当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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二章 無意味の象徴

88.5話 『悔恨と逃亡の奥深くに眠るモノ』

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 夜中。月光が差し込む散らかった部屋の中央、そこに敷いた布団の上で今日も仲良く二人は眠っていた

 幼い二人は一卵性の双子だった。二人は互いを感じ合えるように抱き合って眠り、布団の中で夢想に馳せている真っ最中だった

「ん……」

 右側で眠っていた方が突然むくりと起き上がり、ぽけーっと口を開けたまま中空を見つめ始めた。しかしその視界に映るのはピンクとあかとオレンジ色で描かれた絵がセロテープで飾られる壁のみだ。あと、ほんの隅っこの方にドアも一応映っている

 しばらくの間ぽけーっとし続けていると、目をすぼめてぐしぐし手で目を擦って隣を見る

 自分と同じ顔の童女はまだ眠っている様子だ。ちょっとやそっとじゃ起きそうにないほど熟睡している

 それと言うのも、今日は彼女がごはんを作ったので当然と言えば当然、疲れているだろう。それを邪魔するのもなんだか気が咎める事が無くもない。疲れている人を起こすのは可哀想だけれども、彼女にはやらなくてはいけない事があるのだ

 それは一人では中々できず、誰かと一緒じゃないときっとこの先ずっとできないであろう所業。それは──、

「おねーちゃん……。おきて……? おトイレ……」

 弱々しい声を挙げながら隣で眠る体を揺する。しかしながら簡単には起きそうになく、今でも彼女の腰に抱きついたまままだまだ離しそうもなく、起きる気配もない

 しかしそれでも諦められないのだ。ここで諦めてしまえばそれは『漏らす』ことを受け入れることになってしまうから

「うぅぅ……、お、おね、ぇ、ちゃんん……」

 涙を今にも溢れんばかりに目に溜めてゆっさゆっさと『姉』の肩を前後に揺すり、もう片手で下を押さえる。その上でガッチリと足を閉じているのであと数分は持つかもしれない

 ──でも、それだけじゃない。このドアの先には『アレ』がいるかもしれないから、それにきょーは雨だからもっとこわい。

「おきて、おきて……」

 彼女は懸命に呼びかける。もじもじと足を動かしながら刹那すら休む暇も与えられないほどに。『姉』はそれでもやはりまだ、笑みを浮かべてよだれを垂らしながら眠っている

 ピシャッ──!と突然の光に晒され、次の瞬間、部屋を揺るがす大きな音が鳴り響いた

「ぁ、ぅん……?」

「おねぇ、ちゃぁぁ……ん……!」

 首を傾げ、眉をひそめて彼女の顔を見詰める『姉』は唇を尖らせて目をぎゅうっと力強くつぶる少女の心底は全く分かっていない様子だ

 しかし、目的を忘れてはいけない。すぐに童女は『姉』に事情を説明した。上と下の水災害に堪えながら『姉』の服の裾を掴んで。それを聞いた『姉』はと言うと──、

「分かったです。おばけは怖いですから」

「んっ! んっ! はやく……っ!」

「はいはいです。今行くですから」

 泡が出そうなほど大きな欠伸をして指を絡ませた手を前に伸ばしてから目を擦って立ち上がるとまだ座ったままの少女を立ち上がらせ、ドアの把手を回して押し開ける

 ──と同時に突然、白熱球の光が電光石火の勢いで虹彩に入り込んで驚きと眩しさのあまり目を細めた

「眩しいですね……」

「も、もれそ……ぅ……」

 少女はピンク色のパジャマを着ていた。そのパジャマのズボンを押さえるようにもじもじと足を動かし続ける童女を見て、『姉』は灯りの点いている廊下を左に進んで行った。トイレはすぐそこなのであんまり時間はかからない。こうして六歩弱でトイレの前に着いてしまうのだから距離は言わずもがなだ

「どこかにいかないでね……っ!」

「分かってるです。待ってるですから」と、同じ身長の相手の頭を撫でる『姉』はうっすらと目を細めて笑った

 開け放ったドアの先には白い便器が存在し、ドアを閉めると同時に慌てて脱いだズボンが足に引っかかってすってんころりんと転んでしまい、危うく『漏れて』しまう所だった

「ふぅ~……ぅっ」

 小さい様々なフルーツの柄が描かれた白い布地のパンツを脱いで便座に座り、安堵の息を漏らしたばかりの時、ぶるりと体が震え上がった

「ふぁぁ~……」

 これまで緊張で強張っていた顔が破綻し、目を潤わせて顔のニヤニヤが押さえること叶わず、鼻唄までが口から出てくる始末だ

 ──慌ててトイレのドアを開けて駆け込む童女を見送ると少しだけ視線を落として暗い陰を顔に塗る。それはどこか幼い『姉』には似つかわしくない哀愁を漂わせていた
 すぐに首を横に振り、ドアの隣の壁を背に膝を折り曲げて座る

