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六章 『追憶の先に見えるもの』
246話 『見据えた目的』
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イェンは空飛ぶ車──ホバー・カー──が隣を低空飛行していくのを耳の側で聞きながら歩いていた。俯きがちなその目に映るのはスマートフォンにも似た光の板。およそガラスのような素材でできたそれに映る薄く青い光で表示される数々の情報。
その一番上に表示されている人物像は、先程教室で別れた少女──アミラだった。
『それじゃあ、補習を受けずに出てきちゃったの?』
そのガラス板(携帯型pcまたは単に『ガラスフォン』縮めて『ガラホ』と呼ばれている通話や娯楽等に使われる多種目的機械。この島では一般に普及している)の表示で、アミラの人物像の左上に『ぽこん』と音を鳴らしてフキダシと、その中に心配する表情の顔マークが表示される。
『だめだよー? イェン、このままじゃ卒業できないし、卒業できなきゃずっとあのセンセーと一緒にいなきゃだよー? やりたい事が無くても、それが嫌なら頑張らなきゃ』
「分かってるよ。──それで、おれはいつものとこに行くけれど……今日も来る?」
『うーん……。うん、分かった。行く。行くよ。いつものとこだよね。先行っといて。私、ちょっとやる事あるからさ。用事終わらせたらお菓子持って行くよ』
「りょーかい」
『ガラホ』の表示を消すと、それはただのガラス板のように透明な板へと成り果ててしまう。それをポケットに入れ、イェンは着ている黒に黄色のラインが入ったパーカーのポケットに乱暴に手を突っ込んだ。
「今日こそは、見つかるかな」
それは少し肌寒い日の事だった。
空虚なその瞳が、曇り空を見上げた。
そこには薄ら寒い雲ばかりが空を覆っていて、イェンは顔をしかめた。
「……見つけてやる。絶対に」
※※※
エミリとるんちゃんが謎の女性と出会う数日前──旅を始めて二日目の夜の事だった。
吹雪が吹き荒れるのを壁一枚向こうに聞きながら、エミリはうとうとと顔を上下させる。
「わーわー! エミリちゃんエミリちゃん! 寝ないでくださいよー!? もうすぐ夜ご飯できますから! ねっ! だからほら、起きてくださーい!」
黒色の水筒を振っているるんちゃんは、自分の膝の上で眠りかかっているエミリにそんな事を言った。その背中に背負われていたはずのその体の何倍もの大きさを誇っていたリュックサックは今、その背中には無い。
「あともー少し! あとちょっとですよ! 頑張ってください!」
そう言った直後にチンッとベルを叩くような音が鳴って、エミリがびくんと肩を跳ねさせて顔を上げる。しかし、その顔はまだ夢心地と言った感覚で呆けた顔をしている。
「エミリちゃんエミリちゃん、ご飯出来たので起きてくださーい」
肩を揺すられたエミリはゆっくりと首を後ろに向けて、目をしぱしぱ瞬かせて小さく唸り声のようなものを鳴らした。もぞもぞと体を動かす。
大きなあくびの後に、エミリは目を擦った。それを見てから、るんちゃんは足元に置いているランタンの灯りを頼りに水筒──コップ付きの物──で、取り外したコップにその水筒の中身を入れる。
水筒の口から湯気がこんもりと沸き上がり、その薄くて少しのしょっぱさを混ぜた匂いが辺りに漂う。せまぜまとしたここは、るんちゃんが背負っていたリュックサックの中だ。
リュックサックの中、あらゆる荷物を壁、あるいは床にして、エミリを抱きかかえたるんちゃんは丸板の上に座り込んで、その足の上にエミリを乗せてコップを手渡していた。
「熱いので気を付けてくださいね」
「んー……」
気のない返事をしたエミリに苦笑いを浮かべて、るんちゃんは一つ、息をついた。
そうして、一つ思案する。それはレイカとの約束についてだ。
一週間後、向こうで待ち合わせよう。ざっとこのような事を言ったレイカへと、メルが使っていた『念話』を使い、情報の伝達など、あの場で済ませる話は終わらせた。しかし、このまま何も見つからなければエミリとるんちゃんの二人のこれは無駄に終わってしまう。
