料理人になるはずが何がどうしてこうなった?

安野穏

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エレン(公爵令嬢エセル)とアル(王太子アルヴィン)の偽物生活

新入り下女エレンの洗濯魔法について●

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 毎日毎日、飽きもせずに繰り返される誘拐未遂や毒殺未遂に暗殺未遂、それに比べれば、嫌がらせや嫌味など取るに足りない。

 王太子アルヴィン・イリス・アラス・フォーテリオンは、生まれ落ちた時からずっとこうした悪意の中で生きてきた。

 それが面倒になり、八歳の時に従僕の恰好をするようになった。魔法で髪の色と目の色を変え、眼鏡をかける。髪も従僕にあるまじきぼさぼさした髪で少しでも顔を隠す。人からあまり認識されないように隠密スキルを駆使しながら、王宮内を歩く。

 食事をとるのも命がけ(いつも何かしらの毒が混じっている)なので、食事は下働き(従僕や下女)専用の食堂ですますことも多い。鬱陶しい輩がいなければ、それなりに楽しい日々だった。



 それから三年がたち、王太子付きの侍従アルとしての地位を確立し、様々なところに知り合いができ、様々な立場からの王宮内の情報を掴む。六人の兄たちの動向や側室、愛妾などの後宮内の争い、それは呆れるほどに馬鹿馬鹿しい話だ。事前に情報を得ているとこっちも動きやすい。身分を隠して、情報収集するというのは意外と癖になる。

 王宮内で変な魔法が使われている気配がした。

 その源を探っていけば、騎士団の洗濯場だった。その魔法を使っていたのは、茶色の髪を邪魔にならないように二つに分け三つ編みしてさらに頭の上で編み込んだ茶色の瞳のごく平凡な顔立ちのこれと言って取り柄のない下女の制服を着た少女がいた。ただ、口に怪しげな布を付けていたのが印象深く、それが疑念を持たせた。

「お前、今、何を使った?」

 声を荒げたのはやむを得ないと思って欲しい。怪しげな魔法を使い、口を隠した布はまるで顔を隠している様子。まさかこんな少女が暗殺者だとは思えなかったが、今までの生き方から何でも疑ってかかることが息をするように自然に出る。

 その少女は、アルヴィンの態度にあからさまに機嫌を損ねた様子で、彼を睨みつけた。

「怪しげな魔法の源を探ってきたら、一体、これはどういうわけだ」

「洗濯魔法を使いましたが何か?」

 彼女は悪びれもせずにしれっとした顔をでそう答えた。

「洗濯魔法?」

 聞きなれない魔法にアルヴィンは眉間にしわを寄せた。そんな魔法など聞いたことがない。

 そもそも洗濯魔法ってなんだ?洗濯するのに魔法がいるのか?

 それが彼が初めて知る生活魔法の上位魔法に当たる洗濯魔法との出会いだ。それと同時にエレンという名の下女を初めて知ったのもこの時だ。

 魔法にはいくつもの体系がある。攻撃魔法系、防御魔法系が王族や貴族などでもっぱら使われる魔法だ。魔力の少ない一般庶民にはお手軽に使える生活魔法というものが浸透しているという話は知っていたが、生活魔法そのものを王族・貴族は必要としない。そういった魔法は侍従や女官、従僕や侍女、下僕や下女が代わりに使うからだ。なので、生活魔法とはそう言った魔法があるという認識しか知らない。

 魔法の授業は火・水・風・土という神が作られた自然の四大元素を基にする属性魔法が当たり前だった。自分の属性が四大元素の何が得意であるか、それにより、攻撃系や防御系の大きな魔法が使える。

 生活魔法とは魔力の少ない庶民が生活のために使うための属性の無い魔法と言われる。属性がないということはすべての属性が使えることの裏返しでもあった。そこに初めて気づいたのはエレンと名乗る下女の使う生活魔法を極秘に調査している過程である。



