃないからね?
聞いたかもしれないんだけど……ニンゲンに対して、苦い経験があるんだ」
「あー、俺も知ってる。
前に一度、同期飲み会の席で隣になった時、すげーベロベロに酔ってたから好き勝手話しまくってたな。
″ニンゲンは信用するな″だの、″絶対復讐してやる″だの。あの野郎、マジでニンゲン嫌いだったんだな」
「…………えっ、ていうか、御影さんって種狛部長補佐と同期だったんですか?!」
「あぁ。全然接点ねーし、気付いたらめちゃくちゃ出世してやがるしで、同期って感覚あんまねぇけどよ」
「うーむ……そうか。
伊縄城さん、あのね。種狛の事、これだけはちゃんと伝えたいから、聞いてもらってもいいかい?」
「はっ、はい!」
「種狛は、八百万に来る以前――ニンゲンに飼われた″猫″だったんだ。
それが、何か……彼を『ニンゲン嫌いにさせる事件』があった。種狛はそれがキッカケで、物の怪・『猫又』になりかけた。
そこをどうにか食い止めて、私が八百万に連れてきたんだよ」
「う~~~~~~ん……この場合、何て言えば正解なの……『今日宜しければ、夕飯ご一緒にどうですか』
……ちょっと唐突過ぎるか……?
もっと明るい感じでいってみよう……
『最近あまり話せてないですよね! 良かったらご飯行きませんか!?』
……いやいや、鬱陶しいなこれ……はぁ~~~~難しすぎる!」
文字を打っては消し、打っては消しを繰り返す。
何度も推敲するが、納得の行く言葉が見つからない。
私の中のネガティブ思考が、ずっと耳元で囁くのだ。
――――思い上がるな、と。
″イケメンをご飯に誘う″という行動が、どれだけハードルが高いかを今になって思い知った。
(また、種狛部長補佐に疑われるのも癪だし、今回は大人しく家に帰ろう)
私は書きかけのチャットを閉じ、仕事場を後にした。
* * *
カフェで適当なパンを買い、自室に戻る途中、廊下の窓際の隅に丸い物体が落ちているのを発見した。
(……何だろう)
落とし物かもしれないと、近付く。
ボール程のふさふさとした赤みがかった茶褐色の毛に覆われた謎の球体。
よくよく目を凝らすと、小さく息をするように動いている。
動物? ――眠っているのだろうか。
このまま置き去りにしていいものか悩んでいると、もぞもぞと激しく動き出し、はっきりと生き物だという事が分かった。
《ピュ――イ!!》
球体から突如謎の鳴き声が聞こえ、ぴょこっと何かが飛び出す。
「かっ! かわわっ、カワイイ~~!!」
先端が少し黒色のくちばし。
艶やかな羽毛は先程より丸みを帯び、もふもふと膨張して風船のようだ。
頭に一筋の翡翠色が走り、凛と光る。
くりりとした黒目がとても愛らしく、私をじっと見つめている。
――――どこからどう見ても、″鳥″だった。
鳥さんは私の方に興味があるらしく、くちばしで足元をツンツンとつつく。
『何か』を催促していた。
「あっ。もしかして、お腹すいてるの?」
手元にあるパンの袋の匂いに釣られたのだろう。
コクコクと頷く鳥さん。
意思疎通が図れるなんて、更に可愛い。
「じゃあ、これだったら大丈夫かな。……はい、どうぞ」
食パンの端を千切り、一口渡す。
もぐもぐと美味しそうに頬張っている。
余程空腹だったのか、ほっぺにたくさんパンを入れてしまい、ぷっくり膨れている。
「何突っ立ってんだこんなとこで。まーた迷子かよ」
ちょうどそこへ、御影さんが通りかかった。
手にはまた大袋を持っており、夕飯の買い出しの帰りだと思われた。
「違いますってば!! あっ、御影さん。この鳥さん見てください!
とっても良い子で可愛いんですよ。お腹空かせてるみたいで。ほら」
「はぁ? 鳥?
