当たり前の幸せを

紅蓮の焔

文字の大きさ
91 / 263
二章 無意味の象徴

87話 『刹那』

しおりを挟む
 ──たっ、たっ、たっ

 うつ伏せたまま、なんとか上体を起こしている途中の体勢で顔だけをナツメの方に向けているレイがいる

 ──たっ、たっ、たっ

 申し訳なさそうな顔で何かを言おうと口を開けてこちらを振り向く瞬間を切り取られたように髪がざんばらに広がっているさくらがいる

 ──たっ、たっ、たっ

 自分以外の全ての動作が無くなり、静寂が支配するはずの世界でただ一人──ナツメだけが動けるはずだった。しかし、目の前にいる純白のワンピースを身に纏った少女はその認識をいとも簡単に崩し、レイの周りをスキップでもするように動いていた

 彼女は先程までそこには存在しなかった。止めてからだ。出て来たのは

「──?」

 何かを喋っている。日本語ではない。その内容は全く以て理解不可で、彼女はレイの顔の前でしゃがみ込んでその額を突っついている

 しかし、それを易々と逃してやる必要はない。彼女が悪い。突然こんな所に現れたのだ。警戒されて、攻撃されても文句は言えないだろう

 ──言う暇さえ、与えない。

 血の涙が右眼から流れ落ちて口の端に辿り着いた瞬間、右腕を振り下ろした。静寂の世界に訪れた終焉と共に、彼女の頭が消える

 はずだったのだ

「ぁ、ぇ……?」

 ──しかし、その代償として右肩の挽き肉が贈られてきた

「あ、、ぁッ、ああッ! ぅッ、ぐぅぅぅっ、ぅぅぅあぁぁぁ……!」

 右肩を押さえて蹲り、静寂が途絶える

 その直前に見えた少女は片目のない、隻眼だった。ナツメが蹲ると同時に彼女の姿はゆらりゆらりと霞のようにサァァ──と消えてしまった

「な、ナツメちゃん……!」

 声をかけて起き上がったレイの顔を見るなり、ナツメの顔から一瞬で血の気が引いていき、一瞬にも満たない時間の中で海坊主のように青褪めて、紅い湖の水が吹き出すように流れ落ちる肩を、尻もちをついてずりずりと後ずさりしながらこれまでに無いほどの大声を張り上げた

「来るなァァァあああッッッ──!」

「──私に、危害を加えないでください」

 そこへ再び、彼女が──カエデがレイの上に跨ぐようにして舞い降りた

「さて、先程の続きです。一つ目の理由は魔力量だと言いましたね。そして二つ目の理由ですが、それはアナタの目です」

 舞い降りて早々に、いつの間にか治っている口を動かし、彼女は自分の右眼を指さして対になるようにレイの瞳も指を指した

「その、人を信頼している眼。人に縋る眼。その盲信的な瞳は、いったい誰に向けられたものなのでしょうか? 友人? 家族? はたまたは想い人? 私はこう考えています──」

 ニタァァと、ここまで来てカエデが始めて見せた表情は、凄まじいほど勢い良く狂気の糸で吊り上げたかのような笑いだった

「──『自己満足』なのでは……? と」

 ──レイは右目で彼女を捉えながら、『どろり』とドス黒い何かが眼窩の奥で暴れ始めていることに総毛立って、それは聴く耳をぶつりと断ち切らせる

「ぁッ──」

「ん……?」

 突然、喘ぎ声を漏らしたレイに狂気の笑みを殺して醒めた視線を送り、刻々と時が過ぎるのを待つ

「ぁ、ァぅっ、ぐ……! あ、ぁぁ、あぁ……」

 その一方で、ナツメは展望台から逃げていた。既にあの場所には姉の残滓など残っているはずも無く、再びの捜索を始めるために。展望台を登ってきた道無き道を下りていく

 止めどなく流れていたものはまだ止まらず、玉となって指先から地面に降り続けている雨は留まる所を地面以外に見つけられず、愚直に地面に向かっていく

「は、ぁぁ……はぁ、ぁ……」

 呼吸も乱れに乱れ切ったのは既に過ぎた話だ。今はただ、朦朧とした視界を捉えられる範囲で捉えて、浮き始めた思考を地面を踏み締める感触でなんとか繋ぎ止めているので精一杯だ

 足場が異様に悪く感じられ、木にもたれようとして「あィッ──!」右肩が木の皮に擦れて飛び退くように反対側に倒れる

 おかあさん……。

 視界がほぼ真っ暗になった所で辛うじて残った意識の残滓には片割れよりも愛しく、誰よりも誇らしい人の顔が浮かんできてつい頬が綻んでしまった

 うぅうゔああぁぁああぁぁぁああぁあぁああああぁぁああああぁぁぁぁああああああああぁあぁあぁあぁあぁああぁあああぁぁぁあぁあぁあああ!!!!!!!!!!!!!!