「はぁ……」

 冷たい壁にぞわっと背筋を伸ばし、溜息を吐いて天井を見上げた。白い。ただ、それだけだ。少し向こうには電球が吊るされているが『姉』の上には天井しか無い

 顔を下ろすと小山座りしている自分の裸の足が見え、膝を抱え込んでその上に顎を乗せるとまぶたを重たそうに半分近く下ろして足の指先を動かしてそれを見詰めていた

 『姉』はふと、暗いはずのリビングからぼんやりとした光が見え、そちらへと首を傾ける。ガラス張りのドアが少し開いて隙間から中の様子が伺えそうだ
 何気なく、興味本位で四つん這いになりながらリビングの方に進んで行く

 ぺた、ぺた、と音が鳴る。膝と掌が床から離れる度に。ぺたぺたぺたぺた。少しずつ近づいていく。あと少し、あと十秒もしないうちにドアに辿り着くだろう

 ──ドアの前に着くと、音が聞こえてきた

『あぁあ──ッ! なんで上手くいかないんだよ……! またクビだ……! もう後が無いんだぞ……ッ!? ふざけるな、ふざけるなふざけるなふざけるなぁッ!』

 峻烈を極める怒号が鼓膜を震わせ、『姉』は中を見るかどうか目をしばたたいて誰もいないはずの周りをちらちらと見て逡巡した。そして刹那の間だが、迷いに迷った果てに固唾を飲み込んで中を覗き込んだ

「ッ──」

 声が出そうな所を慌てて口をふさいで抑え、ゆっくりとそのままの姿勢で後ろに戻っていく

 音を立てずに戻ることに成功した『姉』はトイレのドアの隣に背を預けて折った膝に顔を埋め、自分を守るように折った膝に腕を回して小刻みに震えていた

 そんな『姉』の脳裏には数十秒前の記憶がくっきりはっきりと目に見えるように映っていた
 パソコンを前にして椅子に座りながら頭を抱え込む男性が一人。その男が突然、怒号を上げると共にパソコンの乗った机を力強く蹴り始めたのだ。それを見て聞いて、息を飲んだ瞬間に男が『姉』の方を振り返ったのだ
 それこそが、こうして塞ぎ込んでいる理由だ

「──おねーちゃん?」

「レミ、ちゃん……」

 今しがたトイレから出て来たばかりの童女──レミにしおらしい眼差しを向けると、即座にその瞳を、その顔を、とろりとした甘ったるい笑みに作り変えて見せた

「はいですっ。戻るです!」

 素早く立ち上がり、不安や恐怖など欠片も見せない態度で部屋へと早足でレミを引っ張って行く
 振り返る事はなく、痛みに小さく喘ぐレミにも気付かず、部屋までただただ素早く、迅速に歩いて行った

 部屋に戻ると、レミが入った事を確認してからすぐにドアを閉め、鍵を閉める

「おねーちゃん、どーしたの?」

「──別に、なんでもないですよ。レミちゃん」

 振り返り、暗闇の中で目を細めて微笑んで見せるとドアから弾かれるように離れ、レミの頭を撫でる
 それからすぐに布団の中に潜り込んで微笑みながら自分の隣を叩き、誘導する。それに釣られたレミは浮足立ってそこへと潜り込むと『姉』に抱きついた

「えへへ~……。おねーちゃんぽかぽかー……」

「そうですね。レミちゃん。もう夜遅いですから寝るです」

「ふぁ~ぃ……」

 欠伸と同時に返事をすると『姉』の胸板に頬を擦りつけて破綻した表情で数秒もしない内に眠りについた

「──」

 レミが眠りについた後、『姉』は自分の感情を紛らわすかのようにレミを強く、強く抱き締めた

[あとがき]
 そろそろ執筆が追いつかなくなって来ました。
 二日毎か周一更新になるかもしれませんが、その時にまたお伝えします。
 二章、思ったより長い……!
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