当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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三章 炎は時に激しく、時に儚く、時に普遍して燃える

149話 『人間の味、一欠片』

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「ねえ、ミズキさん」

「……はい? どうしたです?」

「レイカちゃん達のこと、なんだけど」

「はい。レイカちゃん達のことですね?」

「うん。──もし何か、危険な事とか、危ない目に合ったりだとかしたら、良ければ護ってあげてほしいな」

「はい。分かったです。それに、そのつもりもありましたし」

 ベッドに潜り、布団から顔を目元まで出したレイはそこを寝転ぶような姿勢で浮かんでいるミズキと会話していた。それはレイカ達が部屋を出て数分が経った頃の事だった。
 レイカは大人二人が帰って来るまで部屋で遊ぶと、二弥を連れ立って出て行き、その後、レイは平気を装っていたもののすぐに倒れそうになり、現状へと移行した。

 そして今に至る。

「あっ、レイくん」

「どうしたんですか? ミズキさん」

「あまり無茶はいけませんよ? 私も、皆も、心配するですから」

「……うん。分かった」

「苦しくなったら、ちゃんと私やレイカちゃんに話して下さいです」

「分かったよ」

 そう言って布団に潜り込んだレイを見届けてから、ミズキはレイの部屋の壁をすり抜けて外に出て行ってしまった。──ミズキの気配が遠ざかっていくのを感じ取りながら、レイは布団の中で呟いた。

 ──うるせぇよ。

 ※※※

 その日の夕方、ネネが帰って来た。
 レイカが慌てて玄関まで下りて行くと彼女だった事に明らかな落胆の溜め息を吐きながら部屋に戻ろうとしたのを「待って」と力強くはない──だが、確実な圧がある声音で呼び止めた。

「な、何? ネネさん」

 その声音にビクつきながら、固唾を飲み干してゆっくり、そーっと振り向いたレイカは靴を脱じ始めるネネの所作におっかなびっくり見詰める。

「なんで私が帰って来ただけでそんなに落ち込むのよ」

 疲れた様子で項垂れつつ、靴紐を解いていくネネを見詰めながらたらたらと見る見るうちに冷や汗が噴き出していく。

「えぇっ!? そんな事、ないけどぉ~?」

「言わないつもりなら──」

 バッと疲れた体に鞭を打ち、わきわきと指を動かし始めたネネに素早く滑り込むように土下座を決め込んで「ごめんなさいっ」と叫び、後の言葉を遮ると即座に事のあらましを説明し始めた。

 二弥が出て行って、見つけた事。
 出ていった理由。
 今の状況。
 そして、戸惑いながらも二弥の身体の事を話した。

「……ふぅ、──ん? え? 何それ。新しいいたずら? 本当の事を話してよ」

 しかし、到底──特に最後の件については全くと言っていいほど信用が無かった。
 猜疑心に眉をひそめ、ネネは頬に手を当てて小首を傾げる。

「本当だってば! にやちゃんマジでケモミミなんだって!」

「ねえそれ、信じられると思う? 一応、私も二弥ちゃんと会ったことはあるのよ? その時にはそんな耳なんて生えてなかったし、髪の毛の長い普通の女の子って感じだったじゃない」

「うぐっ……」

 言葉に詰まったレイカは、起こした上体を丸まるように折り曲げ、キュッと握り拳を作り上げた。ネネの返答に如何にして答えるものか。その内容によっては再びの残虐極まりない極悪非道の刑に処されてしまう。だからここは慎重に行かなければ。そう、レイカは固唾を飲んで頭の中で返答を練り固めながらも、まだ定まっているかも分からない、伝えたい事を口に出していく。

「そ、そんなの、普通の人に見られないように隠すに決まってるでしょ! だって、そんなの……なんて言えばいいんだろ。うにゃぁぁ──とにかくっ! その、見せたくないものは隠すじゃん! それと同じ!」

「はいはい。それで、二弥ちゃんは上にいるのね? 私が見て来るから」

「ダメだって! ネネさんは、ダメ!」

 即答だった。
 その一言に浮かべていた笑顔が崩れ去り──正確には笑顔の残滓とも呼べるひくついた笑いが浮かべられ、靴を脱いで玄関に上がった。レイカのその不安げな、けれども楯突くような視線を受け止め、短く息を吐いた。

