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真坂 深頼 1
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「………………エッ?」
僕は思わずその言葉を疑った。
それをよもや僕に向けて発言するなんて有り得ないと、
僕じゃ届かない位置にいると思っていた。
「だから、私の恋人役をやって欲しいの。」
それは紛れもなく自分に向けられた彼女からの言葉だった。
「ぼ、僕と?」
「カタリくんってさレン君と仲が良いでしょ?だから、きみを見立てて練習相手になってくれないかなって。」
「仲を取り持つって事じゃなくて?」
「それはそれでお願いできたらしたいけど、私ってかなり真面目な性格でしょ?だから練習が必要なのよ。」
「れ、練習なんて要らないと思うよ。そのままの気持ちを伝えたら良いんじゃ無いかな?」
はっきり言って嬉しかった。
それこそ、僕にしてみれば月並の言葉だが、天にも上るくらいにそれは嬉しかった。
でも、だからなのかもしれないが。
いや、それはとっても嬉しい。だけど。
僕で良いのか?って、疑問が湧き上がった。
それはずっと高嶺の華であると自分の中に決めつけていた節があったからかもしれない。
だから、半ば冗談なんじゃないかって思い始めていた。
悪い癖だ。
「だから言ったでしょ?私はこういうことはしっかりやりたいの。人生で多分こんな経験は一度きりだと思うから。それに彼の身近にいて、一番彼をよく知っているキミになら色々アドバイスが聞けるかもしれないから。
それに、キミは私の唯一の親友だしね。
だからお願い!」
彼女が可愛らしく”お願いのポーズ”をして見せた。
僕は彼女と話せた、ただそれだけで堪らなく嬉しいというのにも関わらずに彼女のそんな可愛らしさを見せられてしまったらそれに反したら何かを損する気がする。
僕は必死に顔が赤らんでいくのを隠す為に、
口元を右手で覆い隠し、さも悩んでいるような(実際はそれほど悩んでない。ドキドキしているだけ)ポーズをして見せた。
そして、ようやくというか潔く一つの答えを導いた。
「分かったよ。協力する。僕で良かったら。」
「……え、本当に!?やった~!!」
彼女は両手を高く上げて喜びを表していた。
それを見て僕は何とも言えない気持ちになった。
そもそも、僕は彼女を知ったのはだいぶ前の話になる。
あれは僕が小学生四年生ぐらいだったろうか。
仲間と別れた後、公園で一人泣いていた少女を見かけ僕は立ち止まったのだ。
見ればその少女は僕とさほど歳は変わらなかった。
その時は確認しては居なかったが、憶測で言ったなら多分僕と同学年では無いかと思う。
一人でブランコを揺らし涙ぐむ姿を今でも思い出す。
僕はその時は「こんな所で何をしているんだろう?」という感情と共に「何故泣いているんだろう?」という疑問にも似た感情が湧いていた。
それが僕を、泣いている彼女の元へと歩みを運ばせるきっかけになったのは言うまでも無いと思う。
近くまで来たとき。もう既に彼女の座っているブランコの前まで来ていたとき。
僕は一瞬関わるのをやめようか、と思い始めた。
それは単なるプライベートに踏み込もうとする気持ちに嫌気がさしたわけでは無い。
そもそも小学生がそんな大層な事を考えるはずが無い。
だが、疑問を払拭してしまいたい気持ちはあった。
と、不意に彼女がその顔を上げた。
おさげの髪が良く似合う可愛らしい少女だった。
頬を赤らめ、長いこと泣いていたんだろう、目が赤く充血してしまっていた。
だが綺麗な澄んだ瞳をしていたのを良く覚えている。
僕は数分の間言葉を失ってしまったが、
次の瞬間にはキッチリとした第一声を出していた。
「なんで…、泣いているの?」
だが、彼女はただ僕を見上げるだけで何も語ろうとはしない。
なおも僕は言葉を繋げた。
「僕で良かったら話を聞いてあげるよ。どうかしたの?」
この行動力のよさは今の自分も見習うべきかもしれない。
子供とは恐ろしいもので、明らかに大人が話したらナンパの常套句になりかねないその一言をさも平然と喋り出す。
だけど、彼女はやはり無言のままだった。
しまいには下を向いてしまった。