それだけは避けねばならないと、そう考えながら、るんちゃんは自分が呼ばれている事に遅れて気が付き、目をぱちくりと瞬いた。
「はい、どうかしましたか? エミリちゃん」
「るんちゃんさんは……嘘だと、思わないの?」
そんな事を聞かれて、るんちゃんは小さく息を詰めた。
「──嘘ついたんですか?」
「ううん。ついてない」
「ならどうして……?」
「前にこれを話したら嘘だと思われた。──だから、るんちゃんさんはどうして信じてくれるのか、気になった。それだけ」
振り向かないエミリの頭を見下ろして、るんちゃんはふっ、と口を緩ませる。それから、エミリの頭にほっぺたを乗せて「いいですか?」とるんちゃんは優しく、宥めるような口調で話した。
「自分はエミリちゃんが嘘をつくような子じゃないのは知ってます。生憎と自分にはその『糸』は見えませんが、それでも、エミリちゃんを助ける事はできます。エミリちゃんを一人にしたらまた一週間も寝込まれてしまうかもしれないですし、一緒にいないと色々と不安になってしまうので、心配だから助けますし、信じます」
「……心配じゃなかったら?」
「心配じゃなくても! こんなに可愛い子を寒空の下に追い出そうなんてしませんよ~!」
上機嫌にほっぺたをすりすりと頭に擦り付けるるんちゃんに、エミリは「そっか」とわりかし平坦な口調で返事をした。
「──ボクのこと、何があっても信じられる?」
不穏なその物言いに、るんちゃんは「ええ」と答える。
「信じますよ。エミリちゃんは、優しい子ですから。約束です」
「……ん。ありがと、るんちゃんさん」
そう言ってるんちゃんに体重を預けた直後、あ、と何かに思い至りるんちゃんはエミリに声をかけた。振り向き仰いだエミリは、るんちゃんのにこにことした顔に小首を傾げて応える。
「るんちゃん、でいいですよ。その呼び方もかわいいですが……しばらくは二人きりですし距離を置かれるのは寂しいと言いますか。そんな訳なので、さん、は付けなくて良いですよ」
「ん。わかった、るんちゃん」
「あ、どっちにしてもかわいかった……!」
──彼女は、数日前のそんなやり取りを思い出しながら、曇った目を雪を踏む足下に向けてゆったりとした足取りで歩いていた。先頭を歩く謎の女性、その後をついていくエミリ。その二人の背中を見られず、るんちゃんは小さく吐息した。
「何かあったの、るんちゃん?」とエミリ。
「い、いいえ! 何もないですよ! ……それより」ちらりとエミリから目を離してその前へ。「そろそろ、名前を教えてくれてもいいと思うんですが……」
「勝負で負けたからって不満そうにするなよ」
からからと笑われ、るんちゃんは顔にシワを寄せて唇を尖らせた。
「自分は! 気にして! ませんっ! 呼ぶ! 名前が! 無いと! 不便なんですっ!」
色んな所を強調し過ぎてもうどこをどう伝えたいのかすら先頭をゆく彼女には伝わっていない様子ですんと鼻を鳴らす。どこか冷めた目で流し目で見た彼女は、目を閉じ肩をすくめてから前を向いた。
「とにかく、私達は一刻も早く乗り物を確保する必要がある。人の足じゃ、この雪に埋もれた街だか田舎だか分からないものの上を歩くのも一苦労だ。踏み固めた道の上じゃないとね」
そう言いながら、とんとんと彼女は足を鳴らして鼻で笑う。
「──まあ、二年もこんな事をしていれば自重で勝手に固まってくれているから、多少はマシになっているが……それでも体力が多めに持って行かれる。そして、それを回避する手段が──来たな」
そう、彼女は立ち止まって上空を見上げた。
エミリ達もそれに釣られて立ち止まり、空の上へと顔を向ける。そこにはどんよりとした薄暗い雲ばかりが空を支配していて、ちらちらと雪が舞い散る。
その中に一つ、黒い点のような影が蠢く。
「アレだよ。──あー、エミリだったか。お前を運んでいたやつと同じ物だ」
「ボクが……運ばれてた……?」
行くぞ、と彼女は言った。
彼女は戦闘時にも見せた凄まじい身体能力で雪を蹴り、エミリの身長の何倍もある距離を軽く跳んだ。そればかりではない。跳び上がり、空中を蹴って更に跳び上がったのだ。