 話はそれてしまったので元に戻すと、エレンと名乗る下女の使う洗濯魔法を初めてみた時は、あまりのことに口をあんぐりとあけて見入ってしまった。

 盥の中に水と共に入れた洗濯物が泡立ち(たぶん石鹸も入っているのであろう)ながら、くるくると回る。同じ方向に回るだけでなく、定期的に別方向にも回る。つまり盥の中で右回りや左回りに水と共に洗濯物がとにかく回るのだ。ある程度、それを繰り返したのちに、汚れた水を捨て、魔法で水を補充し、今度は水を補充しながら洗濯物をまた同じように回す。それを何度か繰り返した後に、水を捨て残った洗濯物の水気をまた回しながら絞っていくというべきなのかよくわからないが、盥に残った洗濯物が水もないのにぐるぐると回りながら水けを飛ばしていくのだ。それで一応洗濯は終わりらしく、後は干すだけという実に画期的な魔法だった。

 洗濯魔法とは興味深い魔法である。もしもこの魔法が魔道具化されたら、便利になるとすぐに思った。それにこれは彼の商会で売る目玉にもなる。そんな胸算用もあった。国庫は馬鹿ども(父親である愚王や側室、愛妾、馬鹿兄たちなど)の浪費のせいでほとんど空っぽだ。王妃(母親)とアルヴィンがそれぞれに極秘に経営している商会のお蔭で、自分たちの分は賄っているし、母親と彼に実直に仕えてくれる影たちの給料などもそこから出している。なので、商会はいつも儲かっていなければならない。その魔法の原理を知りたくて、王宮内の図書館の本を片っ端から調べた。

 その結果、今はほとんど廃れた生活魔法の上位魔法であるとわかった。生活魔法を極めようとする人間はほとんどいない。生活魔法の上位魔法である料理魔法は料理人や冒険者などが覚えているらしく、こちらはそこそこに研究されている。それも料理に関しての話だ。同じく生活魔法の上位魔法である裁縫魔法も服飾関係者が必然的に覚え利用しているためにこちらの研究成果はかなり多く書かれていた。特に属性魔法を付けた服は騎士団の制服にも使われているらしい。

 だが、残念なことに洗濯魔法に関しての研究はほとんどされていない。洗濯魔法そのものを使えるものが少ないかいないのだと悟る。

 そこで、アルヴィンはまず、洗濯魔法についての調査を始めた。エレンが使う洗濯魔法で洗濯した騎士団の制服を借りてきて、お抱えの影たちの中でも特に魔法学に強い人間たちに洗濯魔法について話し、その効果を調べることにしたのだ。それから、エレンがどのくらい洗濯魔法を使えるのかも知りたくて、王宮内の洗濯物をなんのかんのと言い訳して集めさせた。

 エレンが洗濯魔法を使っているのを調査する影たちが毎日のように見張っている。もちろんアルヴィンも従僕のアルとして、エレンと接触しつつ、彼女の好感度を上げ、自分の手駒として囲い込むつもりでいた。

 洗濯魔法の調査と同時にエレンの素性を調べる。推薦状はアビントン公爵家から出されていた。彼の家は王家には忠実であるが、彼の父親である愚王との仲は悪い。なので、公には接触できない。今はまだあの愚王の不興を買うことは愚かな行為だ。一応、彼が王太子の地位にいられるのは愚王のお蔭と言える。

 騎士団長を務めているアビントン公爵はアルヴィンの父親の弟でもある。つまりアルヴィンの叔父にあたるが、あの愚王と本当に血のつながりがあるのかと疑いたくなるほどに実直で、正義感が強く身辺にも何も問題はない。それ故に、あの愚王でしかない父親に疎まれたのだろうと想像がつく。

 彼が生まれる前の話なので詳しいことは知らないが、当時から愚直な王太子(現愚王)と違い優秀な第二王子を推す勢力があり、国を二分しそうな勢いだったが、国が内紛で荒れることを嫌った彼が法律(正妃の第一王子が王太子になる)に従い臣下に下ったと聞いた。その法律がある限り、愚王が王になったようにアルヴィンの王太子の地位も守られる。それが唯一愚王が王であり続ける拠り所でもあるのだ。アルヴィンの地位を廃嫡してしまえば、自分のアイデンティティすら、危うくなる。それがアルヴィンの強みでもある。



 推薦状は何も問題はない。だが、エレンという人間はその出自や元の住まいなどを調べれば調べるほどに存在が希薄になる。これはどういうわけかと気になった。

 最初に感じた不審人物という直感は正しかったのか?