僕はさすがにマズイことを言ってしまったのか、と思った。
とりあえず僕は彼女の今座っている横のブランコに腰を下ろした。
何故隣に腰掛けたかは分からない。
気まずさが相まって通常では決してしない行動を取ってしまったのだと思う。
だが、彼女はそれに応じてくれたようだった。
「………また、友達ができなかった。」
「………また?」
彼女は頷いた。
「………私、いつもお母さんの仕事で引越しばっかりするんだけど。そういうときって友達、作るの難しいんだ。
毎回毎回失敗して、毎回毎回どうしようもなく悲しくなる。そうしてまたお母さんの仕事の都合で引っ越すの。それをずっと繰り返してる。」
「…………………。」
「励ましに来たの?なら、いつもの事だから大丈夫。」
そう言った彼女の瞳からまた涙がこぼれ落ちた。
見ているこっちももらい泣きをしてしまいそうだ。
「元気になってないなら励ます意味が無いよ。僕はキミが気になってそのついでにもう泣かないように励ませたらなって思って来たんだから。悲しいこと言わないでよ。」
「……何で?私はもう大丈夫だよ?」
「そんなに目を真っ赤にして何処が大丈夫なんだよ。」
「………こ、これは別になんでも無い!」
「さっき、お母さんの仕事で引越しばっかりするって言ってたけどさ。前の友達とかと連絡を取り合ったりとかはしないの?手紙とか携帯のメールとかさ、なんかしら連絡取れたら寂しく無いじゃんか。」
「………出来たなら、苦労しないよ。」
「………?携帯電話、持ってないの?」
「あるよ。あるけど、そんなんじゃ無いから。簡単にメールアドレスを教えて貰って話をするなんて、出来ない」
僕はニヤリとした。
「ははぁ、わかった。つまりシャイなんだな?」
「し、シャイじゃないもん!」
「だって、聞けないんだろ?ならシャイだ。」
「わ、わわ私が人見知りだって言いたいの!?」
「あ、自白したな?今人見知りって言ったでしょ?」
一瞬にして彼女の顔は茹でたタコのように真っ赤になった。
僕はとことんからかい尽くしてかなりこの状況を楽しんでいた。
「ならさ。」
彼女が不意に僕の方へ振り向く。
風に彼女の髪がたなびく。
「僕が君の親友第1号になるよ。引越しても忘れないように手紙とかやり取りしようよ。どう?悪く無いと思うけど。」
「親友に?あなたが?」
「な、何だよ?なんか変な事言ったか?」
「ふふ、別に大したことじゃ無い。うん。じゃあ今から私はあなたの親友になってあげる。」
「なってあげるって、なんか引っかかるけどまあ良いか」
彼女の笑顔を見れた。
それを達成出来たなら他のことなんかどうだっていい。
その日から僕たちはお互いに会ってその日の1日に何があったか話をするようになった。
彼女も僕と初めて会った日からだいぶ変わったみたいで、
気がつけば友達がたくさん出来たらしい。
それを聞いて僕は一安心した。
彼女の為の生きる世界を作ってあげられた、
ただ、それだけで僕の平凡な毎日は変わっていくようなそんな気がしたんだ。
会って色々な話をキラキラした表情で話してくれる彼女を見て、僕はそう考えた。
だけど、或る日のことだった。
彼女は突然、引っ越すことになった。
「ごめんね。せっかく親友になれたのに。」
いつもの公園。いつものブランコで2人並び、彼女はそう僕に告げた。
やけに淋しげな表情をしていた。
でも、僕らは親友だから、連絡を取り合うやり方はいくらでもあるよと、そう言おうとした。
言おうと、した、が言葉には出来なかった。
「手紙、出すから。忘れない為に。ずっと親友でいられるように。手紙出すから。」
彼女からそんな言葉を聞けるなんて珍しいなと思った。
それは離れていても親友だという彼女なりの配慮なんだと後から理解した。
その時の僕はただ、無言をつき貫き、時折頷きながら彼女の言葉を静かに聴いていた。
まるで説明するかのような彼女の言葉は僕の脳裏に深く印象に残らせていた。
「僕も出すよ。君をまだ忘れたくは無いから。」
彼女は不意に答えた僕の言葉に驚いた顔をしていたが、
次の瞬間にはそれが優しい微笑みに変わった。
僕も精一杯の笑顔を交わしてみせる。
この時の僕の笑顔はかなり無理したものだと思う。
また、退屈な毎日に戻らなければならないから。
