料理人になるはずが何がどうしてこうなった?

安野穏

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本編

視察という名のお掃除開始その3

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 子供たちの聞き取り調査は、突発的なお掃除物件として持ち上がり、それを処理するまでは子供たちを保護しなければならないとわかる。そこで子供たちによく言い聞かせて、保護という名目でひとまず子供たちを影さんたちの護衛の下、王都の孤児院へと送った。王妃様が経営する孤児院なら、王妃様直属の影さんたちが目を光らせているので、絶対に安全だからだ。



 今、まだあの怪しい家の一室で急ぎ集めた王太子の影の側近たちと主な影さんたちにお茶を入れながら、この件についての緊急会議を進める王太子を横目で見る。王族というものはみんな影(護衛兼諜報)をたくさん持っているのが当たり前なのかと改めて思う。未だ、王太子専属の影さんたちの実態がつかめていない、つまり彼女の知らない影さんたちがまだたくさんいる。

 王妃様には輿入れした際についてきた国元からの厳選された影さんたちがいて、その影さんたちが新たに造られた王太子の影さんたちの指導をしたという。そもそもそういう影さんたちをどうして見つけてきたのかも疑問だ。ただ、仲良くなった影のお姉さんたちが「昔、私たちはみんな王太子殿下に助けられた恩があるの。だから、恩返しがしたい」と言っていたのを聞いたことがあるだけだ。

 そこについては詳しく聞かされていない。そこまでまだエセルは踏み込むことを許されていないのだと思っている。もしも、彼女が王太子妃となる日が来たらそこまで話してくれるのだろうか?そこは疑問である。

 いや、その前にこの国がつぶれずにすめばいいのだがとまたエセルはそこに行きつく。

 王太子付きの専属女官となってから知ったゴミ(腐敗貴族)のあまりの多さに本気で国が亡くなるかもと心から心配している。エセルの両親と兄はこの事実を知っているのだろうか?そこもまた心配である。

 エセルの生まれた公爵家は父親が賢王と呼ばれた先代の王の息子であり、現国王の同母弟にあたる。つまり前王妃の第二王子だった。先代の王は国王を王太子とするのに懸念があり、エセルの父を王太子にしたかったらしいが、国法に則り、エセルの父は国を騒がすのを嫌がり臣下に降りたという経緯がある。今の公爵家はエセルの父が養子に入った形である。

 詳しくは知らないのだが、もともとエセルの母は現国王の婚約者だったらしいが、いろいろと合った末に現国王から婚約破棄を申し渡され、それに憤慨した第二王子だった父が王籍を離れ、母の元に養子として入ったということは聞いたことがある。なので、あまり国王との兄弟仲は良くないらしい。という経緯があり、エセルの父は直接は国政に関わらず、王国騎士団の団長をしている。



 と話が逸れてしまったが、王太子たちはしばらくこの近辺の聞き込みをすることにしたらしい。影さんたちがさっと消えていなくなると、改めて王太子がエセルを見た。

「お前、グランデ伯爵がお前の父親と懇意にしているというのを知っているのか?」

 王太子に真顔で聞かれ、「はあ?」とつい間抜けな声を出してしまったエセル。

 彼女は十一歳で家出同然に公爵家を出ているので、あまり家に戻る機会がない。なので、実際のところ、家族についての情報は少ない。身代わりロボットに任せきりで、たまにどうしても必要が生じて家に帰るときは隠密スキルと高速移動を駆使して、公爵家に潜り込むのが常だった。それでも長い時間公爵家に滞在することもなかったので、もともと病弱設定の引きこもりのエセルには公爵家の交友関係や人脈など知りえるはずもない。
 
「もしかして、我が家もゴミ掃除の対象ですか?」

 恐る恐るエセルが切り出すと、王太子は険しい顔をしながら首を横に振った。

「たぶん、お前の家の追い落としだろうな。騎士団長を追い落とせば、この国の戦力は弱体化する。それくらい、お前の父親の影響力は大きい」

 ほうっとエセルは感心する。家族については子供のころの記憶がほとんどだが、父親はかなりの愛妻家で、万年新婚夫婦のごとく子供の前でも平気でイチャイチャしているバカップルだ。あんなに砂を吐きそうなくらい甘い父親の姿しか見たことがなかったので、王宮でのきりっとした顔でイケメンの騎士団長姿を見た時は、思わず誰だと目を何度もこすったくらいである。

