お嬢様と執事

柊原 ゆず

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私だけのお嬢様

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 宝石のような美しい涙をドレスの袖で拭ったお嬢様は私に微笑み、安心しきった顔で私の手を握った。私は多幸感に酔いしれる。……ようやく。ようやく私の願いが叶った。

「お嬢様、では行きましょうか」
「行くって、どこに?」
「貴女のために部屋を用意しました」
「まあ!」

 お嬢様は嬉しそうに笑った。ああ、美しくも残酷なほどに鈍感なお嬢様。私は貴女をずっとずっとお慕いしておりました。





 出会いは私が六つになった頃、父親が主人へ挨拶のために私を連れて行った時のこと。フリルのついたワンピースを身に纏った可愛らしい女の子。彼女は私と目が合うと、にっこりと笑った。色とりどりの花が咲き誇る庭で笑う貴女は妖精のようで、私は一目見て心を奪われたのだった。

「彼女が西園寺 楓様だ。お前がこれから一生仕えるお方の名前だ。覚えておきなさい」

 父親に言われるまでもなく、西園寺 楓という名前を胸に刻み込んだ。決して忘れないように。

「あなた、だあれ?」

 父親が主人と話すと言って私を庭に置き去りにした。彼女は興味深そうに私に声をかけてきた。

「ぼ、僕……いえ、私は、桜木 葵です、お嬢様」
「そう、あおいっていうのね!わたしはかえで!よろしくね!」

 小さな手が差し出される。私は恐る恐るその手を取った。柔らかく小さなその手の温もりは今でも覚えている。





 お嬢様は世間知らずで、物事に鈍感だった。両親に愛され、温室のような場所で育ったのだから仕方がないが、私はいつも心配だった。彼女の父親が主催するパーティーで、彼女は夜空に光る星のように、シャンデリアの光を浴びて輝く。男達が欲の孕んだ瞳で見つめるのを、お嬢様はいつも気付かない。だから私はいつも傍にいて彼女を守った。男が声をかけようとするのを牽制した。そうして、私はお嬢様の純潔を守っていた。
 どうしたらお嬢様をもっと、より安全にお守りすることができるだろう。そう考えていた時だった。お嬢様の父親が青ざめた顔で部屋を出て行った。不思議に思い部屋に入ってみると、そこには帳簿があった。目を通すと、西園寺家は多額の借金を抱えていることを知った。もうこの家はお仕舞いだ。この家は最早温室ではなくなっていた。ならば私が新たに部屋を作ろう。彼女が安心して生きていけるような部屋を。幸い、私の両親が残した遺産がある。仕事で頂いた賃金を必要最低限にしか使っていなかったおかげで貯金も残っていた。今、これを使わずしていつ使うというのだろう。私はもうすぐ掴めるであろう未来に胸を躍らせた。





「好きな人ができたの」

 お嬢様の頬が赤く染まる。貴女の想い人ならば存じております。金に目が眩んであなたに近づいた男。そんな男に美しいお嬢様を奪われるわけにはいかない。

「彼に告白しようかなって」
「告白……」
「そうよ。望田先輩も私に優しいし、きっと私が好きなのだわ。両思いなら、早く告白して付き合いたいじゃない」
「……では、告白はいつになさるのですか?」
「そうね……。サークルで今度合宿があるから、その時にしようかしら」

 タイムリミットは一週間後。笑みを浮かべるお嬢様はとても愛らしいが、あの男に向けられたものだと思うと腹の底が煮えたぎるような心地だった。
 一つ予想外だったのは、お嬢様を売ろうとしたあの男だった。実の娘を売るとは。外道だ。欲に塗れた男達にもお嬢様は渡さない。スポットライトを浴びて輝くお嬢様は美しく妖艶であった。父親に売られたことに絶望し、黒く淀んでしまったその瞳すらも私を虜にしていた。





 お嬢様の手を引いて新居に到着する。ドアを閉めて、鍵をかければ二人だけの世界の出来上がりだ。

「ね、ねえ、葵」
「どうしました?お嬢様」
「あのね、……その、お嬢様、じゃなくて、楓って呼んでほしいの。……あっ、これは命令じゃなくて、お願いよ」

 顔を赤くさせて慌てるお嬢様……いえ、楓に笑みを浮かべる。

「ええ、分かりました。楓、愛していますよ」

 楓の顔が真っ赤に染まる。愛しさが溢れて止まらない。これで家のことも、恋をしていたというあの男のことも、もう貴女の頭には消え去ったのでしょう。もう貴女に危害を加える者は誰もいない。私のことだけを考えて、私だけを愛してください。私だけのお嬢様。

Fin.
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