また、彼女の居なかったあの毎日に戻らなければならないから。
だから精一杯のつくった笑顔だ。
けれど涙は決して見せはしなかった。
「うん。約束ね。」
彼女は僕に右手の小指を差し出した。
僕も彼女に左手の小指を差し出した。
そしてそのまま指切りげんまんを交わした。
それは、約束。
忘れることはできない遠い日の約束。
それから、しばらくして。
僕は高校へ進学した。
この鳳仙市内で唯一の高校であり、学力が優秀な生徒が多いと言われている「鳳仙高校」に。
他の仲間はみんな他の市の高校へ行ったみたいだ。
それぞれの夢をかなえるためだろう。
それに対しては僕は何とも思わない。
だけど、僕は夢を持ってなかった。
なりたいものも見つけられず、勉強に明け暮れて、ただ毎日を何事もなく過ごしていた。
少し前に友人の1人だった黒川 輝将(くろかわ てるまさ)からメールが来た。
それは夢だった警察官学校に入ったという吉報だった。
僕はそれを聞いてとても嬉しかった。
だけどどうしても今の自分を引き合いに出してしまう僕がいた。
そんな折に僕は久方ぶりに彼女に会った。
屋上で校門の長い道に咲く桜の木を見ていた時に、隣にいつの間にか誰かがいる事に気がついた。
それが彼女、真坂 深頼(まさか みより)だった。
髪型以外はあの日見た容貌と何一つ変わらなかった。
髪は、おかっぱからブロンドのツインテールになっていた。それ以外は特には変化は無い。
「相変わらず、遠くを見つめるのが好きなんだね。」
「まあね。そっちも全く変わって無いね。」
「髪型は変わっちゃったけどね。それに、私。生徒会の副会長に立候補したんだ。1年生から生徒会のメンバーになるのは本校始まって以来のことらしいよ。」
「へえ、そうなんだ。」
相変わらず僕は大した相づちは打てなかった。
でも彼女はそれを全く指摘しないどころか、親友である僕との会話を楽しんでいるようだった。
僕も彼女に会えた、それだけでたまらなく嬉しかった。
そして、今ならあの日から抱いていたこの思いを打ち明けることができると思っていた。
「あ、あのさ……」
「励ましてね。」
「えっ……?」
「また前みたいに、私を励まして。そうすればまた、頑張れる気がするから。」
「…………う、うん。分かった。」
「じゃ、私ちょっと急用があるから行くね?話せて良かった。」
「あ、うん。また…………ね。」
最後の言葉は言い淀んだ。
だが、言う必要はなかった。
いつかは、僕の意思を伝えることができる日が来ると思っているから。
彼女は生徒会の選挙で多くの票を獲得し、無事生徒会の副会長に任命された。
彼女の言う通り1年生から生徒会のメンバーに入ったのは、学校創立から数えても彼女だけだった。
壇上に上がり演説をしている彼女を見ていると、あの頃の彼女とはやはりだいぶ違うと気付かされた。
まだ彼女が覚えていてくれていたことが救いだった。
ただ、僕の中にある彼女への想いはきっと届かないだろう。
高嶺の花というものだ。
近くには居るが、その存在自体は遠い。
その曖昧な線引きも僕にしてみればもどかしい。
だから、僕はただ彼女と昔の幼かった彼女の姿を重ね合わせることしかできなかった。
其れが僕”四乃原 語”が唯一出来たことだった。
だが、今彼女はあまりにも驚愕すぎる言葉を吐いた。
「私の恋人役になって。」
彼女が唯一の親友である僕に言った、僕を信頼した上での言葉だった。
僕は思わずキョトンとしたが、一つの答えを導いた。
そうして僕らは晴れて仮ではあるが恋人同士になった。
それは願ってもいないことだし、それを言われたその後にはいつもの馴染みの公園で思い切り声が枯れるぐらいの勢いで叫んだのもまた事実だった。
仮でも良かった。いや、敢えて言ったなら仮の方が良かったんだ。
この状況を利用して彼女に自分の想いを伝えることができるからだ。
『へえ、良かったな。何なら俺がいくらかアドバイスでもしてやろうか?』
僕はこの事を友人の1人である洲条 裕市に話した。
彼は昔からの顔馴染みで将来は優秀な記者になりたいと話してくれた真面目な男だ。
歳は僕とは対して変わらないが、それでもたくさんの事を知り尽くしている裕市は僕にとって一種の憧れの対象だった。