 あの姿が仕事仕様なら、たぶんかなり優秀なのだろう。実際、騎士団長の元に騎士団員は団結している。もともと第二王子だった時代から、騎士団に身分を隠して見習いとして潜り込み、身分を笠に実力もないのに最初から騎士になろうとする貴族の子弟をこてんぱんにやっつけて、騎士団の膿をだしきり、現在の実力主義の騎士団に作り替えたという伝説がある。子供のころは、何それ、嘘じゃないのと思っていたが、王太子付きの専属女官として、騎士団長の元に赴くときの対応の仕方からすれば、本物らしいとちょっと父親を見直したエセルである。もっとも向こうは王太子付きの専属女官が娘のエセルとは思いもしなかっただろう。

 脳筋野郎の集団である騎士団のトップは、力の強さは当然だが、情に厚く正義感が強い熱血漢タイプの男が好まれる。それが彼女の父親だったというのは意外な事実だが、私生活では砂糖をたっぷりまぶした甘々な男に成り下がるのだから男という生き物はエセルにとっては不可解な生き物であるとしか思えないのだが。そこのところは今は関係ないので黙っておく。



 影さんたちに出した茶器を魔法で水を出しながら洗い、火と風で温風を作り食器乾燥機の要領で乾かすとまた空間に収納し、王太子の私物のマグカップに水筒に入れておいたカフェオレを入れて出す。自分のマグカップにも注ぎ、そばの椅子に腰かけると、お茶菓子にクッキーを取り出す。

 まず先にエセルがクッキーを食べ、カフェオレで飲み下すとやっと王太子がカフェオレに手を付ける。毎度のことながら、エセルに毒見をさせるとはいい度胸だ。
 
「我が家の追い落としですか?」

「ああ、今なら、騎士団を弱体化すれば、あっさりと国は潰れるからな」

 こともなげに言う。おい、それ、突っ込んでもいいかとエセルは毒づく。一体どこに自分の国が潰れるという王太子がいる?ここにいたか………ということは王太子よ、この国を潰す気なのかとちょっと気になる。今まで見てきても、間違いなくこのままでは国が潰れるのは必至だ。

 頭を抱えたいと思いながら、ふと我に返ると、なんでエセルたちはまだここにいるのだろうか?

 ここはあの怪しい家。その一部屋のテーブルの椅子にエセルと王太子はのんびりと座っている。しかも今はお茶の時間だ。話しながらもまったりとしている。もしかして、ここにいると危険なのではないだろうかと思ったが、結界魔法で囲っていたのを思い出した。反対にここに入れなくて、敵が困っているかもしれないと思うと愉快だ。何気に探索魔法を発動すると家の周りを赤い点が幾つもうろうろしている。

「どう、しよう、かなあ?」

 不意の声をとぎらせながら、含み笑いで王太子を見る。彼も気づいた様子で、やはり笑っている。エセルが探索魔法を使うように、彼は気配感知が鋭い。影さんたちの話では三歳から王太子は彼らの技術を教え込まされたらしい。今では、影さんたちのトップとほとんど互角の腕前だそうだ。侮りがたし。そのうえ、彼は魔道具オタク。こそこそといろいろな魔導具を造り出し、身に着けているうえ、エセルの空間にもいろいろな魔導具を預かっている。



 エセルは思うのだ。なぜ、悪人というものは危険察知が鈍いのかと。考えてみてほしい。自分たちの本拠地かどうかはわからないが、拠点とした場所に入れなくなった時点で逃げるとかしないかと。中に入ろうとずっといろいろと画策している。馬鹿だ。絶対に馬鹿だ。

 王太子の造った魔道具、自動で敵を縛り上げてくれるお得な紐でぐるぐる巻きに縛り上げられていく敵。そいつらは今芋虫みたいに転がっている。安全な場所(結界に囲まれた怪しい家の一室9で地道に裁縫(影縫いエセルバージョン)を頑張ったかいがある。

 王太子の指示で一人ずつ怪しい家にご招待(不意に一部分だけ結界を緩め一人入れるとまた張るの繰り返し)。1体1の戦いなら王太子に敵うごろつきはいない、いないはず。そこは突っ込まずに、エセルは結界の外にいる奴を一人ずつ縫いとめていく。恐怖だろうなあ。急に動かなくなる仲間といなくなる仲間。ホラーだ。なのに騒ぐだけで逃げようとしない勇気は褒めて遣わすってちょっと時代劇っぽい。