「……あの人、先程の戦闘でもああでしたが、本当に何者なのでしょうか」
エミリはその姿を下から興味津々に見上げて──言うなれば釘付けになっていた。そうして、エミリはそんな事を言ったるんちゃんへと一言。
「きっと、前のボクを知ってる人」
「うっ……。それはそうですが……。そうではなくて、あの人は『敵』なのか『味方』なのか分からないので、それが、心配なんです……」
危惧すべき事態を警戒するるんちゃん。そんな彼女にエミリはその目をるんちゃんに移して、小さく首を振った。るんちゃんは訝しむように目を眇めた。
「だいじょーぶ。あの人とは、仲良くしてもだいじょーぶだよ」
「……そう、なんですか?」
「うん、そう」
「そうなんですか……」
空中を蹴って離れていく姿を眺めながら、るんちゃんは目を細めて唇を引き結んだ。
それからしばらくして、雲に紛れて飛んでいた小さな影が、徐々に大きくなってそのぼやけた輪郭をくっきり明確にさせながら近づいてきた。それはバタバタバタと耳を裂くかのように大きな音を立ててすぐ側に着陸しようとする。
その姿を見たるんちゃんが驚きの声を上げた。
「ヘリコプター……!?」
プロペラが作り出す風圧が粉雪を弾き飛ばしながら二人に襲い掛かる。
身を突き、切り裂くかのように冷たい風。それが波状になって襲い来るものだから、エミリもるんちゃんもまともに目を開けてはいられない。前傾姿勢で目を細めただけの顔を両腕で守って目を細めたるんちゃん。二人の髪が──主にエミリの髪がばさばさと風に振り回されて波打つように動く。
「これ……!? どうして……!?」
るんちゃんが悲鳴のような声を出した直後だった。プロペラの勢いが収まっていって、顔を守る必要もなくなるくらいの微風になった辺り。彼女はそのヘリコプターから下りてきた。
「──どうして今の世にこんな物が……何を知ってるんですか、あなたは」
「るんちゃん?」
様子のおかしいるんちゃんへ、不思議がるエミリ。はたと、るんちゃんは自分の失態に気がつき押し黙る。やがてすぐ側まで近づいてきた、ヘリコプターから下りてきた彼女はこう言った。
「これで敵の地上での活動拠点である『会社』まで行くぞ」
その言葉に、るんちゃんは眉間にシワを寄せる。
「これで、このまま行けないんですか? あの島に」
「行けたら既に行っている。あの周囲には何か、特殊な電波だかバリアだかが張られていてまともに近づくとそのまま落とされてしまう。だから、会社まで行く。お前──エミリなら分かっているだろう?」
話を振られたエミリは小首を傾げた。そんな姿に彼女は目を眇めて見せて「いや、なんでもない」と話を手早に終わらせた。それから彼女は背後のヘリコプターを指さす。
「アレでその近くまで行って、潜入。それからあの島へ渡る情報を手に入れる。簡単だろう? コレで一時間と掛からない距離だ。早く行こう」
「うん、分かった」即答だった。
「エミリちゃん、もう少し警戒しましょうよ……」
こうして、三人はヘリコプターへと乗り込んで今この世界で活動している唯一の『会社』へと向かうのであった。そこで待ち受けるものを、三人はまだ知らない。
乗り込んだヘリコプターにてエミリが酔ってしまったのはまた別の話。
※※※
時を同じくして、レイカ、メル、まほまほくん(川田ゆう)、しずか、そして最後に目隠しされた愛香の計五人で自動車──レジスタンスから特別に支給された一台限定の白い車体のホバー・カー──に乗り込んで雪原を進んでいた。
「レーカちゃーん?」
「ん? ──しずかか。どうしたんだ?」と運転しているレイカ。
「この子見てると可哀想だよー……。せめて口のとか、手錠とか、外してあげようよー」
「姉ちゃん、それ、ほんと自殺行為。コイツが街中の人達を操ったりしてたんだぜ? もう自白済みだし、その証人達にも言質とってるからもう疑う余地無いだろ」
両手の指に包帯を巻いているまほまほくんは口に猿轡を噛まされて両手を後ろに手錠で縛られ、目隠しをされた挙げ句に両足を太腿から爪先までロープで縛られている愛香を見て言った。