「いや、要らないよ。それに本当の恋人同士じゃないんだ。ただの”ごっこ”だ。でもまあ、僕はそれでも満足はしているけどね。」
「欲がないからなお前は。この機会に彼女ともっと親密になって、いつかは本当の恋人同士になろう、とか思わないところがまたなんともお前らしいよ。」
なかなか鋭い。
僕が考えていた事をズバリと当ててきた。
「彼女が好きなのは僕じゃなくてレンだからさ。僕は端から相手にはされてないんだよ。」
「レンって確かお前のクラスの奴だったな?」
「そう。僕の新しい友人の1人でもあるよ。それがどうかしたの?」
「いや。新しい環境に馴染めてないと思ったら、そうか。お前も変わったもんだな。」
「僕の親みたいな事を言うね。まあ、変わらないといけないってずっと思ってたからさ。」
「そっか、なんかホッとしたよ。俺の方はまた相変わらずって感じなんだがな。あ、そうだ。」
「ん?どうかした?」
「お前、あの人覚えてるか?”榊 凌牙(さかき りょうが)”って人。」
「覚えているも何も僕らの小学校の時の担任だったじゃないか。1年ぐらいしか居なかったけどさ。」
確か、親族か誰かが不祥事を起こしたから教師を辞めたとか何とか聞いたことがあった。
最もそれは小学校のころの話だし、何よりも”あいつ”が起こした事件の影響で、そんなことは完全に影に隠れてしまっていた。
「それがどうかした?」
「いや、ちょっとばかり覚えてるかどうか訊きたかっただけだ。大したことじゃないから。」
何だか気にかかる。
気にすることでは無いと言われればそれは尚更に。
「ま、とにかく頑張れよ。後でどうなったか訊くからな。」
「お前楽しんでるわけじゃ無いよな?」
「そんなこと……まあ、ちょっとな?」
「ったく、真面目なのか不真面目なのかよく分かんないよなお前は。」
「至って大真面目だよ。じゃ、そろそろ切るな?」
「ああ。また後でな。」
僕らはそうして通話を終えた。
僕は思わずその言葉を疑った。
それをよもや僕に向けて発言するなんて有り得ないと、
僕じゃ届かない位置にいると思っていた。
「だから、私の恋人役をやって欲しいの。」
それは紛れもなく自分に向けられた彼女からの言葉だった。
「ぼ、僕と?」
「カタリくんってさレン君と仲が良いでしょ?だから、きみを見立てて練習相手になってくれないかなって。」
「仲を取り持つって事じゃなくて?」
「それはそれでお願いできたらしたいけど、私ってかなり真面目な性格でしょ?だから練習が必要なのよ。」
「れ、練習なんて要らないと思うよ。そのままの気持ちを伝えたら良いんじゃ無いかな?」
はっきり言って嬉しかった。
それこそ、僕にしてみれば月並の言葉だが、天にも上るくらいにそれは嬉しかった。
でも、だからなのかもしれないが。
いや、それはとっても嬉しい。だけど。
僕で良いのか?って、疑問が湧き上がった。
それはずっと高嶺の華であると自分の中に決めつけていた節があったからかもしれない。
だから、半ば冗談なんじゃないかって思い始めていた。
悪い癖だ。
「だから言ったでしょ?私はこういうことはしっかりやりたいの。人生で多分こんな経験は一度きりだと思うから。それに彼の身近にいて、一番彼をよく知っているキミになら色々アドバイスが聞けるかもしれないから。
それに、キミは私の唯一の親友だしね。
だからお願い!」
彼女が可愛らしく”お願いのポーズ”をして見せた。
僕は彼女と話せた、ただそれだけで堪らなく嬉しいというのにも関わらずに彼女のそんな可愛らしさを見せられてしまったらそれに反したら何かを損する気がする。
僕は必死に顔が赤らんでいくのを隠す為に、
口元を右手で覆い隠し、さも悩んでいるような(実際はそれほど悩んでない。ドキドキしているだけ)ポーズをして見せた。
そして、ようやくというか潔く一つの答えを導いた。
「分かったよ。協力する。僕で良かったら。」
「……え、本当に!?やった~!!」
彼女は両手を高く上げて喜びを表していた。
それを見て僕は何とも言えない気持ちになった。
そもそも、僕は彼女を知ったのはだいぶ前の話になる。
あれは僕が小学生四年生ぐらいだったろうか。
仲間と別れた後、公園で一人泣いていた少女を見かけ僕は立ち止まったのだ。