 その残影に縋り付いた途端に咆哮が耳を劈き、ナツメはあまりの狂音に目をぎゅるりと白くさせてその場でビクともしなくなってしまう

 ──ナツメが展望台から下りている最中、レイは体の中で暴れ狂う『何か』を抑えようと喘ぎ、コンクリートを引っ掻いていた

「ぉ、あぁ、ぁッ、あ、あっ……! ぁ、ぅッ」

 レイの無い左眼にはとある光景が浮かび上がっていた

 それは、凄惨たる過去の光景だった


 ※※※


 真っ暗な所に押し込められていた。あの人は『ここにいて』と言っていた。『大丈夫だから』とも。でも、やっぱりどこか寂しくて、あの人がいないと。だから、そこから外に出たんだ。

 タンスのドアを開けた途端に、真っ暗で味気なかった景色が瞬くの間に赤い花の蜜で甘くべっとりと味付けされる

「ぁ、ぁぁぁ……」

 さくらんぼの髪留めが頭から外れて足下に飛んできた

「ぁ、……ぃ、ぃゃ……」

 倒れるあの人を見て、ボクは思った。

 なんで、こんな事になったんだろうと。あの人は──おねえちゃんは、何も悪い事なんてしてこなかった。これっぽっちも。何一つだって。それなのに──、

「アァッ! アァッ! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!」

 どこか頭のおかしい男の人に、何かで刺されていた。何度も何度も、何度も何度も何度も、ザッシュザッシュザッシュザッシュザッシュザッシュザッシゅザッシゅザッシゅザッシゅザッシゅザッシゅザッしゅザッしゅザッしゅザッしゅザッしゅザッしゅザっしゅザっしゅザっしゅザっしゅザっしゅザっしゅザっしゅザっしゅザっしゅザっしゅざっしゅざっしゅざっしゅざっしゅざっしゅざっしゅざっしゅと。
 延々と刺され続けていた。

「お、ねえ、ちゃん……?」

 ぎょろりと、イカれた双眸が見えない鎖でも出したかのようにしてレイをその場に縛り付けた

「僕は、僕は──お前達のせいで……!」

 ゆらりと立ち上がり、レイの方へと亡霊の如く足取りで迫って来る。しかしレイに逃げ場は無く、目を瞑って惨劇から目を逸らす事しかできなかった

 ──きっと悪い夢だこんなのはウソだもうすぐ目が覚めておねえちゃんが死ぬはずないそしたらいつも通りにおねえちゃんが遊んでくれる早く起きて、一緒に逃げようよ

「死ねえええエエええええええええ!」

 レイの目前まで迫った男は大きくその手を振り上げて刃をレイに目掛けて振り下ろす

 怯えるように、逃げるようにして上を向いたレイの左眼に刃が迫る──……

 ──赤い華に濡れて隠れたノイズ記憶は、少しずつ『何か』に抑え切れずに漏れ出していく
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三歩先行くサンタさん ~トレジャーハンターは幼女にごまをする~

杵築しゅん
ファンタジー
 戦争で父を亡くしたサンタナリア2歳は、母や兄と一緒に父の家から追い出され、母の実家であるファイト子爵家に身を寄せる。でも、そこも安住の地ではなかった。  3歳の職業選別で【過去】という奇怪な職業を授かったサンタナリアは、失われた超古代高度文明紀に生きた守護霊である魔法使いの能力を受け継ぐ。  家族には内緒で魔法の練習をし、古代遺跡でトレジャーハンターとして活躍することを夢見る。  そして、新たな家門を興し母と兄を養うと決心し奮闘する。  こっそり古代遺跡に潜っては、ピンチになったトレジャーハンターを助けるサンタさん。  身分差も授かった能力の偏見も投げ飛ばし、今日も元気に三歩先を行く。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主

雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。 荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。 十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、 ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。 ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、 領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。 魔物被害、経済不安、流通の断絶── 没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。 新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

金の羊亭へようこそ! 〝元〟聖女様の宿屋経営物語

紗々置 遼嘉
ファンタジー
アルシャインは真面目な聖女だった。 しかし、神聖力が枯渇して〝偽聖女〟と罵られて国を追い出された。 郊外に館を貰ったアルシャインは、護衛騎士を付けられた。  そして、そこが酒場兼宿屋だと分かると、復活させようと決意した。 そこには戦争孤児もいて、アルシャインはその子達を養うと決める。 アルシャインの食事処兼、宿屋経営の夢がどんどん形になっていく。 そして、孤児達の成長と日常、たまに恋愛がある物語である。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...