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第4話
しおりを挟む「あのぉ……」
「おぅ、なんだ?」
「……たいっへん、申し訳ないんですが」
「ああ」
「もう少し離れてもらってもいいですか!!!」
柚希が初めて翔太の家へ派遣されてから、一週間が経っていた。
あの日は、あれから事務所に戻ると真っ先に社長へ詰め寄り、担当を替えるよう懇願した。
でもクライアントの希望が第一のサービス業で、社長が首を縦に振るわけもなく、結局、柚希はそのまま翔太の担当を続けることになってしまっていた。
(…………どうしよう……)
こんなことを親友である里菜に相談しようものなら、きっと面白がってあれこれ言ってくるに違いない。
それに、この仕事には守秘義務がある。
クライアントの情報や仕事の内容は、家族にさえいっさい話すことが出来ない。
「……そうよ。あんなの、始めから相手にしなきゃいいのよ」
悩み抜いた柚希は、ひとまず対策として仕事に専念することにしたのだが。
「だーかーらー、お掃除の邪魔なんです!」
柚希は、どこへ行くにも掃除機の後ろからついてくる翔太に、ついに声を上げた。
「んな気にすんなよ」
(気になるに決まってんでしょ!)
まったく悪びれない翔太に、柚希は頭が痛くなってくる。
「それより、その掃除機どうだ?」
「どうって……」
柚希はそう聞かれて、自分がいま使っている掃除機を見ながら首を傾げた。
これと同じようなものは、確か深夜の通販番組で観たことがあるだけで、実際に使うのは初めてだ。
「……使い、やすいとは……思いますけど」
「だろ? 一番使いやすそうなの選んだんだ」
(…………選んだ?)
「感謝しろよな」
そう言って柚希の頭をくしゃくしゃと乱暴に撫でると、翔太がようやく自分のそばから離れてくれた。
柚希は乱れた髪を直しながら、しばらく翔太の言葉の意味を考えた。どうやらこの掃除機は、自分のために買ってくれたらしい。
そんな翔太の行動が不覚にも嬉しくなって、柚希は困ったように笑った。
(それにしても…………)
「この部屋、いままで掃除機なかったのか……」
どおりで先週片づけたはずなのに、今日もまた盛大に散らかっているはずだ。
柚希は大きくため息をつくと、再び念入りに掃除機をかけ始めた。
「なぁ、腹減ったんだけど」
「っ!」
部屋中に掃除機をかけ終わり、シーツやバスタオルなどのリネン類を洗濯機に放り込んでいると、いつのまにか翔太が後ろに立っていた。
しかもいきなり耳元でそう囁かれて、柚希は思わず耳を塞いでしまった。
MAINSの中で、一番声が低いといわれる翔太。
低くてよく通るその声は、日頃から潤也に熱を上げている柚希も嫌いではなくて。
「なぁってば」
意識すればするほど真っ赤になってしまった。
そんな柚希の様子に気づいたのか、翔太がからかうように洗濯機と自身の間に柚希を閉じこめた。
両側に手を置かれてしまえば、振り返ることも逃げることも出来ない。
まるで後ろから抱きしめられそうな体勢に、柚希は固まってしまった。
(ち、近いっ!)
「……ど、どいてください」
「なんか作ってよ」
「け、契約は部屋の掃除と洗濯だけで、炊事は入ってません!」
(だいたい、部屋で料理はしないって書いてあったじゃないの!)
「気が変わった」
「はぁ?」
思わず翔太を睨みつけそうになったが、この距離で振り返ったら何かとんでもないことが起こりそうだ。
「……っ、…………契約外です」
つい乱暴になりそうな口調をこらえてそう言えば、翔太が小さく笑ったような気がした。
次の瞬間、首筋に相手の息を感じる。
「……柚希……」
「ひっ!!!」
耳に息を吹きかけるように自分の名前を囁かれて、柚希はビクリと身体が震えるのがわかった。
しかも、すぐ後ろにいる翔太から男物の香水の香りがして、いっそう心臓が早くなる。いつも微かにしかわからないその香りが、こんなに近いととても強く香ることに、柚希は初めて気がついた。
(いい匂い…………くらくら……する……)
柚希は、半分ぼぉっとしている頭を持て余していると、さらに翔太が囁いた。
「俺はどっちでもいいんだけどな。飯でも、あんたでも」
一気に体温が上がったのがわかった。
なんだかいいようにからかわれているのが悔しくて、柚希は唇を噛みしめた。
「……はなして、ください」
「んー?」
「っ、ご飯作りますから!」
(だから早くそこからどいてくださいってば!!)
なぜ自分が翔太からこんな風にからかわれなければならないのか。
やっと解放してくれた翔太の後ろ姿を見ながら、柚希は首を傾げた。
その日、翔太の部屋で作れたものは、ごく簡単なものばかりだった。
料理をほとんどしないという言葉通り、キッチンには食パンと貰い物の果物が少し置いてあるだけで、立派な冷蔵庫にいたっては牛乳と残りわずかなウィンナー、そして辛うじて卵のパックが未開封のまま入れてあるだけだった。
他に食料らしい食料は見当たらない。
「や、これでも今日は入ってる方だからな」
当たり前のようにそう言う翔太に頭が痛くなったが、さすがに芸能人をお使いに出すわけにもいかず、柚希はなんとかいまある食材で出来るものを作ることにした。
「おぉ、すげぇ!」
柚希が即席で作ったものは、シンプルなフレンチトーストとウィンナーソーセージのコンソメスープだった。
半分固まりかけた砂糖と、いつ買ったのかわからないコンソメのキューブを使ったのだが、それでも上出来の味だ。
翔太が嬉しそうにそれらを頬張るのを見て、柚希はほっと胸を撫で下ろした。
ずっと父子家庭で育ってきた柚希にとって、料理はもちろん家事全般は得意分野だった。学歴はないが、これなら自信がある。
(…………それにしても、ホントおいしそうに食べるなぁ……)
せっせとフレンチトーストを口の中に運ぶ姿は、どこか小動物のように可愛かった。
「美味かった! ごちそうさん」
あっという間に食べて終わってしまった翔太が、満足そうに手を合わせた。
「……ちゃんと食材を用意してくれれば、もっとマシなものが作れます」
柚希が思わずそう呟くと、わかったと頷いた翔太が眩しそうに笑った。
初めて見るその表情に、柚希は自分の胸が高鳴ったような気がした。
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