見ればその少女は僕とさほど歳は変わらなかった。
その時は確認しては居なかったが、憶測で言ったなら多分僕と同学年では無いかと思う。
一人でブランコを揺らし涙ぐむ姿を今でも思い出す。
僕はその時は「こんな所で何をしているんだろう?」という感情と共に「何故泣いているんだろう?」という疑問にも似た感情が湧いていた。
それが僕を、泣いている彼女の元へと歩みを運ばせるきっかけになったのは言うまでも無いと思う。
近くまで来たとき。もう既に彼女の座っているブランコの前まで来ていたとき。
僕は一瞬関わるのをやめようか、と思い始めた。
それは単なるプライベートに踏み込もうとする気持ちに嫌気がさしたわけでは無い。
そもそも小学生がそんな大層な事を考えるはずが無い。
だが、疑問を払拭してしまいたい気持ちはあった。
と、不意に彼女がその顔を上げた。
おさげの髪が良く似合う可愛らしい少女だった。
頬を赤らめ、長いこと泣いていたんだろう、目が赤く充血してしまっていた。
だが綺麗な澄んだ瞳をしていたのを良く覚えている。
僕は数分の間言葉を失ってしまったが、
次の瞬間にはキッチリとした第一声を出していた。
「なんで…、泣いているの?」
だが、彼女はただ僕を見上げるだけで何も語ろうとはしない。
なおも僕は言葉を繋げた。
「僕で良かったら話を聞いてあげるよ。どうかしたの?」
この行動力のよさは今の自分も見習うべきかもしれない。
子供とは恐ろしいもので、明らかに大人が話したらナンパの常套句になりかねないその一言をさも平然と喋り出す。
だけど、彼女はやはり無言のままだった。
しまいには下を向いてしまった。
僕はさすがにマズイことを言ってしまったのか、と思った。
とりあえず僕は彼女の今座っている横のブランコに腰を下ろした。
何故隣に腰掛けたかは分からない。
気まずさが相まって通常では決してしない行動を取ってしまったのだと思う。
だが、彼女はそれに応じてくれたようだった。
「………また、友達ができなかった。」
「………また?」
彼女は頷いた。
「………私、いつもお母さんの仕事で引越しばっかりするんだけど。そういうときって友達、作るの難しいんだ。
毎回毎回失敗して、毎回毎回どうしようもなく悲しくなる。そうしてまたお母さんの仕事の都合で引っ越すの。それをずっと繰り返してる。」
「…………………。」
「励ましに来たの?なら、いつもの事だから大丈夫。」
そう言った彼女の瞳からまた涙がこぼれ落ちた。
見ているこっちももらい泣きをしてしまいそうだ。
「元気になってないなら励ます意味が無いよ。僕はキミが気になってそのついでにもう泣かないように励ませたらなって思って来たんだから。悲しいこと言わないでよ。」
「……何で?私はもう大丈夫だよ?」
「そんなに目を真っ赤にして何処が大丈夫なんだよ。」
「………こ、これは別になんでも無い!」
「さっき、お母さんの仕事で引越しばっかりするって言ってたけどさ。前の友達とかと連絡を取り合ったりとかはしないの?手紙とか携帯のメールとかさ、なんかしら連絡取れたら寂しく無いじゃんか。」
「………出来たなら、苦労しないよ。」
「………?携帯電話、持ってないの?」
「あるよ。あるけど、そんなんじゃ無いから。簡単にメールアドレスを教えて貰って話をするなんて、出来ない」
僕はニヤリとした。
「ははぁ、わかった。つまりシャイなんだな?」
「し、シャイじゃないもん!」
「だって、聞けないんだろ?ならシャイだ。」
「わ、わわ私が人見知りだって言いたいの!?」
「あ、自白したな?今人見知りって言ったでしょ?」
一瞬にして彼女の顔は茹でたタコのように真っ赤になった。
僕はとことんからかい尽くしてかなりこの状況を楽しんでいた。
「ならさ。」
彼女が不意に僕の方へ振り向く。
風に彼女の髪がたなびく。
「僕が君の親友第1号になるよ。引越しても忘れないように手紙とかやり取りしようよ。どう?悪く無いと思うけど。」
「親友に?あなたが?」
「な、何だよ?なんか変な事言ったか?」
「ふふ、別に大したことじゃ無い。うん。じゃあ今から私はあなたの親友になってあげる。」
「なってあげるって、なんか引っかかるけどまあ良いか」
彼女の笑顔を見れた。
