料理人になるはずが何がどうしてこうなった?

安野穏

文字の大きさ
9 / 13
エレン(公爵令嬢エセル)とアル(王太子アルヴィン)の偽物生活

やさぐれるエセル○

しおりを挟む
 毎日のように大量に出てくる洗濯物。とうとうこの日は盥が五つに増えた。どこのコインランドリーだと突っ込みたい。

 五つ同時に洗濯魔法を酷使させられるなんてどんな罰だとエセルは心の中で文句を言い続ける。魔法を行使するのは止めないがな。今、首になったら元も子もないからだ。ここで頑張れば、厨房の下女になれるかもしれないとその一心でひたすら洗濯魔法を使っていると自然と無我の境地になりつつある。

 が、それもすぐに性懲りもなくやってきたアルにより破壊される。

「実はここしばらく調査されてきたのだが、お前がその怪しげな洗濯魔法で洗濯したものは、汚れが一切ないし汚れにくい効果がある。更に洗濯物には強度がつき、騎士団員の服には防御力が付加されているらしい」

 その言葉に一瞬固まるエセル。やらかした。王太子の言葉は破壊力抜群だった。



 その後、下女たちの休憩室で、エセルが教えたマスクがとある商会から売り出されている話を聞いた。その商会は薄利多売をモットーにしているらしく、一般庶民でも手軽に買える値段で売られているらしい。一体どこからそんな情報を手に入れたのだろうか?マスクなんて簡単に思いつくものなので、まさかエセルが作ったものだと文句を言うつもりはない。つもりはないが面白くない。

「ああ、マスクって商売になるなら、先に売っておけばよかった」

 アルにちょっとぼやいてみると彼の目が泳いでいるのを目ざとく見つけた。お前かとエセルはアルの前に腕を組み仁王立ちする。

「マスクの利権をよこしなさいよ」

「な、何のことかな?」

「とぼけるな、マスクの情報を売ったのはあなたでしょう」

 せわしなく動くアルの目。疚しさ感がありありとわかる。

「いくらで売ったの?その半分くらいは、私に権利あるわよね」

 笑っていない目つきで薄笑いを浮かべてみせる。エセルはお金が欲しかったのだ。料理人になって自分の店を持つ、それが今のエセルの夢だ。お金があれば、簡単にレストランを自分で開くことができるとこの時は単純に思っていた。

「それに商会にコネがあるなら、いい値段で売れるものがあるのだけれど」

 と言いつつ、エセルは自分の空間魔法で収納しておいた空間の中から、料理魔法を使うつもりでなぜかできた薬と香料を出した。

 アルが目をまん丸くして何もない空間から出てきたものを見ている。目が何度も何もない空間と目の前のものを見る。

「お、お前、一体何をした?」

 慌てたようにエセルの肩を掴んで揺さぶるアルに彼女はぽかんとして首を傾げた。彼がなぜこんなに驚愕しているのか理解できなかったからだ。

 空間魔法は前世では割とよく小説やマンガやゲームで出てきたものだ。収納ボックスとか道具袋とか便利カバンとかいろいろな名称で呼ばれるもので、お約束のごとく時間凍結魔法がかけられている便利なもの。魔法のあるこの世界なら当然あるだろうと思っていた。前世の有名な青い猫型ロボットのお得意の四次元○ケットみたいなものはこの世界にも存在するのが当たり前だと思っていたのである。なので、何の疑問も持たずに空間魔法を行使したのだ。

「何?何って、これってみんな持っているんじゃないの?」

 エセルの疑問にアルははあっと深い溜息を吐いた。

「お前、規格外だと思っていたが、まさか空間魔法まで使えるとは思わなかった」

「え?空間魔法って使えるの当たり前じゃないの?」

「料理魔法を極めたものがたまに空間魔法を使えるらしいが、そんなにいないっていうことはお前は料理魔法まで覚えているのか?」

「え、だって、初めに覚えたのが料理魔法だったから」

 小さく呟くようにエセルは答えた。アルの顔が愕然とした顔になる。それから彼は何かを考え込むかのように俯いた。それから急に笑い出す。エセルは思わず後ずさりしてしまった。それに気づいた彼はまるでエセルを逃がさないとでもいうようにまた肩をがしっと捕まれる。

「初めてで料理魔法を覚えるのか?」

 怒ったような顔をするアルにエセルは子リスの様にびくびくとする。何か拙いことをしでかしたのかと怯えた。そんなエセルを見て、また脱力したようにアルは深く溜息を吐いた。

「お前、普通はな、生活魔法を自由に使えるようになって、それから生活魔法の上位魔法である料理魔法や洗濯魔法を覚えるものなんだ」

 ああ、やらかしたとエセルは頭を抱えたくなった。前世の常識がこの世界の常識ではないと痛感したのはこれが初めてだった。

 背筋を伝う冷たい汗の感覚、冷や汗をかくということはこういうことかと思った。

「それにこれは何だ?これは薬か?こっちはいい香りがする。香水か?」

 やらかした感があるエセルは、どうしようか悩む。またきっとこれも料理魔法を使って作りましたと言えば、規格外だと言われることは間違いない。そこで、エセルは証拠を消すことにした。つまり、ぽいっぽいっとまた空間に収納したのである。証拠隠滅とばかりに、仕事に戻ることにする。