「こんな危ない奴、目を離しても近くにいても安心できないんだから、悪即斬。とっとと始末して然るべきなのにぃぃいい痛い痛い痛い! 姉ちゃん、そこ痛い! 傷口開くやめて!?」
脇腹に拳をぐりぐりとねじ込まれるまほまほくんの声を聞きながら、レイカはにゃははと苦笑いを浮かべる。それから「しずか」とレイカは運転を続けたまま、その名前を呼んだ。
「知らないかもしれないけれど、その子はとっても厄介な『人を洗脳して操る』力を持っているンだ。何が拍子に操られるかも分からない以上、出来うる限りの拘束はしておきたい。──それにこの子は交渉の材料なンだ。この子の能力は貴重そうだからね。きっと向こうもこの子の身を案じてくれるだろう。そうすれば、人類で協力してもう一度協力し直せるかもしれない。その、交渉の切り札なんだ。だから、この子はまだ解放できない。すまないね」
「レーカちゃんがそー言うなら……」
渋々と従ったしずかは、どこか懐疑的な目を、縛られている愛香へと向けて、シートへともたれ掛かった。その隣に、愛香と挟まれて座っているメルは今は静かに寝息を立てていた。
「あと五分も掛からないよ。ほら、もううっすらと見えてる」
雪原の向こう、ちらちらと舞い落ちる粉雪に紛れて、一箇所だけ不釣り合いなほど高く聳えるビルが三本、遠目でも白いぼかしが掛かった状態で見られた。その姿はまるで、彼ら彼女らを待ち構えているかのように、しずかには感じられた。
「向こうでの行動は、しっかりと頭に叩き込ンできたな?」
「隊長、こっちは大丈夫ですよ。俺が覚えてるんで、最悪指示しときます」
「頼もしいなまほまほくん」
「アンタがまともに作戦考えない脳筋だからだよ」
「急に辛辣だなあ……」
「レーカちゃんに酷いこと言わないのー」
「いたたたっ。ほっぺたつねるのやめて姉ちゃん!」
──そのビル達の周囲には小さいながらも街が形成されていた。
その姿を目視できるようになった辺りで車内はしずかの驚きの声で騒がしくなってしまった。彼女曰く、そこは、かつて自分達が住んでいた街の一部らしかった。当然、そこにはレイカもいたはずだが、彼女自身、何一つ思い出せずにいた。
街のすぐ側で停車した車から下りて、レイカはメルと共に街の中へと潜入した。
まほまほくんとしずか、そして愛香はひとまず留守番を任される事になった。
彼女達の作戦は『人類の救済』の名目のもと、開始された。
その一番上に表示されている人物像は、先程教室で別れた少女──アミラだった。
『それじゃあ、補習を受けずに出てきちゃったの?』
そのガラス板(携帯型pcまたは単に『ガラスフォン』縮めて『ガラホ』と呼ばれている通話や娯楽等に使われる多種目的機械。この島では一般に普及している)の表示で、アミラの人物像の左上に『ぽこん』と音を鳴らしてフキダシと、その中に心配する表情の顔マークが表示される。
『だめだよー? イェン、このままじゃ卒業できないし、卒業できなきゃずっとあのセンセーと一緒にいなきゃだよー? やりたい事が無くても、それが嫌なら頑張らなきゃ』
「分かってるよ。──それで、おれはいつものとこに行くけれど……今日も来る?」
『うーん……。うん、分かった。行く。行くよ。いつものとこだよね。先行っといて。私、ちょっとやる事あるからさ。用事終わらせたらお菓子持って行くよ』
「りょーかい」
『ガラホ』の表示を消すと、それはただのガラス板のように透明な板へと成り果ててしまう。それをポケットに入れ、イェンは着ている黒に黄色のラインが入ったパーカーのポケットに乱暴に手を突っ込んだ。
「今日こそは、見つかるかな」
それは少し肌寒い日の事だった。
空虚なその瞳が、曇り空を見上げた。
そこには薄ら寒い雲ばかりが空を覆っていて、イェンは顔をしかめた。
「……見つけてやる。絶対に」
※※※
エミリとるんちゃんが謎の女性と出会う数日前──旅を始めて二日目の夜の事だった。
吹雪が吹き荒れるのを壁一枚向こうに聞きながら、エミリはうとうとと顔を上下させる。
「わーわー! エミリちゃんエミリちゃん! 寝ないでくださいよー!? もうすぐ夜ご飯できますから! ねっ! だからほら、起きてくださーい!」