 だが、あの口を覆った布、エレン曰くマスクなるものは、実に便利だった。これも売れるとばかりに、エレンから作り方を習い、早速自分の商会で売りだしたらバカ売れになる。悪臭を防ぐという効果は絶大だ。あと、具合が悪いときにも使うといいらしく、実際に体調を崩した部下(影)たちに試験的にマスクを着用させてみると、今までよりも早く治ったという実績をもたらした。実に画期的な発明品だと思う。

 エレンは意外と掘り出し物に思えた。商会の面でも彼女が考え造り出した物は売れる。金の卵を産むガチョウみたいなものだ。それだけに、身元が不確かすぎる点が気になる。

 毎日のようにエレンのところに行き、他愛もない話をし、洗濯魔法とその効果を探る。残念なことにアルヴィンには生活魔法の上位魔法を取得することはできずにいる。素養の問題なのか?軽々と洗濯魔法を使う彼女が少し羨ましくなった。

 いずれは魔石に彼女の魔法を組み込み、魔道具に仕立てようと思うが、洗濯魔法を扱えるのは彼女だけというのは心許ない。魔道具作りはアルヴィンの得意とするところだ。国庫に頼らずに生きられるようにと母親から商会を立ち上げるように言われ、母親の商会から優秀な人材を借りて、初めに作ったのは彼が作った魔道具を売る商会だ。それを格安で売る薄利多売を目指した。名を売るためには最初は安いものをたくさん売りだした方が早い。この国だけでは売り上げも頭打ちになるので、他国にも支店を出す。薄利多売を目指しているので、一般庶民向けだが、各国に多く住むのはこの一般庶民なのだ。王都内をくまなく歩き市場調査をし、彼らが生活するうえで便利なものをどんどん開発し、魔道具化し、それを安く売る。そのために魔道具を作るための工房を安全と思われる場所に作り、税金が高くて払えずにスラム街などに身を落とした人や孤児院などを巡り人材を広く募集する。そうした地道な活動が商会を支え、今の彼の力になっていた。

 更にエレンの魔法を使った魔道具を売り出せば、今度は高級感にあふれた商会を立ち上げ、王侯貴族相手の商売をすることができる。各国に作った商会の支店でも売り出せば、洗濯魔法を使った魔道具はきっと物珍しさに王侯貴族たちがこぞって買い求めると捕らぬ狸の皮算用をしていると、エレンが変なものを見たような顔でアルヴィンを見た。

「いい加減、帰らないと首になっても知らないわよ」

「大丈夫さ、王太子がまた行方不明だからみんなで探している。だから、俺もここで探している」

 実際、アルヴィンが毎日行方不明になるのは今に始まったことじゃない。彼が行方不明なのは命の危険を察して身を隠すのが当たり前になっているという事実をこの新入り下女は知らないらしい。しかも、まさか、目の前にいるとは夢にも思うまいと彼は思わず口角を上げる。



 洗濯魔法の効果は思ったよりも絶大だった。洗濯魔法で洗った洗濯物には汚れがほとんどない。新品同様に洗いあがるらしい。しかも汚れが付きにくくなるという効果が認められた。その上、なんと騎士団の服が強度を増し、おそらく防御力が付加されているだろうという話だ。

 それが事実なら、洗濯魔法を魔導具化できない。まさか、敵国の騎士団の服に防御力を付与するなど愚か者のすることだ。いや、それよりも、彼女の存在は秘匿されなければならない。この事実に緘口令を敷き、愚王をはじめとする馬鹿どもには絶対に知られないようにしなければならない。

 彼女はこの効果を知って、洗濯魔法を使っているのか?

 それも調べなければならないと思うとアルヴィンは憂鬱になる。彼女を味方にできればいいが、反対に敵になれば、実に恐ろしい存在になると懸念したのだ。
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