 何も言わずに物を消したエセルはまるで何事もなかったように洗濯魔法を使い、五つの盥を回し始めた。その後ろからアルが彼女の頭をベシッと叩く。

「おい、何もなかった振りをするんじゃない」

「ええ、何かありました?きっと幻覚でも見たんですよ。そうそう、王太子殿下を探し疲れたせいで、見た幻覚、幻覚」

 ニコニコと笑顔を振りまいて、張り切って仕事をしてますと言うように洗濯魔法を使いまくるエセル。スルースキルは大事だ。何もなかった。そう、すべては幻覚なのだと言い張る。毎日のようにここに王太子を探しに来るアルが見た幻覚。そして、彼女はマスクの利権すら捨てることにした。むやみに欲をかくもんじゃないと後悔する。



 五つの盥の中で洗濯物がいつもよりも勢いよく回る。それに伴い泡と水もはねる。追及するのをひとまずやめたのか、アルはじっとそれを見ていた。

「お前の魔力はどのくらいあるんだ」

 ぽつんと呟かれ、エセルは首を横に傾げた。そういえば、今の魔力を測ったことがないのを思い出した。

 エセルが初めて魔力を測ったのは十歳の年。この国貴族の子供のほとんどは、十歳で初めて魔力を測り、それに応じて魔法の勉強を始める。ある一定の基準値を持つ魔力持ちは王侯貴族に多い。たまに平民にも基準値以上の魔力持ちが現れるが、基準値以上の魔力持ちのほとんどは王侯貴族だ。

 その時の魔力はたしか、基準値ギリギリだったと記憶している。それを見て、両親がホッとしたことまで覚えている。膨大な魔力持ちの女性は年の近い王太子の婚約者候補にされる。元王子の父親と現王が王太子時代の元婚約者の母親もかなりの魔力持ちで、エセルの兄も両親に劣らないほどの魔力を持っていた。高位貴族からすれば、エセルの魔力は普通以下である。本来ならば残念な子として見られるはずだ。それなのに、エセルは王太子の婚約者候補の末端に追加された。彼女が王太子の婚約者候補に末席に名を連ねたことに両親は落胆した。「兄の嫌がらせだ」と父親が怒っていたのも知っている。両親と現王の間に深い溝があるのは周知の事実である。強い魔力持ちの両親と兄がいるのに、平均値ギリギリでしかない凡庸な娘は公爵家の欠点だと噂された。そんな娘を王太子の婚約者候補の末席に入れるということは、公爵家に恥をかかせたい現王の嫌がらせ以外の何物でもない。

 あの魔力の枯渇のあと、寝込んでからエセルはどういうわけか自分の魔力が膨大であると気が付いた。なので、それを知られないように魔力を隠すようになったのだ。なぜ魔力隠しができたのかもわからないが、社交界では公爵家の外れ姫などと言われているのを知っている。だから、彼女は自分の身代わりロボットを病弱に設定した。魔力が基準値すれすれで更に病弱であれば、末席のエセルはそのうち王太子の婚約者候補から外されるだろうと期待したのだ。



 エセルが追憶しながらぼんやりとしているのに気づいたのか、アルがまたエセルの頭をベシッと叩いた。

「痛いじゃない」

「お前がぼんやりしているからだ。手が止まっているぞ」

 気がつくと洗濯魔法が止まっていた。そこで再び魔法を発動させる。

「魔力を測ったことがないのか?」

「ええっと、一応は基準値ギリギリでした」

 とそこは笑顔で答えておく。下手に誤魔化すとアルは聡いので気が付かれる。だから真実を告げた。そう、測ったことがあるのは事実だし、それが基準値ギリギリだったのも事実だ。

 また、ベシッと頭を叩かれた。

「嘘つけ」

「嘘じゃありませんよ。本当に基準値ギリギリでしたから」

「平民が魔力を測るなんて珍しい」

 あ、とエセルは口を押さえた。またやらかしたと気付いた時は遅かった。

 この世界の平民と言われる一般庶民の暮らしをエセルは知らない。貴族に生まれ、ずっと貴族のご令嬢として育ってきた。なのでこの世界の常識は貴族の常識しか知らないのだ。

「お前、一体何者なんだ」

「ごく普通の一般庶民です」

 しれっと答えるエセル。もう何も言うまい。アルの誘導尋問に引っかかったのだ。流石は王太子付きの従僕、侮れない奴。エセルの中でアルは要注意人物として認定された。

「お前が普通などありえない」

 またベシッとアルに頭を叩かれた。叩くなよ、痛いだろうがと頭を押さえて恨めしげに見る。

「お前の正体を絶対に暴いてやるからな」

 まるで、悪役か何かの捨て台詞のごとく言い放ち、アルは去って行った。ああ、またこれでしばらく彼から付きまとわれるかと思うとがっくしと肩を落とした。

 

「エレンが来てから、仕事が楽でいいわあ」

 先輩下女たちはエレンが洗濯した物干すだけですむのでずいぶんと楽になったらしい。あとは取り込み、火熨斗で洗濯物のしわを伸ばしたたんで配るだけだ。洗濯する時間が短縮されたために、人数が減り、掃除や厨房に回された者もいた。エレンもそっちに回されたかったと遠い目になる。

 これでは本末転倒だ。エセルはどんどんやさぐれていく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。 - - - - - - - - - - - - - ただいま後日談の加筆を計画中です。 2025/06/22

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

卒業パーティでようやく分かった? 残念、もう手遅れです。

ファンタジー
貴族の伝統が根づく由緒正しい学園、ヴァルクレスト学院。 そんな中、初の平民かつ特待生の身分で入学したフィナは卒業パーティの片隅で静かにグラスを傾けていた。 すると隣国クロニア帝国の王太子ノアディス・アウレストが会場へとやってきて……。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

処理中です...