黒色の水筒を振っているるんちゃんは、自分の膝の上で眠りかかっているエミリにそんな事を言った。その背中に背負われていたはずのその体の何倍もの大きさを誇っていたリュックサックは今、その背中には無い。
「あともー少し! あとちょっとですよ! 頑張ってください!」
そう言った直後にチンッとベルを叩くような音が鳴って、エミリがびくんと肩を跳ねさせて顔を上げる。しかし、その顔はまだ夢心地と言った感覚で呆けた顔をしている。
「エミリちゃんエミリちゃん、ご飯出来たので起きてくださーい」
肩を揺すられたエミリはゆっくりと首を後ろに向けて、目をしぱしぱ瞬かせて小さく唸り声のようなものを鳴らした。もぞもぞと体を動かす。
大きなあくびの後に、エミリは目を擦った。それを見てから、るんちゃんは足元に置いているランタンの灯りを頼りに水筒──コップ付きの物──で、取り外したコップにその水筒の中身を入れる。
水筒の口から湯気がこんもりと沸き上がり、その薄くて少しのしょっぱさを混ぜた匂いが辺りに漂う。せまぜまとしたここは、るんちゃんが背負っていたリュックサックの中だ。
リュックサックの中、あらゆる荷物を壁、あるいは床にして、エミリを抱きかかえたるんちゃんは丸板の上に座り込んで、その足の上にエミリを乗せてコップを手渡していた。
「熱いので気を付けてくださいね」
「んー……」
気のない返事をしたエミリに苦笑いを浮かべて、るんちゃんは一つ、息をついた。
そうして、一つ思案する。それはレイカとの約束についてだ。
一週間後、向こうで待ち合わせよう。ざっとこのような事を言ったレイカへと、メルが使っていた『念話』を使い、情報の伝達など、あの場で済ませる話は終わらせた。しかし、このまま何も見つからなければエミリとるんちゃんの二人のこれは無駄に終わってしまう。
それだけは避けねばならないと、そう考えながら、るんちゃんは自分が呼ばれている事に遅れて気が付き、目をぱちくりと瞬いた。
「はい、どうかしましたか? エミリちゃん」
「るんちゃんさんは……嘘だと、思わないの?」
そんな事を聞かれて、るんちゃんは小さく息を詰めた。
「──嘘ついたんですか?」
「ううん。ついてない」
「ならどうして……?」
「前にこれを話したら嘘だと思われた。──だから、るんちゃんさんはどうして信じてくれるのか、気になった。それだけ」
振り向かないエミリの頭を見下ろして、るんちゃんはふっ、と口を緩ませる。それから、エミリの頭にほっぺたを乗せて「いいですか?」とるんちゃんは優しく、宥めるような口調で話した。
「自分はエミリちゃんが嘘をつくような子じゃないのは知ってます。生憎と自分にはその『糸』は見えませんが、それでも、エミリちゃんを助ける事はできます。エミリちゃんを一人にしたらまた一週間も寝込まれてしまうかもしれないですし、一緒にいないと色々と不安になってしまうので、心配だから助けますし、信じます」
「……心配じゃなかったら?」
「心配じゃなくても! こんなに可愛い子を寒空の下に追い出そうなんてしませんよ~!」
上機嫌にほっぺたをすりすりと頭に擦り付けるるんちゃんに、エミリは「そっか」とわりかし平坦な口調で返事をした。
「──ボクのこと、何があっても信じられる?」
不穏なその物言いに、るんちゃんは「ええ」と答える。
「信じますよ。エミリちゃんは、優しい子ですから。約束です」
「……ん。ありがと、るんちゃんさん」
そう言ってるんちゃんに体重を預けた直後、あ、と何かに思い至りるんちゃんはエミリに声をかけた。振り向き仰いだエミリは、るんちゃんのにこにことした顔に小首を傾げて応える。
「るんちゃん、でいいですよ。その呼び方もかわいいですが……しばらくは二人きりですし距離を置かれるのは寂しいと言いますか。そんな訳なので、さん、は付けなくて良いですよ」
「ん。わかった、るんちゃん」
「あ、どっちにしてもかわいかった……!」
──彼女は、数日前のそんなやり取りを思い出しながら、曇った目を雪を踏む足下に向けてゆったりとした足取りで歩いていた。先頭を歩く謎の女性、その後をついていくエミリ。その二人の背中を見られず、るんちゃんは小さく吐息した。
「何かあったの、るんちゃん?」とエミリ。