それを達成出来たなら他のことなんかどうだっていい。
その日から僕たちはお互いに会ってその日の1日に何があったか話をするようになった。
彼女も僕と初めて会った日からだいぶ変わったみたいで、
気がつけば友達がたくさん出来たらしい。
それを聞いて僕は一安心した。
彼女の為の生きる世界を作ってあげられた、
ただ、それだけで僕の平凡な毎日は変わっていくようなそんな気がしたんだ。
会って色々な話をキラキラした表情で話してくれる彼女を見て、僕はそう考えた。
だけど、或る日のことだった。
彼女は突然、引っ越すことになった。
「ごめんね。せっかく親友になれたのに。」
いつもの公園。いつものブランコで2人並び、彼女はそう僕に告げた。
やけに淋しげな表情をしていた。
でも、僕らは親友だから、連絡を取り合うやり方はいくらでもあるよと、そう言おうとした。
言おうと、した、が言葉には出来なかった。
「手紙、出すから。忘れない為に。ずっと親友でいられるように。手紙出すから。」
彼女からそんな言葉を聞けるなんて珍しいなと思った。
それは離れていても親友だという彼女なりの配慮なんだと後から理解した。
その時の僕はただ、無言をつき貫き、時折頷きながら彼女の言葉を静かに聴いていた。
まるで説明するかのような彼女の言葉は僕の脳裏に深く印象に残らせていた。
「僕も出すよ。君をまだ忘れたくは無いから。」
彼女は不意に答えた僕の言葉に驚いた顔をしていたが、
次の瞬間にはそれが優しい微笑みに変わった。
僕も精一杯の笑顔を交わしてみせる。
この時の僕の笑顔はかなり無理したものだと思う。
また、退屈な毎日に戻らなければならないから。
また、彼女の居なかったあの毎日に戻らなければならないから。
だから精一杯のつくった笑顔だ。
けれど涙は決して見せはしなかった。
「うん。約束ね。」
彼女は僕に右手の小指を差し出した。
僕も彼女に左手の小指を差し出した。
そしてそのまま指切りげんまんを交わした。
それは、約束。
忘れることはできない遠い日の約束。
それから、しばらくして。
僕は高校へ進学した。
この鳳仙市内で唯一の高校であり、学力が優秀な生徒が多いと言われている「鳳仙高校」に。
他の仲間はみんな他の市の高校へ行ったみたいだ。
それぞれの夢をかなえるためだろう。
それに対しては僕は何とも思わない。
だけど、僕は夢を持ってなかった。
なりたいものも見つけられず、勉強に明け暮れて、ただ毎日を何事もなく過ごしていた。
少し前に友人の1人だった黒川 輝将(くろかわ てるまさ)からメールが来た。
それは夢だった警察官学校に入ったという吉報だった。
僕はそれを聞いてとても嬉しかった。
だけどどうしても今の自分を引き合いに出してしまう僕がいた。
そんな折に僕は久方ぶりに彼女に会った。
屋上で校門の長い道に咲く桜の木を見ていた時に、隣にいつの間にか誰かがいる事に気がついた。
それが彼女、真坂 深頼(まさか みより)だった。
髪型以外はあの日見た容貌と何一つ変わらなかった。
髪は、おかっぱからブロンドのツインテールになっていた。それ以外は特には変化は無い。
「相変わらず、遠くを見つめるのが好きなんだね。」
「まあね。そっちも全く変わって無いね。」
「髪型は変わっちゃったけどね。それに、私。生徒会の副会長に立候補したんだ。1年生から生徒会のメンバーになるのは本校始まって以来のことらしいよ。」
「へえ、そうなんだ。」
相変わらず僕は大した相づちは打てなかった。
でも彼女はそれを全く指摘しないどころか、親友である僕との会話を楽しんでいるようだった。
僕も彼女に会えた、それだけでたまらなく嬉しかった。
そして、今ならあの日から抱いていたこの思いを打ち明けることができると思っていた。
「あ、あのさ……」
「励ましてね。」
「えっ……?」
「また前みたいに、私を励まして。そうすればまた、頑張れる気がするから。」
「…………う、うん。分かった。」
「じゃ、私ちょっと急用があるから行くね?話せて良かった。」
「あ、うん。また…………ね。」
最後の言葉は言い淀んだ。
だが、言う必要はなかった。
いつかは、僕の意思を伝えることができる日が来ると思っているから。