 どうも、王太子は怪しい家にとどまり、ここを敵の手駒を捕まえる場所(ご○○りホイホイ)にしたいらしい。大っぴらに動いて黒幕を取り逃がすこともできなし、と言って新たな被害者(子供たち)を出すわけにもいかず、どうせ捨て駒にしか過ぎないごろつきどもをどんどん狩りまくり、自由に動かせる手足が無くなったところで一網打尽にしたいようだ。それに駒不足に陥れば王太子の影さんたちが捨て駒のごろつきと一緒に敵に簡単に雇われる。そうなれば、親(領民)の殺害も防げるという一石二鳥である。




 捕まえた敵の処理を王太子に丸投げ(放置ともいう)し、エセルは考える。やっぱり、この国やばいよ。もしも、公爵家が取り潰されたら、騎士団長の父と近衛騎士の兄は冒険者になってもらうとしても、問題は少女時代は上位貴族の深窓のご令嬢、結婚してからは上位貴族の有閑マダムとして過ごしてきた母に庶民の暮らしはできない。それなりの生活の基盤を作らなければと気が焦る。

 王太子の副業(商会)に貢献(薬と香料などの提供)し、お金を地道に貯めているが、とても公爵家並みの生活を維持できない。これは新たに売るものをと考えて、はたっと思いつく。

 そこで、いつもの裁縫道具を空間から出し、椅子にクッションを置き、ちまちまと裁縫を始める。

「おい」

 不機嫌な王太子の声がする。しょうもないなあと思いながらも、エセルは空間からもう一つクッションを出し王太子に渡し、冷めたマグカップの中身を捨て、魔法で出した水で簡単に洗い、乾かしてから今度はハーブティーを入れる。お茶菓子はマフィンにしておこう。ついでに木苺のジャムとオレンジのジャムを取り出す。きっとお腹が空いて苛立っているのだと彼女は思った。

「お前なあ」

 王太子の呆れたような声に、エセルはきょとんとなる。

「何か」

 思いっきり、頭をべしべしと叩かれる。

「ちょっと、痛いじゃない。上司の横暴に断固抗議する」

「だから、お前の行動が理解できん」

 王太子の冷たい視線の先にはエセルの裁縫道具がある。

 ぐるぐる巻きのごろつきどもは王太子が別の部屋に入れたという。なので、エセルは簡単に逃げないようにと結界付きの中にしっかりと睡眠ガスを混ぜておいた。今頃はすっかり夢の国にご招待されていることだろう。
 
 それでまた暇になったので、後の処理は王太子に任せ、新しいお金儲けの道具を作ろうとしたのだが、それに何の問題があるのだろうか?

 王太子にはちゃんとクッションとハーブティーと軽い軽食的にマフィンとジャムを出した。自分の仕事もきちんとこなしている。問題はないと思いたい。

「えっと何か問題でも?」

「いや、もういい、所でそれは何を作っている?」

「ああ、殿下の商会でまた売って貰らおうかと思いまして、せっかく香料があるのだから、ポプリでも作ったらかわいいかなあと」

「ポプリ?」

 チッと思わずエセルは舌打ちした。この世界にポプリはなかったのか。ああ、またやらかした。

「女性が持っていてもおかしくないような小さな袋に香料を垂らした布などを入れておけば、香水みたいにきつい香りでなく仄かな香りでいいかなあと思いまして、思いついたので試作品を作り、それを紹介で売ってもらえたら、公爵家が潰れても大丈夫かと………」

 王太子が急に頭を抱え込んだ。なんでだ?

「お前の家は潰さないから、勘弁してくれ」

「でも、この国、かなりやばくないですか?」

 王太子、無言になる。そうだよね。彼もそう思っているよね。

「王太子殿下は商会があるから、国が潰れても商人としてやっていけますが、私には商才なんてありませんので、できれば、商会にいろいろと作ったものを代わりに売ってもらってそれで生活できればいいっかなあと思ったんですよね」

「国は潰さないから」

 溜息を吐きながら、小さい声で彼は言う。

 エセルは訝しげに彼を見る。脱力しているらしい王太子は、珍しく、エセルの毒見なしにハーブティーを一口飲んだ。珍しいこともあったもんだと目を丸めて彼女は彼を見た。

 王太子は少し意識をどこかに飛ばしかけ、また溜息を吐いた。その物憂げな姿はきっと貴族のご令嬢たちなら「キャー」と黄色い声を張り上げているだろう。エセルはしないがな。
 
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