オタクおばさん転生する

ゆるりこ

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 塩谷達の部屋の前に戻った瞬間、ミユキはむさ苦しい(おそらく)冒険者達に囲まれていた。全員武器こそ持っていないが両手を前に、いつでもミユキを掴める態勢である。部屋の前の廊下の周辺に待ち構えていて、ミユキが瞬間移動してきた直後に集まってきたようだ。

「……何でしょう? 何かあったのですか? あ、コウスケさんはふたばと先に中に入っていてください」

「あい判った」

 ミユキがドアを開けると、冒険者達が目を剥いて息をのんだ。ふたばを抱いたコウスケが中に入りドアを閉めると、ドアの前にいた一人がミユキを押し退けて、ドアを乱暴に引く。

「くそッ! 何故開かない?!」

 ガチャガチャと押したり引いたりしているが、ドアはびくともしなかった。

「……あのぅ、何かあったのですか?」

 ミユキの声で冒険者の肩がビクリと震えた。しんと静まり返ったなかで、他の冒険者達がミユキとの間にじわじわと空間を作りだす。もう一度、笑みを浮かべたミユキが問うた。

「何故、このドアを開けようとしたのです?」

「うぅ……」

 ドアを開けようとした男は言葉に詰まって震えだし、顔の周りを懸命に手で払っている。男たちは更にミユキから距離をとろうとしていた。奥の方は満員電車のようにぎゅうぎゅう詰めである。
 ミユキはハッと顔を上げ、腕のにおいと服の胸元をつまんでにおいを嗅ぐと首を傾げた。

(((いや、違うから……においじゃないから……)))

 男たちの心の声は、ミユキには届かなかった。ミユキはもう一度、問うた。

「あのぅ、すみません。もう行ってもよろしいでしょうか?」

「「「「「え?」」」」」

「いえ、その、何か用事があるのでしたら言ってください。なければもう出ますので……
 あ、あぁ宿代ですか? そうでした。お部屋をお借りしましたからね……。すみません、この場合、ご休憩? ……こっちにそんなシステムあるのかな? いやいや失礼しました。一人一泊おいくらでしょうか?」

「ミユキ様──ッ!」

 そこにバタバタとギルド長が走ってきた。ほっとした男たちがギルド長のための細い道を空ける。

「おぉ、ちょうどよかった。お部屋をありがとうございました。先にお支払いしておけばよかったですね。おいくらでしょうか?」

「え?」

「お宿代ですよ。踏み倒したりしないのでご安心ください。おいくらです?」

「………いえ、お泊まりにもなっていないですし、いろいろお助けいただきましたので、もとから頂戴するつもりはありませんでした」

 ギルド長の態度は、言葉遣いも丁寧で物腰も柔らかいが、何故だか素直に喜べないミユキである。ずだ袋から小金貨を3枚取り出してギルド長の手を取り、にっこりと笑みを浮かべながら渡した。

(借りを作るなとゴーストが叫んでいる……)

「あ、いえ、こんなにはいただけません……」

 慌てるギルド長はさておき、ミユキはドアノブに手をかけ、ふと思った。

(こんなのは万国共通なのかな? たどり着くところは皆同じってか?)

「あああああ──ッ! ミユキ様! お待ちください! 今しばらくお待ちを! お願いがございます!」

「? あ! 大丈夫ですよ? 扉はきちんと消しておきますし、部屋もきれいにしておきますから」

「いえいえいえいえいえ、そんなことはどうでもって扉? いやいや今回の件でいろいろお話があるのです。報酬とか、報告とか、ランクとか……先ほどの黒髪の方々とか……」

「ランク……」

 ミユキが呟いたので食いついたと思ったのか、プルガティオはここぞとばかりに続ける。

「そうです! あれだけのことをされたのですから、こちらとしてもいろいろと考慮させていただき、ランクを「いえ、ランクは別にこのままでいいんで」え?」

「いえ、で、ご用件は?」

「あ、う、え、あの! 村を助けていただいて、冒険者も多数助けていただき、その、ギルドとしてもお礼もまだなにも……」

「わたしは何もしていませんよ?」

「え?」

 ミユキの冷ややかな声に、これだけの人数がいるにもかかわらず、衣擦れの音さえ響き渡りそうなほどに、廊下が静まりかえった。

「………何の話だか、さっぱりですね」

「え、あの、でも……」

 笑顔を浮かべたミユキが手のひらを上に向けると、球状の水がタプンと宙に現れた。

「心当たりがないのですが」

 水の球がはじけ飛び、廊下中に散らばったかと思った冒険者たちは、それが互いの頭上に浮いていることに気づき、口を押さえ目を見開いている。

「全員に、行き渡りましたかねぇ」

 ミユキの声で水の球がひとまわり大きくなり髪に触れそうなほどに降りてきて、ヒィッと声が漏れてくる。

「──えーっとですね、よろしいですか? プルガティオさん。村が助かったとか、冒険者が助かったとか、わたしには何の心当たりもありませんので、お礼などと言われても受け取る言われもこざいません」

「う、ひ……」

 返答しかけて、額まで水に覆われたことに気づき、口を噤むプルガティオである。

「それにね」

 ミユキが薄く笑った。笑みを見た者達の顔が青ざめていく。

「誰が信じると思います?」

「………ッ!」

「おばさんがたったひとりで、村だの冒険者だの……どうこうできるだなんて、誰も信じないと思いますよ? それが例えここにいたすべての人が証言したとしても、見ていなかった人には、ね?」

「いや、でも、あの、あの大量のオークは……」

「余計に信じませんよね? 例えばあなたなら、信じますか? 話を聞いただけで? わたしは信じませんけどね。幻を見たとかなら──あぁ、そうだ。奇跡が起きたなんて言ったほうが信憑性がありませんか?」

「き……せき?」

「まぁ、人の口に戸は立てられないと言いますし、わたしのことはどうでもいいんですけども。とりあえず、ご自分達で考えて、【余計なこと】と思うことは上の方々には言って欲しくないなと思うわけです。例えば、この部屋の中の子供達のこととか」

 ぶつぶつと小声で言うミユキの声は、本来ならばすべてには届かないはずだが、何故かその場にいる全員にはっきりと聞こえていた。耳元で囁かれているように。

「そうだ。わたし、まじない屋でしてね」

 プルガティオの目を覗き込むようにミユキが言った。明るい声なのに、不安しか感じない。

「せっかくなので、皆さんにおまじないをかけさせていただきますね」

「うぇ……?」

「そうだ! みなさんの中のどなたかが、【余計なこと】を言ったとき、こちらにいるすべての方のここが荒野になるなんていかがです? もともと荒野だったんだから元に戻るだけですしね」

 自分の頭を指さしながら、ミユキが口ずさむ。

「エコ○コアザ○ク エコ○コザ○ラク」

 青ざめていくひとりひとりの顔を見つめながら、低い声で口ずさむ。

「エ○エ○ケル○ノス エ○エ○ア○ディーア」

 金縛りに遭ったかのように動けない冒険者達の頭上から水の球が消え、窓も開いていないのに一陣の風が吹き、ミユキの姿は消えていた。



 そして、男達の頭の中ではあの呪文だけがこだまのように響き続けるのだった。



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