幼なじみの彼女に裏切られ、親友と付き合っていたことを知ってしまったので、親友の婚約者であり幼なじみの天敵の悪役令嬢と組みたいと思います

竜頭蛇

文字の大きさ
17 / 64

雛祭

しおりを挟む

 今日は『雛祭』当日。
 制服ではなく、着物を着た女生徒の姿が見えることで今日がその日であることを意識させられる。
 着物は特に強制ではないが、『雛祭』の身代わりにするという趣旨にのとって、大概の生徒は雛人形にできるだけ姿を似せるために着物姿になる。
 他の生徒と同様に恵梨香も着物姿になっており、丈の短い桜色の振袖を着ていた。

「秋也、麻黒さん、行ってきますね」

「恵梨香、練習を思い出して頑張って」

「羽咲さん、あの女が怪しい動きをした瞬間に私の端末に連絡して頂戴」

「はい、任せてください」

 俺と麻黒さんが摩耶に対する対応策を提示しがてら激励すると恵梨香は元気よく送迎バスに乗車していく。
 麻黒さんの言葉を聞くとどこかで短い悲鳴が聞こえたが、どうやら激励のついでに摩耶に対する牽制にもなったようだ。
 できれば一日中この効果が続いてくれればいいが。

「余裕そうじゃないか、庶民。男子生徒と雛祭に参加しない女生徒はスポーツ交流会に出ることを忘れているわけじゃないよな」

 見えることのない雛祭会場に想いを馳せていると、バスケユニフォーム姿の天政くんが声を掛けてきた。
 スポーツ交流会といえども強制参加ではなく、バーベキューなどを楽しむレジャーにも参加が可能だと言うのに、まるで強制的にやらなければならないような調子だ。

「強制じゃないはずだけど」

「おやあ、そうだったかなあ? 俺は毎回参加してるからそんなこと考えたことなかったな。 そういえばお前は去年も参加してなかったな。もしかして運動は苦手か?」

 白々しいことを言って、混ぜ返してきた。
 安い挑発だ。
 乗らせて、後ろに控えているバスケ部の生徒たちと戦わせようと言う魂胆だろう。
 バスケ部の2年は幼い頃からやっている精鋭揃いだというのに、そんな無謀な挑戦を受けるわけがない。

「そういうわけじゃないけど。わざわざ参加しても面白くなさそうなのはしたくないってだけだよ」

「言ってくれるじゃないか。とっても楽しいから是非とも楽しんでくれよ」

「付き合ってられないな」

 いつまでもこんなことに付き合ってもしょうがないので、レジャー会場に行こうとすると前に天政君が前に回って通せんぼした。

「待ってよ。もうエントリーしてるって言うのにどこに行こうって言うんだ?」

「エントリー? 俺はした覚えはないんだけど」

「こっちでしてやったんだよ。選りすぐりのメンバーでな」

 天政君はもったいぶった口調をすると、ゾロゾロと4人組の男子生徒たちが現れた。
 太った生徒に、女子生徒と見紛うくらいに華奢な生徒だったりと、4人ともあまり運動をしそうな感じには見えない。

「そんなことしても大丈夫なの?」

「大丈夫だともちゃんと久保が合意の上での出場だって言ってるからな」

 流石に交流会のルールに反するのではないかと頼むと、太った男子生徒を指さして言う。

「佐藤、ごめん。俺こうしないと……」

 太った男子生徒ーー久保君は天政君を怯えた目で見ると、消え入りそうな声でそう言う。
 他の3人の男子生徒も同じような経緯でバスケのチームに組み込まれたのか、目を逸らして俯いている。
 どうやら俺がこの挑戦を受けないと彼らがただでは済まなさそうだ。
 男子生徒たちのことを考えると無理に辞退しても禍根しか残らなそうだし、この誘いに乗るしかなさそうだ。

「わかったよ。出場するよ」

「いい返事じゃないか。まあせいぜい頑張ってくれたまえ。初戦敗退が関の山だろうけどね。まぁ、教えるのが得意と噂だし、10分の間でなんとかしてみたらいいんじゃないかな」

 そう捨て台詞を言いながら、せせら笑うと天政君は踵を返してその場から去っていく。

「あら、とんだ噛ませ犬が現れたわね。 秋也、あなたの雄姿をカメラで撮っておくから、完膚なきまでに叩きのめしてね」

「そ、そうだね。期待に添えるように頑張るよ」

 一悶着あった後だが、麻黒さんは清々しいまでに平静そのものでこちらの勝利を疑っていないようだ。
 と言うよりもなぜか、上機嫌になっている気がする。

「佐藤、ごめん、もうすぐなんだ試合。そろそろ……」

「ああ、そうなんだ。どこまで行けるか、わからないけど頑張ろうか」

 とりあえず、時間も押しているので、麻黒さんの上機嫌の理由について考えるのは保留にして、コートに向かう。


 ーーー

『雛祭』のために用意された施設には和服姿の令嬢たちが幾人も押し入り、黙々と作成に取り組んでいる。
 皆選ぶことにまず苦労しており、ほとんどのものがまだ作成に入る前の段階にいる中で恵梨香はすでに雛人形の作成に取り組んでいた。
 その手に迷いはなく、耐久力を上げるために気をつけるべきところ、秋也に気づかせるために工夫をするべき箇所を全て忘れることなく、余すところなく処理していく。
 これは秋也に対する気持ちと天政への気持ちの答えを恵梨香が出したことで、迷いがなくなったことで出せる速さだった。
 迷いがあった前回の練習の倍以上の速度は優に出ている。
『雛祭』のここ一番で彼女は最高潮に達していた。
 いの一番に雛人形を作れることは、川で見つけるさい、一番先頭にあるため発見しやすく、さらに作った順に雛人形は流されていくので、前方とぶつかり、雛人形のパーツが欠ける危険性が減るため大きなアドバンテージがあった。
 一番先に作ったものが、この『雛祭』を制すると言っても過言ではない。

 つまりこの場において、早くも完成間近である恵梨香はこのイベントに対する王手をかけつつある状態にあった。

「出来ました」

 そして今まさに彼女は王手をかけた。





 






 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

嘘からこうして婚約破棄は成された

桜梅花 空木
恋愛
自分だったらこうするなぁと。

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。 - - - - - - - - - - - - - ただいま後日談の加筆を計画中です。 2025/06/22

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ふたりの愛は「真実」らしいので、心の声が聞こえる魔道具をプレゼントしました

もるだ
恋愛
伯爵夫人になるために魔術の道を諦め厳しい教育を受けていたエリーゼに告げられたのは婚約破棄でした。「アシュリーと僕は真実の愛で結ばれてるんだ」というので、元婚約者たちには、心の声が聞こえる魔道具をプレゼントしてあげます。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

処理中です...