「い、いいえ! 何もないですよ! ……それより」ちらりとエミリから目を離してその前へ。「そろそろ、名前を教えてくれてもいいと思うんですが……」
「勝負で負けたからって不満そうにするなよ」
からからと笑われ、るんちゃんは顔にシワを寄せて唇を尖らせた。
「自分は! 気にして! ませんっ! 呼ぶ! 名前が! 無いと! 不便なんですっ!」
色んな所を強調し過ぎてもうどこをどう伝えたいのかすら先頭をゆく彼女には伝わっていない様子ですんと鼻を鳴らす。どこか冷めた目で流し目で見た彼女は、目を閉じ肩をすくめてから前を向いた。
「とにかく、私達は一刻も早く乗り物を確保する必要がある。人の足じゃ、この雪に埋もれた街だか田舎だか分からないものの上を歩くのも一苦労だ。踏み固めた道の上じゃないとね」
そう言いながら、とんとんと彼女は足を鳴らして鼻で笑う。
「──まあ、二年もこんな事をしていれば自重で勝手に固まってくれているから、多少はマシになっているが……それでも体力が多めに持って行かれる。そして、それを回避する手段が──来たな」
そう、彼女は立ち止まって上空を見上げた。
エミリ達もそれに釣られて立ち止まり、空の上へと顔を向ける。そこにはどんよりとした薄暗い雲ばかりが空を支配していて、ちらちらと雪が舞い散る。
その中に一つ、黒い点のような影が蠢く。
「アレだよ。──あー、エミリだったか。お前を運んでいたやつと同じ物だ」
「ボクが……運ばれてた……?」
行くぞ、と彼女は言った。
彼女は戦闘時にも見せた凄まじい身体能力で雪を蹴り、エミリの身長の何倍もある距離を軽く跳んだ。そればかりではない。跳び上がり、空中を蹴って更に跳び上がったのだ。
「……あの人、先程の戦闘でもああでしたが、本当に何者なのでしょうか」
エミリはその姿を下から興味津々に見上げて──言うなれば釘付けになっていた。そうして、エミリはそんな事を言ったるんちゃんへと一言。
「きっと、前のボクを知ってる人」
「うっ……。それはそうですが……。そうではなくて、あの人は『敵』なのか『味方』なのか分からないので、それが、心配なんです……」
危惧すべき事態を警戒するるんちゃん。そんな彼女にエミリはその目をるんちゃんに移して、小さく首を振った。るんちゃんは訝しむように目を眇めた。
「だいじょーぶ。あの人とは、仲良くしてもだいじょーぶだよ」
「……そう、なんですか?」
「うん、そう」
「そうなんですか……」
空中を蹴って離れていく姿を眺めながら、るんちゃんは目を細めて唇を引き結んだ。
それからしばらくして、雲に紛れて飛んでいた小さな影が、徐々に大きくなってそのぼやけた輪郭をくっきり明確にさせながら近づいてきた。それはバタバタバタと耳を裂くかのように大きな音を立ててすぐ側に着陸しようとする。
その姿を見たるんちゃんが驚きの声を上げた。
「ヘリコプター……!?」
プロペラが作り出す風圧が粉雪を弾き飛ばしながら二人に襲い掛かる。
身を突き、切り裂くかのように冷たい風。それが波状になって襲い来るものだから、エミリもるんちゃんもまともに目を開けてはいられない。前傾姿勢で目を細めただけの顔を両腕で守って目を細めたるんちゃん。二人の髪が──主にエミリの髪がばさばさと風に振り回されて波打つように動く。
「これ……!? どうして……!?」
るんちゃんが悲鳴のような声を出した直後だった。プロペラの勢いが収まっていって、顔を守る必要もなくなるくらいの微風になった辺り。彼女はそのヘリコプターから下りてきた。
「──どうして今の世にこんな物が……何を知ってるんですか、あなたは」
「るんちゃん?」
様子のおかしいるんちゃんへ、不思議がるエミリ。はたと、るんちゃんは自分の失態に気がつき押し黙る。やがてすぐ側まで近づいてきた、ヘリコプターから下りてきた彼女はこう言った。
「これで敵の地上での活動拠点である『会社』まで行くぞ」
その言葉に、るんちゃんは眉間にシワを寄せる。
「これで、このまま行けないんですか? あの島に」
「行けたら既に行っている。あの周囲には何か、特殊な電波だかバリアだかが張られていてまともに近づくとそのまま落とされてしまう。だから、会社まで行く。お前──エミリなら分かっているだろう?」