――――ちょい、見せてみ」
食事中の鳥さんの方に視線を向けると、御影さんは深いため息をついた。
「……なんだ。いつもの事だ、ほっとけ。つーか、勝手に餌付けすんじゃねぇ」
「えっ! でも……」
「お前も物好きだな。そいつの為にもその場から離れた方が良いぜ。……まぁ、見たいなら止めやしねぇけど」
「? 一体どういう――――」
《カッ!!!!!!》
「!!?? 眩し――――」
白い閃光が目の前で炸裂する。
私は耐えかねて咄嗟に両腕で顔を覆った。
目が凄まじい光に慣れた頃、恐る恐る目蓋を開くとそこには――――――
「あ。ゴメン、……お疲れ様、です。ハハハ」
「!?!?!?」
「ハハハじゃねーよ! 早く服着ろおっさん!!」
初老のイケメンおじさん――通称・イケおじが、素っ裸で私達の前に現れた。
* * *
「やぁ、面目ない。先程は失礼したね」
私達はカフェのテラス席に場所を移動した。
イケおじはきちんとスーツを着込み、非礼を詫びていた。
よくよく観察すると、鳥さんと同じ赤茶褐色の髪色に、もみあげから後頭部にかけて緑メッシュがクッキリと入っている。髪色の派手さの割には穏やかそうな印象を受ける。
″おじさん″というと少々トゲがあるが、スタイルと顔は何というか、とても良い。スマートな大人の魅力を存分に感じる。
そしてどうやら、私はそんな″イケおじ″に気軽にパンを与えてしまったらしい。
しかも、良い歳をした男性に向かって、″可愛い″だの″良い子″だの、思い返すととんでもない事を色々言ってしまい、穴があったら入りたい。
御影さんの言葉を思い出し、とても居た堪れなくなった。
「えーっと、あの、私こそ、申し訳ありませんでした……」
「いやいや。私が悪いんだ、気にしないで。
お腹が空くとあの形態になってしまうんだ。で、満たされると戻る。
君には迷惑をかけてしまって、こちらこそ申し訳ない。御影くんも、すまなかったね」
「ったくよー、予備のスーツ毎度用意するコッチの身にもなれよな。種狛にも怒られてんだろ」
「いやはや、全くその通りだ。つい仕事に夢中になると、寝食を忘れてしまってね。以後、注意するよ」
種狛……? えっ、もしかして――――
「あ、まだ自己紹介が済んでないか。神霊広報部の、嶽平です。
……こんなおじさんですが、一応部長やってます。よろしくね」
「あんまり威厳ないから、俺はいつもこんな扱いだけどよ。まぁまぁ偉いんじゃねぇの」
「部長!? えええええ!!」
このほんわか儚げでおっとりしたイケおじが、あの猛獣・種狛部長補佐の上司。
大丈夫か、神霊広報部。
というよりも、あの男の行動について、この部長は全て把握しているのだろうか。
いや――――――
この様子を見る限り、多分ノータッチなのだと判断し落胆する。
部長自体、文字通り鳥の如く飛び回るほど多忙が故に種狛部長補佐が幅を利かせているのだ。
知る由もないのは明白だった。
これは、今聞かないといけない。
私は意を決した。
「伊縄城さん、だよね。噂は色々聞いているよ。仕事熱心で評判だって」
「いえっ、そんな、私風情の人間が……あ、あの嶽平部長。すみません、一つ質問しても良いでしょうか」
「うん? 何だい?」
「部下の……種狛部長補佐って、何か、トラウマとかありますか?ちょっと、……気になる事を言われたので」
ついさっきまで和やかだった雰囲気が静かに凍る。
嶽平部長の表情が、明らかに暗く沈んだのが分かった。
「種狛に、何かされた?」
「えっ!? あ、えと、いえ……全然大した事ではないです!」
あれ?
なんで、私、はっきり真相を言えないんだろう。
部長に伝えれば、きっとすぐに解決出来るはず。
なのに、私の口は頭とは裏腹に全然違う事を言っている。
種狛部長補佐が、もしかしてあの時、私に――――
「そうなの? ……なら、安心した。
種狛は、さ。ゴメンね、伊縄城さんを差別する訳じゃないからね?
聞いたかもしれないんだけど……ニンゲンに対して、苦い経験があるんだ」
「あー、俺も知ってる。
前に一度、同期飲み会の席で隣になった時、すげーベロベロに酔ってたから好き勝手話しまくってたな。
″ニンゲンは信用するな″だの、″絶対復讐してやる″だの。あの野郎、マジでニンゲン嫌いだったんだな」
「…………えっ、ていうか、御影さんって種狛部長補佐と同期だったんですか?!」
「あぁ。全然接点ねーし、気付いたらめちゃくちゃ出世してやがるしで、同期って感覚あんまねぇけどよ」
「うーむ……そうか。
伊縄城さん、あのね。種狛の事、これだけはちゃんと伝えたいから、聞いてもらってもいいかい?」
「はっ、はい!」
「種狛は、八百万に来る以前――ニンゲンに飼われた″猫″だったんだ。
それが、何か……彼を『ニンゲン嫌いにさせる事件』があった。種狛はそれがキッカケで、物の怪・『猫又』になりかけた。
そこをどうにか食い止めて、私が八百万に連れてきたんだよ」
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