彼女は生徒会の選挙で多くの票を獲得し、無事生徒会の副会長に任命された。
彼女の言う通り1年生から生徒会のメンバーに入ったのは、学校創立から数えても彼女だけだった。
壇上に上がり演説をしている彼女を見ていると、あの頃の彼女とはやはりだいぶ違うと気付かされた。
まだ彼女が覚えていてくれていたことが救いだった。
ただ、僕の中にある彼女への想いはきっと届かないだろう。
高嶺の花というものだ。
近くには居るが、その存在自体は遠い。
その曖昧な線引きも僕にしてみればもどかしい。
だから、僕はただ彼女と昔の幼かった彼女の姿を重ね合わせることしかできなかった。
其れが僕”四乃原 語”が唯一出来たことだった。
だが、今彼女はあまりにも驚愕すぎる言葉を吐いた。
「私の恋人役になって。」
彼女が唯一の親友である僕に言った、僕を信頼した上での言葉だった。
僕は思わずキョトンとしたが、一つの答えを導いた。
そうして僕らは晴れて仮ではあるが恋人同士になった。
それは願ってもいないことだし、それを言われたその後にはいつもの馴染みの公園で思い切り声が枯れるぐらいの勢いで叫んだのもまた事実だった。
仮でも良かった。いや、敢えて言ったなら仮の方が良かったんだ。
この状況を利用して彼女に自分の想いを伝えることができるからだ。
『へえ、良かったな。何なら俺がいくらかアドバイスでもしてやろうか?』
僕はこの事を友人の1人である洲条 裕市に話した。
彼は昔からの顔馴染みで将来は優秀な記者になりたいと話してくれた真面目な男だ。
歳は僕とは対して変わらないが、それでもたくさんの事を知り尽くしている裕市は僕にとって一種の憧れの対象だった。
「いや、要らないよ。それに本当の恋人同士じゃないんだ。ただの”ごっこ”だ。でもまあ、僕はそれでも満足はしているけどね。」
「欲がないからなお前は。この機会に彼女ともっと親密になって、いつかは本当の恋人同士になろう、とか思わないところがまたなんともお前らしいよ。」
なかなか鋭い。
僕が考えていた事をズバリと当ててきた。
「彼女が好きなのは僕じゃなくてレンだからさ。僕は端から相手にはされてないんだよ。」
「レンって確かお前のクラスの奴だったな?」
「そう。僕の新しい友人の1人でもあるよ。それがどうかしたの?」
「いや。新しい環境に馴染めてないと思ったら、そうか。お前も変わったもんだな。」
「僕の親みたいな事を言うね。まあ、変わらないといけないってずっと思ってたからさ。」
「そっか、なんかホッとしたよ。俺の方はまた相変わらずって感じなんだがな。あ、そうだ。」
「ん?どうかした?」
「お前、あの人覚えてるか?”榊 凌牙(さかき りょうが)”って人。」
「覚えているも何も僕らの小学校の時の担任だったじゃないか。1年ぐらいしか居なかったけどさ。」
確か、親族か誰かが不祥事を起こしたから教師を辞めたとか何とか聞いたことがあった。
最もそれは小学校のころの話だし、何よりも”あいつ”が起こした事件の影響で、そんなことは完全に影に隠れてしまっていた。
「それがどうかした?」
「いや、ちょっとばかり覚えてるかどうか訊きたかっただけだ。大したことじゃないから。」
何だか気にかかる。
気にすることでは無いと言われればそれは尚更に。
「ま、とにかく頑張れよ。後でどうなったか訊くからな。」
「お前楽しんでるわけじゃ無いよな?」
「そんなこと……まあ、ちょっとな?」
「ったく、真面目なのか不真面目なのかよく分かんないよなお前は。」
「至って大真面目だよ。じゃ、そろそろ切るな?」
「ああ。また後でな。」
僕らはそうして通話を終えた。
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なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
レオナルド先生創世記
ポルネス・フリューゲル
ファンタジー
ビッグバーンを皮切りに宇宙が誕生し、やがて展開された宇宙の背景をユーモアたっぷりにとてもこっけいなジャック・レオナルド氏のサプライズの幕開け、幕開け!
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