話を振られたエミリは小首を傾げた。そんな姿に彼女は目を眇めて見せて「いや、なんでもない」と話を手早に終わらせた。それから彼女は背後のヘリコプターを指さす。
「アレでその近くまで行って、潜入。それからあの島へ渡る情報を手に入れる。簡単だろう? コレで一時間と掛からない距離だ。早く行こう」
「うん、分かった」即答だった。
「エミリちゃん、もう少し警戒しましょうよ……」
こうして、三人はヘリコプターへと乗り込んで今この世界で活動している唯一の『会社』へと向かうのであった。そこで待ち受けるものを、三人はまだ知らない。
乗り込んだヘリコプターにてエミリが酔ってしまったのはまた別の話。
※※※
時を同じくして、レイカ、メル、まほまほくん(川田ゆう)、しずか、そして最後に目隠しされた愛香の計五人で自動車──レジスタンスから特別に支給された一台限定の白い車体のホバー・カー──に乗り込んで雪原を進んでいた。
「レーカちゃーん?」
「ん? ──しずかか。どうしたんだ?」と運転しているレイカ。
「この子見てると可哀想だよー……。せめて口のとか、手錠とか、外してあげようよー」
「姉ちゃん、それ、ほんと自殺行為。コイツが街中の人達を操ったりしてたんだぜ? もう自白済みだし、その証人達にも言質とってるからもう疑う余地無いだろ」
両手の指に包帯を巻いているまほまほくんは口に猿轡を噛まされて両手を後ろに手錠で縛られ、目隠しをされた挙げ句に両足を太腿から爪先までロープで縛られている愛香を見て言った。
「こんな危ない奴、目を離しても近くにいても安心できないんだから、悪即斬。とっとと始末して然るべきなのにぃぃいい痛い痛い痛い! 姉ちゃん、そこ痛い! 傷口開くやめて!?」
脇腹に拳をぐりぐりとねじ込まれるまほまほくんの声を聞きながら、レイカはにゃははと苦笑いを浮かべる。それから「しずか」とレイカは運転を続けたまま、その名前を呼んだ。
「知らないかもしれないけれど、その子はとっても厄介な『人を洗脳して操る』力を持っているンだ。何が拍子に操られるかも分からない以上、出来うる限りの拘束はしておきたい。──それにこの子は交渉の材料なンだ。この子の能力は貴重そうだからね。きっと向こうもこの子の身を案じてくれるだろう。そうすれば、人類で協力してもう一度協力し直せるかもしれない。その、交渉の切り札なんだ。だから、この子はまだ解放できない。すまないね」
「レーカちゃんがそー言うなら……」
渋々と従ったしずかは、どこか懐疑的な目を、縛られている愛香へと向けて、シートへともたれ掛かった。その隣に、愛香と挟まれて座っているメルは今は静かに寝息を立てていた。
「あと五分も掛からないよ。ほら、もううっすらと見えてる」
雪原の向こう、ちらちらと舞い落ちる粉雪に紛れて、一箇所だけ不釣り合いなほど高く聳えるビルが三本、遠目でも白いぼかしが掛かった状態で見られた。その姿はまるで、彼ら彼女らを待ち構えているかのように、しずかには感じられた。
「向こうでの行動は、しっかりと頭に叩き込ンできたな?」
「隊長、こっちは大丈夫ですよ。俺が覚えてるんで、最悪指示しときます」
「頼もしいなまほまほくん」
「アンタがまともに作戦考えない脳筋だからだよ」
「急に辛辣だなあ……」
「レーカちゃんに酷いこと言わないのー」
「いたたたっ。ほっぺたつねるのやめて姉ちゃん!」
──そのビル達の周囲には小さいながらも街が形成されていた。
その姿を目視できるようになった辺りで車内はしずかの驚きの声で騒がしくなってしまった。彼女曰く、そこは、かつて自分達が住んでいた街の一部らしかった。当然、そこにはレイカもいたはずだが、彼女自身、何一つ思い出せずにいた。
街のすぐ側で停車した車から下りて、レイカはメルと共に街の中へと潜入した。
まほまほくんとしずか、そして愛香はひとまず留守番を任される事になった。
彼女達の作戦は『人類の救済』の名目のもと、開始された。
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