「なんで?」

「だから言ってんじゃん。にやちゃんは大人の人が苦手なの」

「分かった。どうして会わせたくないのか、本当の事は分からないけど会わせたくないことだけは分かったから」

 諦めたような口調に顔を華やがせるレイカに、ネネはむっと小さく頬を膨らませてレイカの頬を左右に引っ張る。弾力性のあるその肌に、ネネは力を込めて目を細めた。

「いはいいはい」

「痛くて当然よ! 痛くしてるんだから! ──全く……。でも、分かったわ。レイカちゃんの言う事、今回は聞いてあげる。私よりも二弥ちゃんと仲良しだものね。さてっと。──レイくんの様子、見てくるわね。あと──そうだ。レイカちゃん」

 頬をつねったまま、ネネは陰を多分に含んだ笑みを浮かべて流れるように言った。

「宿題、終わってる?」

 瞬きを三度。一度目は状況の整理に。何を言われたのか。それを頭の中で言語化し、その意味を噛み砕くのに二度目を使い、三度目は理解したその言葉から推測される、自分の運命を呪う事に使った。

「酷いよネネさん! これは誰かの陰謀だー!」

 賛同を促すように拳を振り上げてガッツポーズのような姿勢になってみたものの、ネネは大きな嘆息を吐き、それから冷たい視線で見下ろしながら言う。

「そう。ちゃんと宿題してないレイカちゃんの──過去のレイカちゃんの陰謀ね」

「にゃ!?」

「つまり、レイカちゃん自身が悪い。レイカちゃんのせいなのよ……!」

「な、なんだってぇ!?」

 コントを終わらせるように、ネネは階段の上をぴしっと指さした。
 その直線上に自分の部屋がある事を、指の先から目線で追って行って気が付いたレイカはネネに振り向く。ネネはしっしっ、と犬を払いのけるような仕草をして、レイカを追い払わんとしていて──ふと、それがネネの気遣いなのだと知り、レイカは「あ……」と声を洩らした。

「ありがと。ネネさん」

「はいはい。私は疲れたからお風呂に入りたいわ。見つかったなら、一段落ね。良かった良かった」

 あ、そう言えば、とネネは階段を上っていくレイカを呼び止めた。
 振り返るレイカに、ネネは「良ければで良いんだけど」と言ってから微笑みを浮かべてその要件を伝える。

「この件が終わったら二弥ちゃんの所も、良ければ一緒に夜ご飯、食べるか誘ってくれないかしら。今日はお鍋にしようと思うの」

 瞬間、虚を衝かれたレイカは目を見開いて、何度か瞬きをした。
 それから半ばまで上っていた階段を滑るように下りて行ってネネを少し紅潮した笑顔で見上げる。

「ホント!?」

 しかしすぐに、彼女は疑問を解消するように瞬きをして、だがしかし、解消できずに眉をひそめ、目を背けた。レイカのそんな渋るような表情に──嫌そうな顔に、ネネが眉根を寄せようとした時。

「──あ、待って。でもさ、こんな暑い日なのに? 今、初夏ってやつだよ?」

 そう、返事と疑問の篭もる瞳が返ってきてネネは額を押さえたくなるほどの頭痛に苛まれ、目を閉じると共に大きな溜め息を吐いてから見下すように首をもたげ、「まだ六月でしょーが」と面倒臭そうに突っ込んだ。

「でも暑いじゃん」

「クーラー効いてるからそこまで暑くないでしょ」

「もー、強引なんだからー」

 突然のニヤリ顔が疲れた心に扠さくれ立たせ、それを落ち着かせるために溜め息を吐いた。それからレイカを見下ろし、ニッコリと薄ら笑いを浮かべてこう告げる。

「──擽るわよ?」

 刹那、レイカは硬直した。
 酷く威圧的なその細められた視線と脅し文句がレイカの背中に張り付いて、ゆっくりと胸の辺りにまで上っていき、全身に熱を送るそこに冷水を流し込んだような寒気と息苦しさが途端に起こる。

 慌てて階段まで走って行くと少しだけ振り返り、レイカは顔を青褪めさせながら、

「じゃっ、じゃあ、宿題しなきゃだからー──戻りますッ!」

 そう宣言し、階段を走って上って行った。





[あとがき]
 作者です!
 前回の話は長かったけれど、まあ、今回はけっこう短かったのではないでしょうか。
 たまに字数が異様に爆上がりする時があるけれど、それは……きっと……うん。作者が切りどころを忘れてずっと書いてしまっている時です。
 たまに保存も忘れて書いていると書いていたデータが消えている事があるので酷いダメージを受けます。その時は、慌てて書き直したりして本当に大変ですが……。

 とまあ、そういうのは置いといて、次回予告へいきましょう。
 次回は十二月六日です。それではまた次回。
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